CXIII.女王様はただでは働かぬ。
さて、遂に戦闘開始となりましたが、ここで少し場面を変えてオガナ君視点に移らせて頂きたいと思います。
お話としては99話「女王陛下は心得ておられる。」の続きです。
うーん、何だか遥か昔の話の様に思えてきますね…筆者もすっかり何を書いたか忘れていて、ちょこっと読み返したくらいです。
読者の皆様も、もしどんな感じだったか忘れておられるなら少しばかりチラッと読み返して頂く事をお勧め致します。
〜少し遡って、メーヴェ別動艦隊 旗艦マクドナルド艦上にて〜
「さぁて、私のおかげで皆の士気も鼓舞された事であるし…これを活かさぬ手は無いな。のう、オガナ君?」
何か物申したげな様子で、女王はこちらを振り返った。
「もう十二分に活かされてますよ。陛下はよくやって下さいました、ですからもう大人しくしておいてくれませんかね」
認めよう。
確かに、彼女のおかげで士気は上がった。
それは事実である。
されども…
されども、である。
それを“活かす”だのどうのこうのと彼女が言い出したのはもう嫌な予感しかしない。
絶対に突飛な事を言い出すに違いない。いや、絶対そうだ。
士気が上がった。それは良かった。
ならばそのままハッピーエンドで終わらせてくれれば良いものを…彼女はまた変な事を仕出かそうと良からぬ事を考えている様なのである。
──もしかしたら私の杞憂に過ぎないのかもしれない。
だが、杞憂で終わらぬ可能性も高いのもまた事実。
そしてもし仮に何かしょーもない考えを腹に抱えていたとしても、彼女が何を企んでいるのかは私にはとんと見当も付かぬ。
だからこそ、まともに取り合わないのがベストな選択。
リスクは回避すべきである。
しかし、その様な事でどうにかなるなら元より困りなどしないのである。
女王陛下におかれましてはもうそれはそれは図太い神経をお持ちであられるので、私の様な下賤の者にはとてもではありませんが対応出来ませぬ程にしつこくネチネチとしたご性分であらせられ、それ故に陛下は私が何と申し上げようが関係無く迫ってくるのです。
「いやいやいや、甘いぞオガナ君」
そう言いつつ、数メートルはあった──と言うより、私が何とか維持していた──距離を彼女は一瞬で詰めてきて、私の目の前にデデデンとそびえ立つ。
勿論実際にはそびえ立ってなどいないのだが、そう表現せざるを得ない程の存在感である。
近い、近いよ、近過ぎるの三連撃だ。
鼻先と鼻先がごっつんこしそうな勢いであると言えばどれ程近いかがご理解頂けよう。
「何も甘くないですよ、お願いですから大人しくしていて下さい」
「いや、まあ聞け。そなたにちょっとした提案をしようというだけではないか、何をそう警戒する必要がある?」
逆に彼女にそこまで言われて警戒しない方がおかしいだろう。
そんな阿呆がこの世に存在するならそれは阿呆か阿呆のどちらかだ、この阿呆め。
「いえ、結構です。間に合っておりますので。わざわざ陛下のお手を煩わせる程の事でもありませんのでさっさと昼寝でもして静かになって下さいお願いします。何なら私が首の後ろ辺りをポンッと優しくチョップして眠らせてあげますけど?」
最大限の拒絶の意を込めてその様に告げたのだが、やはり彼女には効果が無い。
彼女は親しげに私の背中をバシバシ叩くと、まあまあまあそう固い事を言うな私とそなたの仲ではないかもっと仲良く楽しくフレンドリーにいこう片意地を張るでないぞetc.…と好き放題言ってくれる。
ああもう駄目だコレ…と私が半ば諦めてしまったのも仕方のない事であろう。
もしこれが上司でなければ今頃とっくに海に突き落としていただろう、というレベルである。
彼女は私の言う事も碌に聞かず提案を始める。
提案というよりは、最早一種の命令であるが。
「元々の予定ではこの後本隊と合流するはずだったな?その件だが、少しばかり予定変更といかぬか?」
予定変更に少しばかりも芝刈りも何もあるものか。
予定は予め定まっているから予定なのであって、そう勝手気ままに変更を加えて良い様な代物ではない。
直ぐに連絡が取れた元の世界ならば兎も角、この世界では互いの連絡手段が非常に少ないので好き勝手すると関係各位に多大なご迷惑を被らせる事となりかねない。
「如何なるものであろうとも予定変更など絶対に拒否します。我々もその様に動くという前提で全体の予定は組まれているのですから」
「まだ内容も聞かせていないのに拒む奴があるか。取り敢えず結果の如何に関わらず耳だけでも傾けてみてはどうなのだ?全く、そなたはどうも偏屈で困るな」
などと、説教をたれてくる。
偉そう…というか実際に偉いのだが、王族ってヤツはこうも傲慢なのかと驚き呆れる。
厚顔無恥の無恥無恥ボディーに免じて許して差し上げるが、もし彼女がボンキュッボンのナイスバデー美女でなければ今頃とっくに海に突き落としていた事であろう。
「では、耳を傾けてみるだけ傾けましょう」
そう、傾けるだけ。傾けるだけだからね。
彼女はウムウムと満足げに頷くと、ニヤついた顔で私の背に腕を回し、耳元に口を寄せる。
そして必然的に胸とか胸とかその他胸とかが当たったりしちゃう訳だ。
過度なボディータッチは自粛して頂きたいのだが、言っても無駄だろうという事は自明なので無言で耐える事とする。
わざわざこういう下劣極まる手段を伴って“提案”とやらをしようとする点からも、彼女が企んでいる事が恐らく碌でもないものなのであろう事はもう分かり過ぎる程に分かってしまう。
この女、取り敢えず胸押し当てて甘い息をフッと吹き掛ければ男なんてどうにでもなると思ってやがる。
勿論その通りなのだが、私だけはそうもいかんぞ。そこら辺のチョロ男と一緒にされては困る。
私にかかればこの程度の事──うん、まあ…耐えるだけならば楽勝である。
猪口才な手に私が引っ掛かるとでも思ったのであれば少し考えが甘かったな、この間抜けめ。
…と、現実では勝てないので心の中だけでは勝ち誇っておくとしよう。
で、肝心の提案の内容はといえば、やはりとんでもないものであった。
「本隊とは合流せずにこのままヴァルトとフォーアツァイト、そしてプラトークも迎えに行かぬか?」
「…」
あまりの内容に、もう返す言葉も無かった。
少しばかりの予定変更?
これの一体どこら辺が“少しばかり”なのであろうか。
そこのところを詳しく問い質したいものである。
やれやれだぜ、という私の心境を彼女にも伝えるべく、十回くらいわざとらしい溜め息を吐き、天を仰いだ後に十字を切り、おお神よ…とか嘆いてみる。
嗚呼伝えたいこの気持ち。今ならラブソングのありがちな歌詞だって解るとも。
どれどれ。私のこの気持ち、ちゃんと彼女にも伝わったであろうか。
チラリ見ると、私を心配する様な、可哀想なものでも見る様な、何とも言えぬ哀しい表情をしていた。
うん、多分伝わってないなこりゃ。
仕方なく、言葉で気持ちを表す路線に切り替える。
悲惨な事に、言語という名の貧弱な武器を以て立ち向かわねばならない。
「…成る程、陛下のお考えはよく分かりました。この件に関しては後ほど本社に持ち帰って検討させて頂きたいと思いますのでどうぞここはお引き取り下さい」
「何が本社に持ち帰って、だ。検討するなら今直ぐだ」
うーん、手厳しい。
「そもそも何故突然その様な事を?」
「別段深い理由も無い、士気が上がったこの勢いに乗じて同盟国をお迎えに行こうと言っているだけだ。ほら、折角上がったのに放置じゃ勿体ないではないか。それに、本隊に戻れば私の存在が皆に知れ渡ってしまう。そなたを説得するだけでもとんだ骨折りだったというのにそれ以上に頭の固い連中を納得させねばならぬとくれば身が持たん」
確信した。絶対に後者が最大の理由であろうと。
自己中心的どころの話ではない、本当に自分以外見えていないのではなかろうか。
「陛下、馬鹿ですか」
「馬鹿ではないぞ」
「いや、明らかに馬鹿でしょう…もう何も言う気が失せましたよ…暗愚の王、ここに極まれりですよ。残念です、ただただ残念です」
彼女は納得がいかなそうな顔で肩をすくめる。
「取り敢えず、貶されている事だけは分かるぞ。何もそこまで言う事もなかろうに」
「そりゃ言うでしょうよ…」
そりゃ言うよ。
そりゃあな。
「まあ待て待て、戦略的に考えてもこれは悪い話ではないと思うぞ?」
「いえ、そんな事はどうでも良いんです。何があろうと予定変更なんてあり得ませんから」
おいおいおい、と彼女は呆れた様なフリをして首を傾げる。
「司令官たる者、適切な独断専行はあって然るべきだぞ?作戦計画通りにしか動けない野郎を俗に無能と呼ぶのだ。状況に応じて臨機応変たれば則ち勝利を手にするのだ」
「では私は無能という事にして頂いて構いませんので」
「それは違うな。…忘れたか?そなたをスカウトしたのは私だ。わざわざヴァルトから引き抜いてくるくらいには認めているつもりだぞ?こう見えて私は人を見る目はあるつもりだ」
どうだかなぁ…というのが正直な感想である。
「それに、もう一つ忘れている事があるな?」
「何をです?」
「私が上司であるという事だ。もっと言うなら、私がオガナ君の所属する組織の長にして所有者であるという事をな。つまり、私の提案を聞き、それを必要に応じて採用する事は独断専行どころか正しき行いであるとは思わんか?」
「残念ですが、直属の上司の命令にしか従わないのが私のポリシーでしてね。命令系統が複雑になって混乱するのを防ぐためにも本来組織とはそうあるべきです」
「だが、今はその直属の上司とやらはいないだろう?」
「それが何か?」
「臨機応変、だ」
「不臨機過応変の間違いでは?」
「オガナ君、素直になり給え。な?聴くだけだから。このままヴァルトと合流する事の戦略的利点についてご納得頂けると確信しているのだが」
仮にも彼女は一国の王。
更に言えば女性である。
その彼女に一体軍事の何が分かろうか。
「成る程、少なくとも独断専行で軍法裁判にかけられる心配は無さそうです。しかし既存の作戦を蹴る事により生じる不利益を鑑みれば、それ相応の利点でなければ採用するに足り得ません。余程の自信がある様ですが、どうでしょうね」
彼女はフフフと鼻に付く笑みを浮かべる。
「自信か…そうだな、あるぞ」
「どうでしょうか」
「まあ聞かぬ分には何も始まらん。認めてもらえるまで丁寧に説明を尽くそうではないか。ついでに、ゲストもお呼びしてだな」
ゲスト…?
その言い回し、どうも嫌な予感がするのだが?
「失礼、ゲストとはこれ如何に?」
「なぁに、心配せんでも良い。折角だから、同盟国の皆様方もお招きしようというだけの事だ。一人一人説き回っている余裕は無いのでな」
彼女、私だけでなく他数名にも自分の案を披露して賛成させ、外堀から埋めていくつもりだ…
謀ったな…!
「そんな事はさせませんからね、絶対に」
すると彼女はせせら嗤い、こう告げる。
「悪いなオガナ君、こんな事もあろうかともう既に呼んである。既に、だ」