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第四話。いいケダモノは初めての魔法と彼女の夢を見る。 その4

「っと、いけね。通り過ぎるところだった」

 指定ポイントに到着したのと、みんなの足音が聞えて来るのは同時だった。

 エレナも足音忍ばせる技術持ってるのか。

 ーーもしかしたら、抜け出そうとしたこと あったのかもしれないな。

 

「よう。早かったじゃないか」

 勢ぞろいしたサン・イラーヌと俺とエレナ。

 配置は、アイシアを挟んで左に俺 右にサラちゃん、

 後はアイシアの後ろになった。

 

「きっとアイシアがニャんたに合わせてたのよ。

で? こんなとこにつれてきてなにするの?」

 聞くからに声が眠そうだ。

 ……え? なんだって? 今こいつなんつった?

 

「アイシアが、俺に、歩調を、合わせた?」

 驚くなって方が無理な話だ。いくらいいケダモノ認定されたからって、

 それほどいっきに配慮できるもんでもないだろ?

 けど、この所要時間の違いは、それぐらいしか納得のいく理由がない。

 

「魔法、使う」

「へぇ、アイシアの魔法かー。でも、馬車の列の

ド真ん中じゃないと駄目な魔法ってどんなのよ?」

「ここじゃないと、全部に行かないから」

 

「範囲魔法ですか? でも、いったいそれでなにをしようと?」

「ちょ、ちょっとまて。俺も話に入れてくれ」

 慌てて申し出る。そしたらあっさり全員から、

 うんと言う声と同時に頷かれた。

 

「ふぅ、よかったぜ。せっかくの魔法発動、

見逃すわけにはいかないからな。っ つめてっ」

 首筋に一滴。ついに木々の隙間から落ちて来るようになったらしい。

 

「雨の音、おおきくなってきましたです」

「うん。始める」

 真剣な声は小さいはずなのに、それでも雨音に隠れない。

 力強さが声の通りをよくしてるんだろうか?

 

 

「凛氷闘志我が前皆氷塵とせん」

「え? りんぴょうとう、え?」

 困惑するのは当然だろう。

 多少形は違うようだけど、聞いた覚えのあるフレーズと似た物が

 異界で発されたんだから。

 

「ふぅん。これがニブル凍法の開始詠唱なんだ」

 訳知り顔のカグヤに、俺は聞きなれない言葉を聞いてみた。

 

「アイシアはニブル凍法って言う格闘術を扱うの。

聞いたところによると、だいたいの人は

護身術程度に基本部分だけを習うそうなんだけど、

 

アイシアは一歩踏み込んで、魔法を扱えるようにしたんだって。

アイシアの話をニャたしなりに考えた、ってだけなんだけどね」

 

「よくそこまで解読できたな」

 で、作用の範囲が大きい魔法は詠唱が必要なのよ、

 と解説を締めくくった。

「なるほどな。けど鈍る闘法なんて、面白い名前つけるんだな」

 

「鈍る、違う」

「っ、なんだ? なんか、急に寒気さむけが」

 怒らせたんかなぁ?

 

「心配しなくても大丈夫よ。見てなさい。

アイシアの言葉の意味、わかるから」

 そういうカグヤに、「ん、お、おお。わかった」と

 半信半疑で頷く。顔に出てたみたいです。

 

 全員の視線がアイシアに注がれてるのがわかる。

 思わず、ゴクリ 生唾飲む俺。無意識に握った拳。

 緊張が静かにのしかかって来る。拳を握る力が勝手に増した。

 

 

「我 求むるは 氷界の具現。道標しるべ 描くは 薄氷の人掌じんしょう

 優しく目を閉じ静かに始まる詠唱は、雨に紛れるようにして。

 だけどはっきり耳に届く。

「空気が。冷たい空気が、アイシアさんに呼ばれて集まってるです」

 サラちゃん、驚いてるぞ?

 

「もしかして、サラちゃんも見るの初めてなのか?」

 緊張したまま聞いてみると、はいですと

 同じく緊張した硬い動きの頷き。

 

「力 手繰りし 其人かのものに、我 心血を捧ぎて 具現の門とす」

 

「っ!」

 突如。冷気が突風のようにアイシアから吹き上がった。

 みんなの驚いた声が聞えた。比較的みんな近距離にいるから、

 冷風に少なからず煽られたんだろうな。

 

 俺は右足を一歩後ろに下げて、飛ばされないように地を踏みしめる。

 術者じゅっしゃ本人も、髪が冷風で激しくなびいている。

 まるでこの風で、雨粒を吹き飛ばそうとしてるが如しだ。

 

 

「風が……冷気が渦巻いてますっ!」

 バサバサ言ってるのに恥ずかしがる声を出さない。

 エレナ、スカートしっかり押さえてるんだな。

 

 激しさを増した冷気に、全員の髪がより激しくなびいて、

 エレナとアイシアの髪なんて、まるで別種の生き物みたいに

 うねって跳ね上がってる。

 

 後ろ髪を見られるなら、きっともっと

 生物的にウネウネしてるんだろうなぁ。

 ちょいとばっかし見てみたいけど、体勢を固定するのがやっとなほどの風圧にさらされちゃ、

 背中なんてみれたもんじゃないっ。

 

 

「氷硬至る風の祝詞のりと。今、ここに完結むすびの印を添えよう」

 相変わらず、荒れる冷気の音に負けそうなぐらいアイシアの声は静かだ。

 それでもはっきりと、透き通った声で紡がれる。

 

氷原蛮構チルデイング・ヘイム」)

 それまでまったく動かなかったアイシアが、ヘイムの声と同時に動いた。

 閉じていた目をカッと、これ以上ないくらい

 ーーともすればホラーな領域まで見開いて、

 

 右腕を拳を握った状態で真上へ突き上げ 同時に左腕も同じく拳を

 握りしめた状態で前へと突き出した。

 

 更に同時に鳴ったザッと言う音。

 音の出所でどころ アイシアの足元を見れば、

 足を肩幅にまで開いている。

 

 なんだこれ? ……変身ポーズかなにかか?

 

「今の、魔法名か?」

 空間に染み渡るような薄いエコーを伴ったそのピリオドを受けて、

 アイシアの生み出した寒気かんきが胎動し始めた。

 

 馬車の荷台の少し上の辺りまで上った、薄く白に見えるなにか。

 それはちょうど馬車に傘をさしかけるような幅にまで広がると、

 そのまま車列を囲うように伸びて行って色を消した。

 

 

「ふぅ」

 この涼しい中、アイシアは左腕で額を拭う。汗……かいたのか?

 

「お疲れさまです」

 ねぎらうサラちゃんにアイシア、小さくなんかいいながら小さく頷いてる。

 サラちゃんは、いえいえですってにっこりしてるけど

 ……え? 今の聞き取れたのか?

 

「今のが魔法……か」

 白い物が走った頭の上を、ぼんやり見上げて。

 自分でも聞こえるか怪しいようなボリュームで音が出ていた。

 

 なにが起きたのか、俺にはまったくわからない。

 だから、いまいち感動が湧いてこないんだよな。

 

 けど、どうやらなにか効果はあるらしい。

 雨音がちょっとだけ違うように感じるからだ。

 なるほど。たしかに、今の範囲魔法は鈍るようなものじゃなさそうだな。

 

「そう。氷の魔法」

「氷。じゃあさっきの白いのって?」

 術者じゅっしゃから首肯一つ。

「ってことはアイシア。馬車の上に氷で屋根を作ったってこと?」

 そう、とアイシアはカグヤにそれだけを答えた。

 

「氷魔法って、そういう使い方あるのね。なるほどー」

 感心したように腕を組んで言う。

 

「そのポーズ、似合わないな」

 含み笑いで言ったら、

「ニャたしが考えるそぶりしちゃ、いけない?」

 じとーっと三白眼でみt怖い! 黄金の三白眼怖い!

 

「ああいえいえけしてそのような」

 震え声で苦笑い。はぁとねこさんは一つ溜息。

 サラちゃんとエレナが、楽しそうに笑い出す。

 ……笑うところか、今の?

 

「あの、そろそろ戻りませんか? 魔法の発動も終わりましたし、

時間も遅いですから。あまり外にいると体に障りますよ」

 エレナが自分を少し抱きしめるようにして言う。

 メイド服が薄いのか、ちょっと寒いみたいだ。

 

「そうだな。えっと、次起きてるのそっちだよな?」

 カグヤを指さして確認。

「もういいんじゃない? ヨロズヤ連中はなにもしないだろうし

ニャたしたちも眠いし」

 疲労感が顔を前面に出したカグヤの声と、ダランとさせた両腕。

 

 眠気に敗けました、って体が言ってるなこりゃ。

 

「駄目ですカグヤさん。お仕事はきちんとしないとです」

 そう言うが、直後「ふぁ~」っとあくびをして、

 恥ずかしそうに頬を染めてえへへと苦笑するサラちゃん。

 

 ……ナンデスカコノ破壊力ハ!

 

「まじめだなぁ「まじめねぇ」」

 疲労感に態度を任せて破壊力の打点をずらす、

 ずらしてやった。ずらしてやったぞ!

 って、俺はいったいなにと戦ってんだ。

 

 ヤバイ、深夜テンション来てるなこれは。

 

 

「テント、濡れちゃう」

 そう言うや否や、アイシアは小走りで五号車方面へと向かってしまった。

「ぶっ」

 またきたかちゃうシア。どうしてもちゃうシアは笑いを堪えきれん。

 

 不思議そうな女子らの視線がこっち向いてるけど、

 耐え切れないものはしかたがないのだ。

 なんでもないと首を振るしかあるまい?

 

「もう馬車の床にでもゴロ寝しちゃいましょ」

 気怠そうに、それでも早く。

 そんな器用な足運びでアイシアをおっかけるカグヤに倣って、

 俺達も五号車に戻った。

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 チャリ。チャラリ。

 ……なんだ、感覚がぼやけてる。

 チャリ。チャラリ。

 これ、鎖の音、だよな?

 なんだ? 暗い中にぼんやり形が浮かんで来た。

 

 これは……人、か? ーー人だ。徐々にはっきりして来る人の形。色。

 俺と、向かい合ってるのか? くそ、くっきりしねぇな。

 霞んだみてえになってる。

 でも、輪郭や髪、瞳の色なんかはかろうじてわかる。

 

 青い……髪。黒い瞳、それも すごく不安そうな、

 ゆらゆらしてて定まらない瞳。

 けど。俺はいったい、どうしてこんな光景を見てるんだ?

 それに、なんでこんな意識がはっきりしてる?

 

 

 たしか俺はあの後眠気が限界を迎えて……そうか。これは夢か。

 たしか、自分で夢だって気が付くタイプの夢を

 明晰夢とか言うんだっけ。

 

 人生初の明晰夢が異世界とは、レアケースもいいところだぜ。

 なんて感慨は置いておこう、見えてる光景に注目だ。

 

 どうやら女の子みたいなこの人間、なーんか夢にしては

 みょーに生々しいんだよなぁ。

 

『はぁ』

 声が、聞こえた。深い溜息と同時に小さな鎖の動く音。

 微妙に音が遠い。でも、聞き取れないボリュームじゃない。

 音質はクリアだしな。

 

『こんな生活、いつまで続くんだろう?

あの人は、おわびに神尾君をいっしょに召喚するって言ってたのに、

神尾君のかの字だって見えてこないんだもん』

 ……なんだって?

 今、この人間は、俺の上の名前を、さもあたりまえに言った。

 

『見た目だけ綺麗なお部屋に入れられたって、

繋がれたまんまじゃ喜べないよ。

わたしを見に来る男の人、気持ち悪いし』

 

 この世界で俺の名前を知ってるのは、

 剣塚亭つるぎつかていのみんなとあぐにゃん、

 それにエレナぐらいだ。

 

 しかもその面子は、全員俺のことを、

 明斗って下の名前で呼んでる。

 

『心が折れそうだよぅ』

 っええいチャラチャラ鳴らすな

 思考に集中できねえだろ稲妻いねつまっ!

 ……え? なんで俺、今、稲妻って?

 

 

『えっ? 今、神尾君の声がしたような。

……気のせい、だよね?』

 キョロキョロと忙しなく、辺りを見回すが、

 どうやら俺の姿は捉えられなかったらしく、がっくりと項垂れる。

 

『アハハ。あいたすぎて、とうとう幻聴聞こえるようになっちゃったんだ』

 力ない感じで、苦笑いみたいな乾いた笑いを浮かべる少女。

 いやーー稲妻碧いねつまあおい

 

 でも、稲妻ってこんな口調じゃなかったよな。

 俺が知ってる稲妻は丁寧語で話す女の子だ。

 こんな一面もあるってことなんだろうか?

 もしかして……これが、素なのか?

 

 俺と話す時は、緊張してるのかもしんないな。

 だから、顔を隠してるのかも。けど、ダチに緊張されてるってのは寂しいな。

 チクっと来たぜ。

 

 

『はぁ……眠れないなぁ』

 重苦しい溜息。チクっと来はした、だけど。

 ダチのこんな姿見て、歯噛みしねえ奴は友達じゃねえよなっ。

 たとえ夢だったとしても、だっ。

 

 ……いや、これは夢にしてはリアルすぎる。もしかして、幽体離脱でもしたか?

 疲労が限界超えたか?

 

 あるいは。

 ひょっとしたら、あぐにゃんが見せてるのか、稲妻の状況を?

 もしそうだったとしたら有難迷惑って奴だぜ神様。

 こんな近くに見えるのに、手を差し伸べてやれないってのはな。

 

 精神ダメージ負うだけなんだぞ。

『神尾君。早く。助けに来て』

 今度は祈るような小さな声。その漆黒の瞳は天井に向けられて。

 

 ーーわりい。まだ、待たせることになりそうだ。

 そう思ったら、俺の視界の稲妻が、徐々にぼやけ始めたっ?

 

 さ、さいごに。さいごにこれだけは言わせてもらうぞ。

 ーー必ず助けてやる。格好の付く絵面じゃないだろうけどな。

 

 

 まるで今のを聞いたように、

 のっぺらぼうみたいにしか見えなくなった稲妻が、

 微笑んだような気がした。

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