XCVII.女王陛下の00π。
・00π
「ダブルオーパイ」とでも読んで下さい。
あ、いえ、その…何となく思いついたので書いてみただけです。特に深い意味は無いです。
古めかしく加齢臭プンプンのオヤジ臭いギャグです。
色々とネタが古いですね、そうですね。
…はい、すいません。
「何故私が敢えてこの船に忍び込んだと思う?この私が、何の考えも無しにどの船にするか決めるはずがないだろう?…あ、ちょっとオガナ君、砂糖入れ過ぎだぞ」
砂糖の塊をドバッと紅茶に入れようとした私に待ったをかけつつ、エリザベス女王はその様な事を嘯く。
盗っ人猛々しいとはまさにこの事。
勿論、盗っ人どころか一国の女王様なのだが。
「それはそれは。成る程、確かにその通り。ご聡明であられる陛下が理由も無くわざわざこの船に忍び込むはずがありませんものねぇ。止ん事無いお方のなさる事は私の様な下賎の者には理解しかねますが、きっと私には分からぬ崇高な目的を果たすべくコソコソとネズミの如く忍び込んだのでしょう。仮にも一国の頂点に立つお方が我が身を辱めてでもその様な事をなさるとはまさに王族の鏡。いやあ素晴らしい。ところで、この私めの電子ドラッグに侵された阿呆な脳みそでもかろうじて理解出来るようにその目的をお教え願えますか?嗚呼、これから陛下の素晴らしいお話を聴けるとなると胸が踊りますな」
皮肉たっぷりにそう言ってやると彼女は、一々歯に絹着せた物言いをする奴だな、と小さく笑った。
「まあ良いだろう。何故わざわざこの船に乗り込んだかと言うとな、そなたの指揮するこの艦隊がお迎え役だからだ」
お迎え役というのは、パスタ共和国海軍、カスティーリャ連合王国海軍、オデッサ民主共和国の海上保安軍のお船をお出迎えする役の事を意味している。
この三カ国の船が迷わずにちゃんとメーヴェの本隊と合流出来るように案内してやるのが私と私の指揮するこの艦隊の最初のお仕事なのだった。
「まさか、“友好国の諸君にご挨拶に参った”とか言ってサプライズでもするつもりですか?」
「うむ。女王自らサプライズお出迎えだ。どうだ、素敵だろう?」
カスティーリャとオデッサはメーヴェの従属国。
言うなれば大昔の中華帝国と倭人連中の関係にも近い。
正直、女王がわざわざその様な事をする程の価値のある国々ではない。
パスタ野郎の方はメーヴェの従属国という訳でもなく、ツァーレ海と接している訳でもないから何故参加したのかよく分からない。
こちらはメーヴェと何か関わりがある訳でもないし、パスタ共和国が参加すると聞いた時には驚いたくらいである。
また、軍事的にも経済的にも存在感は薄く、やはりわざわざ女王が出向くだけの理由とはなり難い。
「恐らく相手方もびっくり仰天でしょうがね、喜んでくれるかと言えばそれはまた話は別ですよ?それだけですか?」
「無論、それだけではない。もう一つの理由は…そなたの仕事ぶりを観察するためだ。まあ世間で言うところの監査、あるいは鑑査だな」
正しくは奸詐でしょう、と皮肉を言いたくなるが堪える。
「雇い主に監視されてちゃビクビクして仕事どころじゃありませんよ、さっさとお帰り下さい」
「そなたをこの軍に招待したのは他でもない私なのだぞ?置いてやってるのだから少しは感謝したらどうだ。常に感謝の心を忘れてはいかん」
…と、本人が言うのもどうかと思う。
「それに、私としてもそなたがどのぐらい優秀なのか気になるのだ、な、良いだろう?」
彼女はまるで子供の様なキラキラした目でその様に頼んでくる。
断りづらい事この上無い。
「私の仕事ぶりって…戦闘中にまでここに居座るつもりですか?我が艦隊は敵を誘き寄せる時には比較的後方寄りの位置になります。はっきり言って、恐ろしく危険ですよ?とてもではありませんが女王陛下を乗せる事など出来ません。お願いですから参加国の人達に挨拶が済んだら戻って頂けませんかね?それ用に船を用意させますから」
私はヴァルトでの活躍を買われて王立海軍に於いては現場責任者の様な立場となっている。
軍隊に於ける現場責任者とは…まあつまり…危険な場所で頑張って戦わねばならない悲しい役職だ。
敵をメーヴェ本土にまで誘導するにあたって、私はこの艦隊は勿論の事、他の哀れな殿組も指揮してやりなさい、と上から仰せつかっているのである。
過ぎたるは猶及ばざるが如しというヤツで、この討伐大同盟なるものは大量の船を動員出来たは良いが、多過ぎて今度は柔軟性に欠けてしまっている。流石は海の王者たるメーヴェ、と感心出来なくもない大艦隊だが、所詮は見掛け倒しに過ぎない。
まともに戦力になる軍艦はこのうちの半分にも満たず、他は全て囮で殆ど戦力にもならないのに無理矢理参加させた様な船ばかり。
千隻を超える大艦隊…などと世間は大喜びで誇らしげに語るが、実際にはその様な状況である。
一般人にも軍人にも始まる前から戦勝ムードが漂う中、私が未だに楽観的になれない理由がそれだ。
「まあ少し考えてもみてくれ給え。戦闘中、私自ら危険を顧みず殿を務めるとなれば士気は鰻上りだとは思わんか?“ああっ女王さま!”と皆私を崇めるに違いない」
「士気が上がる…ねえ…どうでしょうか、混乱するだけでは?」
「その様な事はないぞ、こう見えて私は人気者だからな。私の声を聴くだけで艦隊の戦闘力は倍にも膨れ上がるだろう」
彼女はわざと上目遣いでこちらに視線を寄越す。
この人の場合、人気を得る方法が汚いんだよな…
士気が云々と言っているが、結局目立ちたいだけの様な気もする。
その様なつまらない事に命をかけるとは…阿呆め…
「許可出来ません、やはり危険です。この船が沈んだらどうするんです、泳げます?」
「泳げないが何とかなるだろう」
「なりませんよ」
「何とかするのがそなたの役目だろう?私がいるからにはこの船は御座艦ぞ?オガナ君、艦長として君が私を守れ。危ないと言うなら危なくないようにせよ。沈むと言うなら沈まぬようにせよ。死ぬと言うなら死なぬようにせよ」
「残念ながらそれは無理です。私には危険なものを安全にする事は出来ませんし沈む時は沈むし死ぬ時は死にます。何故ならこの船はこれから死地に赴くからです。この船に上に立つ限り、行く先は地獄でしかありません。もし安全な場所に行きたくばこの船から降りるべきでしょうよ。何があっても責任はとれませんから」
「では責任はとらなくて良いから乗せろ」
「拒否します。あなたがそう言ったところで、結局私が責任をとる羽目になるんですからね」
彼女は露骨に不機嫌そうな表情になり、拗ねた子供の様に頬を膨らませる。
好い歳こいた大人がする様なものではないが、不思議と違和感を感じない。
「強情なヤツだなぁ…大人しく言う通りにすれば済む話だろうに」
「あなたのためを思って申し上げているのですがね?」
「要らぬお世話だ。有り難迷惑だな」
「私にとっては純粋に迷惑なんですよ。有り難要素すら無い」
「じゃあどうしろと?」
「だからさっさとお帰り下さい、と申し上げているではないですか」
「だが断る」
「だが断らないで下さい」
「嫌だ」
「私だって嫌です」
「クビにするぞ」
「どうぞご自由に。女王だろうが何だろうが訴えてやりますから」
「クソッ…お祖父様が司法権まで手放さなければもう少し好き放題出来たものを…!」
王は君臨すれども統治せず、万歳だな。
「そもそも今でも十分過ぎる程権力をお持ちの様ですがね」
「こう見えて女王だからな、偉いのだぞ」
「じゃあこんな風に子供みたいに駄々をこねるのもやめて下さいませんかね?偉いんでしょう?」
「偉いからこそこうして駄々をこねられるのだ、権力万歳だ」
「あーーーー…もう…無理っ…!」
もう無理!
この人無理!
この女王無理!
「おいローザ、そこの我が儘放題女王様をどうにかしてくれ…!まるでおもちゃ売り場で泣き叫ぶ幼児の様なしつこさだ!」
最後の希望とばかりに傍らに立つローザに助けを求める。
もう私の手には負えん。
「私にだって無理ですよ」
「なら私にも無理だ」
ええい、何が女王だクソったれ…!
こんな女王がいて堪るか、ヴァルトのヴィクトリア女王を見習えってんだ!
「もうこのまま乗せてさしあげるしかないんじゃないですか…?」
「私が責任をとる事になるんだぞ?」
「陛下の身に何かあった場合、高確率で艦長も同じ目に遭うんだから問題無いんじゃないですか?同じ船に乗る以上、同じ船に命運をかける事になるんですから」
要は、もし仮に敵の攻撃で船が沈んで女王が死ぬ時には私も同様に死ぬのだから問題無いだろう、と此奴は宣っておられるのだ。
無事なら無事でそれで良し、死ぬときゃ死ぬで死なば諸共──潔過ぎていっそ清々しくさえあるな。
「女王がつるんっとうっかり海にボチャンした場合は?」
「その時は…ドロンと行方をくらませれば良いのでは?」
「逃亡推奨ってか…ふふふ…」
成る程、まあ逃げようと思えば逃げれん事もないか…
そもそも私が責任をとらねばならないなんて根本的におかしいのだし。自己責任だろう。
「…と、いう事で面倒なのでいっその事乗せてあげましょうよ。少なくともメーヴェ出身の人間の士気が上がるのは確かですから。他国の人間に関しては分かりませんが」
このまま女王を乗せる流れか…
嫌だなぁ…
女王にもう一度向き直り、まじまじとその瞳を見つめる。
「陛下、死んでも知りませんよ?一切責任はとりませんよ?勝手に甲板からすってんころりんしても誰も助けてくれませんよ?」
「だから構わんと言っておろう。その様な事は承知の上でここにいるのだからな」
残念だが、彼女の決心は堅かった。
下手に武力行使も出来ぬ以上、悲しい哉、私に今出来るのは諦めて彼女をこのまま乗せておく事だけ。
「ならば最低限のルールは守って頂きます。私の目の届く範囲にいる事──それが絶対条件です。下手に動き回ったりしないで下さいね」
束縛する系男子かな、などと彼女が戯けるが無視だ無視。
「この狭い艦橋の中でずっと一緒に、だなんてオガナ君も大胆じゃのう。ま、そなたが望むのなら別に構わんが」
彼女はそう言って胸を強調してみせる。
何が詰まっているのだろうかと不思議に思う様な豊かな双丘がゆさっと揺れる。
無論この様な分かりやす過ぎる罠に私が引っ掛かる訳もなく、出来る限り無表情に努めてソーデスカと返答しておく。
隣のローザが複雑そうな顔をしているが…まあ良いだろう。
姿勢を正し、帽子を被り直す。
「では改めて…女王陛下、ようこそおいで下さいました。私は艦長のオガナ。短い間ですが宜しくお願い致します。本艦はこれより同盟国艦隊と合流、その後本隊と合流します。予想接敵地点付近では本隊よりも少し前方を航行し、接敵後は急速反転、今度は殿として囮役を買って出る事となっております。どうぞ楽しい船旅をお楽しみ下さい」