第四話。いいケダモノは初めての魔法と彼女の夢を見る。 その2
「出番よ、シャキっとしなさい」
ペシン。そんな爽快な音と同時にかけられた声に、
俺はうとうとを解除させられた。
「お前。しっぺで起こすなよ。……ねみぃ」
左手首をさすりながら、しかめっつらで抗議する。
しんと静まり返った森ってロケーションのせいで、二人の様子が筒抜けだった。
おかげで寝てる万屋連中を叩き起こしてるカグヤと、
それに盗賊か山賊の下っ端みたいな口調で平謝りする万屋たちと、
女の子たちがカグヤとサラちゃんにマッサージされてる時に上げた
あられもない声のせいで、寝るに寝られなかったのだ。
だと言うのに交代タイム到来である。
「ニャたしたちだって同じなんだから、ぐちぐち言わない。
じゃ、頼んだわよアクト アイシア」
「わかった」
「りょ~かい。じゃ、とりあえず、そとでるか」
馬車の左斜め後ろに設置したテントから、俺は外へ出た。
春真っ只中の夜中、少しだけ冷たい空気を受けながら一つのびをする。
俺が動いた衣擦れの音が驚くほど大きい。
この静けさは、空気が張りつめてるわけでもないのに、
俺に眠気が収まるほどの緊張を強いて来る。
人がいなかったら確実に恐怖でどうにかなってるだろうこの空間。
こんなところを通ってマリスガルズに向かう理由は、
この近道を使わないと、マリスガルズで開かれる
少女のオークションに間に合わないんだそうだ。
なるほど、品を持っててもセリに間に合わなきゃただの無駄足だもんな。
納得はできるけど、売るものが物だけにどうにもモヤっとする。
アイシアもテントから出て来た。
銀色の長い髪は、夜なのにもかかわらずほのかに光って見える。
少ない星の光でも反射してるんだろうか?
見回りの組み合わせはすぐに決まった。
理由はサラちゃんと俺では不安だからとのことで、
かと言ってカグヤと俺では騒がしくて
交代メンバーが仮眠取れない可能性が高い、
つうことでこうなった。
結局どっちにしろ仮眠は取れなかったわけだが。
カグヤが納得いかない顔してたけど、
アイシアは特になにも言わなかった。
それしかないならしかたない、とでも思ったんだろう。
初日の昼間、大車輪への道でただお互いに名乗っただけなのに
なんか俺ロリコン判定もらってるっぽいんだよなぁ、特にカグヤから。
ひでーだろ、それは。
「どこ行くんだ?」
「氷石箱。リカミナスタ草、もってくる」
「お前。まさかあれで目を覚ませって言うんじゃないだろうな?」
冷蔵庫に向けて歩き出したアイシアに、苦虫を噛み潰したような顔で問いかける。
「そう。三人分」
歩みを止めずにサラリと答えた。
「マジかよ……」
あぐにゃん。
俺の、リカミナスタ草を一日一回以上は食べなきゃいけない運命、
弄ってくれないだろうか?
運命の大車輪にいるんなら、生み出されるそれも弄れるはずだ。
と、神頼みしたところでアイシアが戻って来た。
「無言で差し出すの、やめてください」
アイシアは、袋から抜き出したそれを口に放り込んだ。
う、っと小さくうめいて目をしばたかせてる。
アイシアもこいつの味は苦手らしい。
ぱちくりしてるアイシア、なんか小動物みたいでかわいいな。
これは思わぬ発見。
「わ、わかったよ。食えばいいんだろ食えば」
差し出しっぱなしの袋を見ちゃ、観念するしかないだろ。
大きく呼吸一つ、覚悟して口に放り込む。咀嚼したくないけどしかたない。
「ぐ。何回食っても慣れない」
顔をゆがめた俺に、うん、と頷きながら銀髪が同意してくれた。
直後に、エレナにわたしてくる、そう言ってテントにIN。
しぶしぶ受け取ってるのがわかる、
エレナのくぐもったありがとうございますが聞えた。
「慈悲はないんですか? ……ん?」
気のせいか? 今、前の方からジャラジャラって聞こえた気がしたんだけど。
「アクト!」
慌てた様子でテントから走り出て来たアイシアは、
「うおっ?」
その勢いのまま俺の左腕をひったくるようにして掴んで
そのままダッシュ継続。
「おい、どうした?」
激しい靴音が四つ、静かな森に響き渡る。
「ここ!」
激しくドアをあけ放つアイシア。
「うおわっ!?」
そのせいで、俺は馬車の中へと
投げ入れられるような勢いで突っ込まされた。
「がぁっ?!」
スーパー頭突きもかくや、俺はなにかに激しく激突。
「ぐおっ!」
当たったなにかから、そんなうめき声がした。
俺はドサリと床とキスする羽目に。
「いっってぇ……」
出た声が裏返るほど痛い。両手で頭を抱える。
よくぴよんなかったな、自分を褒めてやりたいところだ。
「え? あの。いったい、なにが?」
女の子の声。ひどく戸惑ってるのが、
ジャラリ ジャラリと鳴る鎖の音でより理解できた。
「くっ。この、離しやがれ!」
「手。出す。駄目」
「ぐっ。て、てめえ化け物かっ!
なんでその細腕で持ち上げられぐおあっ?!」
ガシャリと派手な音が反響して聞えた、
同時に「ぐえっ!」って言ううめき声も。
その場所は馬車の外。どうやら……放り投げたらしい。
ーーリバースしてませんように。
「平気でやってのけやがったよ」
最早呆れた声である。なるほどな。鎧殴り砕くことを、
なんでもない扱いするわけだ。
「舌噛んでないことを祈るか」
腕立てみたいなポーズを経て起き上がった俺は、
服の埃をはたきながら僅かばかりの心配を口にした。
「大丈夫?」
「あ、はい。サラたんじゃなかったのは残念だけど、
ありがとうございます」
この、俺達の一つ前、四号車の娘は
サラちゃんからマッサージを受けた際に、
『サラたんもっとしてぇっ』などと、
エロスにまみれた声を出していたのである。
まさかの『たん』呼びに、俺達は驚愕したのだった。
銀の紅の少女と硬く握手を交わしている。
ジャラン ジャランと激しい音が鳴っている……のはいいんだけどさ。
なんで握手のはずなのに、指を絡めてるんだろうね、このメイド服さんは?
ふぅと一息つく、エレナと同じメイド服の茶髪の女の子。
よかった、と安堵したような息を吐くアイシア。
だんだんこいつが、言葉に込めた気持ちが
読めるようになって来たぜ。
「酒が入ったああ言う連中が、あんな声延々聞かされちゃ暴走もするか。
未遂で済んでよかったぜ」
馬車のドアの外、未だに起き上がる音のしないそっちを見て、
俺は溜息を吐いた。
完全に酔っ払いに対する偏見だけど、現にあやうかったので、
この偏見あながち間違ってないみたいだ。
でも、連中……いったいどっから酒持って来たんだ?
たしか冷蔵庫に酒類は入ってなかったはずだよな?
「なあ、アイシア。冷蔵庫に酒なんて入ってたか?」
確認。首を横に振る。女の子が「レイゾウコ?」と
疑問の声を出すのと同時に、チャラリと鎖が鳴った。
「やっぱりか。ってことは、連中の酒は自前ってことか」
まさか、酒のせいにして
『ゆうべはおたのしみでしたね』
しようとしてたんじゃあるまいな? くそ、その手があったか。
……と、悔しがったところでイオハの言う通り、
暴走したら誰かに止められるだろうことは想像に難くない。
下手すると行動どころか息の根を止められかねない。
結局酔っ払い作戦は不可能だったか、残念。
とはいえ俺自身、酒が入ったらどうなるかわかんないけど、
飲んだことないし。