CI.先輩はいつも肉を奢れば何でも解決すると思っている。
※ここまでのあらすじ
討伐大同盟による一大決戦が始まろうとする中、一方のニコライ達一行は新たなる問題に直面していた。
それは即ち、退屈である。
暇だ、暇過ぎる!…と痺れを切らしたニコライの鶴の一声によって急遽野球大会が開かれる事となるが、メンバーが集まらない関係上野球拳大会に変更。
しかしそれも女性陣からクレームが入ったせいで男性限定になってしまい、結局屋外で男達が互いに脱がし合う誰得野球拳となってしまった。
──これではいけない…!
言い出しっぺ故にその様な義務感に駆られたニコライは、場を盛り上げるべく有志と共に女装を敢行、ここに今、漢達による熱き女装野球拳大会が幕を開けた!
※注釈
・バルジ
船の揚力や復原性、喫水線下の防御を増すために舷側に取り付けられるもので、見た目としてはちょっと膨らんで見えます。
要は船にとっての浮き輪の様なもので、その他軍艦だと有名な大和型の様に防御面でも活躍します。
ただし、浮き輪無しで泳ぐのとそうでないのとでは泳ぐ速さが違うのと同様に、バルジを付けると速度がかなり下がってしまうという欠点があります。
上述の通り“膨らんでいる”ので、どうしても水の抵抗が増えてしまうからです。
作中での「バルジを無理矢理壊そうとした」という記述は、要はこの“速力の低下”を無くすためにそうしていた訳ですね。
ですが、バルジが存在するからには勿論それなりの理由があります。
速力の低下を招いてでもこれを取り付けるのにはそれ相応の事情があり、ヴァルト艦艇の場合は主に“復原力”を得るためです。
実際に船に乗った事のある方なら納得して頂けるかと思いますが、船ってヤツは結構揺れます。
それはもう盛大に心配になるくらい横に傾くのです。
普通の民間船ですらそうなのに、軍艦は例外だなんて事は勿論ありません。軍艦だって同じ様に傾くでしょう。
さて、問題は軍艦という船が甲板の上に載せているものにあります。
手っ取り早く言えば扶桑型のパゴダマストでも想像して頂ければ良いのですが、軍艦はああいったものを載せているので非常に不安定で一般の船舶ならば問題無いくらいの傾きでも倒れてしまいます。
それでバルジを取り付けているのですね。
そして必要だから付けているそれを無理矢理破壊するという事は…そのまま復原力の大幅な低下を意味しますから、はっきり言って危険です。
それを承知でそこまでしようとした事から、ヴァルトの本気度が分かるという訳です。
まあ、台風でも来ない限りバルジ無しでも問題無いだろう、という判断だったのでしょうから正直そこまで本気と言えるのかも怪しいところですが。
〜同日同時刻 ヴァルト王国沖にて〜
「圧倒的ではないか…我が軍はっ…!」
「そうですね、圧倒的にボロっちいですね、我が軍は」
フルシチョフ、マセリンの両少将はプラトーク帝国海軍南部第一艦隊旗艦──つまり、プラトークにとっての最重要艦である──の甲板に並び立ち、友軍艦隊の威容に圧倒されていた。
ここは集結予定海域。
事前に決めた時刻通りに続々とフォーアツァイト帝国やヴァルト王国の船がやって来る。
フォーアツァイトは残存艦の約半分が参加していた。
殆どが小型艦──平均すれば排水量二千にも満たないのではないだろうか──で、中・大型艦は申し訳程度にしか混じっていない。
些か戦力としては不安を覚える。
…などと言いつつ、我らがプラトークと比べればそれでも随分とマシであった。
何せ、小さくともどの船も新鋭艦だ。
プラトーク帝国海軍は歴史が浅いから必然的に船も新しい。
新しい船体に新しい艤装。そして新しいシールド。
更に一部の船はヴァルトの特殊な対空用砲弾まで使用可能ときた。
それに比べてプラトークの船を見よ…
いつのものとも知れぬオンボロ船体に古めかしい艤装。そして今やシールドさえ積んでいない。
勿論、どの船もヴァルトの特殊な対空用砲弾なぞ使えない。
全てに於いて圧倒的に劣るプラトーク艦は、遂に防御を諦めてしまった。
どうせ敵の攻撃を防ぐ事など出来ないのなら出来るだけ軽くするためにシールドなんて捨ててしまおう、と割り切り、プラトーク帝国からの参加艦艇はどれもノーガード戦法でこの場に臨んでいたのだ。
「だが、問題無い。当たらなければどうという事はないのだからな!」
フルシチョフは何故か機嫌が良かった。
哀れな船員当人達も、当たらなければどうという事はない、当たったらドンマイ、といういっそ清々しいまでのその姿勢に何だか一周回って誇らしくさえ思えるようになっていた。
皆酔い痴れていた。
ずっと寝ないでいると逆に眠気が失せてくる、あの徹夜明けの気分にも似たおかしな高揚感。
それを一人冷めた目で見つめるマセリン少将。
普段は能天気な彼が、今では最も冷静になっていた。
「やっぱり無理だと思いますよ、避けるなんて。どんなに軽くして変態回避機動をとったって、相手は偏差も考えずに直接狙ってきますからね。それこそ例の敵がヨボヨボのご老人で手がプルプル震えてでもない限りは」
「じゃあヤツがヨボヨボの老人で手がプルプルしている可能性に賭けよう」
「んな無茶な…」
実際のところ、防御を捨てたは良いがそれにどれ程の効果があるのかはさっぱり分からなかった。
フルシチョフは遠距離からの攻撃ならば避けられると自信を持って主張していたが、マセリンはそれを疑わしく思っていた。
敵弾はどの距離からでもほぼ一瞬で飛んでくる。
回避などというものは敵弾の発射から命中までに時間がかかるもの──戦艦同士の撃ち合いだと着弾まで優に三十秒はかかる──だから可能なのであって、そうでないならまず不可能ではないか、と。
あちらの方から外してくれない限りは無理だ。
しかし残念ながら敵側の命中精度は随分と高いらしい、というのがマセリンにとっては十分過ぎる程にそう確信するに足るものであった。
実際にシールドなんてあっても無駄である事には疑いようがないので取り敢えずシールドジェネレーターを降ろす事は了承したが、だからと言って彼まで回避盾戦法を信奉しているという訳ではないのである。
「一応、我々の役割は敵をメーヴェまで導く事です。頼むからそれを忘れないで下さいね?」
「言われずとも分かっている、安心しろ」
プラトーク・ヴァルト・フォーアツァイト三国による艦隊はこの後敵予想潜伏海域にまで向かい、敵を引き付けてメーヴェの艦隊が待ち構える海域まで誘導するのだ。
確実に倒し切れると確信出来るだけの戦力が揃うまで…つまりメーヴェと合流するまでは敵を倒す事よりも誘導する事の方が優先事項だ。
敵の討伐はメーヴェの艦隊と合流後に行うので、そのためにも彼らが敵を巧く誘導せねばならない。
そのためにも、メーヴェと合流するまで生き延びる事こそが彼らにとって勝利条件であるとも言えた。
合流後は早速本格的な攻撃を開始する訳だが、それが万が一失敗した時のためにきちんと保険もかけてある。
それが──空軍の支援である。
空軍の戦闘機部隊がスタンバイしており、主力艦隊の交戦開始と同時に援護に駆けつけてくるようにしてある。
メーヴェの戦闘機は防空用という位置付けだという事もあり、航続距離が短い。所謂、迎撃戦闘機というヤツである。
増槽マシマシで航続距離を最大まで伸ばしても帰りの燃料まで考えると作戦海域上空に留まれる時間はせいぜい十分が限度。
故に、本当ならば最初から航空機アリで戦闘開始といきたいところだがそうはいかず、接敵後に連絡して駆けつけてもらうしかないのだ。
つまり、纏めると…第一段階として「プラトーク・ヴァルト・フォーアツァイトによる誘引作戦」、晴れてそれが成功して合流出来れば第二段階として「全参加国合同撃滅作戦」となる訳である。
誘引作戦の要は絶対条件として“敵をきちんと誘導する”事、その他第二段階のために戦力を温存する事──言い換えれば“生き残る”事──だ。
主力たるメーヴェ王立海軍と合流するまでは適度に敵を引き付けつつも被害は最小限に留めねばならない。
そのためにはより迅速に目的地まで向かうための速度が重要だ。
そのため、シールドを捨てるという禁じ手でここに臨むプラトークの他、フォーアツァイトやヴァルトもある程度艤装を外したり主機を強化したり…と対策を施してきていた。
最初から小型艦しか参加させていないプラトークやフォーアツァイトはこれに関して然程問題無かったのだが、大型艦もがっつり参加しているヴァルトは随分とこれについて苦労した様であった。
ヴァルトは全艦参加させるくらいのつもりでいたのだが、中には、どうしても速力が足りなくてお留守番役になってしまう船もいくつか出てきてしまったそうで、ヴァルト王国海軍の上層部では「だからあれ程速力は重要だと言ったのに…!」「何を今更言い出すか!」といった諍いが生じたとか。
少しでも速度を上げるためにバルジを無理矢理壊そうとした船もあったというから、ヴァルトは相当本気である。
それでも流石に実際にシールドを捨てた船は無かった様だから、その事からもプラトークは少し他とは異なっている。
バルジを壊そうとしたヴァルトでも、シールドジェネレーターにまで手をつけようとは思わなかったのだから。
「殿なのに防御力ゼロとは…」
マセリンは愚痴をこぼしつつ前方の立派な他国船を眺める。
この陽動部隊はプラトーク・ヴァルト・フォーアツァイトの三か国から成るが、その中でも特に先頭はフォーアツァイト、中央はヴァルト、後方はプラトークとなっていた。
全艦で比較的密集気味に大きな輪形陣を形成。
この中央に大型艦が多く特殊な砲弾も使用出来、最も対空火器の充実しているヴァルト艦艇を据える。これは艦隊の防空を考慮してだ。
小型艦中心だが新鋭艦が多くメーヴェとの合流後に比較的戦力になる得るフォーアツァイト艦を安全な前方へ。元々の速力があるので万が一の場合に単独で逃げられるように、というのもこの配置となった理由の一つである。
そして一番危険な後方には合流後も戦力としての望み薄なプラトークを置いた。
この順番は合理的に考えた結果こうなったというだけのものに過ぎないのだが、結果的に一番危険な殿役を貧弱装甲のプラトークが担う羽目になってしまった。
国の垣根を越えて全体の事を思えばこの順番に異論は無いが、彼はそう簡単には割り切れなかった。
当然だ、彼はプラトーク帝国軍人であって地球市民でも墨家でも博愛主義者でもないのだから。
自らの属するコミュニティーを心配するのも自然な事であると言えよう。
一介の軍人に過ぎぬ彼にはトップ──すなわちニコライ──の事情など知る由もない。
そのせいで余計に今回の討伐大同盟について参加する意義が感じられなかったのである。
彼は二つ返事でどんな任務でも疑問も持たずに遂行する様な模範的な軍人とは違っていた。
それどころか、その様な人種を心の何処かで軽蔑している節さえあった。
結局その任務内容に従う羽目になるのだとしても少なくとも彼は自らの知り得る情報の範囲内で、自分の頭で考える事だけは放棄しなかった。
それが彼のポリシーだったのである。
「まだ納得のいかない様な顔だな」
「ええ」
マセリンとは対照的に上に忠実な軍人であるフルシチョフからすれば任務内容に疑問を抱くなんてとんでもない事であったが、それでも彼もまたこの若者に共感する部分が無い訳ではなかった。
彼が無性に張り切っているのもその微かな疑念を無理矢理心の片隅に押し込むためなのかもしれない。
「戦う意味とは何でしょうか」
まるで子供の様に、純粋に彼はそう呟いた。
「軍人がその様な事を言っては本末転倒ではないか?」
軍人は戦うためにいる。
戦争があるから食っていけるし、家族を養える。
その軍人がその様な事を言っては元も子もない。
「国のため、仲間のため…戦争になれば皆何かしら戦う意義を見つけ、必死に戦います。…いえ、そうでもしないと心が折れてしまうから。本当は意味など無い戦いに意味を見出そうとするんです」
「そうだな。確かに犠牲に見合う意義など無い事も多い」
「でも、それでも今までなら辛うじて意義を見出す事が出来た。無理矢理自分を騙す事が出来た。言い聞かせる事が出来た。でも、今回ばかりは駄目なんです。やはり納得がいかない。シールドも無しだなんて無茶ですよ、自国の安全を守るためでもないのに全滅覚悟だなんて馬鹿げています。軍人が命を張れるのはそれ相応の理由があるからです。でも今回は無い」
「理由ならあるじゃないか。我が帝国の国際的な地位のためにも参加せぬ訳にもいかなかったのだろう。我々は知り得ぬ何かしら相応の利益もあるのだろうさ。それに、ヴァルトに向かうように陛下に進言したのはこの私だぞ?責めるなら私も同罪だ」
マセリンはわざとらしく溜め息を吐く。
「そういう事を言っているのではありません。分かってるんです、そんな事は。帝国にとって何かしら利益があるから参加するのだという事ぐらいは。問題は、それが何なのか我々には分からない事なんですよ」
「自分を騙すための理由が欲しいってか?」
「そうです。陳腐なプロパガンダさえ今回は無いじゃないですか。これじゃあ納得出来るはずがないんです」
「面倒臭い奴だな…お前はその若さで少将にまでなったんだ、将来の出世も期待出来るというのにそれじゃあ心配だな」
「出世なんて望んでいませんから」
今度はフルシチョフが頭を抱えて溜め息を吐く番だった。
「そうだな…じゃあ、私が戦う理由とやらを与えてやろう」
「何ですか…?」
マセリンはふと顔を上げてフルシチョフの目を見つめる。
フルシチョフはすうっと息を吸うと、勿体ぶった末に小さく呟いた。
「──生きて帰ったら、焼き肉を奢ってやる」