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CXII.決死の陽動を。

※注釈

・600

ここに於ける600とは、30キロメートルぐらいだと思っていて下さい。

1=50メートルぐらいの感覚です。

プラトーク艦の主砲は小型であり、その分射程も短く、それに応じて測距儀も短いのです。

その限界が具体的には30キロメートルぐらいだった訳ですね。

ただ、一つだけご留意頂きたいのは、この距離はプラトーク艦の砲射程と比すれば非常に長いのですが、他国の船の砲射程と比べれば然程長くもないという事です。

「探照灯、照射っ!!」


 合図と共に、全プラトーク艦艇は一斉にライトの覆いを取り払った。

 向けるその先は特に指定されている訳でもなく各々が自分で判断して決めるのだが、皆揃って真正面海面すれすれ。


 そこに、飛び回る小さな影を見つけた。


 直ぐさま測距儀のレンズが目標を捉える。


「距離測定不能!彼我の距離、600以上です!」


 測距儀の性能を超える遠距離。

 つまり、射程外だ。


 以前述べた様に、これにて第二段階の開始という事になる。

 即ち、囮として敵の気を引きつけるためと友軍艦の集合を促す目的での探照灯照射である。


 ここまでの道中で六隻のフォーアツァイト艦と二隻のヴァルト艦を加え、現在プラトーク艦隊は合計五十八隻となっていた。

 やはり中心部に集中していたヴァルト艦は真っ先に狙われた様で、フォーアツァイト艦に比べれば集まる数が少ない。

 無論これだけでは正確には判断し難いのだが、状況証拠としては中々の説得力がある。

 故に、マセリンやフルシチョフはヴァルト艦隊損害多し、との前提で行動する事に決めた。

 これが意味するのはつまり、ヴァルトの大型艦が戦力として加わる可能性は想定よりも低いという事である。

 まだ始まったばかりの作戦は、早速幸先が良いとは言い難い状況で幕を開けた。


 一方のコナー。

 敵も探照灯の光を照射されていち早く反応する。

 光から逃げる。即ち、高度を上げる。


 探照灯の光は海面付近に集中していた。

 それを避けようと思えば必然的に上昇する事となるのである。


 これは恐らくこちらの規模を把握する意図もあったろう。

 実際、上空から無数の光点が視認出来たはずだ。


 そしてそれをほんの少し遅れで光が追いかける。

 もしコナーに生物としての本能があるならば、この光を不快に思わぬはずがない。


 この暗闇の中、(常識の通じる)生物ならば光をどうにか出来るだけ多く得ようと瞳孔が開く。

 本人の意思など関係無く開く。

 瞳孔とは謂わば眼球の玄関であり、光というお客様をお迎えするためのものだ。

 眼球が満員御礼とならぬように周囲の光量が多ければ入場制限だとばかりに小さくなるし、少なければ寄ってらっしゃい見てらっしゃいとでも言わんばかりに大きくなる。


 コナーが生物ならば──更に言えば、眼球を有しているならば──今の今までは真っ暗な海上だから瞳孔が開きっぱなしだったはずである。

 そこに突然強烈な光が投げかけられる。


 ──眩しい。


 避けようと上空に逃げる。

 だが、直ぐに光も追ってくる。


 誰がこんな酷い事をするのか。

 見れば、あちらの方からいくつもの光がこちらに向けられているのが見える。

 全てあいつらの仕業か。


 …敵の気持ちを代弁するなら、こんなものだろう。

 まあ、感情があれば、だが。


 目の前に邪魔者がいる。

 そしてそいつらを排除する手段がある。

 なら、次はどうするか。


 それはもう決まっている。

 邪魔者は消す。

 それを躊躇する様なヤツでもない。


「──きますッ!!」


 観測所の面々から悲鳴にも似た叫び声が上がる。

 コナーが体勢を立て直し、やたらと大きな銃を構えるその瞬間を彼らは目撃したのだ。


 ()()とはつまり、()()()()()という事であった。


 ──刹那、プラトーク艦のうちの一隻が灰燼に帰した。

 光った、と誰もが感じたその時には既にその小さな船は跡形も無く消し去られていたのである。


 敵の攻撃は限りなく高速に近い。

 光は一秒間に約三十万キロメートルも進む、なんていうのは有名な話だが、敵の光学兵器はどれくらいのものなのであろうか。

 本当の意味での光速は不可能であろう。…だが、それが何だと言うのか。

 仮に敵の攻撃が秒速三十万キロメートルに満たなかったとして、それはせいぜい数十キロメートルが関の山のこの距離では誤差である。

 物理演算ならば近似されてしまう様な非常に小さな誤差に過ぎない。

 眼球から「光った」という情報が脳に送られるのも電気信号によってである。

 つまり、眼球に光が届いたその瞬間には船は攻撃を受けていて、皆がそれを認識した時にはその船はそこから消滅していた。


「お前はもう死んでいる」とはまさにこの事。

 気づいた時にはもう死んでいるのである。


 避けられない。

 避けられるはずがない。


 フルシチョフはこの初弾を──正確には初弾の及ぼしたであろう凶悪なその威力を──目撃した瞬間に確信した。

 避けるなんて土台無理な話であったのだ、と。


 しかし幸か不幸か、先ず最初に狙われ、そして消滅したのは囮艦であった。


 もしかしたら敵からすればこちらはよく見えていないのかもしれない。

 ヴァルト・フォーアツァイト艦隊を襲った時には中央の大型艦から狙ったというのに今は小型の囮艦を狙った。

 強い光を浴びていてはまともにそちらの方を見る事が出来なくたって当然である。

 …相手からこちらがよく見えてないのでは?

 光源目がけて闇雲に撃つしかあちらには手段が無かったのでは?


 この様な希望的観測が皆の脳裏に浮かび上がってくる。


 この後の段階では囮艦以外は探照灯を消してしまう手筈になっている。

 もしこの希望的観測が希望的観測で終わらないならば、敵はこの後ずっと囮艦だけを狙ってくれる事となる。

 囮艦が尽きぬうちは自分達は無事でいられる。


 そしてこれと同じ発想に至ったのが他ならぬフルシチョフであった。

 否、彼はその可能性に賭ける他無かったのである。


 最初に狙われた囮艦はプラトークの小さな小さな駆逐艦だった。

 駆逐艦とは言っても、それは例の如くプラトークがそう主張しているだけの話であって、他国からすれば或いはボートか何かにすら見えたかもしれない。

 事前に必要最小限の人員以外は退去させていたから、この船の場合、その瞬間に残っていたのは艦長と副艦長、そして船員二名の計四名であった。


 ──たったの四名の犠牲で済んだ。

 マセリンはそう思った。

 これが多いか少ないかと問われれば、明らかに少ない被害なのである。


 だが、目の前を先程まで同じ様に航行していたはずの仲間の船が瞬時に消え去った様を目撃した他の者達の心境は穏やかではない。

 瞬きするよりも早く、人間が感知出来るよりも早く、仲間が消えたのである。


 光学兵器によると思しき攻撃は凄まじいエネルギーとして小さな船に降り注ぎ、鉄も人間も何もかもが蒸発した。

 骨も残らない。

 かつて船を構成していた固体を全て気体に変えてもエネルギーはまだ有り余っていた。

 周囲の海の水やら何やらまでおまけとばかりに蒸発させた。

 それも、海中の、である。


 皆が敵の攻撃を認識して数秒の後、遅れてザババババと海が持ち上がる。

 その様は爆雷が海中で爆発した際の水柱に似ていたが、それよりも遥かに大きかった。

 周りにいた船までその水柱に危うくひっくり返されそうになった程である。


 敵の攻撃がその場に残したのは、とんでもない量の蒸気と熱気と大きな水柱だったのだ。

 敵の攻撃自体は音も無く、ただ一瞬光っただけのものであった。

 それで実感が湧いていなかった者も、これでやっと事実を認め始める。

 遅れてやってきた熱と音と振動とが全員の心を揺さぶった。


「──第三段階に移行!」


 そう言われるまでもなく、誘導艦各艦は探照灯に我先にと覆いを被せた。

 これで探照灯を照射するのは囮艦だけとなった。


 また、それと同時に囮艦に残っていた船員達の行動も迅速であった。

 先にヴァルハラに旅立った哀れな四名に同伴するのは遠慮させて頂きたい、と。


 移乗用の小舟は各艦から綱で牽引していた。

 それを手繰り寄せ、乗り移り、エンジンを吹かし、(もや)っていた綱を解く。

 流石は海の男で、ここまでの作業は流れる様な動作で一瞬のうちに行われた。

 艦隊の前方に水押(みよし)を向け、少し速度を出してやれば、回収してくれる後方の温存艦との相対速度を小さく出来る。

 これによって、彼らは安全に回収された。

 その際に使われた舟は全てその場に放棄される事となるが、人命優先だ。

 舟は後でいくらでも回収しようと思えば出来るのである。


 以上が、第三段階であった。

 初期の想定通りに──或いはそれ以上にスムーズにそれは行われた。


 そしてこの間にも、彼らは自分達の周囲に続々と友軍艦が集うのを感じていた。

 遠方から呼応する様に何かしらの合図が送られてくる。

 生き残っていた友軍艦が、自分達の存在を伝えてきているのだ。


 その数は数知れず。

 断続的であるものの、非常に多い。

 散り散りに逃げたのが幸いしてか、予想外に残存艦は多い様だ。


 第三段階が済めば当然次は第四段階なのだが、これは実際には「敵が射程内に入れば撃つ」というだけのものに過ぎない。

 だが、これが案外難しい。


 ここでの最大の課題は、統制の難しさにある。

 フォーアツァイトやヴァルトの軍艦も続々と加わり、砲射程も多種多様。

 それを上手く統制する事が非常に難しいのだ。


 いくら囮艦が探照灯で目立っているとはいえ、当然ながら発砲すれば目立つ。

 目立てば攻撃を受けるリスクも高まる。

 これは自明の理である。


 考えてもみて欲しい、ここで本当に「敵が射程内に入ったら撃つ」という事を額面通りに捉えて行えばどうなるのかを。


 射程が長い砲というのはほぼ同時に強力な砲でもある。

 つまり、最初に射撃を開始して最初に目立つのは戦力として重要な、強力な艦なのだ。

 要は、不用意な射撃は戦力の大幅な低下を引き起こし得る。


 ならば他の艦でも空撃ちすれば良いのではないか、という話だが、それもあまり欺瞞としての効果を期待出来そうにない。

 それに、そもそも考えてみれば敵を撃破する事が目的でないのだから撃つ事に意味はあるのか、という根本的な問題まで出てきてしまう。


 だからこそ、射撃を開始するタイミングというのは非常に難しい。


 そしてこれに更に拍車をかけるのが、敵の攻撃を受けている最中であるというこの状況と、本来あるべき指揮系統が破壊され、まだ完全には取り戻されてはいないという事。

 つまり、()()()()()()()()()()()()なのだ。


 ──そのうち、時間も経過していく。二発目がきた。


「十二、十三、十四、十五──ッ」


 敵の攻撃を確認後に慌てて時を数えていた者が十五秒を数え終わったその瞬間、また一閃。

 声にならぬ恐怖の呻きが各艦内にこだまする。


「事前の情報通り、敵の攻撃間隔十五秒です」


「今ので攻撃を受けたのは囮艦か?」


「現在確認中です、少々お待ちを──あ、はい、囮艦です」


 その報告受けて、マセリンの顔は険しくなる。

 本来吉報であるはずのこの報告でさえ、彼には喜べないのだ。


 囮艦が攻撃を受けたのは本来望むところだ。

 だが、よくよく思い出して欲しい。

 プラトーク艦は元々五十隻。

 一方の敵は一分間に最大四隻を沈められる。

 他国の船を合わせたとて、何分持つだろうか。


 合流すべきメーヴェ艦隊は確かにこちらに向かって来てくれている。

 確かに、直ぐそばにまで来ているはずだ。

 我々はその彼らの元へと敵を運ぶだけで良い。


 だが、とてもではないが──数十分でメーヴェ艦隊と合流出来るとは思わない。

 無論、メーヴェ艦隊の位置を詳しく把握している訳ではない。

 もしかしたら予想外に近くまで来ているかもしれない。

 だが、それでも無理だ。

 その前に全滅する可能性しか考えられない。


 ──このままでは駄目だ。


 だが、どうしようもなかった。

 作戦をこのまま続行する他、彼には何の名案も思いつかない。


 彼が苦しげに歯ぎしりしたその時、窓の向こうで巨大な水柱が湧き上がってくるのが見えた。


「フルシチョフ少将に陣形変形の具申をしてくれ、第四段階に移行する。予定変更、射撃開始のタイミングを繰り上げる、と送ってくれ」


 マセリンはこのまま諦める訳にはいかなかったのだ。

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