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CIV.打ち方始めちゃって下さいな。

※注釈

・曳火射撃

砲撃の際、敢えて着弾よりも少し早めに弾を炸裂させる事。

これすなわち狙っている物の上空で弾を炸裂させる事を意味します。

これにより、より広範囲に砲弾の破片をばら撒く事が出来、面制圧に優れる砲撃方法です。

この様な大層なお名前が付いていますが、やっている事自体は時限信管ならばまあ当たり前かな、というレベルの事です。


・砲兵レーダー

対砲迫戦で重要なのは、如何にして敵砲兵の位置を掴むか、という事。

前回も述べた様に、火砲の技術が向上するにつれてどんどんその射程距離は伸びていきました。

それによって、今までならば互いに見える距離で撃ち合っていたのが、水平線の向こうから砲弾が飛んで来るという事態になってしまった訳です。

今までなら見える敵を狙ってやれば済んだのですが、余りにも距離が離れ過ぎて、見えない敵相手に撃ち合う必要が生じました。

そこで昔から、敵を見つけ、それに向けて撃ち、弾着観測をするための様々な方法が考案され、使用されてきました。

そのうち、比較的新しいものの一つがこの砲兵レーダーなるものです。

「出来る限り素早く、尚且つ正確に敵の位置を特定する」という事が大切なのですが、数ある方法のうちでも正確性という点で分があるのがこの砲兵レーダーで、実際に飛んで来た敵の砲弾をレーダーで感知して、それを用いて敵砲兵の位置を割り出すという仕組みです。

発射音から位置を割り出す方法よりも実際に飛んで来た砲弾で判断するので正確性に優れます。

どうやらヴァルトは今回この砲兵レーダーの仕組みを利用したものを使用する様ですが、果たして光学兵器相手にそれが可能なのかどうか…


・夾叉

着弾範囲内に敵艦を捉えているけど命中しない事。

簡単に言えば、敵の周りにザバザバッと囲む様に弾が落ちたら夾叉!…ぐらいの認識で良いです(笑)

今回はフラックス弾を使用しているので、夾叉などと言いつつしっかり岩礁にも攻撃の効果は及んでいます。


・秋月砲

むかしむかし、秋月型なる駆逐艦が存在しまして。

巷では防空駆逐艦などと呼ばれておりました。

その秋月型に載せられた主砲(と射撃装置)を秋月砲などと呼ぶのです。

対艦戦闘にも使用出来ますが、基本的には対空用です。

「戦闘、右砲戦!目標、右舷後方岩礁!」


 司令官の号令一下、五隻の戦艦の主砲塔が回転を始める。

 回転速度は約一・六度毎秒。二十秒足らずで全主砲が目標の方向を向く。

 その威容はまさに圧巻の一言。

 メーヴェ戦艦の面目躍如である。


「右三〇八(サンマルハチ)度!角度良ぉし!照準良ぉーし!」


「測距始め!」


「測距良ぉし!」


「測的良ぉし!」


 司令官は大きく息を吸い込んだ。


「初弾観測五隻統制一斉射、交互打方発令発射、各艦六発ずつ、発射間隔十秒!…打ちぃ〜方、始めっ!」


「射撃よぉーい!」


「射撃用意良ぉし!」


 そして数秒の間。


撃て(テェーッ)!」


 その号令と共に、戦艦──ピティシナドット・デメラドット・クイビシェフ・ヤマト・フランネーターの五隻──の主砲合計六十門が一斉に火を噴く。

 魔導砲は火薬を使用しないため、現実世界の火砲と比べれば発射音は小さい。

 それでも、この一斉射に於いては腹からビリビリと震える様な大きな音が上がった。


 手頃な岩礁めがけ、六十発のフラックス弾が弧を描いて高速で飛んで行く。

 曳火射撃の要領で、目標ほんの少し手前で炸裂し、大量の破片が哀れな岩礁に降り注ぐのである。


「弾着まで約四十九秒です。弾着観測、射弾修正後効力射に移ります。まあ、岩礁相手に効力射も何もありませんがね。フラックス弾使用ですので、最初の観測射撃だけで粉々でしょう。要はひたすら海面に向けて弾を撃ち続ける事になります」


「それは結構ですが、敵の先制攻撃に備えなくて良いのですか?囮になるからには先制されないようにしないと」


 フォーアツァイト将校Aが訊ねる。


「備えるとはどういう事ですか?もう既に出来る事は全て行っています。これ以上何もしようがありませんよ。ヘルシャー級二隻の沈んだ後、現場での最大戦力として本艦は旗艦としての能力を求められ、大幅に索敵能力を高めてあります。特に今回有用なのが陸軍の砲兵レーダーの技術を転用した逆探知システムです。コナーがまんまと引っかかってこちらを攻撃してきた瞬間、アイツの位置はこちらから丸分かりですよ」


「先制されるのは前提である、と?」


「そうなります」


 砲兵レーダーが果たして光学兵器にも効果があるのか、という疑問こそ湧くものの、それ以外については比較的妥当であろう。

 現状で出来る事など、それぐらいが精一杯だ。

 そもそも、今回の目的の最たるは囮となって敵を誘導する事であり、敵の撃滅にはない。

 そういう質問が出てくる時点で、このフォーアツァイト将校はまだまだ未熟であるという事が分かってしまう。

 目的と手段は混同されがちである。だからこそ注意しておかねばならない。


「皆さん、そろそろですよ」


 船長がボソッと呟く。

 皆の視線が、船長と同じ方向に向かう。


 弾着地点までかなりの距離があるが、遮蔽物は何も無いし、高くて見晴らしも良い。

 それに大口径砲の六十発一斉射ともなれば肉眼でも十分水柱が上がるのが確認出来るだろう。


弾着(だーん、着)!」


 その声と同時に、遠くの方でポンッと何かが弾ける。

 遅れて大きな水柱。

 何か見えない糸に引っ張り上げられるかの様に水が持ち上がっていく。

 海面が抉られるかの様に広範囲に上がっていて、着弾が同時である事と、フラックス弾自体の特徴の影響で、六十発分の水柱が一つの大きな水柱の様に見えた。


「流石ですね、観測射から夾叉です」


 最早、岩礁は跡形も無く消し飛んでいる事であろう。


「いえ、六十発もあるのですからその分着弾範囲も広いのです、当然でしょう。動かない的相手では褒められる様な事ではありません」


 本来ならこの観測射を用いて射弾修正を行うのだが、今回は必要なさそうである。


「夾叉というのも、見たところ散布界が広すぎる様な印象を受けますね。フラックス弾を使用しているとはいえ、あれは流石に広過ぎる。炸裂のタイミングは適切だったはずですから…」


「砲の問題ですか?」


「恐らくは砲ではなく砲弾が原因でしょう。空中での安定性に少し問題があるのかもしれません。もしくは…炸裂時に方向がずれてしまうという可能性もあり得なくはないですが」


 フラックス弾は実用化してから然程時間が経っておらず、まだまだ発展途上。

 そもそも、実戦での本格使用は前回の戦闘が初めてだったというからその技術的若さが窺える。

 メーヴェとヴァルトは軍事的に互いに深く関わっている。

 それにも拘らずヴァルトの発明でありながらメーヴェで採用されていなかったのにはそういう事情があったのだ。


 凡そ直径三百メートル弱の円状に水柱は上がったので、破片の飛散範囲を考えてもかなり散布界は広い。

 明らかに砲弾ごとに飛翔経路が違う。

 夾叉は夾叉でも、これではまた別物だ。

 “褒められる様な事ではない“というのは事実であろう。


「夾叉ですが、もう少し手前ですね」


「射角修正、下げ1!」


 ここからは効力射。

 海面相手に効力もクソもないのだが、景気良く弾を撃ち続け、コナーをおびき寄せねばならない。


「修正完了!」


「射撃よぉーい──」


「──撃て(テェッ)!」


 各艦六発ずつ、全三十発の砲弾が発射される。

 発射したら直ぐに砲を下げ、次弾装填。

 その間に次の射撃の準備だ。


 砲弾の装填のためには砲の角度を元の角度に戻す必要があり、自動装填機構を備えていてもどうしてもある程度時間がかかってしまう。

 そのため、半分を装填しているうちにもう半分で射撃をする。

 後はこれを交互にひたすら繰り返すだけだ。


 故に、初弾が着弾するずっと前に第二斉射目を行う事になる。

 この間、十秒。


撃て(テェッ)!」


 第二斉射。


 第一斉射目と同じく合計三十発。

 砲撃後直ぐに第二斉射を行った砲は砲口を下に向け、次弾装填。

 それと入れ替わる様にして第一斉射を行った砲が発射角にまで砲口を上げる。

 惚れ惚れする程に洗練された一連の動作だ。


「レーダーに反応無し。敵発見報告無し。射撃続行」


 このまま敵が見つからなかった場合、取り敢えず各門百七十五発発射時点で打ち方止めとなる。

 敢えて百七十五発に限定するのには理由があって、砲の寿命を考慮する必要があるためだ。


 砲弾発射時には、どんなものであろうとも必ず砲身に負荷をかけてしまう。

 これは避けようの無い運命(さだめ)の様なものである。


 そのため、大抵砲には数百発分の寿命が設定されていて、寿命を迎えれば砲身を交換せねばならない。


 そして当然ながら砲身交換中はその砲は使用不可となってしまうため、戦闘中の交換など以ての外である。


 故に、コナーとの戦闘中に砲身の寿命がくる事を防ぐために今回は特別にこの様な処置を取るのであった。


 ちなみに参考程度に記しておくが、旧海軍の大和の46センチ砲で約百発、10センチの秋月砲で約三百五十発だったはずである。多分。

 この数字は、46センチ砲などというとんでもない化け物じみた砲と、10センチ砲でありながら特に寿命が短いと騒がれた特殊な砲に於けるものである事、旧海軍の砲寿命に関する規定は世界的に見てもかなり厳しいものであった旨を予め述べておく。

 魔導砲は現実世界の火砲よりも砲身にかかる負荷が圧倒的に少ないので、これよりも遥かに寿命が長いという事だけは理解してもらいたい。


「射撃よぉーい──」


「──撃て(テェッ)!」


 第三斉射目。

 第一斉射目と同じ砲が火を噴く。


 砲撃の反動で、船が逆向きに揺さぶられるのを感じる。

 艦橋は高い位置にあるため、特に揺れが激しい。


「射撃よぉーい──」


「──撃て(テェッ)!」


 第四斉射目。


「射撃よぉーい──」


「──撃て(テェッ)!」


 第五斉射目。

 この時点で効力射開始から四十秒。


「そろそろ着弾ですよ」


 その言葉を受け、皆、視線を砲から着弾地点へと向ける。

 着弾まで約四十九秒。そろそろである。


「だ〜ん、着っ!」


 第一斉射目合計三十発が同時に炸裂、海面に大きな水柱が多数生まれる。


「射撃よぉーい──」


「──撃て(テェッ)!」


 第六斉射目。


「だ〜ん、着っ!」


 第二斉射目、着弾。


 この間にも、第一斉射目の着弾観測結果を以て各艦は角度を微調整。

 最早目標たる岩礁は跡形も無く消し飛び、狙いの付けようなど無いのだが、それでもこれは訓練も兼ねているので元々岩礁が存在していた場所に向けて修正していく。


 こうして、砲撃を繰り返し…


 …


「打ち方止めェー…!」


 各門百七十五発ずつ撃ち終わった時には、皆が困った様な、安堵するかの様な複雑な表情を浮かべていた。


 敵発見報告無し。

 レーダーに感無し。

 味方艦損害無し。


 要は、コナーは網にかかってくれなかったのである。


「おかしいですね…これだけ派手にやって気付かれないはずがないのですが…」


 腕を組んで渋い顔でそう呟く艦長。


「露骨過ぎて警戒されたのか、何かしら他に理由があるのか…情報が少な過ぎて判断がつかないですな…」


 頭をがしがしと搔きむしりつつ司令官が言う。

 “老練”の二文字が似合う彼にしては少し意外な、落ち着かない様子。


「何故それ程までに取り乱しておられるのです?」


 堪らず、フォーアツァイト将校Bが訊ねる。

 どうやら彼は事情がまだ呑み込めていない様だ。


「敵が乗っかってこなかった…この事について明確な理由は分かりませんが、いくつか予想出来る理由は存在するのですよ。そしてそれらが我々にとって少々不都合なものなのです」


「と言うと?」


「最も不味い事態は、敵に明確な意思がある場合です。実は、ヴァルト王国海軍内では既存の情報から“コナーは非生物である”という結論が出ていました。空を自由に飛んだり、光学兵器を使用したり…と無茶苦茶な敵ですが、それを除けば()()を作る事自体の実現は不可能ではないのですよ」


「要は、コナーは作られた兵器…ロボットである、と?」


「そうです。それが我々の認識でした。一種の殺人マシーンの様なものであろうと考えられていましたし、その前提で我々は動いていたのです。予め定められたプログラムに従って周りに危害を加えるだけの存在であると」


 コナーは姿形は人型でありながら、明らかに人間には出来ない事をしてのけた。

 例をいくつか挙げるなら、長時間の水中待機、高加速度運動である。

 前者は一応人間にも不可能ではないにせよ、後者については現状では人間には不可能だ。


 報告では、前回の戦闘時にコナーは非常に大きな負荷がかかる運動を行った。

 それこそ、人間には到底耐えられない高いGのかかる運動を。


 この事が決め手となって、ヴァルト王国海軍内ではコナーは何者かによって生み出された殺人マシーンとして認識されていた。

 遠距離から何者かが操作している可能性は考え難い事もあって、一定のパターンに従って動いているのであろうと。


 しかし今回、それは否定された。

「コナーは非生物である」という説自体が否定された訳ではないが「コナーが単純なパターンに基づいて行動している」という事は否定されてしまう可能性が高い。

 あれだけ派手に撃ち続けて敵に発見されぬはずがないし、敵が単純な一種のプログラム通りに動いているなら今頃攻撃されているはずなのだから、それはほぼ確実に敵に意思かそれに準ずるものがある事を意味する。

 少なくとも罠を警戒する程度の自律思考は可能である可能性大だ。


「本当に非生物なのか…それすら分からないとは…」


「更に当初の想像よりも厄介な事になりそうですね。上手くメーヴェ艦隊のいる所までおびき寄せられるのか怪しくなってきました」


「しかし嘆いていても何も始まりません。何か、何か対策を考えないと…」


 敵をおびき寄せるのが任務だったのに、その肝心の敵が引っかかってくれない。

 ピタゴラスイッチの最初のギミックが破綻している様な状態である。


 そこへ、マセリンは見るに見かねてある一つの提案をした。


「我々にお任せして頂けないでしょうか?」


「え?」


「我々プラトークが敵を連れてきましょう、一つ策があるのです」

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