第八話。新たな仲間と女神の種明かし。 その4
「丁寧なのか雑なのかわかんねえな」
そんな様子に苦笑が漏れた。
手で持ってるのを稲妻のところに置くと、
後はおそらく魔力で、ティーセットをそれぞれの前に。
バスケットとポットを長机の中央に着地させた。
「砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
ああ、そういうことだったのか。
「って、アイシアお前ずいぶん砂糖持ってくな。三本って」
と思ったら、サン・イラーヌそれぞれに配っている。
カグヤは更に一本追加だ。
ミルクを入れてるのはアイシアとサラちゃんだな。
「カグヤ、それ 甘くないのか?」
「ニャたしいつもこれで飲んでるわよ。ティータイムがめったに取れないから、
ちょっと多めに入れるの」
「ああ、自分へのご褒美って奴か。で、稲妻は砂糖入れないのか?」
「はい、糖分には気を使ってるんです」
「大変だな、女子は」
俺はストレートでいただくことにする。紅茶そのものをめったに飲まないから、
特にこだわりがないのである。
「さて。皆さん行き渡りましたね。それでは、
種明かしといきましょうか」
湯気見てるだけでも意外とリラックスできるもんだな。
なるほど。自分から言い出すってことは、
完全に落ち着いたみたいだな あぐにゃんは。
「ベクター・オ・ロック。彼のことから始めましょう」
ひっかかってた俺の疑問、もしかしたらわかるかもしれないな。
どうして俺のことを、凡人や雑魚なんかじゃなくて
人間って幅の広い呼び方をしたのかって疑問が。
「彼は人ではありません。髪で隠しているから
わからなかったでしょうけど、彼はエルフです」
「エルフだったのか。じゃあ、あの奇妙な詠唱は
エルフ専用ってことか?」
「はい。彼は多くの時間を、エルフの集落で魔法の修業に費やしています。
そして、とても頑固で自分勝手で負けず嫌いです」
「ああ。すげーわかるわ、それ」
「今回、彼の無知がアオイさん。私が貴方を
こちらに喚ぶことになってしまいました」
「無知、ですか?」
不可解そうに問いかけて、稲妻は一口紅茶に口を付けたようで
ふぅっと一息静かに吐いた。
「彼は他の種族も皆、エルフと同じ
長命な種族だと思っているのです。
それが原因なんです」
「どういうことですか?」
「皆さんは、眠って見る夢 覚えていますか?」
稲妻の問いに突然話題を変えられて困惑する俺達。
「まあ、覚えてるのもあるし 覚えてないのもあるな」
なんとか答えると、「そうですよね」と相槌して
あぐにゃんは話を続けた。
「その覚えている夢の中で、異世界だとしか思えない
場所と状況だったこと、なかったですか?」
「あったと、思います」
稲妻の答えに頷いて、あぐにゃんは予想外なことを返してきた。
「その異世界に行く夢とは。各世界の神々が、
それぞれの世界に、あなた方の意識。魂と言ってもいいですね。
それを自分の世界に招待しているのです」
「マジかよ?」
サン・イラーヌからもどよめきが起きてる。
こいつらも、そういう系の夢見ることあるんだな。
「神様に呼ばれてるんですか? わたしたちって?」
「ええ。そうして呼ばれた魂は、僅かの間異世界に滞在し
元の肉体へと送り返されます。それが異世界にいたような夢の正体です」
一度話を切って、あぐにゃんは紅茶を一口飲んだ。
「そんな魂の、わたしがご招待した中の一つにアオイさん。
貴方のお母さんもいたんです」
「そうなんですか?」
「はい、二十年ほど前ですね。ちょうど
今のあなたぐらいの年齢でしょうか。
人間の尺度で言えば、もうずいぶんと昔の それも夢での出来事ですから、
彼女はもう忘れてしまっているでしょうけれど」
「そっか。……もしかして、あの人。その夢で遊びに来てたお母さんと
わたしを勘違いしてるんですか?」
そういうことです。そうゆっくりとあぐにゃんは頷いた。
「なんでそうなるんだ?」
「エルフにとっての二十年は大した時間ではありませんし、
大人になったエルフの容姿は、二十年程度では変化しないのです」
「そうなのか?」
「神尾君。エルフの容姿設定って、
けっこうこういうことあると思いますよ」
「こんのやろドヤ顔しやがって……」
不服な俺にふふふと、引き続き勝ち誇り笑みの稲妻である っ。
「けど、なるほどそっか。だからあぐにゃん、
求める人にそっくりだ って稲妻のこと言ったのか。
当人じゃないから」
「そのとおりです」
まるで、クイズを正解されて、喜んでるような顔だなあぐにゃん。
「そういうことか。好きな女の子だから、
奴はもういなくなってほしくなくて、
必死で守ろうとしてたのか」
「そんなこと言ってたんですか?」
見るからに不快そうな顔だ。うわぁ、稲妻の
苦虫を噛み潰したような顔とか、みたくなかったわ。
「言ってた」
「聞いてなくてよかったです」
嫌そうな顔のまま言う稲妻。こりゃ、よっぽどキモかったんだな、
対稲妻のベクター。
「偶然今この時代に、あの時の少女にそっくりな人が
いてしまったから。今回のことを、わたしが決断することに
なってしまったのです」
ふぅぅと長く息を吐くと、あぐにゃんは紅茶に口を付けた。
「これが、今回のことの種明かしです」
「なるほどな。勘違いと偶然のせいだったのか。
ほんと、とばっちりだったな稲妻」
「はい。ほんとですよね」
「本当に、ごめんなさい二人とも」
あぐにゃんは、そう言ってぺこりと頭を下げた。
「あ……いえ、もうやっちゃったことですし そんな謝らないでください。
それによかったこともありますし」
「そうなのか?」
「いったい、どんなことですか?」
「だって、そうじゃないですか。
サラちゃんたちともお友達になれましたし、
神尾君のことがもっと……っ」
「ん? どした、いきなり顔真っ赤になって?」
「な、なっ。なんでもないです、はい。なんでもないんです……はい」
おもいっきし動揺してるんだけど、どうしたんだいったい?
「おかしな奴だな?」
右隣りのカグヤが急に足首蹴り始めたんだけど、微っ妙に痛いんだけど。
なんなんだよこいつは、いきなりアクティブに動き出しやがって?
「でも女神さま。ベクターって奴を今やっつけたけど、
結局なんの解決にもなってないわよね、これ?」
蹴り続けてるんだけど。睨んでも止まらねえし。
「はい。そうですね。彼には種族の違いを教える必要があります。
が、それはわたしじゃないですね。もう、あの人とは
関わり合いたくありませんから」
そう言ってあぐにゃんは、多めに紅茶を含んだ。
ほっぺたが膨らんでるからすぐわかった。
だから、そんなところで神のプライド発動させんなって。
「なんですかアクトさん、笑ったりして?」
コクリと紅茶を飲んでから、あぐにゃんが不満そうにこっちを見た。
「ほっぺた膨らませるのに、わざわざ紅茶使うのが
なんかかわいかったんだよ」
「え? そうだったです?」
「あぐにゃん、かわいい」
「女神のプライド、かしらねぇ」
「ほんと、かわいいですね」
「うぅ、気付かないでくださいよ」
恥ずかしそうに俯く女神に、俺達は柔らかに笑った。
「ところであぐにゃん」
「あ、はい。なんでしょう?」
「稲妻を奴隷服姿で転移させたのって、どうしてだったんだ?」
「そうですよねぇ。この黒いメイド服、デザインは嫌いじゃないんですけど、
奴隷の服って言われてから なんかいやです」
そうですよねって言ってから、両手を合わせて
小さく頭を下げたあぐにゃんに、小さく頷く稲妻。
どうやら、許したようだ。
「複雑だよな、そういう場合」
「それで、アオイさんをそのかっこうにしたのはですね。
ベクターが満足するには、アオイさんを自分の物だと
確実に認識する必要があると思ったんです」
「ああ、やっぱりな」
「ひどいです」
「ごめんなさい。望みをかなえるなら、相手には満足してもらいたいというのが
わたしの思いなのです。彼に関しては、これ以上文句を言われたくなかった
って言うのが本音ですが」
そう言って苦笑するあぐにゃん。女神から完全に嫌われてるって、
すごい状況だよな やっぱ。
「ですが、ベクターを満足させるだけが、理由ではありませんでした」
「って言うと?」
不思議そうな声で促す稲妻に一つ頷き、
あぐにゃんは話を続けた。
「アオイさん、町に入る時、どうしましたか?」
「えっと、首輪をつけられました」
「そうです。奴隷服であれば、そうするだけで
身分証の提示を免除されるのですよ。ベクターを満足させ、
なおかつ救われた後のアオイさんに滞りなく
過ごしてもらえるように。それがその服にした理由です」
サン・イラーヌから、おおと言う感嘆のどよめきが。
俺の推測は、バッチリ当たってたってわけだな。
「なるほど。そういうことだったんですね。
どうしてこんなかっこうなんだろうって
奴隷の服って聞いた時は、悲しかったですけど。
そういう理由だってわかって、感謝の気持ちです。
あぐにゃんさん。ありがとうございます」
頭を下げたらしい稲妻は、「ぁぅ」って声を漏らした。
どうしたのかとそっちを見たら、
「ティーカップに頭ぶつけちゃいました」
っておでこを左手で押さえて苦笑いしている。
「おいおい」
俺も苦笑い。
一方サン・イラーヌから、アオイかわいいの
ふんわり黄色い声である。




