第六話。大暴れ! 先に行け! 俺、今、主人公じゃね!? その3
「それ、スタラチャージって言うんだけどね。
濃縮リカミナスタエキスニャのよ」
カグヤの解説にへぇって感心の頷き。
スタラチャージ、かっこいい響きだ。
「濃縮エキス。すんげー納得」
俺の言葉に、一つ頷くアイシア。
「ニャたしたち猫憑きの間では、『発作』が収まった後、
回復までの時間を縮めるために使ってるの」
「へぇ」
ズッ ズッと地面をこする音といっしょに、補足情報。
さっきなにかを抑えるようだった声が普通になってるわけだから、
この行動は闘争本能とやらの制御のためか。
「ニャるほどね。アイシアは対ニャたしで念のため。
アクトは戦うことになった場合の強化ってわけか」
継続して、地面を軽く蹴りながら言う。
ああ、そういうことかと理解の頷き。
同時に、アイシアも不安だったんだなって親近感。
ーーって、おい!
「バカグヤお前っ」
睨み付け小声で叱責。
「ニャに?」
じとめで返して来たけど、この程度には慣れた。
気にせず背後に指をさして、なおも小声で言う。
「確実に聞こえてんぞ」
サラちゃんの位置から刺さるような視線が来ている。
「……あ、しまった。サラ、修行の成果で凄まじく耳がいいの、
忘れてた」
「こんのアホネコ! やっぱ身体リミッターといっしょに
思考回路の線抜けてるじゃねーか!」
「いきましょうです」
小声でやりとりする俺達を無視してそう言う声が、明らかに不機嫌。
女子らからの怪訝な視線が、しかもロリコンレズ娘が厳しい顔だし……。
エレナは心配そうだ。怪訝だったのは彼女以外の視線だったらしい。
「そ……そうね」
しかし。
メイド服の少女たちとイオハは、先へと進んでいくけど。
「ぐ……!」
動けない。
「わたし。認めないです。仲間同士で戦うなんて」
俺達の前に立ったーーいや、立ちはだかったサラちゃんは、毅然と言った。
推定年齢十歳程度の女の子が放っているとは、到底思えない気迫。
たしか、魔斗神剣とか言う剣術の、
道場主の娘だったか。
どうやら。本物らしい。
「どうして。そんなこと。考えたのか。教えてください」
語尾から「です」が消えた。声から、柔らかさが鳴りを潜めた。
これが。剣士。サラ・ブレットか。
今の今まで聞いて来なかったのは、周りに人がいたからだろう、おそらく。
と思考回路は動くけど肉体の方が固まってる俺を尻目に、
アイシアは相変わらず淡々と……でもないな、
少し言葉に間を長く開けながら作戦を説明した。
どうやら。アイシア、動揺してるらしい。あのアイシアが、すぐに推測が立てられるぐらい動揺してる。
こんなサラちゃんは、どうも見たことがなかったみたいだな。
カグヤも重苦しい溜息ついてる。
それはやっちまった自分に対して……なんだろうな?
「そう……ですか」
見てわかるくらい迷った顔だ。
話を小さく頷きながら聞いてたから、作戦の意図は理解しただろう。
だからこそこんな顔なんだろうと思う。
「サラ。分かれって言うのは、難しいでしょうけど。これが、最善ニャの。
これしかニャい、そう言ってもいいぐらい」
「だから。わたし、スタラチャージ、飲んだ」
カグヤとアイシアが、畳みかけに入った。なら俺も便乗するとする。
「俺も飲んだぜ。もしかしたら、
ベクターとやりあうことになるかもしれねえからな」
あれほどの執着。それに稲妻を手錠で拘束して閉じ込めておく、
間違った大切の仕方。そんな奴が、もしその大切な物を盗みに来た人間を見つけたら。
ーー答えは、一つだ。かもしれない、ではない。
確実にその盗人を排除に来る。
「……少し、考えさせてください」
「わかった」「わかったわ」
頷くだけの俺。待つって言葉にできないから、
動作でしか答えられない。
だって、この状況は卑怯だ。
サラちゃんがいくら悩もうが、夜がくればカグヤはきっと、
おそるべき獣と化す。
そうなったらこの作戦、遂行せざるをえない。
そうしなければ、何人の犠牲者が出るかわかったものじゃないからだ。
時間が勝手にサラちゃんの背中を、首肯する形で押すこの状況は。
ーー本当に。卑怯だよ。
*****
「ギニャアアアアアア!!」
「っ! 思ったより声でけぇ!」
思わず目と耳を塞いだのは俺。
いや、俺も含めたこの場にいる全員かもしれない。
アニメや漫画では夜の場面が開始される時、
犬の遠吠えがすることがままある。今のはちょうど、そんな雰囲気だ。
違うのはその声が、まるでサカリの付いた猫のようだということと、
声の主が、眼を爛々と紅に輝かせたカグヤ・ツクヨミであること。
「アイシア!」
「わかってる」
そう言い頷くと、アイシアは疾風のように駆け出す。
バシ、っと言う肉と肉とがぶつかる鈍い音が響き、
オークション会場 居塔地下一階は、静寂からざわめきにシフトした。
幸い、火の魔法石で作られてるんだろう電球みたいな物のおかげで、
明かりは確保されてる。だからこそ、地下オークションなんてものが、
毎度滞りなく行われてるんだろうな。
「ニャ゛アアー!」
走り去っていった一陣の風を追って、
最早二足歩行するだけの獣と化したカグヤが、
人耳の処まで手を持ち上げたかっこうで駆けて行く。
「あいつ、見つけ次第斬りかかるつもりだな」
切るって言っても勿論、刃物でじゃない。
今や血濡れたように マニキュアでも塗ったかのように紅の爪でだ。
カグヤが通った後には、紅の残光が糸を引いている。
なんだこれ……むちゃくちゃかっけー!
「アクトさんっ! なに落ち着いてるですっ! おいかけないとっ!」
通せんぼに出してる俺の腕をガッチリと掴んで、
激しく上下にゆするサラちゃん。まるで開けろ開けろと
牢屋をガチャガチャするように。
「まて、もう少し待つんだ。でなきゃ、この作戦の意味がなくなる」
「うぅぅ……!」
「いててて! 力入れすぎだサラちゃんっ!」
遠くの方で、なにかが割れたような甲高い音が聞こえた。
ざわめきのボリュームが少し上がったのがわかる。
警備員やオークションの司会者が落ち着くようにと叫ぶが、
ざわめきはトーンが少し上がった。逆効果みたいだ。
「おいおいマジかよ。あいつら、もう二階まで行ったってのか?」
イオハ組に視線を走らせてみれば。
怖いのか抱き合ってる二人の娘。
天井を……おそらく現場のフロアに視線を向けて
悲し気な顔をしてる娘。
俺達のことを見てるエレナとロリコンレズ。
実に様々だ。
エレナとロリコンレズは、イオハとこっちを交互に見てる。
二人しておちつきすぎだろ?
「アクトさんっ!」
「いででで! 腕を握りつぶすつもりかこの怪力幼女っ!」
警備員が何人か階段方面に走って行ったのが見えた。
「よし。動こう」
「はいです!」
エレナとロリコンレズ、そしてイオハに期待の視線をやってから。
警備員たちが動いたことで、更に混乱広がる会場を出るべく、
俺達二人は走る。
「よし、ナイスタイミングっ! 司会者も警備員もこっち向いてない!」
その間で、なんとか階段に到達。トントンと一階へと上がることができた。
ここで一度階段からそれて、周りの様子をうかがう。
「どうしたです?」
ついてきたサラちゃんが、小声で尋ねて来た。
「人の気配はとりあえずなし、っと。ほら、例の宝物庫的な部屋、調べないとさ」
「あ、そうですね」
軽く苦笑するサラちゃんに、次からは気を付けよう
と冗句な調子で言ってみたら、はいです と笑みにかわった。
よしと笑み返しで頷いて、俺達は一階の調査を始める。
「地下にあるなんて落ちはないと思いたいぜ」
「そうですね」
なんぞと話しながら、一階の調査終了。外れだった。
「流石にないよな、一階には」
「です」
頷くサラちゃん。
と、その時。
上からズウンっと言う、重っ苦しい音と衝撃が響いた。
「だ……大丈夫なんでしょうか?」
「アイシアが、うまく自分に攻撃を誘導できてれば、
警備員たちの被害は軽くて済むはずだけど」
「そうですね」
直後、木製のなにかがへし折れたようなドゲシャっと言う音と、
ガラスっぽい物が割れたガッシャーンって派手な音が続けて鳴った。
「大丈夫……かなぁ?」
心配そうなサラちゃんが、こっちを頼りなさげに覗き込んで来たので、
「ま、大丈夫だろ」
と軽く返して屈伸運動を何度か。
タメグチなところから、その心配の程がわかる。
って言うか、タメグチのサラちゃん、初めて聞いたぞ?
警備員の皆さんの安否は、スタラチャージしたアイシアが、
うまく加減して攻撃してるのを祈っておこう。




