第二話。ヨロズヤとタナボタと温泉回。 その3
「つ、つ、つ。ついたああああ!」
スティアスに到着した。予定より早かったようで、
まだ空には太陽が茜色の光を広げている。
町門を潜り抜けた直後。
それが今、俺が魂の底から叫んだ紛れもない真実だ。
ジョージのオッサンがくれた身分証は非常に役に立った。
これがあったおかげで、俺も含めてすんなりと
町に入ることができたからだ。
いっきに疲労が押し寄せて来た。
背中の重みが、でかける時の倍ぐらいに感じる。
もう歩きたくねえ!
「うっさいわよ!」
「いて、おまえまたふとももを……!」
「蹴りやすい高さにあるから、つい足が出ちゃうのよね~」
「タノシソウデスネ」
微粒子レベルにも悪いなんて思ってねえなこいつ。
早いとこ宿屋みつけて寝っ転がりたい。
風呂入るんでもいいけど。
宿屋、か。
なにげなく考えたけど、これってすごいな。
ザ・RPGじゃん宿屋とかっ。
「なによまたニヤニヤして、気持ち悪いわねほんと」
「だから、そのゴミを見るような目をやめろください」
「きっとアクトさん、おやすみできるのが嬉しいんです。
わたしだって疲れましたですから」
便乗っ!
うんうんすごい勢いで、頷きを連打してやるっ!
「そう。そういうことにしといてあげるわよ、サラに免じて」
一言多いんだよなぁ。
「どうも。んじゃ早速宿屋探しに。
夕方だし宿場町だし、すぐ見つかるだろ」
「そ の 前 に」
全文字を強調して発音しやがったよこの猫。
「な、なんだよなんかあんのか?」
「ここにもヨロズヤギルドはあるはずだから、
軽い小遣い稼ぎがないか探したいのよ」
「おいおい、宿屋行ってからでも遅くないだろ?
ゆっくりさせてくれよ頼むから~」
「ギルド、もうすぐ閉まる」
「ああ、営業時間あるんだ」
「ってことだから、ニャんたに選ぶ余地はないのよ」
「楽しそうにいいやがってこの猫は!
はいはいわかりましたよ。ご自由になさってください」
ふてくされるしかねえだろこんな状況。
***
「へぇ、これがギルドか。想像してたよりずっと綺麗だな」
スティアスのヨロズヤギルドに入って、その第一声。
煉瓦の敷き詰められた床、漆喰の壁と天井、
机は依頼受付用と思われる、コの字型のカウンターが一つある。
順番待ち用だろうか、椅子もけっこうな数並んでいる。
閉店間際だからだろうか、他の万屋達は見当たらない。
そのかわり、なんだか建物の右の方から喧騒が聞こえてくる。
「なあ、なんで右っかわガヤガヤしてんだ? っておい!」
カグヤとアイシアはわかるけど、なんで
サラちゃんまで俺をおいていく?
慌てて追いつくと、
「ヨロズヤギルドは酒場もいっしょにやってるです。
なのでギルドとしてのお仕事はおひさまが沈むまでなんです」
サラちゃんから解説が来た。
「なるほど。併設されてるんだな」
これまた王道な作りだ。情報がほしけりゃ酒場へ行け、
って奴である。
「昼間はギルド、夜は酒場で主要なお仕事を切り替えてるんですよ」
カウンターの向こうからそんな声がする。
どうやら俺の声に答えてくれたらしい。
「ありがとうございます。そうなんですね」
笑顔のまぶしい受付嬢さんに、俺は頭を下げる。
「うー。簡単なのはあるけど、ちょっと安すぎるかなぁ」
カグヤたちは、どうやら依頼の吟味中だ。
狩りゲーやってて、クエストマラソンするには
どのクエがいいか選ぶような感じなんだろうな。
「あ、これ。ちょっとアクトっみて!」
「どうした血相変えて?」
急に驚いたような声がしたので、言われた通りカグヤが指さす
依頼文を見てみた。
この世界の書き文字が普通に読めるのは、おそらく女神の加護なんだろうな。
女神の加護か。改めて、すごいスキルもらってるんだな、俺。
世に言うチート能力って奴じゃないけど。
「えーっと、
『求む 万屋護衛団。
明日マリスガルズへ向かうため、我々商団を護衛していただきたい。
定員は万屋五クラン、期日は今日いっぱい。報酬は弾むゆえ、
我こそはと思われるクランの皆さまは、振るって受注いただきたい。』
なんだ? この煽り文句みたいな依頼文」
サインが既に欄を四つ埋めている。ということは、
後一グループこの依頼を受注したら締め切りなんだな。
「そこじゃないわよ、依頼者見て依頼者」
カグヤが珍しく焦った感じで促して来るので、そっちに視線を向けた。
すると、驚くべき名前が記されていた。
「依頼者、イオハ・ザードーバ。イオハ……イオハ……えっ?
おい、これって?」
「そうよ。オッサンがきっと勢いと思いつきで上げた名前の奴よ!」
「おいおいマジかよ。しかも行き先が
俺らといっしょじゃねーか!」
「どうします? この依頼に興味があるみたいですけど」
「受けるわよ。いいでしょ?」
サラちゃんとアイシアに視線をめぐらせるカグヤ。
「はいです」
「めんどうしなくてすむ」
「よし、リーダーの許可も得たことだし」
カグヤは落ち着かない手つきで、最後の空欄にクラン名を書き込んでいく。
サン・イラーヌって言うらしい。誰のセンスかは知らないけど、
ちくしょうなんかオシャレじゃねーか。
「はい、ありがとうございます。今日お泊りになるなら、
依頼者さんにその場所をお伝えください。
招集の連絡を入れるそうですので」
「わかったわ。で、依頼者の方はどこにいるの?」
「中心にある、この町で一番大きな宿屋、
一角獣の鬣亭です」
うわ、めっちゃそれっぽい名前。
「一角獣の鬣亭ね、ありがと」
「どういたしまして。では、ご武運を」
ニッコリ笑顔の受付嬢さんに見送られ、
俺達はギルドを後にした。
「なあ、よかったのか? 小遣い稼ぎクエ探してたんだろ?」
「あんなの見たらそっち優先するわよ。
宿代はお小遣いから使っちゃいましょ、
個人的なことじゃないんだし」
「そうだな」
ってことで。
今度こそ
今! 度! こ! そ!
俺達は宿屋探しをすることになった。
「なあカグヤ。依頼受ける時、リーダーの許可も得たことだし
って言ってたけど。リーダーって誰なんだ?」
「ん? サラよ」
「……え?」
「だからサラだって。ほら、一人だけ鎧が違うでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……マジで?」
「あのさ。昨日っから言ってるけど、
その『マジで』とか『マジかよ』ってどういう意味なの?」
「え、えーっと、そうだな。信じられねえ、だな」
「そうなんだ。ニャんたの世界って、おかしな言葉使うのね」
「……そうなのか?」
***
「なんか、あんま人入ってないな。ここ」
まだ夜になってさほど時間は経ってない時刻。
あまり人の気配のしない宿屋の前に俺達は立っている。
看板には『宿場ゴブリン。でっかいお風呂が自慢です』と書かれてある。
宿屋そのものの身なりは整ってるから、
古くて人が寄り付かないって感じではなさそうだ。
町はずれだから、たんに穴場なだけかもな。
後、平屋ってのは宿屋としては珍しいんではないかな。
ここに来るまでに何軒か見たけど、
だいたいみんな二階建て以上だった。
「条件にあってたのがここだけだったのよね」
カグヤたちが提示した条件。それは、
一つ:でかい風呂があること。
二つ:夜に騒がしくないこと。
夜に騒がしくないということは、
客の品がいいか客が少ないかの二択。
前者はおそらく、質の高い宿屋になるだろうから
資金的な問題で難しい、
ってことで後者な宿屋を当たった結果、
ここに行きついたというわけである。
「しっかし、かたや一角獣 かたやゴブリンか。
宿屋のランクの差すごそうだぜ」
「気にしない気にしない、です。それじゃ……いきますです」
「ええ」「うん」
「な……なんだ、こいつらの無駄な緊張は?」
なぜかみんな、意を決して宿屋に入る。
……もしや、みんな宿屋初体験なのではないのか?
「いらっしゃい。おや、ずいぶんと面白いパーティだな」
店主と思われる人は、俺達を見るなりそう言った。
「あの、一晩泊まりたいんですが」
うわー、めちゃくちゃ緊張してるわ。だってこれ、
カグヤだぜ。
「はいはい。一人銀貨一枚な」
いかにもめんどくさそうな態度が鼻につく店主のオッサン。
しかし、その値段は……高いのか? 安いのか?
「高くない?」
高いのか。
「宿場町のこんな外れの店なんでな。
あんま安宿すぎてもやってけないんだ。
悪いな、これが最大値引き価格なんだよ」
「そ……そういわれちゃうとなぁ……」
あれ、そこで悩むのか。気にせず値切りそうなのに。
「じゃ、そういうわけで。前払いで頼むよ」
「うわ、ごり押して来た」
なんか……今、店主の口角が片方だけ釣りあがったような?
「まってです」
「サラ、どうしたの?」
「今、おじさん。悪い顔しましたです」
「バカっ、俺もそう見えたけど、トラブル起こすなっ!
下手したら泊まれなくなるぞ!」
「お嬢ちゃん。もし俺の顔がニヤけたように見えたんなら、
それは客が来たのが嬉しかっただけさ。
それも、かわいこちゃんが三人で、おまけに
一人はケイト・シスだ。眼福にして貴重な客だってことさ」
なんで俺、客扱いされてないんだ?
「そう、です。ごめんなさいです」
しょんぼりと頭を下げたサラちゃん。
「わかればいいんだよ。ま、部屋は好きなとこ使ってくれ」
俺達から宿代を受け取りながら、店主はそう気さくに言ってくれた。
「っだーっ!」
少し奥まった端部屋に入って、荷物を置いた俺は
とりあえずベッドにダイブである。
これがしたくてしたくてたまんなかったんだ!
「ふー。お疲れさま、みんな」
のびをしながらのカグヤに、二人もお疲れさまを返している。
よく見れば、三人も疲れた顔だ。
なんだ、余裕でここまで来てんだと思ってたぜ。
かなりタフじゃあるけど、スタミナ無尽蔵じゃねえんだな。
いっきに親近感湧いたわ。
「って、あ、そっか。一角獣の鬣亭いかなきゃなのよね」
まったりしかかった様子のカグヤだったけど、
顔をブルブル振ってそんなことを言った。
「お前猫だろ、なんだ今の体に付いた水を吹き飛ばす犬みたいな動き」
笑うの堪えきれなかった。
「犬じゃないわよニャたしは」
じとめで睨んで来てるのかもだけど、
疲れてるせいかいじけてるようにしか見えない。
目力って、こんなに印象変えるもんなんだな。
「ああでもしないと寝そうだったのよ。
んじゃ、忘れないうちに行ってくるわ」
「ちょっと、カグヤさんっ?」
誰の返事も待たずして、カグヤは足早に部屋から出て行ってしまった。
「たしかに、伝令役ならカグヤが適任だろうけど……
あんな状態で大丈夫なのか?」
「わたし、あと、つける」
「頼んだ。けど、カグヤがここから出てからな」
カグヤが店主と話してるのが聞こえる。
内容まではわからないけど。
「イオハさんの名前聞いてから、おじさん声が変です」
「聞こえるのか?」
「はいです、意識を集中すれば」
「聞き耳能力高えな。ってあれ? カグヤ、どうした?」
「あの人、連絡してくれるって言うから、戻ってきちゃった」
疲労を隠しもしない。
大きな息といっしょに、床にドサッと座り込んだ。
あ、猫耳がペタンってなってる。思った以上に疲れてんだな、こいつ。