CVII.理想の終着点。
深夜テンションでキーを叩き続け、キーボードハッピーしていたところ、気付いたら注釈が本文並みに長くなっていました。
そのため、本文の量が控えめになっております。なんてこった!パンナコッタ!
…すいません。
※注釈
・第二型索敵輪形陣
プラトーク帝国海軍に於いて最も使用頻度の高い陣形、それこそがこの第二型索敵輪形陣です。
「輪形陣」と名乗りつつ、上から見ればほぼ楕円に近い形をしています。
これだけの説明ではさっぱり解らないでしょうから、試しにこの陣形の立ち位置を現実世界の尺度で測って説明をしてみようと思います。
そこで問題になってくるのは、そもそも海戦に於ける陣形とはどの様なものなのか?…という事でしょう。
陸上と同じ様に、海上に於いても陣形は時代につれて大きく変貌していった歴史があります。
そのため、時代を追う形で順に見ていきましょう。長くなり過ぎないよう、出来るだけ簡潔に、筆者の独断と偏見を多分に交えて。(…と書きつつ始めたこの注釈ですが、最早コラムと化しています。つまり“無駄に”長いです)
きっと人類史上最初の海戦は小舟に乗った漁師同士の漁場を巡る諍いだとかそういった類のつまらないものなのでしょうが、それは飛ばして…
恐らく組織的な海戦はエジプト文明辺りが最初でしょう。
…が、これも筆者は詳しくないので飛ばしてしまって…みんな大好きギリシア・ローマ辺りで妥協させて下さい。
初期の海戦──ここではギリシアやローマの時代、つまりサラミスやポエニ辺りを大雑把に指しています──では所謂横陣の様に、横並びになる事が多かった様です。
まあ、我々の想像する単横陣などとは違って、横並びと言うよりは大きな塊になっていた訳なのですが…後と比べれば遥かに横方向に膨らんだ陣形であるという点で横陣と呼んで差し支えないでしょう。
この当時の海戦とは、勿論ながら火砲など無い時代でしたから(ギリシア火薬も随分と後になってからです)非常に交戦距離が短く、言ってしまえばぶつかり合って戦っておりました。
具体的に言えば、艦首部分の突起を敵船の横っ腹にドーンッとぶつけて穴を開け、沈め合っていたのです。
自分達の船腹を敵に狙われないようにしつつ、如何にして敵の脇を突くか、という勝負だった訳ですね。
有名な三段櫂船の様に、エイサホイサと船を漕ぎ、ロマン溢れる巨大かつエンシェントなお船が蔓延っていた時代です。
フェニキア人やギリシア人によって確立された、洗練された海戦…「古代ロマン海戦時代」と筆者は勝手に命名しておきます。
そんな訳で、当初の陣形が横陣であった事は必然とも言えるものでした。
この後ローマの丘に巣食う野蛮人共がこの美しい海の流儀に陸の流儀を持ち込み、散々に荒らしてくれる事になりますが、そこら辺は割愛です。
兎も角、この頃は横陣がポピュラーだったという事実が重要です。
さて、次はそこから千五百年後ぐらいにピョーンと飛びましょう。
この千五百年の間にも色んな変化があった訳ですが、そこは省略し、火砲がある程度発達した時代の話をさせて下さい。
ギリシア・ローマから千五百年後…とくれば、大航海時代とかでしょうか。
まあ、カリブの海賊船とかを思い浮かべて頂ければ良いのかもしれません。
具体的にはアルマダとかその辺を想定して筆者は書きます。
この時代、千五百年も経ったからには当然海戦の形は大きく変化しておりました。
言ってしまえば火砲の出現です。
それ以前には間接的に敵船を攻撃しようと思えば海上では弓矢の他有効な手段がありませんでした。(ギリシアの火なんてチートは除きます)
そのせいで直接体当たりしたり敵船に乗り込んで白兵戦を展開したり…と苦労していた訳ですが、火砲の発達によってわざわざそんな事をせずとも敵船に有効打を与えられるようになりました。
無論、依然として初期の火砲の威力は若干力不足感が否めなかったので全時代的な戦い方も一部では行われてはいましたが、基本的には大砲を撃ち合うお馴染みの光景になったのです。
海賊船の大砲って、舷側に並んでいるイメージですよね。
そこから分かる様に、この頃には横陣はなりを潜め、縦陣が台頭していました。
互いにお行儀良く一列に並び、火遊びを楽しむ新しい海の流儀が生まれたのです。
まだこの頃の戦闘では後の時代と比べれば指揮系統がしっかりしていなかった事や、射程距離が短かった事もあって、戦っているうちに敵味方入り乱れて陣形もへったくれもない状況に陥る事も多かった様ですし、カリビアンなパイレーツ映画等でお馴染みですがローマ人の野蛮な流儀──敵船に乗り込んでの白兵戦──も依然行われておりました。
筆者はこの頃を「カリビアンロマン海戦時代」と名付けておきます。
そして次はそこからまた数百年後のお話です。
所謂近代と現代の狭間にあたる時代、具体的にはドレッドノート以前の事。
基本的に近代以降の軍艦というのは砲配置の関係上、艦首側よりも舷側に攻撃する方が得意なので戦闘時に敵に横っ腹を向けてドカンと砲弾をぶちかますべく、単縦陣を基本としていました。
この砲配置に関しては海賊船からちゃんとした軍艦に発達した後も船は細長い形をしていた点で変わらなかったので必然です。
ここに航空機だとか潜水艦だとか他の要素が入ってくるとややこしくなるのですが、そんなものを考慮せずに済んだ時代──日本海海戦の頃ぐらいを思い浮かべて頂ければ良いでしょう──は一列か二列、縦にズラッと並ぶのが当たり前でした。
この時の日本の戦艦は、例を挙げるなら連合艦隊旗艦を務めたミカサちゃんです。
徳川が倒れて数十年。日本の技術は非常に未熟で、ミカサちゃんもイギリス製でした。
砲塔を備えるようになっても、火砲をメインの武器として使用する以上縦陣こそが最もその効果を発揮する陣形だったのです。
ドレッドノート以後になると、その傾向に拍車がかかります。
ドレッドノートの登場により、今まで以上に片舷に火力を集中出来る新しい砲配置が主流となり、それまでのちょっと古めかしい砲配置とは完全におさらばする事となりました。
この時期こそが縦陣の最盛期であると言えるかもしれません。
さて、しかしながら時代がもう少し経つとそう単純にはいかなくなりました。
上述の様に、WWIIの頃には上から襲って来る艦爆・艦攻に厄介な敵潜水艦、周囲の地形や天候エトセトラ…と水上艦以外の要素がかなり大きく影響するようになったからです。
特に注目すべきは輪形陣で、大戦中の日本海軍は前大戦期と比べると驚く程輪形陣の比率が大きくなっています。
まあこの“前大戦期”ってのは要するに日露戦争の十年後だとかせいぜいそこらなので当然と言えば当然なのですが。だって、後々古参扱いされる某有名高速戦艦の金剛さんが作られる様な古い時代ですからね。
この少し後になって高速戦艦という艦種は防御力に問題があるとか何だとか散々クレームを付けられて廃れるようになってしまいます。筆者の大好きな高速戦艦がっ…!
高速戦艦は悪くないのです、ビス子がヤケに強かっただけです。
レパルスは悪くないのです、ポンポン砲とジャップが悪いのです。
それからまた空母機動部隊に随伴出来る艦種という事で日本で高速戦艦が多用されるという皮肉…
「敵艦にトドメを刺せる十分な火力と敵艦を追いかけられる十分な速力を供え持った艦種」というコンセプトの重巡が登場しますが、もうソレ高速戦艦で良いじゃん、というのが筆者の個人的な意見です。だから筆者は重巡も大好きです。
この輪形陣がよく使われるようになった理由は主に対航空機という意味合いが強い様ですが、他にも対潜警戒というのもあった模様です。
ご存知の通り日本は制空権を米軍に奪われてエアカバーの無い状態で作戦を行う事が多く、また、対潜能力が低く米潜水艦に悩まされましたから、それも大いに影響したのでしょう。
砲撃戦に於いて縦陣が有利な事は承知の事実ですが、WWIIに於いては軍艦同士の戦闘の発生も少なく、海中に潜む潜水艦や航空機によって輪形陣が半ば主流となりました。少なくとも日本では。
いずれにせよ、少なくとも日本海軍に於いて輪形陣が多用されたのは必然だったと言える訳です。
勿論、縦陣は縦陣で戦闘中以外でも最も扱いやすく速度を出しやすい陣形という利点がありましたから、正確には縦・輪併用の時代だったと言えるのかもしれませんね。
では、やっと本題です。
以上を踏まえて、プラトークの第二型索敵輪形陣をこれらと比べてみましょう。レッツ比較です。
“第二型”と付いているからには第一型も存在するのですが、そこは置いておきましょう。
問題は“索敵”の方ですね。
本作の世界に於いても航空機や潜水艦、潜水艇等々は存在しており、一定の戦力として活用されています。
ですが、どちらもまだ未熟で、ドイチュのウンターゼーボートの様に大西洋を恐怖のどん底に叩きつけたり輸送船に筋肉バスターを連発したりもしなければ、空母が登場するまでにも至っておりません。
要は、現実世界に於けるWWI後ちょっと経ったぐらいの感覚です。
あれれ、おかしいぞ…?現実世界に於いては縦陣が踏ん反り返っていた縦陣黄金時代に当てはまるではありませんか!
それなのに筆者は一番初めにこの輪形陣を「プラトーク帝国海軍に於いて最も使用頻度の高い陣形」などと言い張りましたよ!?
──そこで注目すべきが“索敵”という文言です。
この陣形は戦闘用のものではなく索敵用である点がポイントで、それ故に輪形陣を名乗りながらプラトークで最も用いられているのです。
かなり昔に作中で述べましたが、プラトーク帝国海軍は海軍というより海上警備隊とでも呼ぶべきものであり、専らその敵とは海上で海賊行為を働く輩です。
その様な事情から、プラトーク帝国海軍がわざわざ艦隊を組んで出動するのは大抵無法者達をサーチアンドデストロイする目的である訳です。
そのため、この索敵輪形陣が多用される事となります。
この陣形は複縦陣の真ん中を横に引っ張って膨らませたもので、「結果的に輪形陣に分類されてしまったけど縦陣を横陣に変形したもの」というのが本質です。
海上をしらみつぶしに捜索すべく縦陣を横陣に変形した結果がコレなのです。
ですから、この陣形の特徴を述べれば「必要に応じて直ぐに縦陣に戻る事が可能で、尚且つ横陣の様な特性を持った、一応輪形陣」です。
現実世界に於ける縦陣と輪形陣の中間に位置するものであると言えるかもしれません。
「本日1200より作戦開始とする。開始時刻と共に我が艦隊は全艦を以て敵潜伏予想海域に突入する。魚雷艇を先頭に、小型艦を前方、後方に比較的大型の船を配置し、対空警戒を厳として輪形陣を組む。突入はあくまで敵の発見及び陽動が目的なので本格的な戦闘は想定していない。そのため第二型索敵輪形陣を採用し、船速は半分に抑えて進む。敵発見、あるいは我が艦隊に対する何らかの攻撃及び敵対行為を確認し次第全艦その場で急速反転、陣形の維持は気にしなくて良い。逃走の形をとりつつ敵を友軍の元まで誘導する。つまり、反転後は最初の前後関係が入れ替わり、大型艦を前方、後方に魚雷艇や小型艦を配置する形となる。また事前に報せてある通り、囮艦に指定された船の船員はこの反転命令と同時に船を放棄。操舵に関わる者以外は反転前にボートに乗り込み非指定艦に移る事。反転時の船の速度低下を利用し、手漕ぎボートで何とか乗り移れ。これに失敗した場合、それを助けるために船が戻る事はない。もし落伍者を確認した場合、作戦終了後──最短で約十二時間後──に余裕があれば付近に捜索隊を派遣するが…あまり期待しないで欲しい。また、操舵要員は転舵後に順次脱出する事になるがその際には本作戦から採用された小型艇を用いる事。これは手漕ぎボートに比べれば遥かに速度が出るが船の巡航速度に比べれば僅かに劣る。そのため、迅速に行動するように。また、この際小型艇を回収する暇は無いため、乗り移り次第小型艇はその場に放棄する事。また念のために述べておくが囮艦に指定されていない艦及び小型艇は速やかに海域を離脱する事を何よりも優先するように。──つまり何が言いたいかというと、落伍者が出てもそれを助けようとしたりするな、という事だ。仲間を見捨てるという判断にも繋がりかねないこの命令に疑念を抱く者もいるかもしれないが、その軽率な行動が結果的に全体の遅れを招き、更に多くの犠牲者を生む可能性がある事に留意して軽々しい行いは謹んでもらいたい。更に言えば、敵はこちらに誘き寄せられるため落伍者も最終的には助かる可能性が十分ある。半日耐えれば救助が来ると考えれば十分生還可能であろう。その事も踏まえて──再三の注意となるが──海域からの離脱を最優先とするように。以上」
そこまで言った段階でマセリンが見渡してみた限り、怪訝な顔をしていない者は一人もいなかった。
ある者は怒りを露わにし、ある者は「そんな無茶な」と文句を垂れ、ある者は呆れ返って何も言えずにいた。
少なくとも共通しているのは、皆何らかの不満を抱いていた、という一点であろう。
その様子を見てマセリンはまた苦い顔をしつつ、想定通りだ、と自分に言い聞かせる。
(自称)戦艦ニィリャベフの甲板に集った各艦の代表総計六十名はマセリンから作戦概要を聴いていた。
幸いにしてプラトーク帝国海軍の本作戦参加艦艇には全て無線機器が備わっている。
それにも拘らず彼らがここに集められたのには様々な理由があった。
主な理由をいくつか例に挙げると、誤って伝わる事を避けるためだとか、マセリンが皆の反応を確かめるためだとか、皆を宥め賺す(すか)ためだとか、わざと反論させて論破するためだとか…まあそんなところである。
そしてその意図が呼び寄せられた六十名に伝わっていたかは定かではないが、彼らは丁度マセリンの思惑通り行動する事となった。
「具申のお許しを戴きたく」
一人の男が前に一歩進み出る。
マセリンにとっても見知った顔──今はマセリンの方が階級が上だが、元同僚──であった。
「聞こう」
マセリンは短くそう答えた。
男は顔を上げ、マセリンをじっと両の眼で捉えると、そっと話を切り出す。
「小官の認識違いの可能性もあり得る故、予め確認させて頂きますが、作戦としては敵との戦闘は出来る限り避け、陽動に徹するとの事で宜しいのでしょうか?」
「その通りだ」
「では、囮艦とは一体どういう意味でしょう?」
「そのままの意味だが?」
「つまり船を放棄する、と?最初から艦の喪失前提ですか?」
「それが何か?人が乗った状態で沈むよりはもぬけの殻の状態で沈んだ方が遥かにマシだと思うのだが間違いだろうか?」
「最初から囮にしなければもしかしたらそもそも沈まないかもしれないではありませんか」
「どうやって?」
「敵の攻撃を回避するのでしょう?そのためにシールドジェネレーターを降ろしたと聴いておりますが?」
「それに関しては、はっきり言って無理だ。速力は向上したが、だからと言って避けられる訳ではない」
「やってもいないのに諦めるのですか?」
「やらずとも明白だから諦めるのだ」
「何故明白などと断言出来るのですか?」
「論理的に考えて不可能だった、それだけだ。光学兵器相手ではどうにもならん」
「では次に、脱出方法に関してですが、到底無理だと言わざるを得ません。各艦の反転時に手漕ぎボートで移る…との事ですが、どう考えても不可能です。先ず第一に、いくら速度が落ちるとは言っても手漕ぎボートで軍艦に対抗するなんて正気の沙汰とは思えません。確かに辛うじてそれが可能なタイミングは存在しますが、そもそも船員の退去がそれ程スムーズにいくとは考えられず、そこからして無茶な話です。第二に、落伍者を捨て置けという命令は明らかに倫理に反するかと思います」
ご尤も、とマセリンは心中で彼の主張に頷いていた。
この作戦を立てたのが自分でなければ、きっと自分でも同じ事を思ったはずだった。
彼には痛い程共感出来るものがあった。
「それに関しては問題無い。君は囮艦側の人間だから知らないだろうが、受け入れる側の船では対策を打ってある。具体的には直前になって後程説明する事になるだろうが、そこに関しては安心して欲しい。落伍者が─という旨はあくまでも念のため、だ」
嘘だった。
マセリンは嘘を吐いていた。
“対策を打っている”という点では事実だが、“あくまでも念のため”という方は嘘であると言う他ない。
何故なら実際には相当数の落伍者が出る事が予想されていたのだから。
そしてそれに相手も薄々気付いていた様だ。
彼は訝しげに問う。
「それは具体的にはどういったもので?」
「機密だ。詳しくは話せん」
「何が機密なのでしょう…解りかねますね…何が漏れたら困るのですか?漏らす人間もいなければ、漏らす相手もいないのに」
「機密だ」
マセリンは黙秘を貫く被疑者の如くただそれだけを繰り返し、似た様な問答が幾度か繰り返された後、男はやっと諦めた。
その後も何人か異議申し立てを行い、同様の流れが続いた後、約一時間程経つ頃には誰もが沈黙していた。
それは即ち、ここに作戦案が正式に進められると決まった事を意味していた。