第七話。凡人ファイトは彼女のために。 その2
「で? 今さっき、彼女を奪わせはしない、とか言ってたな」
「そうさ。ずっと探し続けていたんだ。『彼女』をね」
語るベクターの表情は遠くを見ている。
「だから。もう。誰にも触れさせない。奪わせないっ」
噛みしめるように、まるで自分に言い聞かせるように、
呟くように吐き出す。
「そうかい。お前があいつに抱く思いはよくわかった」
「なに?」
怪訝そうな、それでいて冷たい眼光が俺に刺さった。
けど、こっちだって譲るつもりなんかねえんだよ!
「今、貴様。『彼女』のことを『アイツ』と言ったのか?
なれなれしくもアイツなどと」
こっちを見てるのにぼやけたような目線が、正直言って怖い。
「ああ。あいつだ。あいつは。
俺の……。友達だからな」
爪先からじわっと登って来る怖気に耐えながら返した。
一つ一つを発するのが、一生懸命になっちまった。
今の俺の言葉。音が固まりになって、
ぶつかって行くような錯覚を覚えた。
「ククク、友達? 友達だとククク」
そんな俺の見えない弾丸にも、野郎は
勝ち誇った含み笑いを返して来やがる。
「なにがおかしい?」
お約束台詞を考えもせずに口にしていた。
「そんな薄っぺらい関係が、ぼくのこの
募り続けた思いに勝てるとでも思っているのか?」
なにかが。ブレたなにかがこっちに向かったようなk
「ぐわぁっ?!」
ドンっと言う衝撃を胸に受けて、
俺は背後に吹っ飛ばされていた。
「がはっ!」
頭が体について行かないまま床に背中を打ち付けられて、
俺は肺の空気を吐き出させられた。
「こ、この……! あいつの気持ちなんて一切考えてねえ監禁野郎が、
なに言ってやがる……!」
軽くむせながら言い返す。背中どころか全身がじんわりと痛い。
けど、そんなことはどうでもいい。
「っくっ!」
押し寄せる憤りを右の拳にこめて、起き上がるため床をぶん殴った。
驚くことに、その一撃で拳型のへこみができた。
でも、拳にさしたる痛みは返ってこない。魔力様様だ。
「なんとでも言うがいいさ。ぼくはもう『彼女』を失いたくはない」
「だからって。あいつを。稲妻を『物』扱いするんじゃねえっ!」
憤りが右の拳で奴を打つ。
「失わないためなら、『彼女』には耐えてもらう」
僅かに顔を顰めながらの奴から飛んで来た左のローキックを、
「ふざけんなっ!」
左半身をひねってさけ、返す体で左のストレートっ!
「言っただろう」
けど、右腕で俺の左拳は払われ、隙晒しちまった やばい!
「どう思われてもいいさ、と!」
がら空きになっちまった左の脇腹に横蹴りがっ!
「ぐわーっ!」
ギュルギュルときりもみ回転しながら横に吹っ飛んだ俺は、
「ぐあっ!」
右側の壁にしたたかに顔面を打った。
「ぐ、うぅ」
床にドスっと落ちた、流石にすぐには起き上がれない。
ち、額から一筋血が。左手を額にあてがう。
少しっか出てねえか。それでも軽くぼやっとする、
僅かに鉄の臭いが鼻をかすめる。
歯噛み一つ。とはいえ、この世界に来るまでの体だったら、
間違いなく流血 気絶 病院送りのピンチ三連コンボだぜ。
あの草食わせてくれたみんなには感謝しないとな。味はともかく。
「俺は、な」
付いた血を投げ捨てるように左手を振って、ゆらりと起き上がる。
「助けてくれ、って言われたダチをほっておくほど。
俺は。冷血漢じゃないんでな」
構える。
自然。右足を軽く曲げ、左足を少し後ろに下げた体勢になっていた。
両腕は胸の前。額はジンと痛むけど、殴り合うのに支障はない。
「なら、ぼくをなんとかすることだな」
「言われるまでもねえっ!」
左足で踏み込んで、右の蹴りを仕掛ける。
「ちぃっ!」
今度は左の手刀で足首を叩いて来た。
「けどっ!」
なら、急速に足が地面に叩きつけられた反動で、左の膝蹴りだ!
「ぐふっっ」
よし、左の鳩尾入ったっ!
「でぇやっ!」
追撃は右でひねり込みストレートだっ!
「ぐはーっ!」
吹っ飛んだ奴に、
「喰らえ!」
拳の勢いが強すぎて、回転した勢いを利用したドロップキックで!
「ぐあっ!」
胸に入ったっ!
地面に落ちた俺達。
俺は勢いに任せて、ポジション調整のための移動を、
「がっ?!」
腹に膝蹴りを落としつつ行い、そして!
「まさか、こんな技をお見舞いする日が来るとはなっ!」
倒れてるベクターを掴みあげて。
「何! 回! 転! し! て! や! ろ! う! か! なぁぁー!」
ジャイアントスィングだコノヤロウ! 現在十一回転っ。
「ぐおあーっ?!」
体が軽いおかげで、こんなコンボもお手の物だ! 草マジ感謝!
「そりゃっ!」
総計十八回転の後、俺はベクターを右側の壁に
ぶん投げつけてやった。
こういう回転数って、無意識的に数えちゃうよね?
壁に投げたつもりが、うまくコントロールできなかったらしい。
どこかの部屋のドアを突き破って行った。
よし、回転による気持ち悪さはない。
「きゃああっっ?!」
ドアをぶち破っても止まらなかったらしく、
困惑したような女の子の悲鳴の直後に、
またなにかが砕けるような音がして、その後で
ようやくドサリと音がした。
「もしかして今の声って……!」
声に出てた。ドアのなくなった部屋に顔を向けて。
走り出そうとする足を、ザっと踏みとどまらせて、
いったん深呼吸。落ち着こう。
傷口どころか頭がジンジンする。あぶなかったな。
後一回転でも回してたらたぶん、
俺額から血吹き出してたんじゃないか?
頭を押さえて、ジンジンするのの緩和。
ふぅっと一息吐いて、準備を始める。
手の甲側の手首の袖が拳大に敗れてる左を、
「っ!」
力任せに手首んとこから引っ張ったら、
ビリっとうまい具合に肩まで裂けた。
「……すげー。やろうとは思ったけどやれるとは思わなかったよ。そんなら」
一周ビリーっとやって服から分離。
ハチマキ状態にきつく巻いて包帯代わりだ。
「ワイルドアクト、爆誕っ! ……って……一人でなに言ってんだ俺は」
勢いって怖い。
しっかしこのジーンズ。あぐにゃんが、
異世界用に衣装チェンジしてくれたんだよなきっと。
わりいことしたかな?
「って、自己嫌悪してる場合じゃない! ……よし」
気を取り直して。
「突入っ!」
一人特殊部隊な掛け声で気合を入れてダッシュ。
「稲妻っ!」
ぶっ壊れたドアの部屋に飛び込んだ。
「え。あ。え?」
ぼんやりと鎖の無い手錠と、俺を交互に見ている少女。
その黒い瞳と青い髪は紛れもなかった。
「か。かみお。くん?」
「ビンゴ!」
指パッチンとかやっちゃった、キャラじゃねえのに。
俺を認識した少女の目に、みるみる涙が溜まって行く。
「かみおくうううううん!!」
ガシ。俺に抱き着いて来た黒いメイド服姿の少女を、
意識せず右腕を背中に回して抱きしめ返していた。
普段こんなこと絶対できねえのにな。
しかし、あぐにゃん。
これつまり、ベクターの奴隷ですって示してるって
ことなんじゃないのかコラ?
それともあれか? ベクターの充足感を優先した結果
このかっこうなのかい女神様? おい?
握りしめようとする拳をむりやりに開いて阻止。
なにはともあれ、だからな。
「待たせたな」
意識してないのに、コードネームが蛇な潜入工作員風になっちまった。
まあ、俺は空気の読める男だからしかたない。黒猫からぶん殴られそうだが。
「うぅ。あのときのこえ。きのせいじゃ。なかった。です。
うぅ。ううう!」
溜まった涙共々涙腺大決壊。
夢で見た時と、ぜんぜん覇気が違う。
よっぽど不安だったんだろうな。




