XCIX.女王陛下は心得ておられる。
※注釈
・ヴィッカース社
軍艦でも飛行機でも戦車でも機関銃でもポンポン砲でも何でも造るイギリスの会社。
三笠や金剛はヴィッカース製です。
・金剛型
お馴染み金剛型戦艦。
最近比叡が発見されたばかりですね。
・レパルス
イギリスの巡洋戦艦。
レナウン級二番艦レパルスです。
起工は金剛型よりもほんの少し遅い程度であり、ほぼ同時期だと言えます。
まあどちらにせよ第一次世界大戦の頃ですから古いお船ですね。
作中では“ヴィッカース社っぽい”だなんて言われておりますがヴィッカースでも何でもない別の会社です。
マレー沖海戦で日本軍に沈められたため日本では有名ですが、プリンスオブウェールズのせいで存在感が薄い気もしますね…うーん…
日本軍の魚雷を何度も回避したり、結構頑張ったんですけどねぇ…
しかしそれにしてもこの巡洋戦艦だとか高速戦艦だとかいう艦種は良いですね。
WWIの頃の船がWWIIの時代にも活躍出来たというのは興味深い事です。
軽巡は時代遅れが露呈気味だったのに対してこの艦種はバリバリの現役でした。
艦隊決戦なんていう思想は棄てて実用性だけを考えれば最もベストな選択肢だと言える様な気もするのですが…どうなんでしょう?
いや、でも重巡があるからなぁ…
それに“高速戦艦”だなんて言いつつ速力は大和と対して変わらないんですもんね…
・二式水戦
大戦中、帝国海軍は足りない分の艦載機を水上機で補おうと考えました。
水上機も制空戦闘に加わらせよう、というのです。
その当時知名度は低いのですが「強風」という水上機の開発を進められておりました。
しかしその完成を待っている余裕は無かったので強風までの中継ぎとしてこの「二式水上戦闘機」が開発されます。
“開発された”などと言っても、零戦にフロートを付けただけであり、フロートによる空気抵抗のせいでただでさえ低い速度が更に低くなるなど散々でしたが、結局は強風よりもこちらの方が活躍する事となりました。
・零観
零式水上観測機。
観測機ですが機銃が付いており、戦闘も可能です。
・マッキ
マッキM.C.72。
イタリアの水上機。
見るからに古めかしい飛行機ですが、一時は世界一速い飛行機として記録を更新した事で有名です。
水上機と言えば遅いイメージですが、1930年代では水上機だろうがそうでなかろうが大して変わらなかったんでしょうね。
「依然そのまま…ゆっくりと近付いて来ます」
「まだ見えんのか?」
「何せ雲が邪魔で…甲板からも視認報告は上がっておりません」
ボギーは依然としてゆっくりとこちらに接近中。
レーダーの索敵可能範囲は数十キロにも及び、普通の航空機相手でもレーダーに引っ掛かってからここに到達するまで十分弱の時間的余裕がある計算だ。
しかしボギー発見より既に十分経過済みであるにも拘らず未だ接敵せず。
レーダーの性能の関係上詳しくは分からないが、あちらの速度は推定45Km/h程度。
つまり約30ktである。
私はその事から初期の予想を更に確固たるものとしていた。
30ktだなんて、それじゃあまるで船舶ではないか。
言うまでもなく航空機にとってはとんでもなく低い速度だ。
空飛ぶ船でない限りは私としては“水上機が母艦と同じ速度で飛行している”とでも考えるのが自然である。
故に私はボギーの正体は水上機だと確信するのであった。
しかし他の面々はそうとも知らず、不思議がる。
「おかしいですね…余りにも遅過ぎる。何故こうもゆっくりと飛んでいるのでしょう?こちらからあちらが見えない様に、あちらからもこちらが見えていないのでしょうか?」
「まあ、それはそうだろうな」
「ならばまだ生き延びる可能性はあるのでは?今からでもUターンすれば逃げ切れるのではないでしょうか?」
ボギーが例のコナー君だと信じて疑わないローザはその様な事を真面目な顔で主張する。
「いや、逃げない。何故味方から逃げる必要がある?」
「もーーっっ!艦長、まだそんな事言ってるんですか?!あれが味方のハズないでしょ!?水上機を載せる船なんて見た事も聞いた事もありませんから!そんな空想あるいは妄想は自分の頭の中だけでお願い出来ます?!」
阿呆、馬鹿、間抜け、などと私に散々罵倒を浴びせ、彼女はまた双眼鏡を両手に持って対空見張りを再開する。
「やれやれ…これでもし本当に水上機だったらローザにはどうしてもらおうかな?」
「何でもやってあげますよ。飛んで来るのがフロート付きの飛行機なら、ですけど」
「言ったな?」
「ええ、言いました」
やったぜ、この賭け勝った!
これでもし相手がローザでなければいやらしいお願いの一つや二つでもしてみせたものを…ゴリラ相手ではそれも叶うまい。
彼女は容姿は悪くないが中身がちょっとアレだからなぁ…
「さてさて、では私もフロート付きの複葉機が姿を見せる事を祈って対空警戒に従事しようかね」
エリザベス女王に奪われていたお気に入りのマイ双眼鏡を奪い返し、覗いてみる。
青い空、白い雲。
蒼穹には一点の異物も無し。
「あーあ、やっぱり見つからんなぁ…何だこの入道雲は、馬鹿でかいな」
まるで日本の夏の如き巨大な入道雲。
コイツのせいで全く見えんのだ。
「はは、案外水平線の向こうから船影が見えるのが先だったりして──あ…」
「どうしました?」
何気無く双眼鏡を向けた水平線の向こう…そこには…
「──フロートは見えないが艦橋は見えるぞ。この賭け、やはり私の勝ちだ」
✳︎
「驚かせてしまい、申し訳ありません。まさかそこまで警戒させてしまうとはいやはや…」
「いえいえ、とんでもない。こちらとしても念のために警戒していた様なものでしてね。いやしかし、やはり思った通りパスタ共和国の船が水上機を…そうですか、是非とも一度じっくりお話したいものです」
我が艦隊の旗艦マクドナルドの甲板上から、私は勝ち誇った笑みで同盟国から遥々やって来た艦船を眺める。
三か国を代表して──各国から二名ずつ──計六名が挨拶にやって来ていて、和やかな雰囲気と共に握手を交わしていた。
案の定例のボギーはパスタ共和国の水上機であった。
少し後ろではローザが何とも言えぬ表情で茫然として立っていて、女王は私の隣でニコニコしてやがる。
オデッサ民主共和国とカスティーリャ連合王国はメーヴェから要請されてか少し民間船も混じっており、パスタ共和国は海軍の軍艦だけだという。
あちらの報告ではオデッサが約七十隻、カスティーリャは約六十隻、パスタは四十隻ぴったり。
ただし数ではパスタ共和国の船が一番少ないものの、質では最も良いと言えるだろう。
この三か国は小国という事もあり、これだけでも十分頑張っている方だろう。
メーヴェの物量が異常なだけであって、メーヴェと比べるのは可哀想だ。
「あちらが我々(パスタ共和国艦隊)の旗艦ロヴェニル、そしてその向こうに見えるのがヨーネリンダ級の三隻です。水上機は全てヨーネリンダ級のものです」
ロヴェニルは自称巡洋戦艦。
実用性を考えれば妥当な速力、そして妥協出来るレベルの火力と装甲。
何だかヴィッカース社っぽい外見が個人的には好感を持てる。
…いや、ヴィッカース社っぽいというかミニ金剛型?
違うな、レパルスかな…?
ヨーネリンダ級はギリギリ重巡と言えるレベルの砲を積んだ、軽巡の様にスリムな船体を持つ船で、分類としては重巡なのだろうがはっきり言ってほぼ軽巡の様な船である。
その最大の特徴は何と言っても船体後方にある水上機用カタパルト。
あの小さな船体では運用可能な水上機の数は高が知れているだろうが三隻あるなら悪くない。
「ヨーネリンダ級…私は元はヴァルトの人間だったものでパスタの船には疎いのですが、あれはいつ頃から?」
「かなり新しい部類ですね、巡洋艦では最新のものです。まあ現在建造中のものがありますけど」
「水上機は何機ですか?」
「最大で四機です。見ての通り然程大きな船ではありませんので、主砲もそれなりのものを載せようとなると流石にそれが限界なんですよ」
いや、一隻につき四機も載せられるなら十分だろう。
小さな船体に出来るだけ多くのものを詰め込もうという努力が感じられる。
艦上構造物のごちゃごちゃした感じが何だか大日本帝国海軍やソ連の軍艦に似ていてちょっとした親しみさえ湧く。
この世界の主流派たるメーヴェとあまり親交が無いからこそこういう独自路線なのだろう。
「じゃあここには十二機ですか、それは凄い。水上機は何か特別なものなのですか?」
見たところ、特に何の変哲も無いただの水上機である。
複葉で、海上に浮かぶためのフロートがぶら下がっていて、複座。
流石に二式水戦や零観の様に戦闘を想定したものではないから機銃は付いていない。
空母が存在する訳でもなけりゃ他に水上機を載せる船がある訳でもないから機銃が不要なのは当然と言えば当然であろう。
WWIの最初期にはドッグファイトなぞ起こらず、両軍の観測機がのんびりふわふわ飛んでいたらしいから、それに似た様なものだ。
しかし水上機とて侮れない。
航空機が未発達なこの世界では下手すれば“水上機の方が性能が良い”なんて羽目になりかねないのだから。
マッキの例があるから、水上機だからと言って馬鹿には出来ない。
故にどの様な水上機を使っているのかは私の興味の湧くところであった。
しかし、その様な私の期待は簡単に裏切られる事となった。
「いえ、既存のものを流用しているだけですが?元は民間のレジャー用として使用されていたものの翼を大きくして揚力を増やしただけのものですね」
レジャー用の水上機を使い勝手が良いように改造しただけか…まあ、そうだよな…
翼を大きくするとより多くの揚力が得られる代わりに速度が犠牲になる。
けれど偵察・観測用の水上機に速度など誰も求めていないのだから合理的な判断だと言えるだろう。
「しかしまさかエリザベス女王陛下御自ら我々如きのためにお出迎え下さるとは…恐悦至極に存じます。陛下にご拝謁出来ました事誠に何と申し上げて良いか──」
「良い良い、堅苦しいのは御免被る。私が好きでやっている事なのだ、気にするでない」
深々と頭を下げようとする友軍ご一行を見て、“堅苦しいのはゴメンだ”などと格好付けたセリフを吐きつつ女王は満足そうな表情だ。
元来目立ちたがりで崇められるのが大好き…という褒められたものではない性格をしている彼女にとって、自分の呼びかけに応じて(半ば強制的に)軍を提供する事となった彼らの存在は自尊心を大いに高めてくれるのだろう。
いい性格してやがるぜ…と皮肉を言いたくなる。
「この後も私はこの船に残り、戦闘になれば最後尾で陣頭指揮を執る事になる」
「おおっ…陛下が我が身も顧みずその様な…!」
「ふっ、何を驚く必要がある?この件をそれ程我々は重要視しているというだけの事だ。ならば例えこの身を危険に晒そうとも私自ら将兵と一丸となって戦うのは当然の事。忠臣が命懸けで戦うのを安全な後方からただ指を咥えて眺めておるだけ、というのは性に合わんでな。更に此度は無辜の民まで自らの船を提供し、そなたら他国の者までも参加してくれておるのだ、私が率先せずにどうすると言うのだ?」
「陛下…っ!そこまでお考えとは…!」
友軍の皆様から向けられる感激の眼差し。
「メーヴェの女王は素晴らしいお方だなぁっ…!」と。
そのせいで女王は余計に調子に乗る。
「そなたらも心配は要らんぞ!何故なら私がいるのだからな!」
「はいっ!」
「如何なる困難が待ち受けようとも共に手を取りて乗り切るのだ!国籍なぞ関係無い、皆一つとなって戦え!」
「はいっ!!」
「進めよ修羅、討てよ怨敵、漢を見せてみよ!良いな?!」
「はっ!我々一同、その全力を以てこれ当たります!最期は敵と刺し違えてでも!」
「太陽に向かって吼えろ!」
「了解であります!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」」」
…なんぞ、コレ。
この熱血教師の様なノリ…
そしてそれにノリノリで乗っかる友軍の皆様方。
いつに間にかローザまで連中に加わって太陽に吼えていた。
ええええ…嘘だろオイ…
こんなプロパガンダめいた言葉に躍らされやがって…
もうそれは見事に女王の思惑通りに士気が向上してしまっている。
何事かと集まってきた船員達まで少しずつ加わっていき、いつの間にやら大声で叫ぶ謎の集団が鼠算式で増えていく。
「さあっ、我々の勝利を祈って…いくぞっ!勝利ばんざーいっ!」
「「「「勝利ばんざーい!」」」」
「討伐大同盟ばんざーいっ!」
「「「「討伐大同盟ばんざーい!」」」」
「女王陛下ばんざーいっ!」
「「「「女王陛下ばんざーい!」」」」
どこの皇国だよ…
…
──宗教団体の如く結束した彼らは、その後女王への忠義を再確認したという…