C.誤算か誤報かそれとも誤信か。
はい、百話です!ついに百話っ!
ひゃっほい!
…まあ、はしゃぐのは後にしておきます。
さて、ツァーレ海では遂に各国の軍艦が行動を開始したところですが、今回は少し時間を遡り、プラトークの方々の様子を覗いてみましょう。
ヴィートゲンシュテインさん達は今こうしている間にも色々と次の戦争に向け準備中なのです。
そんな時、突然舞い込んだ電文…フフフのフ。
今回は「設定資料その2」を読んでいないとちょっと分かりにくいかもです…
申し訳ありません。
一応、地図も載せておきますね。
〜八月三日 プラトーク帝国にて〜
「状況が大きく変わった…計画が狂ってしまった…いや、変える事が出来たと肯定的に言うべきであろうか」
「良い意味で裏切られましたな、陛下には」
「嬉しい誤算、というヤツじゃ。ここは素直に喜んでおくべきじゃろうて」
ここはプラトーク帝国、陸軍省の会議室。
数か月後にまで迫った連邦侵攻作戦に向け、ここ最近はほぼ連日この部屋で話し合っていた彼らだったが、今日ばかりは少し様子が違った。
それは、いつもの面々に加えて普段は参加しないメンバーも集う事と、皆の顔が少し明るいという事である。
普段は眉根を寄せて、悲観的にならざるを得ない祖国の状況を嘆く毎日を送る彼らだったが、今日だけは違う。
まるで孫と遊ぶ老人の如くニコニコと機嫌良くしている。
そしてそれは、中に一人だけ混ざった場違いな若者──ヴィートゲンシュテイン──とて同じ事だった。
「私としてもこれは…大変喜ばしい。これで最大の懸念が払拭された事になるのだから」
出来るだけ顔が緩まぬように…と気を付けながら彼が見つめるその紙には、ヴァルト王国からフォーアツァイトを経由して送られてきた報告の内容が書き留められていた。
曰く、「ワレメーヴェトノブンカコウリュウニセイコウセリ(我、メーヴェとの秘密同盟締結に成功せり)」との事。
ニコライからの報告の電報であった。
暗号解読の通信士が腰を抜かして驚いたというその内容は、今彼らにも伝えられ、こうして皆に笑顔を提供しているという訳である。
「まさかフォーアツァイトに続いてメーヴェまで味方となるとは…メーヴェさえ味方に付ければ海は制覇したも同然です。──これで我々はこの戦争を生き残れる…」
メーヴェという最も厄介な国が敵側から味方に回ったという事は、それ程に大きな意義を持つ。
彼の国は多くの植民地を有し、高い技術力と経済力、そして軍事力を誇る。
それに従える属国も多いからメーヴェ一国が味方になるだけで中小国数か国を一気に味方に引き込んだも同然なのだ。
海上でメーヴェに敵う国は他に無く、制海権はこちらのもの。
“制海権”というものが如何に重要であるかは言うまでもない。
物資の輸送に海路が最も多用される事は承知の事実であり、海を制する者は貴重な物資や希少資源をもその手に握る事が出来る。
また、海というものは必ず陸と接しているものである。
海を支配する事はそれに隣接する陸地を支配する事にも繋がるのだ。
強大なその力は今までプラトークを懼れさせ、連邦侵攻に於ける最大の懸念事項であった。
ヴィートゲンシュテイン達は最初こそあの手この手でメーヴェに何とか静観を維持させ、中立を保ってもらうべく(仲間に引き入れる事など土台無理な話だと思っていた)奔走したが、どの試みも悉く失敗。
メーヴェとの開戦止む無し、とメーヴェが敵に回る事を前提に計画を立てていたのである。
“メーヴェ対抗プラン”などという名で作られたものもあるが、それも凡そ対抗などと言えたものではなく、その内容は「帝都を一時的に内陸部にある旧都に移動し、沿岸部は放棄する」というものに始まり、完全に正面から対峙する事そのものを諦め切っている。
この状況はさながら対米開戦前の東洋の島国に似ているかもしれない。
絶望的な戦力差を前に戦争を避けようとするその様は。
しかし、プラトーク帝国とアジアの小帝国には決定的に違うものがあった。
それは非常にシンプルな話で、敵国のトップの違いである。
もし仮にメーヴェのトップがルーズベルトだったならば結果は火を見るよりも明らかだったであろう。
しかし、違った。
メーヴェのトップは冷酷な内閣総理大臣であると共に、もう一人の人物でもあったという事が。
その人物こそがご存知の通り、メーヴェのエリザベス女王である。
メーヴェという一つの国家としては絶対にすべきでない約束を、彼女はいとも容易くしてしまったのだ。
これを嬉しい誤算と言わずして何とする。
これを誰が予想出来たであろうか?
吉報に喜びつつ、皆が半信半疑となるのも致し方無い事であった。
「しかし、やはり何かの間違いではないでしょうか?いくら考えてもメーヴェが我々に与するメリットなど思い浮かびません。私はどうしても信じられませぬ」
そうぽつりと呟いたのは、新顔の一人──兵器開発局長──であった。
それは、皆が心の隅で可能性としてあり得ると知りつつも敢えて無視してきたものであった。
それを最初に口にしたのがたまたま彼だった、というだけの事に過ぎない。
結論から言えばメーヴェとの同盟成立の報告は事実なのだが、彼らはそれを知る由もない。
「しかし実際にその旨を伝える電文があったではないか。それはどう説明するのだ?陛下からのご報告を──まさか陛下を疑っておいでか?」
「滅相もない!決して陛下を疑っている訳ではなく、私はここにその報告が届くまでの過程を考慮してこの様に申しておるのです」
「過程…?」
「ええ、そうです。それは陛下から直接のものではなく、一度フォーアツァイトを経由して送られたもの。間違いなく間に何人か第三者を挟んでいます。その途中で内容が改竄されている可能性も考えられぬものではないと思うのです」
「フォーアツァイトが意図的に改竄した可能性があると?」
「あくまで可能性という話ですよ?しかし、それはゼロではない。ならば考慮せぬ訳にはいかないでしょう」
「意図的にせよそうでないにせよ確かにあり得ますな。フォーアツァイトにそうする事による利益があるかどうかは差し置いて、ですが」
「あるいは、これが誤報でないにしても根本的に間違いである可能性も考えておかねばならん。メーヴェの罠であるとすればどうする?裏切られるかもしれん」
それを言ってしまうと、もう何も信じられなくなってしまうのだった。
メーヴェにとって何ら利益が無いこの同盟は彼らにとって理解に苦しむものであり、詳細を知らぬ彼らにとってはどうしても疑ってしまうものだったのである。
「しかし現状、それを信じねば何も話が進まないのも事実。ここは本当に同盟が成立したという前提で話し合いませんか…?」
「そうだな…」
一同、頷く。
それを見て、ヴィートゲンシュテインが静かに話を切り出した。
「メーヴェがこちら側に付くという事は、連邦を裏切るという事と同義。しかしよくよく考えてみれば本来メーヴェと連邦は仲が悪かったはずで、所詮は対フォーアツァイトのために結託しているに過ぎない。もしメーヴェが連邦を見限り、フォーアツァイトとの共生路線に舵を切ったのならまああり得ぬ話でもない。…という事で、ここではメーヴェが味方に付く前提で話をする。先ずは計画に生じる変更点だが…」
「そうなると“メーヴェ対抗プラン”はAもBも放棄ですな。嬉しい事に、帝都から夜逃げせずに済みますぞ」
「勿論だ。他には?」
「長時間かけて練ったオデッサ侵攻計画もパアです。…やりましたな。ヤゲウォ侵攻計画についてはまだ保留ですがね。いずれにせよ、そうなれば西部に配備する兵力が極端に少なくて済むようになります故、東部──連邦方面──により多くの人材を送り込めます」
開戦後、連邦に気を取られている間に後背から奇襲を受ける可能性を考慮して、プラトークと西の国境で接するオデッサ人民共和国とヤゲウォ王国に攻撃を仕掛ける計画があった。
しかしメーヴェが味方になればオデッサもハッピーセットで付いてくる。
考慮すべきはヤゲウォだけで済む。
「これによって、我が帝国の第二の懸念事項であった“後背からの攻撃”という脅威が去る事となりますじゃ。まさかヤゲウォとて我々とオデッサに包囲されてまで敵側に付きはすまい。連中は引き篭もり気味の阿呆ですが、それぐらいの判断はつくでしょうな。ま、もし仮に歯向かってくるようならオデッサと共に協力して返り討ちにしてやれば良いのですから、問題無いですじゃ」
とは言うものの、ヤゲウォ王国は強い。
中規模の国であり、技術も経済も未熟な国でありながら脅威である。
「しかし問題は騎士団…それさえ無ければ安心出来るのですが…」
ヤゲウォの恐ろしさとは、それすなわち騎士団そのもの。
ワイバーンから成るその騎士団は、敵にすれば非常に厄介であった。
「もしヤゲウォが敵に回った場合、早急に危険の芽を摘むべくヤゲウォにも攻撃を仕掛けた方が良いでしょう。ある程度連邦が片付いたら直ぐにヤゲウォにグレビッチを送り込み、騎士団を駆逐するのです」
「それでは間に合わん…その前に国土が焦土と化すぞ…」
かと言って、連邦とヤゲウォを同時に相手取る様な余裕は無い。
ヤゲウォが味方に付いてくれなかった場合、相応の損害が見込まれた。
「その場合、オデッサとカスティーリャに任せるしか…そうせざるを得ないでしょう。もしくはパスタ──そう、パスタ!パスタ共和国はどうですか?!連中は地理的にもメーヴェと敵対する様な事はないはず。ならばパスタに仕事をさせれば良いのです。開戦後、ヤゲウォが敵対した場合はオデッサやカスティーリャ、パスタに任せてしまいましょう。役割分担ですよ、役割分担」
「そこは外交畑のお仕事だな」
皆の視線が一人の男に注がれる。
「やれと命じられればやってみせますよ」
外交を司るその男は、苦笑いしつつ答えた。
「ならばこの件はそれで良しですな」
楽しいピクニックの予定について話し合うかの様に彼らは目を輝かせる。
「では次は──東ですな」
西の敵は同盟国に任せられる…元は孤立無援の状態で四方の敵から攻められる事態を想定していたというのにメーヴェ一つで随分と未来像が変わってくる。
今ではこうして更に東に目を向けていられるのだから。
東はフォーアツァイトの領域である。
東で何かしようとすれば、否が応でもフォーアツァイトに関わってくる。
プラトーク帝国が東に於いて求められる最も重要な仕事は“連邦の首を刈る事”。
次点で“フォーアツァイトの援護”である。
フォーアツァイトは開戦後方々から攻め立てられるだろう。
フォーアツァイトを支援すべく、プラトークは東にも目を向けなければならない。
「フォーアツァイトは連邦と同時に先ず最優先に同盟三国に対処せねばならないでしょう。それ故に恐らくフォーアツァイトを支援する上で最も感謝してもらえるのは…同盟三国と反対側に位置するズレーテンラント。余裕があれば横っ腹に槍を入れてやるのが良いでしょうな」
「ふむ…ズレーテンラントか…」
ヴィートゲンシュテインの眉がピクリと上がった。
「少し前までは連邦の事しか頭に無かったのにな…陛下様様だ。良かろう、ズレーテンラントに侵攻する事態もも一応想定しておこう。そう、全ては──」
「──偉大なる祖国の繁栄のために…」