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CXV.一軍人としての最適解。

「最大の問題は、作戦計画の余裕の無さにある。そう、余裕が無いのだ。それに尽きると言っても良い。本作戦の骨子はリレー形式で敵を誘導し撃破するというものだ。つまるところが、一人で走るのは大変だから、代わりに数人で手分けしてゴールしようというもの。単純明快にして堅実な案だ。そういう意味では立案者たるオガナ君、君の事は評価出来る」


 この作戦、元はと言えば君が考えたのだぞ、まさか忘れてはなかろうな?…と彼女は目で問うてくる。

 私の方は私の方で、そうだったっけ?と思いつつも当然だとばかりに頷いておく。


「元々の案そのものは良かったのだが、その後の調整が少々マズかった。阿呆共に一任した私にも責任はあろうが、こうも()()の無い計画に仕上げてくれるとはな…ヴァルト・フォーアツァイト・プラトークの艦隊の陣容を知っておるか?まさか本当にこれでいけると思ってOKを出したのかと疑ぐってしまう程だぞ?全く、計画案によく目を通さずに許可したのが悔やまれるな…」


 “阿呆共に一任した”のと“計画案によく目を通さずに許可した”のが間違いなく最大の問題だな。

 原案を出したのは私でも、関係各位と色々微調整しつつしっかり計画案を仕上げたのは別の人間。

 そちらに関しては兵站だとか外交だとか各種の兼ね合いだとか何だとか私とはまた別の分野の話になってくるので私は一切関わっていない。

 女王曰く、そこで“遊びの無い計画”とやらになってしまったらしい。


 見給え、と彼女は予め用意していたらしい紙を私に手渡す。

 明らかに右上の辺りに赤字で「マル秘」とあるのだが…まあ、見なかった事にしよう。


 恐らくは作戦計画の原本。

 クチャクチャに丸められて悲しい事になっているがかなり重要な書類であるはず。

 私の様な一介の軍人においそれと見せて良い類のものではないはずだが…まあ、この女王だし…仕方ないだろう。


 ふむ。

 それによれば…


 ヴァルト艦隊は五隻の戦艦を含む百隻越えの大艦隊。

 流石はヴァルト、と感心せざるを得ない。

 相当にこてんぱんにやられた現場に居合わせ、ヴァルト王国海軍の現状を知る私としては、随分と無理している事が嫌でも分かってしまうが。

 もうこれがヴァルトに残っている殆ど最後の力であろうと思われる。

 ヘソクリにまで手を付け、無い袖を振り続け、やっとこさ揃えた大艦隊…というところであろうか。

 何故これ程まで無理するのか私には全く解らない。そもそもそれだけのメリットがあるのか怪しい。

 何か勘繰ってしまうが、どうなのだろうか。

 内容も戦艦や重巡など残存戦力勢揃い。なかなかに大盤振る舞い。

 だがその一方で、万が一のために戦時徴用契約を結んでいた民間船を多数加えて数を水増ししている感が否めない。

 とまれ、ヴァルトがこの三カ国の中心的立ち位置なのは間違い無いだろう。


 フォーアツァイト艦隊は予定では最低でも五十隻は参加する、と。

 かと思えば、多ければもう少し──七十隻ぐらいにまでは増える可能性がある様だ。

 ええい、どっちなのだ。ハッキリしてくれ。

 多数の国家による共同作戦という事もあってか、計画の時点ではなかなかに曖昧である。

 実際にはどの程度の船が参加しているのやら…という感じ。

 更に注目すべきはその内容。

 ヴァルトの次に見たから、というのもあって非常に寂しい内容である。

 基本的には二千トンあるか無いかという大きさの船ばかり。

 何だ、漁船の集団か。…と溜め息を吐きたくなる。

 大きくてもせいぜい軽巡レベル。大抵は駆逐艦だ。

 まあ、仕方ないと言えなくもないが。

 ヴァルトが異常なだけだとも考えられる。

 その分比較的新しい船ばかりなのはほんの少し幸いか。


 プラトーク艦隊もほぼ同程度。

 同程度、というかぴったり五十隻が確実に参加可能、とある。

 プラトークと言えば北に位置する国。それなのにツァーレ海を挟んで正反対に位置するヴァルトの港から出港するとは何事か。

 オデッサ民主共和国のお隣さん、もっと言うならメーヴェのお向かいさんだったはずなのだが…

 しかしそんな事はこの際どうでも良い。

 問題は、その中身である。

 ──ショボい。

 フォーアツァイトですらアレだったのに、プラトークときたらもう…艦隊(fleet)と呼ぶも烏滸がましい。

 じゃあ小艦隊(squadron)ですかと問われればそれも違う。

 先程フォーアツァイトを漁船団だと揶揄したが、あれは間違いだった。

 漁船団ってのは正しくはプラトーク艦隊の事でした。はい。


 一介の将校に過ぎぬ私としては、参加艦艇の詳しい数など知り得ないし、その内容も知らなかった。

 まあ知ったところで、こんなものか、というのが第一の感想である。


 ヴァルトは上々。

 フォーアツァイトとプラトークは囮以外の何でもなし。

 数だけ見れば二百隻を優に超える大艦隊(armada)なのだけれども。


 ざっと見て顔を上げれば、直ぐに女王が問うてくる。


「どうであった?」


 どう、と言われても返答に困る。


「まあ妥当な範囲ではないでしょうか。少々鬼畜な気もしないではないですが」


 と言うのも、前回ヴァルト王国海軍が戦闘した際にはこちらの船は合わせて百四十四隻であった。

 あの時と比べれば遥かに脆弱な艦隊ながら、数だけならば存外多い。

 囮としての役目しか期待しないなら十分だと思えてしまう。


 但し、本隊と合流する頃にはその大半が沈んでいるであろうと予想されるのが何とも悲しいが。


「そなたまでその様な事を…それでは(たれ)を我が味方とせんと言うのだ…」


 いやいや、味方ならいっぱいいるでしょうが。

 何を大袈裟な。


「事実を言ったまでですが?」


 彼女は眉を寄せて腕を組む。


「私からすればそれは随分と楽観的な観測だぞ?考えてもみよ、敵は我々の想像を越えた()なる存在だ。経験則というのは重要なものだがそれに頼り切るのも危ういものだとは思わんか?想定外はあって然るべきだ。()()()()()()()()()()()()()()と言うだろう?そうならないよう努力すべきだとおもうがね?」


「はあ、要するに?」


「要するに、我々も友軍支援のためにそちらの方に向かうべきだと言っておるのだ。現行の作戦通りだとあまりにも彼らに無理を強いる事になってしまう。過ぎたるは猶及ばざるが如しとは言うものの、及ばざるよりはマシである事に異論はあるまい」


「連携に支障が出る可能性があります。そもそも何のために彼らに囮となってもらっているのかご理解頂きたいものですね。ただでさえ既に彼らは数百隻の大艦隊。そこに我々がいたずらに加われば混乱を招く事確実。足手纏いになります。囮役に徹するのであれば身が軽い方が良いに決まっています」


「身軽なのは結構な事だが、それを追求した結果余裕の無さに繋がっているのもまた事実であろう?」


 言うなればこれは価値観の相違によるものだ。

 効率を重視して無駄の無い配置を追求すれば現行の作戦の様になるし、不測の事態を想定して慎重にいこうと思えば彼女の主張する様に我々は応援に向かうべきなのだろう。

 別にどちらかが間違っているという訳でもないのだ。


「成る程、確かに仰る通り。念には念を、と思うのもまた仕方のない事でありましょう。…ただ、根本的に前提が間違っているのです」


 そう、女王の主張は正しいのだが、私からすれば“適切ではない”。

 それは、根本的に認識が異なるからである。


「先程陛下はリレーで本作戦を喩えていらした。曰く、バトンが次の走者に回らないと困る、と」


「まあそういった趣旨の事を言ったな」


「そもそもバトンが回ってこずとも困らないとすればどうですか?陛下の主張はそれを前提としていらっしゃいますけど」


「意味が解らぬ」


 ふうっと息を吐く。

 ここから先の内容はあまり同盟国の皆様のお耳には入れたくない内容なのだが…致し方あるまい。


「正直に申し上げましょう。結論から申し上げると、バトンが我々に回ってこずとも何ら──いえ、それは少々言い過ぎかもしれませんが──然程問題無いのです。全体的に見て、彼らが全滅しようがしまいが大して変わりありません」


「何を──」


 何か言おうとした女王を制止する。


「思い出して頂きたい。数が少ない方が身軽であるという事も一つの理由ではあるものの、囮として彼らを差し向ける最大の理由を」


 女王の顔を見つめると、彼女の整った顔が忌々しげに歪む。


「──戦略的価値だ。戦略的価値が低いからだ」


 そう、その通り。

 正直言って、彼らは戦力として役に立つ存在であるとは言い難い。

 ヴァルトは兎も角として、フォーアツァイト・プラトークに関しては囮の他に有用な利用方法があるとは思えないのだ。

 故に彼らは囮となっている。


 それが全滅しようがしまいが我々にとって何の違いがあろうか。

 いや、あるまい。

 非情かもしれないが、事実そうなのである。


「少し言葉が悪いかもしれませんが──その程度の存在のために既存の計画を狂わせ、艦隊全体を混乱させる事に如何程の価値がありましょうか。彼らが全滅したならば、今度は我々の艦隊が新たな囮となるまでの話です。我々が彼らに加勢しに行った場合、より戦略的価値が高い我々の艦隊が余計な損害を被る危険性があります。全体的に考えて、悪影響しかありません。我々が攻撃を受けるぐらいならその分彼らに犠牲になってもらう方が遥かに合理的なのですから」


「そなたは鬼畜生か何かか?」


 冷めた笑いが自分の口元から湧いてくるのを感じた。


「否。純軍事的観点から申し上げているだけの事です」


 実際にはそう簡単な話ではない事は重々承知。

 他国の艦隊に被害を押し付けたとなれば後々外交的に厄介な事になるであろう事も。


 今も後ろの座席の同盟国軍人の皆様から何とも言えぬ視線を感じる。

 私が言っているのはその視線を向けられるに相応しいものだ。


 されど、私は軍人である。

 外交など知るか。

 政治など知るか。

 知ったこっちゃない。


 私の使命は勝利をもぎ取る事のみであり、この糞ったれの女王のために政治だとかそういった面倒な事を考慮してやる事ではないのである。

 他国の艦隊を見捨てる事が勝利に繋がるならそうするまでの事。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 だが、女王は──


 女王は軍人ではなかった。

 更に言えば、どこまでも“政治の人間”であった。

 それ故に、彼女と私には意見の相違がある。


 そして彼女は、どこまでも軍人としての立場を貫こうとする私に、それ以上を求めていたらしい。

 “それ以上”とはつまるところ、政治の分野にまで頭を回せという事なのだが。


「そうか…純軍事的に、ねえ…ならばこちらは軍事も政治も引っ括めて語らねばなるまいな」


 彼女は聞き分けの悪い子供を相手にするかの如く小馬鹿にした様な表情を作る。


「そなたの言わんとするところはよく解った。だが、それでも尚言おう、我々は友軍援護に向かうべきであるとな。純軍事的には正しいなくとも、だ。そなたが軍事戦略全体を見渡してそう主張するならば、私は国家戦略全体を見渡してそう主張しよう」


 軍人は政治の事情を知り得ぬ。

 だから、軍人にとっての最適解は国家にとっての最適解となり得ない。

 その事を私が痛感したのは、この直ぐ後の事であった。

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