I.父が帰らぬ人(意味深)となりまして。
※注釈
・近親婚
その名の通り、近親、つまり血縁関係にある者同士で婚姻関係を結ぶ事。
古代では、エジプト王家などがよく近親婚をしていた事で有名です。
かの高名なクレオパトラも弟と結婚していた程。
時代を経るにつれ、あまりそういう事はしなくなった…はずでしたが、ヨーロッパではハプスブルク家とかが近代でも近親婚まがいの事をしまくっていたので、ヨーロッパでも案外最近まで存在しました。
やはり異世界にも存在する模様。
・波動砲、ビッグマグナム、デザートイーグル
要は大きいヤツの事。
──乱れる息。
頰に何か生温かいものがこびりつく感触。
両膝はガクガクと落ち着きなく震え…
サーベルを握り締めた右手は、いくら開こうとしても動かない。
まるで自分の手ではなくなったかの様に。
こんな忌々しい刃物など、直ぐにでもかなぐり捨ててしまいたかった。
だが、右手が…動かないのだ。
覚悟はしていたはずだった。
だが、やはり覚悟と実際にするのでは全く違うらしい。
言うは易し、行うは難し、と。
自分が今、上から見下ろしている真っ赤な物体。
つい先程まで偉そうに踏ん反り返っていたのが、今では大人しくなって床に倒れている。
その物体は、血だらけになった我が父だ。
確かに自分は今、父を斬ったのだ。
お世辞にも良い父とは言えなかった。
父親らしい事など殆どしてもらった記憶も無い。
しかし、それでもやはり父は父だった。
その父を、今自分は斬った。
未だに右腕に肉を裂く感覚が残っている。
刃を突き付けた瞬間の手応え。
その後のずぶずぶと肉の中に吸い込まれていくかの様な、これ程までに簡単に切れて良いのか、いつものステーキよりも柔らかな…
いや、止めよう…
床に敷き詰められた赤い絨毯に血が染み込んで黒い染みを生んでいて、ポタポタとまだサーベルからは血液が垂れている。
とんでもない事をやってしまった。ただ、そう思った。
しかし、この後どうすれば良いと言うのか。
刃を伝う肉親の血液を呆けて眺める以外に何をせよと言うのか。
しかしそんな葛藤もその声によって瞬時に消え去る。
「──兄上」
振り向くと斜め後ろには見慣れた我が妹。
彼女はいつも通りに微笑むと、にこやかな笑みを向けてくる。
天使の様な微笑み。
こんな真っ赤に染まった殺人現場には似合わないはずなのに、まるで最初からそこにあったかの様にすら感じられる。
いや、実際に最初からそこにあったのである。
父を殺す前も殺す瞬間も、その後も、彼女のその微笑みがそこにはあったのである。
嗚呼、私は何をしているのだ。彼女を見てみよ。
彼女の純白のドレスは私の後ろにいたばかりに返り血を浴びて汚れている。
私が浴びた返り血に関してはどうでも良い。
だが、手を下してもいない彼女まで血で汚れる必要は無かった。
だが、彼女は普段通りだ。
目の前で父親が兄の手によって殺されたにも拘らず、彼女は普段通りなのだ。
それに対して我が身の何と情け無い事。
これ程までに動揺した姿を晒すとは。
妹がこうも落ち着いているというのに、兄である私がこの有り様でどうするのだ。
不意に辺りを見渡すと遠巻きに大勢の人々が自分を凝視している。
彼等は私の事をどう思ってこちらを見ているのだろう?
きっと、良くて親不孝者の息子だとぐらいに思っているに違いない。
勿論、大半の人々はそれ以上の侮蔑を自分に向けているのだろうが。
そんな事を考え始めると又もや身体が固まってしまう。
嗚呼、情け無い。
見かねた妹が再度私に呼び掛ける。
「兄上、大丈夫ですか?」
そう言って、その細く美しい指で私に触れるのだ。
そのせいで私が震えている事も彼女はもう気付いてしまっただろう。
或いは、その前から既に気付いていたやもしれんが。
だが、それでも私の身体の震えは止まらない。
止まれ、止まれ、と自分を心の中で叱りつけても身体が言う事を聞かぬのだ。
私の身体は、初の人殺し…それも実の父親を殺した事に恐怖していた。
人間の肉がスープの中の牛肉の如く、柔らかかった事に。
「ナーシャ、頼りない兄だと笑ってくれ給え…正直、立っているのがやっとだ」
そう言う声すら震えているのだから。
妹には随分と失望されてしまったに違いない。
それよりも、妹が落ち着き過ぎだと言える。
犯行現場を涼しい顔で眺めていたのだから大したものだ。
「座り込むのも気絶するのも構いませんが、すべき事を全て片付けてからにして下さいね」
「ああ…勿論だとも…」
私はふらりとよろめきながら妹に向き直る。
ナーシャこと我が妹、アナスタシアは一見するとただの可憐な少女だが、実際には兄の私以上に度胸があり、男に生まれていれば、と惜しまれる事は日常茶飯事。
その際に引き合いに出される私としては堪ったものではないが、自慢の妹だ。
そしてそれでいて可憐なのだから罪深い。
彼女のその行動力と容姿を以ってすれば大概の事は思うがまま。
実際、私も彼女の頼みは無下には出来ずに言いなりになる事も多い。
腹違いの兄妹とは言えども、兄ですら魅せられるそれは将来的には更に猛威を振るうのだろう。
彼女はまだまだ成長過程であり、その女らしさの中には幼さも少し残っている。
彼女の活発な性格を象徴するかの様な──結婚を控えた皇族の女子としては少し短めの──黄金の髪。
そして人懐っこく、少し悪戯好きな、それでいて外見から粗野な印象は与えられず、それどころか誰でも彼女を見れば“清楚”という二文字が思い浮かぶであろう。
この微かに残る幼さが消える程に彼女が成長した時、どうなるかなど容易く想像がつく。
髪を伸ばせばどうなるだろうか。
大人としての振る舞いを身に付ければどうなるだろうか。
間違い無く、彼女は美少女であった。
しかし一方で、彼女は只者でもない。
私が父を殺したのは、妹の頼みによるものである。
妹がある日突然、父親を殺そうと話を持ち掛けて来るのだから、驚いた、などといった安っぽい言葉で表せるものではない。
心底驚愕し一度は断ったものの、前述の通り私は妹にあまり強く当たれない。
うるうると涙目で見つめられ、兄上しか頼れる人がいないの、とか言われてしまっては断る事も出来ず、更にはこれで王手だとも言わんばかりに私の手を握ってきたのだ。
これで落ちない男がいようものか。
兄とて例外ではなく、コテンと落ちてしまった。
お恥ずかしい限りだが…元来兄とはそういう生き物。
今更それをどうこう出来る訳でもなし。
昔から私は妹のためならば何でもする少し過保護なところがあった。
それがいつの間にやら人殺しすらもするぐらいに発展していたとは、自分でも驚きである。
しかし、ただ単に妹のためだけに殺害に及んだ訳でもない。
彼女の父親を殺すべきだという言い分も納得出来るものだったのだ。
故に私はこの計画を実行するに至ったのであった。
「可哀想に…震えてらっしゃるのですね?私が兄上を巻き込んでしまったばかりに…」
彼女は捨て猫を哀れむかの様に私にそう言うや否や、私に抱きついてくる。
大丈夫大丈夫、と赤子にする様に私の背を優しく撫で、下から私の顔を見つめる。
「ナ、ナーシャ!止め給え、皆が見ておる前で!」
「あら、兄妹が抱き合おうとも何も問題はありませんのよ。父親の死体が目の前に転がっているのにこうもほのぼのとしているのは少し問題ではありましょうが」
ふふふと笑い、彼女は上目遣いで私を見つめてくる。
そして特筆すべきは彼女の胸が当たっているという事だ。
…いや、当たっているのではない。当てているのだ。
この小悪魔め。
兄に色目を使うとは何事か。
更に、よく見れば…そのドレスは何だ!
上から見下ろせば、盛大に胸元が開いているではないか!
我が妹の胸はさして大きくはない。
しかし、だからと言って小さいという訳ではないのだ。
というか個人的にはベストサイズ…ゴホンゴホン…
そしてそれを私に当ててくるのだから嬉しいやら恥ずかしいやら訳が分からなくなってくる。
仮にも妹はもう既に婚姻可能な歳で、その様な服を着るのも仕方ない事なのやもしれん。
しかし今は私だから良いものの、もし私以外の男にこの様な格好で、この様な行為をした場合…取り返しのつかない事態に陥ってしまう事は十分に有り得る。
具体的に言えば、襲われるとか。
だって、兄である自分でさえ辛うじて理性を保つのがやっとの状態なのだ。
これで血縁関係にない男であったならば、間違い無く理性が銀河の彼方に吹っ飛ぶに違いないと確信する。
少なくとも百光年ぐらいは吹っ飛ぶと私が保証しよう。
実の兄である私が言うのだ、間違い無い。
故に私は兄として思うのだ。何だそのけしからん格好は、と。
これは、何か間違いが起こる前に兄として私が言わねば。
父を殺した事とかもうどうでも良い。
今は麗しの我が妹の貞操こそが最重要であって、それ以外は後回しだ。
私自身は人殺しでも何でも良いが、妹だけは清楚であらねばならない。
妹の初めては父の死体にも勝る程のトッププライオリティーである。
本来ならばこの場に彼女を連れて来るのも気が引けたのだが、妹がどうしても(正確には、お兄ちゃんお願いっ!といった感じ)と言うので仕方無く私の後ろから見ている事を許したのだ。
そのせいで彼女まで返り血を浴びてしまったし、これ以上彼女が汚れるのは見るに耐えん。
父を殺してしまった事はもうどうにもならん。
だが、妹の将来はまだまだこれから。
ならば父の死体処理よりも妹の未来を優先しても問題無いはずだ。
「おほんっ。ああ…ナーシャ?」
「はい、何でしょう?」
「君はその様なドレスをいつも着ているのかね?」
「その様な、とは何を指しているのでしょうか?ほら、このフリルが可愛らしいでしょう?」
と、胸元のフリルの指差す。
私はそのフリルを見るフリをして、まじまじとその直ぐ傍のお胸を観察する。
いや、見てるんじゃない!見えてしまうだけなんだ!
お兄ちゃんはこんな服、絶対に許しません!
「うむ、確かにそのフリルは可愛らしいと私も思う。だが、そういう事を言ってるのではなくてだな…」
では何を?と彼女は小首を傾げる。
「その…胸元だ…!胸元!」
何だか異常に恥ずかしくなってきて目を瞑ってしまったが、どうにかそのワードを発する事が出来た。
これが今の自分の限界だ。
しかし、流石は我が妹。
平気で私の予想の斜め上を行く返答をしてきた。
「胸元…?それがどうされましたか?」
な、何と!彼女はその胸元が開いたドレスの危険性に気付いていないと?!
私が思っていたよりも彼女は純だったと?!
それはつまり…“男は皆、獣である”という基本的な事から教える必要があると?!
私の決死の妹への胸元露出指摘作戦は失敗だ。
「いや、今は私だから良いのだが…もしこれが私以外の男であってみろ?確実に襲われるぞ?」
「殿方は胸元が開いていると襲いたくなるのですか?」
正確には、襲いたい度が三割り増しぐらいになるのだ。
見目麗しい彼女はただでさえ普通の服装でも襲いたい度が高いと言うのに、胸の谷間が見えているとなるともう…
…襲いたい度充填百二十パーセントなのだよ。
波動砲でもビッグマグナムでもデザートイーグルでも何でも良いが、そういった類いのアレが撃ちたくなるのだよ…
全く…男ってやつは…
ちなみに、胸の谷間、と言うと巨乳のイメージだが実際にはある程度の大きさがあれば誰でも可能だ。
小さくとも下から押し上げてやれば、立派な谷間が完成するのだ。
あ…その最低限の大きさが無い方に関しては…気にしないで、と熱いエールを送りたく。
一部の低脳な男共は壊れた時計、壊れかけのレディオ、もしくは中学生の如く巨乳、巨乳と連呼するが、私の様に貧乳に理解ある紳士も世の中には一定数存在するのだから気に病む事はない。
統計的には貧乳の方が多いのだから巨乳などという幻想を追い掛ける事がそもそもの過ちなのだ。
ぺったんこの胸には目もくれない様な男はそもそも人間的に終わってるのだから、無視しておけば良い。
敢えて言おう、ひんぬー万歳!!
「うむ…まあ、そういう事だ。だからそういう服装は避けた方が良いと思うぞ」
彼女は成る程、と頷くと自分の胸元を不思議そうに見つめる。
しばらくすると急に顔を上げ、尋ねてくる。
「では兄上も今、少し私を襲いたい気分でいらっしゃるので?」
何という爆弾発言…
私に何と答えよと?
はい、妹だけど襲いたいでーす、とか!?
それはシスコーンでは?
いや、シスコンとかそういったレベルを超越した何か(主にhentai)だと思うのだが!?
「ま、まさか!そんな事…!仮にも我々は兄妹であるぞ?その様な事、考えるはずもない!」
「あら…先程から兄上が私の胸元ばかり見てらっしゃるので、兄上もそうなのかと勘違いしてしまいました。失礼をお許し下さいね」
バレてた!
「それは違うぞ。胸元を見ていたのではないぞ。私はそのフリルを見ていただけなのだからな!あ、可愛いなぁ〜って!」
「左様ですか」
そう言うと、彼女は私の背中に回していた両手を今度は私の首へと回してくる。
そしてそれによって新たな問題が発見される。
「ナーシャ…何だその脇は…?」
「脇が何か?」
今までは隠れていたが、何と、腕を上げると脇が丸見えではないか!
これはいかん…!
人によっては胸と同じくらい効果的なのだぞ!
世の中の脇フェチがいかに多いことか!
太ももに引けを取らないのだからな。
統計で調べてみるが良い。
黒光りする例のアレ、つまりはGの如くわんさか湧き出てくるに違いあるまい。
幸いこの国の寒い気候はかの有名なG公にも堪えると見え、ここでは夏場に数匹いるかいないか、という程度ではあるのだが。
しかし残念な事に、脇フェチはこの国にも大量に存在する。
そしてその中の大半にとって我が妹の脇とて欲望の対象!!
と言うか、多分奴等のいやらしい性的視線の向く先としては最適…直球ど真ん中ストライクであろう。
嗚呼、何という事だ…!
私が脇フェチの連中から妹を守らねばならぬとは…!!
「脇も出しておるのか…?」
「ええ、そうですが…もしや脇も殿方にとっては過激なのですか?」
「ああ、そうなのだ。男は脇でも興奮するものなのだ。 胸元といい、脇といい、あまりその様な格好をしていると一大事になりかねん」
嗚呼、お兄ちゃん心配です!
どこの馬の骨とも知らぬ男(特に自分の年齢を未だに自覚していないジジイ共)に手をかけられでもすればどうすれば良いと言うのか?
仮にも彼女は皇女なのだ。
その様な事があってからでは手遅れだ。
「でも兄上、心配なさらないで下さい。こんな事、兄上にしかしませんから」
「そうしてくれ。皇女であるからにはナーシャもいずれはどこかに嫁がねばならん。しかし、一度汚された身となればそれも叶わなくなってしまうからな」
そう、妹とていつかは嫁に出るのだ。
それまでは悪い虫が付かぬよう私が守らねばなるまい。
本来それをするべき父は殺しちゃったのだから。
テヘペロ☆とでも言わんばかりのノリだが、勿論親を殺してしまった事に関してはちゃんと反省してますとも。
「嫁ぐのは嫌です。私は他所には行きたくないのです」
「無理を言うな。姉上もトルストイ伯の下へ嫁いだであろう?」
妹の駄々にも困ったものだ。
皇族である限り政略結婚に使われるのは致し方無い事なのだが。
ちなみに、姉が結婚したトルストイ伯という人物もそれなりの年齢のおっさんだ。
本人達は幸せそうなので結果オーライだが。
「姉上と私はまた別です。私はここから出たくないのです」
どうやら彼女は見知らぬ他家へ嫁ぐのが嫌らしい。
「ならば、一生結婚しないと?結婚するからには絶対にここを出て行かねばならないぞ?」
困惑しながら私がそう言うと、待ってましたとばかりに妹は私に微笑みかけ、更にぐいっと顔を近付ける。
近い近い…!
「ここにいて、尚且つ結婚する事も出来ますのよ?」
「へ…?まさか、婿とここに住むつもりか?それは周囲が許さんと思うぞ?」
そんな事は周囲が、というより相手側が許さないだろう。
そして私も兄という立場上それに賛同は出来ない。
「違いますってば。兄上と結婚すれば良いのです!」
彼女のこの一言、全てはここから始まった。
初投稿です。
拙く、見るに耐えない文章だとは思いますが、応援して頂ければ嬉しく思います。
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