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第一話。優しい世界と悲壮な女神。だけど薬草汁は勘弁な。 その2

「はい、どうぞ」

 濃い緑色。独特の草を残した匂い。

 そんな物が二つ、テーブルに置かれた。

 

「あのぉ、サラちゃん?」

「はいです。これは……アレです」

 苦笑いしている。サラちゃんもこいつは苦手らしいな。

 

「俺が今朝飲んだアレ……だよな?」

 険しい表情で顔を見合わせる俺とサラちゃん。

 

「……がんばりましょうです」

 力強く頷く。その表情は硬く、覚悟と決意に満ちていた。

「よ、よし」

 俺も決意と共に頷く。

 

 まさか青汁もどきを、一日に二度も飲まなくちゃならないとは。

 

 おまけに目の前のヤツは、今朝のスープより草の香りが強い。

 

 

 こいつは……強敵だ!

 

 

「……いただきます」

「いた、だきます、です」

 ぎこちなく言うサラちゃん。緊張からか、それとも

 この世界にいただきますを言う習慣がないのか。

 

 まずは一口。

 

 

「ぐ……」

「んう……!」

 予想通り、青汁もどきの味は、苦みが濃かった。

 しぶい顔をする幼女と俺。

 

 でも体に広がったそのスッキリ感は今朝より強い気がする。

 

「サラちゃん」

「はいです?」

 

「ちまちまやってちゃ俺達の気力がもたない。いっきにいくぞ」

「え゛!」

「すごい声出たな今」

 目を見張って口をあんぐりしているサラちゃんに苦笑する俺。

 

 

「あの……そんなに大変な物なんですか?」

 驚いたような顔の女神さまから、疑問符が飛んできた。

 

「はい」「はいです」

 俺達の頷きは、きっと力強かった。

 

「そ……そうでしたか、ごめんなさい。

ちょっと失礼します」

 

 俺の方のコップを取ったあぐにゃんは、それを一口、

 俺が口を付けたのとは逆側に、口を付けて飲んだ。

 気を遣ったんだろうか?

 

「こ……これは……」

 神様も、味で顔を曇らせるってことがあるらしい。

 

「まった。せっかく出してもらったんだし、全部飲むよ」

「あ、はい、わかりました」

 片付けようとしたけど、俺の言葉でそれをやめた。

 

 もっとうまく苦みが中和できる食材を探さないと、

 という不穏な呟きが聞こえたが……無視することにした。

 

 

「よし。いくぞ」

「はい、です」

 思いっきり息を吸った俺達は。

 

 覚悟を決めて飲み干した。

 

「ぶはっっ」

「うぅ……くぢのなががにがにがですぅ」

 サラちゃん、涙目である。

 

「だが。どうやら、効果は……たしかなようだな」

「です」

 強敵を屠り去り、取り込んだ俺達の静かな笑み。

 

「ええっと、あの。わたしに、なにか……

用事がある、んですよね?」

 すごくばつが悪そうにしている。やっぱ神様感ないな、この人。

 

「勿論。でなきゃ右も左もわからない状況で、

いきなりこんな遠出しようとは思わないからな」

 遠出という言葉に、女子二人はクスクスと笑い始めた。

 

「しかたないだろ、俺にとっちゃ長旅だったんだから」

 身体能力のレベルの違いなんだろうな。ここに来るまで、サラちゃんは

 一度たりとも息を上げていない。

 

 咳払いを一つ。本題に持っていくべく、俺は話を切り出した。

 

 

「単刀直入に聞くけど女神さま。なんでアンタは、

俺をこの世界に放り込んだんだ?」

 これまでの雰囲気のおかげで、

 神様に問いを投げるという行為にも抵抗がない。

 

 気軽さは対有人のそれだ。

 

 

「知りたいですよね。私はあなたになにも説明せず、

この世界に呼び寄せてしまいましたから」

 申し訳ない、その表情が言外を語っている。

 

「ですから、せめてこの世界に不自由ないようにはしてあります」

「そうだったのか」

「はい。っていけない、余計なこと言っちゃいましたね。

本題にいきましょうか」

 

 軽い苦笑な微笑。

 彼女にとって、俺に付加したスキルの効果は、

 どうでもいいことらしい。

 

 転移転生系ラノベなら、こういう場合

 『ステータスだいこーかーい』みたいな場面に行くのが通例テンプレだけど、

 まああぐにゃんのキャラじゃねえな。

 

「貴方たちが見ていたあの動画は、私の視点でした」

「なるほど。だから視点が固定されてたのか」

 

 あれがただの動画じゃないことは、

 あぐにゃんからの語り掛けからの異世界召喚で理解してるから、

 そこには驚かない。

 

「……ん? あなた、たち?」

「あの動画を見ていたのは貴方だけではありません。もう一人いたのです。

それがめぐり合わせの不幸」

 

「どういうことだ?」

「あの男、ベクターの望みはご存じですね?」

「ああ。誰かに合わせろ、だったな」

 

「そうです。その逢いたいと願っていた少女。それにそっくりな娘が、

あの動画を見てしまっていました」

 

「マジか」

 ちらっとサラちゃんに視線を向けたら、

 太腿に手を置いて大人しくしている。

 

 よく完全に蚊帳の外に、いきなり弾き出されて我慢できるな。

 

 

「はい。ベクターのしつこさに疲弊していた私は、貴方にしたのと同じ方法で、

彼女をこちらに呼び寄せることを決めてしまいました。我が身可愛さのあまりに」

 一区切り、と言った感じで深い溜息をついた。

 

 その表情は、未だ後悔に彩られて、見てるこっちが歯噛みするほどだ。

 

 

「女神さま」

 重苦しい呟き。蚊帳の外話をふてくされず聞いて、

 理解しようとしてるのか、この子?

 

「それで、あいつの願いはかなったわけだ。でも、だったらどうして

そんな顔してるんだよ? しつこい奴からの脅しはなくなったわけだろ?」

 

 頷くあぐにゃんの表情には影があって、

 とても肩の荷が下りたようには見えない。

 

 ちらっと横のサラちゃんを見ると、

 見ていられないとでも言うように、顔を左手で隠していた。

 

 

「ええ。自分で呼び寄せて置いてこんなことを思うのは

おかしいのかもしれませんが」

 そう前置きして、女神は言った。あの娘がかわいそうだと。

 

「どういうことだ?」

 

「彼女をベクターのもとへ送りました。

きっと彼は、彼女を手元に置いておくため閉じ込めておくでしょう。

それを思うと胸が痛くて……」

 

「そんな、どうしてそんなことをっ?」

 突然、サラちゃんが顔を覆っていた手を、

 勢いよくどけて声を張った。

 

 いきなりの大声に、俺もあぐにゃんもそっちを見る。

 

 はたしてその憤りはベクターにか。

 それとも少女にそんな仕打ちをしたあぐにゃんになのか。

 

 

「ずっと長い間待ち望んだのですから手放したくはないはずです」

 拳を握るあぐにゃんの表情は、苦虫をかみつぶしたようで。

 とても、美人なこの人にしてほしい種類の顔ではない。

 

「そう……です」

 サラちゃん、あぐにゃんのそんな悲壮感滲む様子に頷いている。

 

 それでもその幼い顔からは、憤りが消え去りきっていない。

 

「ベクターの望みを叶えた以上、

私が彼女に手を貸すわけにはいかないのです。

 

だから。だから私はアクトさん。

彼女の求めに応じ、あなたまで巻き込んでしまいました。

 

ごめんなさい」

 あぐにゃん、しゅんとしてしまった。

 

「それで、俺は今ここにいるのか」

 呼ばれた理由に納得はできた。けど、俺は

 誰かに求められるような人間だったか?

 

「けど、どうして俺なんだ?」

 

「彼女が『わたしを助けに来てくれる人なら神尾君が。

神尾明斗かみおあくとさんがいいです』と。わたしにできるのは、

彼女に生きる希望をあげることぐらいなので……」

 

 また苦笑の微笑をする女神さま。

 

 

「マジに俺指名してんだな。誰だ?

そんなこと言う物好きは?」

「彼女の名前はアオイ。アオイ=イネツマ。

覚えはありませんか、この名前に?」

 

「え? いねつま、いねつまって。もしかして、それって

クラスメイトの稲妻碧か?」

「どうやら、誰かわかったみたいですね」

 

「おいおい。なんで異世界の男に

ネチネチしつこく求められるんだよ、あいつが?」

 思わぬ少女の名前とその理不尽な仕打ちを、

 握った拳と軋(きし(らせた歯に押し込める。

 

 それができたのは、あぐにゃんの。召喚した目の前の女性の表情を、

 改めて見たからだった。

 

 って言うか。なんで稲妻は俺にしたんだろう?

 

 

「わたしのせいです。ごめんなさい」

 また謝るあぐにゃんに、どういうことだと目で聞いた。

 

「あの。えっと。今はちょっと、うまく話せそうにないので。

わたしの気持ちが静まるまで、ベクターがああなってしまった理由。

お待ちいただけますか?」

 

「わかった。なら、全部片付けてから聞く」

「すみません。わがままばかり」

 

 本当に申し訳なさそうに言うので、

「事情が話せない状態なのは、その不安定な感じで

察しはついたから気にしてないぜ」

 って頷いた。

 

「本当に、ありがとうございます。あの。アクトさん」

 気を取り直したか。

 あぐにゃんは、俺の瞳をしっかりと見据えて俺の名前を呼ぶ。

 

 彼女の緋色の瞳は、それでも頼りなく揺れて。

 一つ大きく息を吸うまで、その位置は定まらなかった。

 

 

「改めてになりますが」

 静かな。だけど今吸い込んだ空気を全部乗せたような、

 圧力のある不思議な声。

 

「おねがいします。アオイさんを」

 まだ迷っているのか、苦渋の表情を浮かべて。

 また一つ、大きく息を吸う。

 

 まるで、迷う己を叱咤するように。

 ーーそして。

 

 

「あの子を助けてあげてくださいっ!」

「うわっと」

 ガッシリと肩を掴まれてしまった。

 

「おちつけって神様」

 あ……。

 思わず左手であぐにゃんの頭を、ポンポンとなだめるように

 優しく振れながら言っていた。

 

「……ごめんなさい、取り乱してしまいました」

 俺の肩から手を離した女神さまは、

 そう言って恥ずかしそうに俯き苦笑している。

 

 気にすんなって。そういう俺は、自然柔らかな表情になっていた。

 

 

「ありがとうございます。アオイさんが選ぶ理由。

わかる気がしますね」

 苦笑交じりの笑みを返してくれたあぐにゃん。

 でもその表情は、完全には晴れてない。

 

 そんな笑みが痛々しくて、俺はたまらず目をそらした。

 

 

「それで。ベクターとやらの居場所はわかるか?」

 気にするなの代わりに首を横に振って、俺は話を進めた。

 

「はい。このオハヨーを北に出て、宿場町スティアスを挟んだ先、

歓楽街マリスガルズの中央に住んでいます。アオイさんもそこに」

 

「ん、え? えーっと。なんか書く物ないか? メモっときたい」

「あ、はい」

 

「あ、テーブルに置いてあったのね、メモ用紙とペン」

 受け取って、俺はこの世界に呼ばれた理由をまず書き取った。

 

 それから俺が目標とすべき場所をもう一度、

 ゆっくりと教えてもらいながらメモし、

 書いた物をポケットに突っ込んだ。

 

 

「よしっと。ありがとなあぐにゃん、俺ら帰るわ。

これ以上いたら帰りが夜中になりかねないからさ」

「そうですね、わかりました。お送りしますね」

 

「いこうサラちゃん」

 言って席を立つ。ソファがもふもふだから、

 ちょっと立ち上がりにくかったけど。

 

「はいです。うわっ、わわっ」

 サラちゃんも、もふもふからの脱出にちょっと……いや、

 かなり苦労している。

 

 サラちゃん、ソファに体が

 八割ぐらい埋まってるから、しかたないんだけどな。

 

 その様子の微笑ましさに、あぐにゃんと揃って口元が緩んだ。

 

 

「ふぅ、やっと出られましたです~」

 無事に出られたサラちゃんを見て、サラちゃん含めてみんなで笑った。

 

 あぐにゃん。今みたいに憂いのない笑顔になれるといいけどな。

 

 

「ところであぐにゃん。この音、いったいなんなんだ?」

 部屋を出てすぐ聞いてみた。

「音、ですか?」

 

「ほら、このガコンガコン言ってる奴。外からでも聞こえてたぞ」

 ああ、これですか。言ってあぐにゃんは歩みをとめる。

 

「これは、運命が動く音です」

「……え。なんて?」

 

「ここは運命の大車輪。全ての運命が生まれ、回る場所ですから」

 当然のこと、という調子で答えるあぐにゃん。

 

「な……なんだよそれ?」

 呆然。唖然。運命が回ってる場所。

 なんてところに立ってるんだ、俺は。

 

 いや、それだからこそ女神であるあぐにゃんはここにいるのかもしれない。

 

 

「運命の歯車、なんて言い回し。聞いたことありませんか?」

 楽しげな笑みで、そう問いかけて来る。

 

「そりゃ、まあ。あるけど。

比喩じゃなくそれがあるってことか……すげーな」

 あまりにも予想外でトンデモない話に、

 俺の声から色が抜けてしまった。

 

「気を付けて帰ってくださいね、特にアクトさんは。

フラフラですから」

 知らない間に出入り口についていたようだ。

 あぐにゃんがこっちを向いてにっこりとしている。

 

「わかりましたです。しっかり連れて帰りますです」

 強い意志を宿したサラちゃんの声。

 

 

 直後、俺の左手に小さな手が重なった。

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