第二話。ヨロズヤとタナボタと温泉回。 その4
「なんか、イオハって名前聞いてから様子がおかしかったのよねぇ。
なんなのかしら」
「コネができるからニヤけてたんじゃないのか?
商団で移動してる上に報酬ははずむなんて言うぐらいだ。
ジョージのオッサンの言う通り羽振りがいいんだろうぜ」
「コネがなにかは知らないけど、あの人にとって得な話だから
協力的になったってこと?」
「そういうことだと思うぞ」
読解力が高くて助かるぜ。
俺、うまくコネのこと説明できなさそうだからな。
「ふぅん。ねえ、ニャんたってさ」
「ん?」
「意外と、鋭いわよね」
「そうか?」
「乙女心はわからないのに」
「なんのことだ?」
「はぁ。ほらね」
溜息をつかれてしまった。乙女心って、なんの話のことだ?
マジでわからん。
「おふろ、はいりたい」
なんの脈絡もなかった。まあアイシアはそういう奴だけど。
そして相変わらずこっちを見ない。
ひょっとしたら、ケダモノ死すべしの時だけじゃないだろうか、
アイシアがこっち見たの。
「そうですね」
あ、今回はです止めしなかった。
「そうだな。汗流したいぜ」
「ニャんたの場合、そのままぼんやりしてたら
朝まで寝そうだもんね」
含み笑いで言うカグヤ。
そうなんだよな。
昨日風呂になんとか入ったけど、むりやり入らなかったら
朝まで寝てたと思う。
「今のお前もそうなりそうだけどな」
ってなわけで、俺達は一日の疲れを癒すため、
この宿が誇る大浴場に向かうことになった。
***
「流石に看板にするだけあるなぁ」
男湯入って第一声。人は現在俺しかいない、貸し切り状態だ。
壁を隔てた隣からも、広いなぁ系の俺と似たような反応が聞こえる。
ファンタジーワールドにおいても、男女の風呂は別々だった。
残念だ、期待してたんだけどなぁ混浴。
カグヤもアイシアも、身体の一部の自己主張すげーし。
ま……まあ、あいつらの裸とか見たら、
間違いなく俺も身体の一部が自己主張始めるけど。
そんなとこ見られたら……俺、たぶん殺されるな。
昨日はパジャマ姿のウェイトレスたちのおかげで、
自己主張が速攻で起こったけど、幸いその状態見られる前に、
あてがってもらった部屋に逃げ込めて無事だった。
でも混浴じゃ逃げ場も逃げる隙もないよなぁ。
……そうか、よかったんだな、別々で。
冷静な俺よ、感謝するぞ。
「えーっと。お、シャワーあるんだな。
蛇口のコックに、なんか宝石みたいのがはまってる。
これが魔法石って奴か。これで温度調節するんだろうな。
普通のシャワーとやることかわんないのか」
昨日は疲労で、構造をしっかり見るなんてことに
頭が回らなかったんだよな。
『カグヤさん、アイシアさん。おっぱいおっきいですよねぇ。
わたしもお二人ぐらいになったらおっきくなるです?』
女湯では、お約束とも言うべきガールズトークが
繰り広げられているようだ。
『そーねー。サラならなれるかもね』
当たり障りねーなー。
『それにしてもアイシア、裸見るの初めてだけどさ。
なんでニャたしよりおっきいのよ?』
『しらない。ジロジロ見られるから、好きじゃない』
なんてもったいないことを言うんだ
あの銀髪娘は。
『あの、触って見てもいいです?
ずっとふよふよ動いてて柔らかそうで』
なんだと、常に揺れていると言うのかっ!
『いいわよ。でも、あんまり強くしないでね』
『女同士だから、触っていい』
『ありがとうです。じゃあ、えいっ』
『どう? つっついてみた感触?』
『やっぱりふよふよしてるです~、えいえい~』
『フフフ、くすぐったいわよサラ~』
この見事な温泉回ムード。なるほど、
主人公が聞き耳立てるのすんげえええ納得。
『次はアイシアさんです。えい。
わぁ、カグヤさんよりふよふよです~』
『あんまり、つっつかないで。はずかしい、こえ、でちゃう』
敏感だったのか。
ってか、出ちゃうとか言うアイシア。いいギャップだぜ。
っと、いけね。
このままだと、湯船に入る前にのぼせちまいそうだ。
んーっと、石鹸があってシャンプーみたいのもあって……ん?
なんかスライムって見えるな。
「えーっとなになに?
スライムの吸着力でバッチリ汚れを落とします。石鹸じゃとれない奥の奥までしっかりピカピカ。
なんだこれ? ボディソープ的な奴なのか? にしてはうたい文句が洗剤みたいだけど。
とりあえずシャワーの調節がてら、ちょっと手に取って見るか」
シャワーヘッドを右に向けてからコックをひねる。
そしたら宝石に淡く光が灯った。
青いのがはまってる方をひねれば青の光が、
赤い方をひねれば赤い光が強まる。
つまり、この二つの光の強さを同じぐらいにすれば
ちょうどいい温度になるってことか。
これ、俺の世界のシャワーより、温度の具合が
見てわかるから分かりやすいな。
さて、用量がわかったところで問題のスライムソープ括弧仮だ。
ソープのヘッドをこっちに向けて、左手にシュート。
「へぇ、スライムって言うからもっとドロッとしてると思ったらサラサラなんだな。
って、な なんだこれ」
顔をしかめる。サラサラだったはずの液体が、手にまとわりついて来た。
「う、ぁ。なんだ、この、くすぐったいような、かゆいようなの」
そのまとわりついた半固体化した物が、
どうやら俺の手に吸い付いてるらしい。
吸着力。そういうことかっ!
「うわ、きもちわり。流してぇ」
むずがゆいのと格闘しながら、どうにか余った右手で
シャワーヘッドをこっちに向ける。くそ、なかなか落ちねぇっ!
それどころか吸着の刺激にシャワーの水滴弾幕が当たって
いらん刺激強化がっ!
くそ! この! 落ちろ! 落ちろよ!
「やった、やったぞ!」
モ○ルスーツパイロットみたいな叫びを
心の中で上げたことは無駄じゃなかったぜ。
……ちくしょう、なんで石鹸洗い落とすだけのことで肩で息してんだ俺はっ!
「なるほど、広告に偽りなし、か」
左手と右手、見比べてみた。
そしたら左の方はスベスベピカピカになっている。右手がちょっとくすんで見えるほどに。
いやきっとプラシーボ的な気のせいなんだろうけど。
「不自然なほど綺麗になってんな」
と、その時である。
『ぅんっ、なっ、なにこれっ?』
カグヤの声だ。なにやらなまめかしい色を含んでいる。
『く、くすぐったいですぅ』
サラちゃんも、似たような感じの声。
『ぁ、ぅ。はぁっ』
なんでこいつの声が一番色気あるんだよ。
「なるほど。こいつを使ったのか」
今しがた左手に中身をシュートした物を見る。
『ちょ、ちょっと。か、からだじゅう、すわれてるんだけど ゃぁっ』
うわぁ。体中に塗っちまったのか。そらこんな声出るわけだ
『ぁ、ぁぅ。く、くすぐったいけど、かゆくて。ぅぁぁ、
わ わけがわからないですぅぅ』
う……うごけない。
三大欲求が。その一柱が、血流と言う形で
物理的に主張して、全神経を耳に集めろと
体の動きを阻害しているっ!
『ぁ、ぅ。だ、だめ。ぁぁっ』
こ、このままでは。このままでは俺の龍脈が
キャパシティオーバーを起こしかねないっ!
俺の龍穴から気がバーストする前に、どうにか鎮めなければ!
『ぁ、はぁっ。だ、だれか。これ、ながして。
じゃないと、ニャたし ニャたし……!』
や、やめろその切羽詰まった声っ!
龍脈に力が集約するだろが!
『ぁ、ぁぅ。な、なんか、あたまが、ふにゃふにゃ、
して、きた、ですぅ』
こ、これはまずい。サラちゃんが知るには
きっとまだ早い世界の扉が開いてしまうぞ?!
『あ、く、と。た、す、けて』
「ばんなそかな?!」
色気満載の声で、俺に助けをもとめているのが、
アイシア・フロストだと!?
ただ帰りが遅かっただけで、ケダモノ死すべしとか言うようなアイシアが、
そのケダモノに助けを。
いかに切迫してるのか容易に理解できるっ!
「ちくしょう! どうにでもなりやがれっ!」
俺は走った。
転びそうになるのも構わず。
全裸であることも無視して。
その身体を女湯に向けて。ただ。
ただ友を救わんがために。
「助けに来たzうおわっ?」
そして到着早々滑って、我が身を投げ出すことになってしまった。
で、その着地点では、
「え、ちょ。ちょっと、まって」
カグヤが悶えていた。
「ぐぼあっ?」
「はぅぁっ」
「い。ってぇ……」
角度は幸い、カグヤと俺で十字を作る位置関係で、俺が横線だ。
縦一文字だったら、俺たぶんデッドエンド確定だった。あぶね!
あ、あれ? うまく、体勢を、立て直せないぞ?
くそ、スライムのせいかっ!
「ば、か。は、やく。どい、て」
「む、むちゃゆうなっ! って……なんだこの感覚は?」
ぬめっとしてんのに柔らかさを感じる。不快なのに不快じゃない。
ずっとこうしていたくなるような感触。
「こ、ら。いつまで、のって。ひゃんっ」
「ごぶあっ!」
俺は宙を舞っていた。
天井と床とが、目まぐるしく視界に入る。
「ぐはっ」
そして俺は、したたかに床に叩きつけられた。
よ……よかった、背中で。今前半身だったら
男として死んでた気がする。
「ぐ、こ、この。まだだ!
シャワーの蛇口から湯をひねり出すまでは……!
うおおおっ!」
全身に走る痛みをばねにして、
俺はクラウチングスタートの体勢から、
いっきに濡れる床を滑りシャワーへと到達。
「くらえやオラアアアアっ!」
自分でも信じられない正確さで適温まで調節したシャワーを、
未だに悶える女子らに向けて盛大にぶっかけた!
「や、そ、そんな、はげし。にゃあああああっっ!!」
「ぁ、ぅ。も、もぉ、だめ、です。ぁぁぁっ!」
「あ、く、と。あ、r んぁぁぁぁっっ」
確実にガマンのゲンカイを超えた三人の声に、
オノレの高ぶりを感じた俺は、
「任務完了。さらば!」
逃げようと舌。
ーーが!
「またすべったーっ!」
うわ! しかも吹っ飛んだ方向っ!
「着地点お湯じゃねええかああっ!」
ドバッシャアーン!
あ……この解放感は……。
でも。もう。制御の外だ……。
「で? なんで混浴状態なんですかね?」
俺は女子らに背を向けて、浴槽の端っこで縮こまっている。
なんだこのシチュエーション?
「こっちむいたらぶっとばす」
「ならかえらせろよ男湯に。なにが悲しくて
温泉で縮まってなきゃいけないんだ」
「勇者の背中、ながめ隊」
「どういう意味で勇者だよ……」
アイシアにこんなユーモアセンスがあるとは思わなかったぜ。
「あの、どうして来てくれたです?」
「あんな切羽詰まった声で、助けてなんて言われりゃな。
しかもそれがアイシアならなおさらだろ?」
「……そう」
なんだ、今、ちょっと恥じらいが混じってなかったか?
「でさ、みんなで一つ おんなじ質問があるんだけど」
「なんだよ、改まって」
「うん。せーの」
なんか……転回読めたわ。
「どうしてお湯が白くなったです?」
「どうしてお湯が白くなったの?」
「お湯、どうして、白いの?」
三人同時のこの問いだ。やっぱりなぁ。
もうこれは、こういうしかない。
「生命の神秘です」
さて、女子らの反応はどうかな?
「「「おお」」」
「まじか」
「そうなんですね」
「しらなかった」
「ククク。カグヤ、お前。ククッ、使い慣れてないのに
マジかとか使うなよ。カクカクだったぞ」
肩がプルプルしてしまう。
よかった。生命の神秘について更に突っ込まれなくて。
「それにしても、あのスライムの効果すごいわよねぇ。
ツルッツルのスベッスベだもん」
スルーしやがった。
「アレさえなければ」
「なのよねぇ。はぁ、恥ずかしい声いっぱい聞かれちゃったわね」
「もう、あんなの、いやです」
「お疲れ。片手で試して正解だったよ、ほんと」
「アクト。よく、我慢できた」
「ど……どうも」
最終的に我慢できなかったんですけどね。
いや、そのガマンじゃないのかもだけど。
でもこれ、ヤバイよなぁ。お湯白いもんなぁ。
どんな顔してりゃいいんだよ。
廊下歩きたくないんだけど。
でも、風呂場に居座り続けるわけにもいかないしなぁ。
「わり、先上がるわ」
返事を待たず、俺は早足で女湯から出る。
三人からなにがしか言われてるけど無視。
ただ、声の雰囲気は抗議ではないっぽいので、
まあよしとしよう。
「よう兄さん。若いねぇ」
「っ」
廊下に出たとたん、店主のオッサンが
ニヤニヤしたイヤァな顔でお待ちでした。
「あの。すいませんでしたっ!」
それだけを言って、俺は全力疾走で部屋に戻った。
……風呂入ったのに全力疾走しちまった。
後で二度目入ろっと。




