第五話。アノ日と矜持と二個目のぼたもち。 その2
ガチャリ。
開いたー!
「ごまだれー。だったか?」
無感情に言うもんだから、あやうく吹き出すところだった。
「ぐ……」
が、吹き出すよりも前に恥ずかしくて赤面。
いらん汗をじわりとかかされた……。
そうだった。そういえばそうだった。
この男には、馬車内の音声が筒抜けなんだったっ!
「グーテンハヨー。入れ小僧」
いきなり出来たばっかの黒歴史をほじくり返しておきながら、
涼しい顔してそういうのは勿論、商隊長のイオハ・ザードーバ。
「お邪魔しますよ」
声が不機嫌丸出しである。答えた顔が自分でわかるほどの仏頂面。
ではあるけど、勿論車内に入らせてもらう。
「律儀な奴だ。わざわざ鍵を返しにくるとは」
椅子に座らせてもらい息を整えていると、
徐にそう呆れ半分な感じで呟かれた。
「そういうもんじゃ、なかったのか?」
左手を右に伸ばし、鍵を渡せる状態にする。
「朝食を終えたら取りに行くつもりだったんだ」
天井を向いた俺の左手から、言葉の後で右手で握手でもするように
エレナの手錠の鍵を回収するイオハ。その手つきから、
この男が潔癖ではないのがわかった。
こういうかっこつけたような雰囲気の奴って、
潔癖なイメージがあるんだよな俺。
「そういうことは先に言ってくれ……」
両手を膝に置いて溜息交じりに答える。
まあでも、ここに来たのはそれだけが目的じゃない。
無駄足にはなってないから、まあいいか。
「それで小僧。聞きたいこと、と言うのはなんだ?」
「話が早くて助かるよ」
盗み聞かれてたことを再認識させられて、苦々しく答える。
「あんた、ベクターって奴を知ってるか? 奴隷商の」
一つ息を大きく吸ってから切り出した。
話を進めないわけにもいかないからな。
「ベクター・オ・ロックのことか? それなら知っているとも。
なにせ我々が向かっているマリスガルズの
『市場』の元締めだからな」
「なるほど。ジョージのオッサンの読み通りか」
「それで、彼になにか用なのか?」
「実は、そいつに俺の友達が浚われちまって。
助け出すために俺達はここにいるんだ」
「浚う? 奴隷商ギルドの世界共通の決まり事として、
『商品』は必ず合意の下で仕入れると言うのがあるのだが。
よほどその『商品』を他にとられたくなかったようだな」
「そうなのか?」
女って決めてかかってやがる。まあ、間違ってないわけじゃあるんだけど。
しかしギルドか。こんなもんにまでギルドがあるなんてな。
やっぱ、もやもやするぜっ。
「ああ。しかし、なるほど。それなら得心が行く」
「なにがだ?」
「君たちはいろいろと異質なんでな。なにかあるのだろうとは思っていたんだ。
おそらくお前の異世界からやって来たと言う話は、
それほどの田舎から出て来たということなのだろう。
だがその小奇麗な服装を見る限り、
そう卑下するような土地ではないと思うのだがな」
「あ、ああ。そうか」
なるほど。ありえなくはない解釈か。
「で、異質ってのはメンバーのことか?」
「それもある。他には服装に雰囲気。
そして『商品』に対する態度がなによりも異質だ。
わたしがどれほど異質差を感じていたのか、お前は理解していよう?」
「そうだな。どれぐらいここで預かられてるか知らないけど、
エレナが今までこんなことなかったって言ってたし」
「そうだな。いまだかつて、わたしが『商品』を道中で開放したことはなかった」
頷いてそう言うイオハは、
続けて「逃げられては困るからな」と付け足した。どう答えたらいいのかわからず、俺はだんまることしかできない。
「それで? 彼、ベクターのことを知りたいわけか。
だが、あまり多くのことは知らないぞ」
さらっと話題を変えて来た。空気を読んだんだろうな。
「ベクター本人については別にいいんだ。俺が知りたいのは、
ベクターが、気に入った物を保管しておく部屋があるかどうかだからさ」
稲妻を物扱いした物言いは自分で言ってていやだ。
でも、これがおそらく一番通りがいい表現だと思うんだよな。
ふむ、と面白そうな声色で相槌して、イオハは言葉を返してきた。
気持ちが顔に出てたんだろうか俺?
「確証を持っているな。なぜ、そう思う」
イオハの表情は真剣そのものだ。俺を小僧と見下した呼び方をするわりに、
ずいぶんと真摯じゃねえか。
「ジョージのオッサンからの知識と、今朝見た夢だ」
「夢ときたか」
困ったような笑いを含んだ声に、俺も苦笑を返す。
「けど、あれは夢のようだったけど夢じゃなかった」
「根拠は?」
「自分の意識がはっきりしてた上に、
はっきりと自分で考えることができたんだ。
それはもう、夢じゃないだろ?」
「なるほど。たしかに、そうだな。それで、
その夢でなにかを見た、というわけか」
「ああ。鎖に繋がれた友達。そこにいるのを快く思ってないのもわかった。
一人っきりだったみたいだったから」
「だから特別な部屋はないか、そう言ったわけだな」
俺の言葉を引き継いだイオハに、そういうことだの言葉を込めて
俺は頷いた。
ふっと一息吐いて、ついでで外を見やる。外は灰色だった。
知らない間に森を抜けていたらしい。
「そうだな」
記憶を辿るように少し天井に目を向けてから、
イオハは続きを聞かせてくれた。
「彼の居塔には一箇所だけ警備のやたらに厳しい場所がある、
という話を聞いたことがあるな」
「そっか。で、巨塔ってのは?」
「ベクターの住む黒と銀の混ざった色の建物だ。
マリスガルズの中心から頭だけを晒し、
我々を見下ろすように聳えるその姿から、
いつからか、誰からともなくそう呼ぶようになった」
この慣れてる言い方からすると。
こいつがマリスガルズで『セリ』をするのは、
今回が初めてじゃないってことか。
「なるほどな」
頭だけが見える状態。いったい何階建てなんだろうな、その巨塔とやらは?
それによっちゃ稲妻探しは至難の業になるぞ。
「ありがとう、参考になった」
「そうか。役に立ったならなによりだ」
一つ頷く。
「にしても。あんたみたいなまじめそうな人が、
なんで奴隷商なんかに手を出してるんだ?」
思ったことを聞いてみた。
「お前の地域でどう扱われているのかは知らないが、
わたしの育った地域は奴隷商などそれほど珍しくはなかったのだ。
実入りは多いが出費もかさむ、総合的に見て稼ぎのいい仕事ではない。
だが、身の危険は他の仕事ほど多くない、半ば道楽のような一職業。
そんな認識だった」
「そうなのか」
「なぜ憐れんだ視線を向ける? わたしにとっては日常のこと、
選ぶ奴も選ばない奴もいるあたりまえの職。
他の地域で言うヨロズヤや配竜員なんかとかわらなかった。
そしてわたしは運のめぐり合わせがよかっただけのことだ」
僅かに語気の強まった言葉に、少し息が詰まった。
俺の人生に文句を言うな、そんな言外を感じたんだ。
プレッシャーを逃がしたくて、そっと目を閉じながら
小さく長い息をふぅっと吐いた。
「ところで。ずいぶん馬車の速度、遅いけど。
時間がないってわりにはのんびりだよな?」
目を開けて自分の中で気を取り直した。
「なに、単純な話だ。ぬかるんだり濡れた道では、慎重に馬車を動かさなければ、
大事故になる可能性が高い。ましてや我々は商隊、
慎重すぎるぐらいでも足りないほどだよ」
「なるほど、安全運転だったわけね」
「そういうことだ」
「そっか」
答えるのと同時に立ち上がる。
「すっきりした。じゃ、俺戻るわ」
「ああ」
イオハに背中を向けて、一号車から降りようと一歩踏み出す。
「小僧」
が、いきなり呼び止められた。
「ん?」
疑問符をはっつけてるって自分でわかる顔で、
イオハの方に首だけ向ける。
「彼主催のセリ会場はいつも居塔の地下でな。
我々の参加する今回のセリもそこで行われる」
「なんだって? それ、ほんとか!?」
ガバっと体ごとイオハに向き直っていた。
「ああ。一番マリスガルズのセリで大きな金の出入りがあるのが
ベクター主催のセリだからな。
商人として大金を振る舞えることは、
宣伝と信用を見せる機会。だからわたしは、
ことマリスガルズのセリにおいては、
ベクター主催の物以外に出ないことにしている」
「マジかよ……」
おいおいおい。渡りに船すぎだろっ!
「だからこそ、マリスガルズに行く時は、
いつにも増して商品の選別には時をかけている」
「なるほど。俺が見た限り、全員美少女だったのはそれでか」
納得。
「そう思うなら、少なくとも我々の観察眼は
若者には通用するということだな」
そう言ってイオハは僅かに笑った。
他の護衛連中にも大好評だったぜ、そう言うと満足そうに一つ頷く。
「君たちがまだわたしと仕事を続ける気があるのなら、
楽に居塔に入ることができるが、どうする?」
問われて相槌に頷き、答えを返す。
「メンバーに聞くとするよ。俺はゲストみたいなもんだからな。
返事は万屋ギルドについた時でいいか?」
わかった。そう答える顔は、
まるで俺達の答えを見透かしてるように不敵だ。
「もし戦うことになったら、むりはするなよ。
類を見ないほどお前の魔力は少量だ」
「言われるまでもないぜ」
小さく頷き、俺はそう微笑を返した。