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第三話。路線馬車の旅、奴隷亜人を添えて。碧ちゃんの影(すがた)と共に。 その3

「サン・イラーヌさーん! 出発しますよー!

馬車に乗ってくださーい!」

 前の方から呼ばれた、今のはさっきの小太り男の声だな。

 

 俺達は「はーい!」と元気よく返事してから慌てて、

 一番近く 最後尾の馬車に乗りこんだ。

 ……テンションで思わず言ったけど、キャラじゃないんだよな はーいとか、

 激しく後悔。

 

 

 ドアに、舟の上に 金貨の書かれた黒い袋が、

 月見団子みたいに重なった絵が描かれてたな。

 たぶんイオハの商隊のマークなんだろうな。

 御者の人がなにか合図を送ったようで、ゆっくりと馬車が進み始めた。

 いよいよお仕事開始である。

 

 

「なあアイシア。あのパフォーマンス、

どういうことだったんだ?」

 席について第一声。なんのことかと首をかしげてる。

 へぇ、こんなかわいらしいリアクションもするのか。

 

「サン・イラーヌの方針、殺さずなんだろ?

でもあれ、次ふざけたことぬかしやがったら殺す、

ってことになるじゃないか」

 合点が行ったのか、頷くのと同時に小さく手を打ち鳴らす。

 アイシア、こんなにリアクションする奴だったか?

 

「脅し。あの程度なら、あれで充分」

 そうだったな、今さっきの状況を思い返して頷きながら言う。

「それに。男になんて、触れたくない」

「そう……なのか?」

 鎧は体の範疇には含まれないのか?

 

「だからいつもは氷の刃」

「そ、そうか。氷の刃って、もしかして一昨日のあれか?」

「うん」

「なるほど。でもさ、昨日のことはいいのか?」

 昨日のこととは、勿論温泉での話である。

 ぐ……思い出したら顔が熱くなってしまったっ。

 

「あれ、は。事故。あくとしか、たよれなかった」

 頬を薄ピンクに染めて、俯きながらボソボソとなにやら言ってる。

 けど、馬車の走行音でうまく聞き取れなかった。

「なんだって?」

 もう一度言ってほしくて、少し顔を寄せる。

 

 まさか、難聴主人公体験をすることになろうとは。

 

「じこ っ」

「いてっ。おま 聞こえなかったから顔近づけただけだろ。

なんでビンタもらわなきゃならない?」

 じんわりと広がる痛みに、顔を顰め右頬を抑える。

 ったく、触れたくないくせにビンタするって、どういうことだよ?

 

「……じこ。じこ。ジコジコジコ」

「わ、わかった。わかったから表情変えずに連呼すんな、怖い」

 軽く息を吐く。ほんと、読めない奴だぜ。

 

 ずいぶんと静かなので、カグヤとサラちゃんに視線を巡らせると。

 どうやら、俺とアイシアのやりとりを見ているようだ。

 表情が固まっているのはなぜでしょうか?

「どうしたんだよ二人とも? 時間が止まったみたいになって」

 

「だ。だって。アイシア。すごい、喋ってるから」

 ぎこちなーく、まるでアイシアみたいに答えたカグヤ。

「それも男の人と、です」

 対してサラちゃんは、驚きはあるものの普通に答える。

 カグヤ、凄まじいショックだったんだな。

 

「たしかに、触れたくもない生物と、よくこんなに話ができるな」

 なにか言いたいらしく、口をパクパクしているアイシア。

 でも残念ながら俺は読唇術のスキルは持ってないから、

 なに言ってんのかわからない。

 

 

「仲が良いんですね」

 控えめに第三者の声が後ろからした。

 驚いて体をビクつかせつつその方を向くと。

「その、いつ声を書けたらいいのか掴めなくて、割り込んじゃいました」

 俺達が一斉に見たからだろうか? 申し訳なさそうにする女の子。

 

「亜人、か」

 その少女には犬耳と似てるけど、少しスッとした三角形の灰色の獣耳があった。

 もしかしたら、狼なんだろうか?

 

 紅の髪で、それがセミロングより長いのは、正面から見てわかる。

 前髪で目が半分ぐらい隠れてて、それが俯き気味なのと相まって

 憂いを背負しょい込んで見える。

 

「気にしないでいいわよ。それで? ニャんたは?」

「あ、はい。わたしはエレナ・ルベレイナと申します。

この馬車の荷物の一つです」

 淡々とそう自己紹介する獣耳少女改めエレナ。

 直後、ジャラジャラと音がする。

 

 そっちを見て、俺はまた我が目を疑うことになった。

 エレナの腕には、鎖に繋がれた手枷てかせが、

 両手首にはめられているのだ。

 そして鎖の先は馬車の後ろ側。

 

「短い間ですが、よろしくおねがいします」

 そう言って、黒メイド服のエレナは儚げな笑みを浮かべた。

「よろしく。ニャたしはカグヤ。んで、こっちがアイシア」

 どうしてだろう。

 

 俺の目には、この娘に稲妻碧いねつまあおいが重なって見えた。

 稲妻の瞳の色は同じ黒だ。でも、髪は水色のセミロング。

 雰囲気だけで見間違えるほど、俺の目って節穴だったか?

 

「サラです。それで、こっちが」

 もしかしたら、あぐにゃんが言ってた、

 ベクターが稲妻を閉じ込めてるだろうって推測の言葉が

 

 ーーそれが、

 この少女の囚われの身と合致したからかもしれない。

 

「アクトさん、アクトさんってば」

「えっ、あ、ああ。なんだサラちゃん?」

「なんだじゃないです、自己紹介してたです。

気付かなかったです?」

 不思議そうに覗き込んで来るサラちゃん。

 

 え? マジで? ぜんぜん聞こえなかったんだけど。

 

「あ、ああ、そうなのか。わりい、ちょっと ボーっとしてた」

「なに? もしかして寝不足?」

「なんで楽しそうなんだよ?」

「よかった、昨日の夜襲われなくって」

「だから、なんで楽しそうなんだよ?

って言うかどうしてそうなる?」

 

「襲われてたら、アクト、今 起きてない」

「お前は、どうしてそう物騒なんだよ」

「大きな音がしてたら、わたし 起きてたデス」

 

「いや、夜這いに大きな音は立たないと思う」

「いや、夜這いにおっきな音は立たないわよ」

 カグヤとハモってた。

 同じ部屋にいる寝てる相手にそういうことをするのを、

 夜這いって言うのかはわからないけどな。

 

「名乗って」

 その声と同時に強めに左肩を叩かれました。

「あ、はい。すみません。って、え?」

 俺を叩いた相手を驚いて見る。

 

「なに?」

「え、あ、いや。なんでも、ないです」

 エレナさんは、左手で口元を隠しながら、クスクスと楽しそうに、

 おしとやかに笑っておられます。

 

 アイシアの奴。二度も俺に触れた。どういうことだ?

 なんか、ふっきれることでもあったのか?

 

「え、ええ。改めまして」

 驚きに襲われた心を落ち着けるべく、一つゆっくりと息を吸って 吐いて。

 言葉通り改まったところで、

「俺は明斗。神尾明斗かみおあくとだ。

よろしく。アクトって呼んでくれ」

 そう名乗った。

 

 俺たちのグダグダ自己紹介を受けて、

 エレナはよろしくおねがいしますと笑顔で会釈した。小さくチャラリと鎖が鳴る。

 

 

「ねえエレナ。どうしても気になるんだけど」

「なんでしょうか?」

 チャラリ。エレナが首をかしげると、それだけでも

 やっぱり鎖が小さく音を立てる。落ち着かねえな、この鎖の音。

 

「うん。どうして逃げないのかなって。亜人ならそんな鎖ぐらい、

簡単に引きちぎれるでしょ?」

 日常会話と同じような、軽い質問の調子でカグヤは尋ねた。

 マジかよ? 平気で鎖引きちぎれるのか。

 そらなんの苦労もなくあんだけ跳べるはずだわ。

 

「わたしは望んでここにいますから」

 前髪で顔が隠れるほど俯いて、エレナは小さくかぶりを振る。

 それでも鎖はジャラジャラと大きく鳴った。

 彼女の否定の強さは、よっぽどなんだろう。

 

「どうして望んで?」

 驚いたような問いかけ方で、瞳も少し大きくなってる。

 同じ亜人だからか、カグヤの食いつきがいいな。

 

「わたしがイオハ様に引き取っていただいた時、

代わりに金貨三枚を渡すと言われました。

 

わたしたちは細々と魔法石の採掘で生計を立てている貧乏暮らし。

金貨三枚なんて簡単に手に入るお金じゃありません」

 

 瞳は遠くを見てるようで、焦点はここにはない感じがする。

 

 

 魔法石、世界中にきっと溢れてるんだろうな。

 簡単に五個も六個も買えるし、宿場ゴブリンは閑古鳥が鳴いてるのに

 大浴場全部のシャワーに利用するほどだ。

 

「だから、わたしの身一つで家族が裕福になればと。

でも、二人の妹にも両親にも、大反対されちゃいました」

 その様子を思い出してるんだろう、ふっと一息小さく吐いた。

「だろうな」

 

「一日の猶予をイオハ様からいただいて話し合いました。

自分の身を売ると言うことがどういうことなのか、

 

お父さんからもお母さんからも教えてもらいました。

それを聞いて怖くなりました。

 

でも、たとえ自分のすべてに自由がなくなるとしても。

女性として選ぶ権利がなくなってしまうとしても。

 

見出していただいたこの時を逃してしまえば、

こんな大きなお金を手に入れることなんてできないって思ったんです」

 みんな声が出ない。

 

 自分の経験の外、感覚にない状況だから、

 どう言葉をかければいいのかわからない。

 たぶん、サン・イラーヌの三人もそうなんだと思う。

 

「わたしは覚悟しました。真っ直ぐ目を見て言ったわたしに観念したみたいで、

みんな泣きながらでしたけど、認めてくれました。

 

妹たちにことの意味はわからなかったでしょうけど、

わたしと別れることへの涙だったんでしょうね」

 悲し気な息を一つ。それで、エレナの遠い目は俺達に向いた。

 

 

「そう。ありがとう、教えてくれて」

 はぁ、と深い息を吐き出すカグヤ。今の言葉は、

 これまでに聞いたことのない、柔らかで優しい声だった。

 

 

 ……重い。急激に空気が重くなった。ど……どうしようこれ?

 

 

「そういやさっきさ。連中、一日同じ仕事するとか言ってたよな?」

 よかった、話題が見つかったぜ。予想外に声がちょっと上ずってて

 笑いそうになったけどな。

「この速度で行って、日をまたぐってことよ」

 テンションの戻らないカグヤに、今エレナに言ったのと同じような調子で

 諭された。

 

「バカにすんな、流石にそれぐらいわかる」

 不平がもろに声に出ちまった。

 ので、一呼吸、平静に戻そう。

「俺が気にしてんのは、晩飯とかのことだ」

 

 それでしたら、とエレナが口を開く。

「馬車の後ろの物置、ありますよね。あれは食糧庫になってるんです。

氷属性の魔法石のおかげで鮮度が保たれてますから、

腐るのを心配する必要はありません」

 

「へぇ、氷属性魔法で冷蔵庫か。魔法石様さまだな」

「レイゾウコ?」

 不思議そうな顔をしたのは俺以外の全員。

 

「それ、もしかして人力魔法の一つです?」

「そうだぜ」

 そっか、冷蔵庫って呼び方はされてないんだな。

「面白いわね、似たような物があるなんて」

 カグヤに頷くアイシア。

 俺も同じく、そうだなって言いながら頷く。

 

「人力魔法?」

 チャラリと首をかしげるエレナ。……あ、そうだ。

 事情知ってんの、サン・イラーヌだけじゃねーか。

 

 

 

 ってことで、説明フェイズ入りまーっす。

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