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CV.質問には質問で返そう。

※注釈

・南部連合艦隊

ニコライのために抽出してきたプラトーク帝国南部諸艦隊は、現在暫定的に南部連合艦隊としてフルシチョフ少将麾下一つの艦達として編成されている。

実際にはフルシチョフとマセリンに権限的な差は無く、二人で話し合って重要事項については決める事になるが形式的にはフルシチョフが権限を握っているという形になっているのだ。

そのため、現在のフルシチョフの肩書きは「ニィリャベフ艦長兼南部第一艦隊司令官兼南部連合艦隊司令官」である。


・ニィリャベフ

プラトーク帝国海軍唯一の戦艦──それこそがニィリャベフ級である。

現在四隻存在する。

だが、残念な事にこの“戦艦”というのは自称に過ぎず、実際には他国の巡洋艦程度の大きさしかない。

どう大きく見積もってもせいぜい重巡がやっとだ。

勿論、主砲火力も防御力もお察しの通りである。

そのため、他国では「ニィリャベフ級軽巡洋艦」などと揶揄されているが、事実なのでプラトーク側も言い返せない。

そんなこんなで、最早本級を戦艦だと主張するのはプラトークのみ。

世界的な認識では巡洋艦、それこそがニィリャベフ級戦艦なのである。

本作戦に於いても「戦艦としては非常に高い速力(笑)」を活かして立派に囮としての役目を果たす予定。

「私とした事が…」


デメラドットから自分達の船に戻ってからというものの、マセリンはずっと自責の念にかられていた。

あの時の自分を思い返す度に恥じ入る様な気持ちであった。


何故自分はあの様な軽率な事を口にしてしまったのか──何度考えてもその場の勢いとしか言いようが無かった。

自分達がやるしかない、プラトークが活躍するなら今がその時だ、と思ってしまったのである。


…いや、それ自体は間違いではない。

マセリンがその時思った事は、実際に正解なのだ。

恐らくは今こそがプラトークにとって一番の見せ場であろう事は間違い無い。


敵が罠にかかってくれない…この困った状況を打開すべく、マセリンはプラトーク艦が囮として敵潜伏予想海域に突入する事を提案したのだった。

プラトーク艦がその身を以て餌となり、コナーを連れてこようというのである。

それこそが彼がつい先程提案したものであり、彼が今後悔している事でもある。


当然ながらこれを行うからには相応の危険が付いて回る。

ならば最も戦略的価値の低いプラトーク艦が餌となるべきであろう。

そういった点で、この提案は最善とも言える。


…しかし、それがこの討伐大同盟全体としてみれば最善のものであったとしても、プラトークという個からすればまた別の話。

囮として敵潜伏予想海域に突っ込むとくれば、少なくない被害を受ける事となろう。

否、最悪の場合全滅さえあり得る。


今までプラトーク帝国軍人として、全体の事よりもただひたすらに自国の利益だけを追求するスタンスであったマセリンにとって、これは許し難い事であった。何よりも自分が許せなかった。

何が彼にそうさせたのかは分からない。

ただ、どちらにせよマセリンは味方を死地に追いやる選択をしてしまったという事には変わりなかった。


マセリンは自分を責めていた。

一時的にせよ自分達の利益ではなく全体の利益を考えてしまった事を。

自らの信念が揺らいでしまった事を。


全体の利益だとか協力し合うだとか、その様な道徳心なぞ持ちあわせていなかったはずなのに…

何故かその時だけは馬鹿げた思想が降って湧いたのである。


「嗚呼…でもきっとフルシチョフは…」


ぼやく様に独り言ち、彼は艦長室に向かう。


床も壁も天井も真っ白な艦内では、これまた真っ白な服を着た水兵達が敬礼で彼をお出迎え。

流石に他国からのお客さんの時の様にラッパを吹いたり捧げ(つつ)!…なんて事はしてくれないが。


プラトーク帝国南部第一艦隊旗艦にして、現在は南部連合艦隊旗艦の戦艦ニィリャベフ。

ピティシナドット級に実際に乗ってきたばかりの今では、いつも以上に頼りなく見えてしまう。


ニィリャベフ級戦艦ネームシップ、ニィリャベフ。

現状、プラトーク帝国海軍に於ける主力的位置付けであり、他に姉妹艦が三隻存在する。

他国の巡洋艦程度のこの船がプラトークでは主力扱いとは実に情けないものである。


狭い通路を右へ左へと何度も曲がり、やっとこさ艦長室へ。

小さな船のクセに、通路が入り組んでいるせいで艦内を歩くとそこそこ時間がかかってしまう。


コンコン…と二回ノックし、そっと扉を開ける。


部屋の中では、フルシチョフはどっかりと椅子に腰を下ろし、パイプをふかして待っていた。


「駄目だったんだってな?詳しく教えてくれないか」


鼻から煙を吹きながら彼はその様に切り出した。


コナーが上手く引っかかってくれなかったため、仕切り直しだ。

今後の展開について話し合った結果をフルシチョフにも伝えねばならない。


「ええ、駄目でしたね。どうやら予想以上に敵は賢い様です。少なくともこんな見え透けた罠に引っかかってくれる程馬鹿ではないみたいですね」


「で、どうする?」


「──我々がやります」


マセリンはフルシチョフからパイプを奪う。


「我々ってのは…我々か?」


「ええ、我々です」


「我々?」


「我々です」


「そ、そうか…我々か…」


「はい、我々です」


「無理矢理押し付けられたか?それともそれ相応の対価が?」


「いえ、どちらでもなく…私から提案しました。我々が囮役として敵をおびき寄せます」


フルシチョフは少し驚いた様子であった。


「どういう風の吹き回しだ?人助けに目覚めたのか?それとも自棄(やけ)っぱちか?」


「違います、それが最善だと思ったからです」


「誰にとって?」


「…皆にとって」


「はあ…皆、ねぇ…」


彼はゆっくり何度も頷くと、さりげなくマセリンの手からパイプを取り返した。


「まさかお前の口からそんな言葉が出てくるとは思いもせなんだよ。普段は私がそういう事を言うと貶してくるくせに。いつも自分の部下達が生き残る事が最優先──そう言うと聞こえは良いが、私から言わせてもらえばただの弱腰だ──そのお前がまさか自分から囮役を買って出るなんてなぁ…何がどうなってんだか…」


「どうもこうもありませんよ」


マセリンも椅子にどかっと座る。


「それよりも、我々が囮になるという事には了承して頂けますか?」


「無論だ、それは元々私が主張していた事なのだからな」


元々、自ら進んで囮になろう!…と主張するのはフルシチョフの役目で、それに反対するのがマセリンの仕事だったのである。

それを思えば今フルシチョフが反対する理由は無い。


「兎も角、我々がやるという事は決定で?」


「ああ、それで良い。だがそうなると…問題はその内容だな。それ次第で随分と変わってくる。お前も自分から言い出したからには何かしら考えてあるのだろう?」


「腹案はあります。一応は練ってありますけど、本当にその場で思いついただけの様なものですが構わないですか?」


「時間が無いんだ、どうせこれから考えたって大差無いだろうよ。聞かせてくれよ」


フルシチョフは腕組みして、試す様な台詞を言う。

いや、実際に彼はマセリンを試していた。


フルシチョフはこの様に普段からマセリンを試す事が多かった。

フルシチョフとマセリンは同じ少将という階級でありながら、年齢は十歳分程違う。

もっと言えば、片や少将止まりの凡将、片や将来有望な出世頭。

少将は少将でも月と柚子ポンぐらいに違うのだ。

そのため、フルシチョフはマセリンを“将来のプラトーク帝国海軍を導く人材”として見ていた。


それこそがフルシチョフの試す様な態度の理由である。

彼は敢えてマセリンに意地悪な質問をいたり、わざと仕事を任せたりしてしばしば成長してもらおうとしていたのだ。

要は、フルシチョフ流の後継教育だったのである。

まあ、マセリンからすれば余計なお世話だったが。


そして今回もフルシチョフはマセリンにそれを向けていた。

マセリンの腹案に穴を見つけてツッコんでやろう、ふふふふ…と心中で微笑んでいたのである。


一方のマセリンはというと、こちらもフルシチョフの考えている事などとうの昔にお見通し。

フルシチョフに向けて苦々しい表情を向ける。


こんな時にまで試さなくても…と目が訴えている。

…が、これまでの経験から何を言っても無駄だと分かっているのか、特に何も不平不満の類は口に出さない。

ついでに、それを見てフルシチョフが、よくできた後輩だなぁ〜と感心するところまでいつも通りの一連の流れであった。


「では、あまり期待しないで聞いていて下さい」


「ああ分かった、必要以上には期待しない事にしよう。どうぞ続けて」


マセリンは一呼吸置くと、話し始める。


「先ず先に確認させて頂きたいのですが、最も重要な事は“出来るだけ少ない被害で目的を果たす”という事、これで間違いありませんよね?」


「いきなりどうした?当然だろう?」


何を言い出すのやら、とフルシチョフは首を傾げる。


「いえ、認識の齟齬がありそうな気がしまして。この部分がしっかり共有出来ていないと根本的に話が通じない可能性がありますので念のためです。ではお訊ねしますが、()()()()()とはどういう意味でとっておられるでしょうか?」


「どういう意味って…文字通りの意味だろうよ…」


フルシチョフは一層首を傾げる。

しかし、マセリンは質問を重ねる。


「ですから、そこをはっきりさせたいんですよ。()()()()()()()が全く文字通りでも何でもないんですから」


「はあ…言うまでもない事だが…少ない被害っていうのは出来る限り損失を減らすという事だろう?」


「だから、その()()とは具体的に言って何なんですか?私が訊いているのはそこですよ?」


いつもの様にマセリンにちょっかいをかけていたはずが、思わぬ反撃。

フルシチョフは苦〜い顔でボソッと答える。


「損失ってのは…物的損失だろう?今回で言えば、出来る限り船を失わないようにする事こそが()()()()()ってヤツに当たるだろうな」


それを聞いて、マセリンはこれまたわざとらしく大きな溜め息を吐く。


「はあぁぁぁ…」


「何だよ?」


「いえ、予想通りの回答で安心したというか…失望したというか…」


非常に失礼なコメントだが、フルシチョフはこう見えて度量の広さがウリの人間である。

この程度なら少し怪訝な顔をする程度だ。


「何に失望したというんだ?」


「主に“物的損失”という点ですよ。そこは“人的損失”と言ってもらいたかったのですが…」


「いや、勿論私も人的損失は減らすべきだと思っているぞ?何を失望する必要がある?」


「駄目なんです、その程度の認識では。物なんぞよりも人材を重視しないと。それこそトッププライオリティを与えるぐらいでないと、とてもとても…」


流石にここまで言われて黙っている訳にもいかない。

フルシチョフも反論する。


「トッププライオリティねぇ…それは目的の遂行よりも大事なものかね?」


「少なくとも今回に関して言えばそうでしょう。元々私が勝手に受けてきた仕事が原因でこんな事になっている状況でこの様な事を言うのも気が引けるのですが…今回に限っては目的の遂行よりも貴重な人材の損失を防ぐ事こそが重要であると私は思います」


「ただでさえ少ない軍艦よりも?」


「ええ」


一転してにこやかな笑顔でマセリンは頷いた。


「意味が分からん…そもそも何故こんな事を言い出したんだ…?」


「それは勿論、これから説明する私のプランと関係があるからですよ。さて、あまり時間を取る訳にもいきません。ちゃちゃと説明しちゃいますよ」


そこからは完全にマセリンのターンだった。

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