第七話。凡人ファイトは彼女のために。 その3
「ほんと。待たせちまったな」
あ、また。あぐにゃん時と同じく、左手で稲妻の頭を
ぽむぽむやっちまった。
「うう ひぐ 不安でした ひぐ 不安でしたよぅ ひぐ うう……!」
で、こんなシリアスしんみりムードなんですけどね……。
押し付けられたエレナ並みのふくらみのおかげで、息が苦しいんですよっ!
胸部装甲の反発力って、密着してるとこんなに
呼吸を阻害して来るもんだったのかっ。
「あ、あの。い、いねつまさん。その……苦しいっす。
ホールド強すぎなんで離してくださいませんか?」
「いやですっ、はなしませんっ」
「即答かよっ?」
「だって。だってっ!」
言って更に背中に回されてる腕のホールドが強まった。
「かはっ」
目を白黒させてるのが自分でわかる、それぐらいやばいのであるっ!
「やっと。あえたん。です。もう。はなしたく。ない。ですっ」
そっと。呟くように。
「ロマンチックなのはお前だけだからっ! ギブ! ギブギブ!」
背中をバシバシ叩いて離れろの意思表示をする。
呼吸の量と声によって吐き出される空気の量が合ってない。顔が青くなってんのが自分でわかる。
やっと再会できた友達に、グッドエンドからバッドエンドどころか
デッドエンドに引きずり降ろされるとか勘弁しろ!
「……わかりましたよ。もぅ。かみおくんのいじわる」
「ぶはーっ! ぜぇ……ぜぇ……すねてみせたところで、
お前が俺を殺しかけた事実に変わりはねえからな」
このドキドキが、やっとまともにできた呼吸によるのか、
稲妻にド密着されてたからなのか。現状ではわかりかねます。
ただ今の、ぷいっとそっぽ向いてのいじわる発現の破壊力が、
すごかったことだけはわかりました。
「しりませんよーっだ」
ツンと口をとんがらかして言う。
「幼児かお前は……」
呆れた吐息が混じった。けど、おかげで
緊張の糸がいっきに緩んだ。
稲妻は別人かと思うほどテンションが高い。たぶん、この世界に召喚されてから今までの、抑圧がなくなった反動なんだろうな。
「逃げるぞ」
「はいっ!」
俺達はバタバタとベクターが倒れてる部屋を走り出る。
ーーが。
「なん、だと?」
軽い反発にフラフラっとなっちまった。
「壁?」
稲妻は不思議そうな顔で、ドアがあった場所をノックした。
「ふぇっ?」
「サラちゃんみたいな驚き方だな」
拳が押し戻されたことにびっくりした稲妻に、
俺は苦笑してしまった。
「え? サラちゃん? サラちゃんって誰ですかっ?」
「え、あ、ああ。サラちゃんはな」
ズイっと寄られて思わず動揺。
「誰なんですかっ!」
「更に寄るな! 答えようとしてんだろうが落ち着け!
仲間の一人だ!」
「……仲間? 一人でここまで来てくれたんじゃ?」
拍子抜けた顔で、間合いを調整する、けど
それでもまだ近い。
「むちゃ言うな仲間といっしょだ。そうでなきゃ俺ぁ、
ここに来るまでにたぶん死んでる」
「なぁんだ。そうなんですか」
「がっかりすんな。お前は、俺をなんだと思ってるんだ」
「神に選ばれ詩最強のチートヒーローです」
「キリっと言うなよお前が頼んだんだろ。
それに別に異世界に来たからって
イコール強化してもらえるわけじゃねえだろ。
俺は凡人のままだ」
ほんとおかしなテンションだな。
「あまり。ぼくを。いらだたせるなよ。貴様ら」
地の底から聞こえて来るような声ってのはこういうものか。
「ひっ」
なんて考えてたら、稲妻がまた俺にしがみつく。
ガチ恐怖なのが、縮こまって震える身体から
バッチリ伝わって来た。
ギュっと目を閉じてる稲妻の顔から視線を動かすと、
「な?」
そこにあったのは、青黒いはずのベクターの瞳から青の抜けた、
闇のような黒が、眼光鋭くこちらを睨み殺さんとしている光景だった。
「稲妻。俺の背中に回れ、後ろからぶち抜かれかねねえ」
「え? えっ?」
「いいから早くしろ!」
「は、はいっ!」
慌てて俺の後ろに回り込んだ。
そして、しがみつk!
「しがみつかれると前に意識が集中させにくいんで
離れてもらえないでしょうかおねがいします
気持ちいいんですけどそれは今じゃなくていいんでっ!」
って俺はなにを勢いに任せてぶっぱいてんだっ?
「はい。わかり、ました」
なんか恥ずかしがってんすけど、どゆこと?
背中の柔らかな圧力が弱まったのを確認し、名残惜しくも
俺は前へと進み出る。
「わけのわからない体術で投げ飛ばされたが、
今回はそうはいかない」
まあ、プロレスなんてこの世界にゃないだろうからな。
「え? なげとば、え?」
後ろで混乱してる美少女はほっておく。
「貴様は『彼女』を背中に背負っている。
ならば攻撃をよけることはできない。
一方的にいたぶれるというわけだ」
いっきに気配が膨れ上がった。
「まずいな。さっきの飛び道具よりもでかいか?」
「とびど、ええっ?」
「レタキヨゼカ!」
「え?」
「なにっ?」
今のはたしか、さっきのよけろナ○パ的なあれの
詠唱のラスト一説だったはず。
身構える。その直後、俺の目の前で
凄まじい数の弾丸らしき物が弾け始めた。
あぶねぇギリギリ間に合った!
「数で俺の固まりを押し切るつもりかっ!」
なるほど。一撃にこめるんじゃなく、手数のための魔力だったか。
「塊?」
野郎。
こっち向けた左手の人差し指を、凄まじい速度で前後に動かしながら、
なんかぶつぶつ言ってやがる。
くそっ、魔法打ちながら魔法詠唱するとかチートかこいつはっ!
「やらせる、か!」
詠唱が終われば、どんな一撃が飛んで来るのかわからない。
なら、むりにでも詠唱を邪魔しなきゃならないっ!
「うおおお!」
「なに? 風の魔弾を受けながら進んで来るだと!?」
「いった、だろ。ひっしに、なりゃ。
こんぐらいの、こた。できる」
「くっ、ならば!」
よし、連打も詠唱も止まった!
「ってなぁっ!」
体をぶつけるように距離を詰めながらの、ひねりこんだ右だ!
「なっ?」
けど俺の拳はベクターに届く前に、奴の前に存在する壁に阻まれ、
反発で体を右にひねるかっこうにさせられてしまった。
鐘突きを連打できそうな体勢だ。
「無駄だ。その程度の芸当ができた程度で、ぼくの魔力の壁は破れない。
少しは驚いたけどね」
……鐘突きの連打? ーーそれなら!
「オラッ!」
「なにっ?」
もう一度殴る。また弾かれる。またひねりこむ。弾かれる。
殴る。反動。殴る。反動。殴る。
「神尾君。いったい、なにを……?」
攻撃としての意味はないのかもしれない。
でも俺は、確実に変化が起きているのをわかっている。
「いい加減に、しろっ」
こっちに圧力が。ってことはもしかして?
「っ!」
俺の体はこれまでの反復パンチのせいで、
反動からは勝手にひねりこみストレートを出す状態になっている。
しかも今の圧力で、よりひねりがきつくなった。
だからっ!
「しまっ!」
右ストレートで!
「らぁぁっっ!!」
ぶっとばすっ!
ドゴーッ!
「がはぁーっ!」
打ち込んだ勢いがすごすぎて、俺は独楽みたくギュルギュル回転し
足元から煙を上げて回転停止した。幸い気持ち悪くはならなかった、
よかったぜ。
ドズーンという凄まじい音を立てて、ベクターの野郎はダウンした。
ふっと一息。我ながらに見事な一撃。
「肩……外れるかと思った。なんだ今の勢い?
まだ右腕指先までじわーっと痛えし」
窓ガラスぶち破って落下、なんてことにはならなくて一先ずほっとした。
金持ちの広いお部屋殿に感謝せんとな。
「あなたみたいな凡人がいますかっ!」
すんげー嬉しそうな声で、そんな声援をくれた稲妻に顔だけ向けて
「凡人査定だ」
と言い切ってやる。むぅ、って納得してないようだけどな。
「ぐ……おのれ」
腕をつっかえ棒替わりにして起き上がりながらそう言う。
ちぇ、ピンピンしてんな。
「ただの人間に、このぼくが魔法で掠り傷すら追わせられないだと……!」
悔しそうに顔を顰めるベクター。ストレートな奴だ。
「ただの?」
「人間、だって?」
ん? 足音? 走ってきてるな。
「アクトさんっ!」
「サラちゃんかっ」
ガバっと振り返る、そして。
「無事か?」「無事です?」
ハモっちまったよ。
「わっとっと。魔力の壁、です?」
壁に阻まれてたたらを踏むサラちゃん。
「ベクターの野郎が俺達を出さねえつもりらしいんだ」
言って、俺はギリギリと歯ぎしりする敵に向き直る。
「この子が、サラちゃんですか?」
驚いたような疑問声。幼女だとは思わなかったみたいだな。
「おう。どうやらサラちゃんは問題ないみたいだな」
「言ったです、わたし。余裕だって。
少しかすり傷はありますですけど」
声だけでわかるほどにっこりである。
やっぱし超人幼女だった。
ベクターが「なんだと?!」って驚愕の表情だ。
さっきの言葉通り、あいつら手練れだったんだな、人格はともかく。
「それで。その人がアオイさんです?」
「え? どうしてわたしのこと、知ってるんですか?」
「サラちゃんは、あぐにゃん 俺達を召喚した女神んとこまでの
道案内してくれたんだ。そこで俺が喚ばれた理由
いっしょに聞いてるんだよ」
「そうなんですか?」
「そ。他の仲間たちにも、俺がこの世界にいる理由は話してある。
びっくりするなよ、仲間と逢った時」
「あの。覚悟は、しておきます」
「おおげさだなー」
「貴様ら。ずいぶんと、余裕だな」
「お前さんが、のんびりと待ってくれてるからなっ!」
駆けて間合いを詰めながら左の拳を引く。
「馬鹿の一つ覚えって言葉、知っているかな?」
バカめ、余裕ぶっこいて壁を薄めてやがる。
俺の今の目的は。こいつの動きをとめることだ。
「共通言語なんでなっ!」
稲妻をこの場から逃がす。それまでの時間を稼ぐ。
アイシアがそうしてるように。
手段はわからない。
けど、きっと超人幼女なら。あるいはイオハ組の二人が来てくれれば。
エレナは、身体能力が全体的に高いらしい亜人で、
ロリコンレズはサラちゃんが頼めば、なにかしらやってくれるだろう。
他力本願ではあるけど、今の俺にベクターの作り出した
魔力の壁を粉砕できる力があるとは思えない。頼れるのは他力だけ。
凡人の限界って奴だ。




