第四話。いいケダモノは初めての魔法と彼女の夢を見る。 その3
「他の馬車があぶない」
よし、切り替えてこう 切り替えて。
おたのしめないなら、連中におたのしませない方向にシフトだ!
「だな。動けない美少女に好き放題。羨ま けしからん。
急いで見回るぞ!」
言うのと同時に馬車から出る。
切り替えるって考えた直後に、本音が出てしまったぜ、いかんいかん。
俺が地面に足を付けた直後、なにかが砕ける音がする。
先んじて出たアイシアが、なにやらやったらしい。
……まさか?
「また、たすけてください。今度はサラたん同行で」
「考えとくよ」
てきとうに答えて、俺はドアを閉めた。
「お前。殺してねえだろうな?」
心配して確認した。
「サン・イラーヌの方針は守る」
きっぱりと言い切る力強さ。真っ直ぐ見つめ返すその瞳に、
嘘偽りはないんだろう。
ーー正直、ここまでしっかりみつめられると、かなりてれくさい。
美少女に正面から真っ直ぐに見つめられて、平然とできる男はそういまい。
ルビーのような瞳に、吸い込まれそうになる。その不思議な浮遊感を払いのけるため、
瞳を反らして、かろうじてそうかとだけ答える。
って、あれ?
「でなんでじとめ?」
よく見たらじとめだった。気付いて驚きパチクリな俺。
「羨ましい」
銀髪の指先は、馬車を示している。
「しかたねえだろ。あの子だって充分かわいかったんだから」
おそらくは、ウラヤマケシカランのことを咎めたいんだろう。
なので、俺はいかともしがたい男の性を、
そう端的に教えてやった。
一つ頷いてアイシアは、「次」とだけ言うと早足で
次の馬車へ向かって動き出した。
「なにに頷いたんだよ」
早足で追いかけながら、
きっと返答が返ってこないであろう問いを放り投げる。
聞こえて来るのは靴音ばかり。やっぱり答えは返ってこない。
次の三号車、特に異変はないようだ。
明かりの周囲に立つ男は、気持ち悪いほどに
ピシリと美しい気を付け姿勢だ。
最早こりゃ固まってるって言った方が、しっくり来るレベル。
「今さっきのお前の破砕行動が、効いたんじゃないか?」
「なら、いい。でも、固まってると動けない」
軽く男を拳で叩くアイシア。しかし触れた時間は、
寸止めなんじゃないかと思うほどの一瞬だった。
ビクリ、男は弾かれたように体を震わせる。
「護衛。固まると、仕事できない」
「あ。あ、へ、へい 銀の姐さんっ! ありがとうございやす!」
ペコペコと頭を何度も下げる。ほんと、朝の醜悪差はどこ行ったんだか。
「手、出したら、駄目」
ビシリ。また昼間と同じあの気配だ。俺の動きも固まってしまう。
これは報酬なしよりもよっぽどしっかりと刺さる釘だろうな。
「わ、わかってやすよ。後ろの奴みてえに殺られたかねえですからね」
おそらく後ろの奴って言うのは、アイシアがなにがしかのおしおきを
叩き込んだ奴のことを言ってるんだろう。
まあ、あんな音がすりゃ殺されたと思っても不思議はない。
「手、出す、駄目。みんなに伝えて」
「へい」
完全に親分扱いしてんな。アイシアはまったく気にしてないようだけど、
こいつらはいいのかこれで?
二号車に先頭車両と、同じことを繰り返していった。
無音だったから心配はしてなかったけど、
三号車同様見張りがフリーズしてたので、その解凍作業である。
二号車に少女が二人いたのは意外だったな、顔似てたから姉妹なんだろうか?
先頭車両内に入って一息つく俺、アイシアもそうらしかった。
イオハのいる先頭車両、ここだけは馬車の内装が豪華で、
座り心地もよさそうだ。流石に商隊長だぜ、ちくしょう羨ましい。
この車両の中に黒メイド服の少女はいない。
本当の意味での荷物で、イオハが座ってるとこ以外の椅子が
完全に埋まってるからだ。
「助かった。やはり見回りを頼んで正解だったようだな」
寝た様子のまったく見えないイオハにそう声を賭けられた。
「寝なくていいのか?」
「靴音が騒がしくて目が覚めただけだ。しっかり睡眠はとっている」
「そうか」
それってつまり、見回りしてる限り寝られないってことじゃないのか?
「アクト、いこう」
「あ、ああ。そうだな」
高級車から降りた俺達は、馬車を挟んだ来た道の逆サイドを、
どちらともなく足音を忍ばせて歩く。
アイシア、先頭車両の空気が苦手なんだろうか?
「なあアイシア」
靴音に合わせて、小さく呼びかける。
足音忍ばせてんのに、声が普通ボリュームじゃ、
足音静かにしてる意味ねえしな。
なにとだけ声が返って来るけど、その声は
なんとなくぼんやりしてるように感じた。
周囲の気配を探ってるのかもしれない。
目が慣れた俺も、ちらちらと横道 木々の隙間に視線をやってみる。
今のところ、異常はなさそうだ。
「どうして、俺には長いこと触れるんだ?」
万屋相手には、触れたか触れてないかわからないほどの、
微妙なタッチでしか触っていなかった。
でも、俺には平手打ちしたり肩に手を置いたりと、
触れたって理解できるだけの時間触っている。
四号車に行く時なんか、自分から俺を掴んでさえいた。
この違いが、どうにも気になってる。
だから、深い闇の怖さごまかしを兼ねて切り出した。
「いいケダモノ、わるいケダモノ。どっちもいる」
「ちょ、おい? 足音自重しろって」
小声で注意する。けど、アイシアはまるで聞こえてない風で。
「ジョージ、アルバート。それから……」
隣の少女は、足音に気が回っていないらしい。
おまけに無駄に腕の振りをしっかりしている。
一人競歩でもしてんのかこいつは?
おかげで俺も早足にならざるをえない。
まったく、いったいどうしたってんだよ突然?
けっして、アイシアのたわわさんがぽよんぽよんするのが
見たいからじゃないからな。だんじて!
「な、なあ。それから、なんだよ? 気になるから止めないでくれないか?」
少しずつアイシアの歩く速度が緩んで来る。そして、止まった。
「アクト」
呼んだってよりは、呟く感じ。
今さっきの言葉を続けているかのようだ。
自分の手をみつめて、しばし沈黙のアイシア。
いったいなにを言いあぐねてるんだ?
いつもはこんなことないし、言い澱むなんてありえない。
それがアイシア・フロストだと思ってた。
「同世代で。初めての。いい、ケダモノ」
今じゃなかったらーー夜中の森でなかったら、聞き取れたかわからない。
それくらいの小さな音量で、その言葉は俺の鼓膜を震わせた。
「そっか。好意的に見てくれてるのは嬉しいな」
どうやら俺はこいつから、触れても問題のない存在として
認識されているらしい。
「……」
顔をかーっと真っ赤に染めて、少女は俯き加減になった。
……赤面要素、どこにあったんだ?
って言うか、ここまではっきり赤面するアイシア、初めて見た。
人形みたいに整ってて、だけど人形みたいに無表情で。
でも、今はすごく人間だ。
……やべー、かわいい。
「んで、さ」
ざわつく胸を、深く息を吸って 好奇心を吐き出すことで押さえつける。
今からする質問。答えてくれる保障は、はっきり言ってないけどな。
「なんで男のこと、ケダモノって呼ぶんだ?」
無言が返事、やっぱりな。
と思ったら、その場から動かない足音、それもズズっと地面を擦る音付きだ。
しかも足音の自重は忘れたまんま。
「前に。乱暴。されそうに。なったから」
まだ俯き加減で、靴音に負けそうなくらいの声。
その意味がわからないほど、俺は察しは悪くない。
カグヤから、嘘つくんじゃないわよって言われそうだけど。
「……そっか。わるい、興味本位だった」
軽く気持ち悪くなるような勢いで頭を下げた。
「いい。ただの。事実」
足音が止んだ。
俺、額を左手で押し上げられて、むりやり顔を上げさせられちまった。
思いもよらない行動で、ちょっとびっくりした。
おそらくは、顔上げてって言葉を行動で示したんだろうな、今のは。
少しだけボリュームの上がった返答は、でも声色がどこか遠く感じた。
「形しか。見ない。男は。ただの。ケダモノ。
いつ。襲い掛かって来るか。わからない」
話、まだ続いた。
いつも以上に溜めが長い。そう思える言葉。
それだけつらい思い出なんだろうな。
って、おいおいなんつうフリーダムな貞操観念してんだ、
この世界の野郎どもはっ。
「だから。触れたく。ない。体も。心も」
途切れ途切れ、いつもと違う言い方。おそるおそるって思えた。
俯き加減だからそう感じるだけかもしれないけど。
「その結果が、お前のその動きの少ない顔と声か」
自然と声が気遣わしい物になってた。
きっとそう、と曖昧に頷くアイシア。
「そう、か。悪かったな、いやなこと思い出させちまって」
もう一度謝る。出た声の調子はかわらず。
「いい。ちょっと。楽になった」
「そ……そっか。なら、よかった」
意外すぎるプラスな答えに、俺はたじろぐのみだ。
「ん? なんか、葉っぱがパラパラ言ってないか?」
気付いた変化を口に出す。空気を変えよう空気を。
「これ……雨音。アクト」
「ああ、急ぐか」
まるで傘をさしてる時みたいに、
だけど傘ほどくぐもってないパラパラと言う音が、
静寂を破り始めている。
こういう雨って、二次元だとすぐ土砂降りになるんだよな。
「このまま本降りになられるとめんどいな」
「一つ。手がある」
めんどいって通じるのか、なんて驚きをよそに、
アイシアはザッて派手な音で急ブレーキをかけた。
「手? 手ってなんのだ? っとっと」
ダッシュの急停止お約束。俺は前に二 三歩余計に走ってしまった。
ちゃんとストップして、苦笑い。
「馬車、あぶなくなく走れる手」
「あるのかそんなの?」
一応馬車の中身、荷物については五号車だけは調べてある。
記憶にある限り雨対策は、御者の雨具と
冷蔵庫にかけるカバーぐらいしかなかった。
頷きながらグッと握った右拳で自分の胸を叩く。
自信たっぷりなそのしぐさに、俺は固まってしまった。
ほんとに今日は、アイシアの初めてをよく見る日だ。
「どう、するんだ?」
「わたしが魔法で、馬車に雨が当たらないようにする」
「魔法で?」
いったいどんな魔法なんだ? まったく予想が付かない。
雨が当たらないようにする魔法。
そんな超ピンポイントな魔法なんてあるのか?
「そう。きっと、マリスガルズまでは平気」
言い切らないか。アイシアでも確証はないみたいだ。
それでも自信のある魔法なんだろうな。
「すげー自信だな」
感心して言ったんだけど、アイシアそれについてはノーリアクション。
反応するしないのボーダーが、まったく読めない。
「少し、雨足、強くなった」
言われて雨音に意識を向けてみる。たしかに、少しだけ葉っぱを打つ
パラパラの数が多くなってる感じがするな。
歩き出したアイシアの足運び、少し早くなったかも。
「その魔法って、時間かかるのか?」
「かからない。雨、強くなりそうだから、早くしたい」
「なるほど、そういうことか。で、なんか下準備とか必要か?」
一つ頷く。下準備がいるのか。
大規模な魔法だったりするんだろうか?
「サラたちに、見せたい」
身構えたせいで、まるで膝カックンを喰らったように
不自然に体勢が崩れた。
不思議そうにこっちを見下ろして来るけど、しかたないだろ。
予想外すぎるわそんなの!
「お前なぁ」
体勢を立て直す。
「待ってて、三台目の後ろ」
「え、あ、ああ。わかった」
もうこうなったら流れに任せるしかない。
俺の返事を聞いて走るアイシアの足音は、
今さっきと違って、鳴ってないんじゃないかってほどに
小さくなった。
ゆるりと三号車の後ろに向かう。
幸い雨音のおかげで、森の静けさが放って来る
不安感のオールレンジ攻撃を受けることがない。
雨の音をありがたいって思うことがあるなんて思わなかったな。
「そういや。雨降ってんのに、じめじめしてないな。
考えてみれば、この世界、全体的にカラっとしてる気もする。
西洋風ファンタジー世界、だからか?」
こんな湿度なら、雨に濡れるのも悪くないかもな。
なんて柄にもないこと考えるのは、一人でいるからだろうか?




