第一話。優しい世界と悲壮な女神。だけど薬草汁は勘弁な。 その4
「っと、それちまったな、話を戻そう。
警戒されずにベクターの周囲に潜り込むにはどうしたらいいと思う?」
「どうしたらって……どうしたらいいんだ?」
「オッサン。ニャんた、まさか?」
カグヤが、オッサンを三白眼で睨み付ける。
「ジョージ……」
静かな声。したと思ったら、なにやら一瞬
寒気が……っ?
「まっまあまて、話をちゃんと聞けお嬢さん方っ!」
両手を残像が残る勢いで左右に振って、オッサンは二人をなだめようとする。
「ニャんた、こいつにニャたしたちを
売り飛ばさせようって言うんでしょ?
本気でそんなこと言う気なら、ニャたし、ニャんたを
店の外までぶっ飛ばすわよ」
こえー……カグヤの声って、トーンが少し落ちただけでも鳥肌物だったのかよ。
けど、殺すって言わないのは優しさ……なのか?
「なにっ? おいこらオッサン、
なんてことさせようとしてんだっ?」
「そうじゃねえって」
掴みかかろうとした俺の右腕をあっさりと手で払った。
不自然に開かされた右腕のせいで、たたらを踏まされちまった。
「俺が言おうとしてたのはこうだ」
俺が体勢を立て直してる間に、オッサンは、咳払いを一つして
その方法を語り始めた。
「カグヤちゃんが言ったのは半分正解ではあるがな」
「半分ってどういうことよ?」
「サラちゃん カグヤちゃん んでもってアイシアちゃん。
この三人は、
少年に売りに出される女の子としてマリスガルズに
四人で向かう」
「やっぱりそういうことじゃない。しかもサラまで」
オッサンは「最後まで聞けって」とうっとおしそうに言い、
作戦の内容を続けた。
「お前らなのは理由がある。
単純な話、少年の身体能力が俺達よりも弱いからだな。
うっかり死なれちゃ寝覚めが悪いし、なによりあぐにゃん
女神さまに顔向け出来ねえ。だろ?」
ぐるっと三人を見渡しながら、同意を求めるような調子で
いったん言葉を切るオッサン。
「うっかりで死ぬような世界なのか、ここは……」
サラちゃんといっしょだったからかもしれないけど、
街の中を行く分にはそんな心配はなかった。
……まて? 言われてみれば、RPGだって町の外で戦闘してるな。
そういうことかよ。
「女神さま、もっと暗い顔になっちゃったらいやです。
わたし、いきますです」
「サラが行くって言うなら、ニャたしは
サラのガードとしてついていくわ」
「うん」
「お前らなぁ……」
俺のことをまったく考慮しないカグヤとアイシアに、
俺はそう疲れた息を吐くしかない。
「理由はどうあれ、メンバーは俺の提案通りだな」
「んで? いったいなにをどうするつもりなんだ?」
「内容は至って単純だ。
少年は奴隷商として、この三人を売りに行くってことで行動。
同類からベクターの情報を集めて、お目当てさんのいる場所を割り出し
助け出す。これだけだ」
「細かいことは行き当たりばったりなのかよ」
「流石に現場のことは現場でしかわからないからな」
「そっか。でもさ、奴隷商のふりをするったって、
どうすればいいんだ?」
「マリスガルズに入るまではその恰好でいいだろうな。
ただ、マリスガルズに入る時には、相応の格好でないと駄目だ。
あそこは見た目がごちゃごちゃしてればそれでいいって、
成金趣味全開の町だからな」
「い……いきたくねぇ」
「でも、ニャたしたち豪華な服なんて持ってないわよ?」
カグヤが小さく半歩右足を前に出した。
どうするつもりだ、とでも言いたいのだろうか?
「俺がてきとうに派手な上着でも見繕っておくさ」
「てきとうだなぁ……」
不安だ。
「立案者として最大限の助力はするぜ」
「財布にゃ痛いがな」とオッサンは苦笑して言った。
「でも、格好だけだと説得力に欠けないかな?」
エルフ娘が挙手。なんか意見があるらしい。
「そうか?」
オッサン、不思議そうだな。思い至ってないみたいだ。
「うん。アクトくんって見た感じ、わたしたちと年かわんなく見えるでしょ?」
「そうだな」
「それでもし誰かに、なんでそんな若いのに
いっちょまえに仕事してるんだーって聞かれたら、どうするの?」
「おお、たしかにそうか」
オッサン、合点が行ったらしく指パッチンなんぞしている。
「なら、そうだな。イオハ・ザードーバの代理で来た
って言えば大丈夫だろう。
羽振りはいいが、なにかと黒い噂のある交易屋だからな」
……大丈夫なんだろうか、本当に。
それにしても、なんだこいつらの頭の回転速度は。
しかしオッサン。ずいぶん楽しそうだな。
「そういうわけなんだがおかみ。こいつのこと、
泊めてやっちゃどうだ?」
ことの成り行きを見ていたおかみさん、いきなり話を振られたが
特に動じるでもなく。
そんなこと提案しても断られそうだけど。
「そうだねぇ。わかったよ、部屋は空いてるし」
通っちゃったよ。
「それに」
一端言葉を切って、ぐるりと俺達を見回したおかみさん。
な……なんだよ?
「面白そうだしね」
ニヤリとして言った。
「なにより行く当てないんだろ? そんなのほっとけないじゃないか」
「ニャんたら揃いも揃って! いてっ」
感動に振るえた直後。
正面からの軽い衝撃にそっちを見れば、
今まさにカグヤが拳を引き戻すところだった。
「まねするな」
不機嫌に、諭すような言い方。
「かんだだけでまねしたつもりはない」
「そうですか」
「信じてねえなこいつ……」
「さて。俺はそろそろ、この辺でお暇するかな。
準備もあるし」
オッサンは、一つのびをしながらそう言う。
「そうかい。気を付けるんだよ」
「わかってる、慣れた道だ。星明かりがあれば問題ない」
今の台詞、なんかかっこよかったな。
「少年。ちゃんと食ってちゃんと寝とけ。でないときついぞ」
「ん? ああ。たぶん泥のように寝ると思うから
睡眠については問題ないと思うぜ」
「そっか、ならいい。それじゃ、お疲れ」
ひらひらと手を振りながら、オッサンは店を出る。
ドアが開いたところで、女子らからお疲れさまでしたの声が上がった。
「ん? でないときついって……まさか」
「ああそうだ」
突然ドアが開いて、オッサンが顔を出した。
「コロンボかアンタは! 心臓に悪いぞ」
予想外すぎる再登場に、俺の体はじわっと驚きの汗を出した。
「明日出発の予定だから、忘れないでくれ。
じゃなー」
俺のびっくりを完全にスルーし、扉が絞められた。
「や……やっぱりか」
「アクトさん。この世界の食べ物、
お口に合えばいいです」
心配そうな言い方のサラちゃん。
これからの食事を思ってのことだろう、ええ子やなぁ。
「あ……」
派手に鳴る俺のおなかさま。
クスクスと女子らから笑いが起きている。
は……はずかしいっ。
「そういや俺、この世界に来てから
あの薬草汁しか飲んでなかったんだっけ」
意識したらとたんに、猛烈に空腹感が襲ってきた。
「そろそろご飯だから、ちょうどよかったじゃないか」
おかみさんの優しい口調のフォロー。
「あ、そうなんすか」
「飯できたぞー」
「え゛っ?」
店の奥の方から声がした。
女子らは「はぁい」と、一命を除いて元気よく答えて、
ゾロゾロと声の方にあるいていく。
「ダレ?!」
見知らぬ第三者に困惑したのは、当然ながら俺だけだった。
「ん、ああ。主に料理を担当してるうちの人、
アルバート・ガマンバックだよ。
驚いちまったみたいだねぇ」
アッハッハと豪快に笑うおかみさんである。
「あ、ああ。そうでしたか」
「ほら、ボサッとしてない」
「あっ、ヘイ!」
慌てて、俺も店の奥に小走りする。
はたしてあんな、雪崩のように出来上がった
稲妻碧救出計画。うまく行くんだろうか?
無事に完遂できるんだろうか?
飯の味よりも、そっちの不安が遥かにでかい。
けど……
やらなくっちゃあな。
あぐにゃんと稲妻。
二人を助けることが、
ここにいる理由なんだから。