第八話。新たな仲間と女神の種明かし。 その3
「っと。ついたぜ」
背中の柔らかさと重量を名残惜しくも降ろして、
俺はまだくっついている少女に告げた。お土産袋を
二人とも左手首にひっかけてるせいで、かなりおんぶしづらかったです。
ガコン、ガコン。あいかわらずの音を立てて、
運命の大車輪は俺達を出迎えた。
太陽はまだ中天から少ししか動いていない。
ものすごい体力と歩く速度の進化だ。
「はふぅ。恥ずかしかったですよぅ」
数歩俺から距離を取ったようで、
背中から柔らかな圧力が無くなってしまった。ちぇ。
「背中に顔くっつけてたのはそれでだったのか。
時短のためだったんだから、しかたないだろ」
「むぅ」
「有言実行できたから俺としては満足だけどな」
「なんのことです?」
サラちゃんに聞かれたけど、なんでもないとサラっと答えた。
流石はオールウェイズ地獄耳超人幼女剣士、
呟き程度じゃ拾われちまうらしい。
「リカミナスタ草とスタラチャージの効果って、
案外すごかったのね。ここ来て剣塚亭戻るまで
昼間っから夜までかかってたアクトが、
今じゃアオイ背負っても、ニャたしたちと歩く速度
いっしょなんだもの」
なぜだかご機嫌な猫様である。
「こんな効果があるんなら、そりゃお前らの回復が、
俺と同程度で終わるわけだよな」
一つ深呼吸。
そして少女たちをぐるっと見回して、
「んじゃ……入るか」
急に押し寄せて来た緊張感を吐き出すように声を出した。
「そうね。立ち話してるのもあれだし」
「それ、上がり込む人の台詞じゃないだろ」
含み笑いで答えて、俺は中へと進んだ。
緊張してるかな、と思って稲妻の手を引いて。
「あっ、あのっ。えっと、えっとっ。だ、だいじょうぶですからっ、
あのっ。そのっっ」
「ああ、うん。わかった。むしろ俺が手引っ張った方が
緊張しそうだな」
掴んだとたん感じた稲妻の固まりっぷりと、
そのしどろもどろすぎる態度で理解、手を離した。
「バカ」
「いってっ。なにすんだよ?」
問答無用で左から首に水平チョップを叩き込まれて、
犯人である猫様を睨みつける。
「掴んでなさいよ、アオイの手」
小声で言うのを訝しみつつ、なんでだよってもっかい聞き返したら。
「いいから掴んでなさい」
と強制的に左手を持たれ、
「え、あのっ? カグヤさん。いいんですってばっ」
稲妻があわあわしてるのも構わず、
カグヤは俺の左手と稲妻の右手を、むりやり繋がせてしまった。
「って、あれ なんで稲妻そんな全力で手握って来るんだ?」
「き、ききききんちょうしてるからですっ」
「今の方が手握ってない時より明らかnいてっ、
こんの黒猫また水平チョップをっ!」
「そのまま歩けこの鈍感ケダモノ」
「ちょ なんで睨む?」
「あの、カグヤさん。どうしたんですか?」
「いいのよアオイは気にしなくって」
こいつ。稲妻にはにっこりしてやがる。
なんだってんだいきなり?
「怖がってんだろ稲妻が?」
「ニャんたのせいなんだから黙ってる」
「……なんなんだよ、納得いかなすぎる。
って言うかサラちゃんもアイシアもなんか言えよ?」
「じー」
「じー、です」
「お前ら……」
睨み回すがまったく効果がない。ちくしょう、
凡人のにらみつけるはやっぱし効果なしかよ。
「うふふ。アクトさん、サラさん。
仲間がいると雰囲気、かわるものですね」
正面から、そんな上品な声がかけられて、
俺達はガサリと一斉にそっちを見た。
「グーテンニチワ、皆さん」
紛れもなく、このふんわりとした青紫のドレス姿の女性は、
女神 あぐにゃんだ。
「「グーテンニチワ」」「グーテンニチワです」
「よ、あぐにゃん久しぶり」
「軽い」
「いて、左足の指踏むなよアイシア
お前だってあぐにゃん呼びしてたろ?」
「ごめんなさいね女神様。うちのアクトが不心得者で」
「お前は俺の母猫か!」
なんて言ういつものワーキャーを、あぐにゃんは本当に
楽しそうに笑って見ている。
ーーよかった。こんな風に笑えるようになって。
「あの、あぐにゃんさん。初めまして……で、いいのかな?」
稲妻の姿を見たか、あぐにゃんは本当に嬉しそうな溜息を吐いた。
「よかった。本当によかった」
緋色の瞳をうるませて、それでも涙が落ちるのを
口を一文字にして抑え込んでるようだ。いいんじゃないか?
別にこんなところで、神のプライドとか発揮しなくても?
「えっと。あの。わたし……ですよね?」
一人安心安堵な声を発してるあぐにゃんに、稲妻は半信半疑な声で尋ねた。
「あ、はい。すみません。貴方ですよ、アオイさん。
今ここに貴方がいてくれることが。本当に嬉しいのです」
どうやら涙を完全に押し込んだらしく、ふんわりと上品な声色で
答えている。
「救世主の力のおかげで、わたしはここにいます」
「お前なぁ。俺の真後ろで顔隠してるからって、
てきとうなこと言うなよ」
「救世主じゃないですか神尾君はっ」
「うぎぎぎいててて! 手握ったまんまだったっ!」
俺が痛がる様子を、ふふふとまた上品に笑って
あぐにゃんは、
「そうですね。貴方の中の救世主でなければ、
召喚する人間として選ぶことはないでしょうから」
そう言葉を紡いだ。
なぜか稲妻がふふっと、誇らしげな笑みをしている。
そういう声だ。
「付いてきてください。立ち話もなんですから」
そう言って、あぐにゃんは俺達に背を向け歩き出した。
「なんだか女神さま、足取りが軽やかです」
「サラちゃんにもそう見えるか?」
「はいです」
「よっぽどアオイを送り込んだの、気に病んでたのね」
「送り込んだっておい……」
苦笑で言う。もうちょっと表現なんとかならなかったのか?
「だから、アクト。ここに来た」
「そういうことだな」
そうそう、これぐらいやんわりとした表現でな。
「こっちです」
あぐにゃんが、そう言って前の時の一つ前の部屋に入って行く。
「あれ、前ん時その一個先の部屋だったぞ?」
言いながら後を追う。
「今回は人数が多いので、広い客間がいいかな、
と思いまして」
「なるほど。こないだんとこはこの人数だと、
ちょっと狭かったかもな」
たしかに入った部屋は、前の部屋をそのまま広くしたような間取りだ。
これくらいの人数が過ごすのにちょうどいい。それぞれ腰を下ろして、
そのソファのもふもふ加減にリアクションしている。
サラちゃんまた埋まってるし、カグヤはソファに体を沈みこませて
「なにこれすごい」と感動してるし稲妻もそう。
アイシア、背中向けてるからどうしたんだろうと思ったら、
おもいっきしソファの背もたれを抱きしめているとわかった。
どんだけふわふわもふもふ好きなんだよアイシア。
「団体さんってよく来るのか?」
四者四様のリアクションを、密かに癒されニヤニヤしながら
あぐにゃんに聞いてみた。
「それほど頻度は多くありませんが、たまに来ることはありますね。
後は話し込んでしまった場合の待合室も兼ねています」
そう困ったように笑うあぐにゃんは、やっぱり女神に見えない。
ちょっと待ってて下さいね、と飲み物を調達しにいった模様のあぐにゃん。
「普通の飲み物だといいんだけどなぁ」
そう言ってサラちゃんを見ると、そうですねと軽い吐息交じりの返事。
他三人がこれを見て、ああ となにかを察した苦笑いを浮かべた。
「お待たせしました」
戻って来たあぐにゃんは、すごい状態だった。
両手でティーセット一つを持ってるのはいいとして、
残りの五セットとバスケットと、ポットまでが
なんとあぐにゃんの周囲に浮いている。
全員驚きの声をあげたのは、言うまでもないだろう。
神様的超絶技法を日常で発揮するのは、なんともあぐにゃんらしいな。




