アンチ正義 4
傷が修復していく……
世界を敵にまわした大罪人、それから受け取った能力……
文字通りバケモノとなった僕は、
かつて、描いた自分の理想が敵となった。
そして、そんな理想の自分に、
バケモノになっても、まだ……届かない。
努力して辿り着きたかった理想は……
訳もわからない宝石が、意図も簡単にそれを具現化し……
努力を放棄……バケモノになりその理想を打ち破ろうと思った僕は……
かつて描いた正義に打ち破られる……
すでに目の前の男は次の矢を充電している……
僕が考えるより上を……僕が考えるより前に……
幾度も僕の身体を突き破る。
敵わない……
好きな女を奪われて……
大事な友達が亡き者にされて……
自分の理想の姿ですき放題されて……
バケモノになってまで止められなくて……
もう…あきらめ………
不意に、リエラが視界に入る。
努力する……マイトが好き。
その言葉が脳裏に蘇る。
あぁ……どうして。
どうして諦めてしまったんだ。
記憶が蘇る。
剣が壊せれ、弓筒が壊され、
武器を失った時、
彼女が最後の希望をくれた。
なんで……諦めてしまったんだ。
まだ……勝負ができたのに……彼女を取り返せたかもしれないのに。
どうして、自分の命を優先してしまったんだ……
全てが今更かもしれない……
それでも……
戻れない過去の記憶……
その記憶の中で僕はリエラに託された短剣を手に取り、
そいつへ立ち向かう。
「ウオオオオオオオオオオオッ」
両手を頭に巻かれた包帯を掴む。
それをガリガリとかきむしる。
足元に黒い包帯が落ちて…
闇の瘴気に染まった顔の皮膚は黒く変色し…
アクマのような真っ赤な目がむき出しになる。
諦めていない……
諦めてたまるか……
「アアアアアアアアアアアアアアアッ」
「なるほど……」
無残にも人には見えぬその顔だが……それが誰であるかは、
目の前の英雄が理解するには十分だった。
「バケモノに成り果て、自分の理想を越えられると思ったか……」
「……現実とは常に残酷なものだ……夢に見た理想」
「バケモノ……理想を見続けるのもいいが、そろそろ目を覚ましてはどうだ?」
何故か英雄は弓を天に向ける。
「そして現実を見据えるがいい……己の弱さと愚かさを同時に受け入れよ……」
光の矢が天に向かい飛んでいく。
ピカッと天でその矢がはじけ飛ぶと……
「さぁ……この俺が引導をくれてやる」
空から無数の光の矢が振り落ちる。
その一つ……また一つとバケモノとなったマイトの身体を突き破っていく。
「アアアアアアアアアアアアアッ」
諦めてたまるかッ
僕はまだ諦めていない……
夢を見ている……
夢を見ていたのかもしれない。
そこに居る僕は、まるで過去を遡っている。
こんなバケモノの姿なんてしていない。
剣を壊され、矢筒を壊され…
目の前にリエラから託された短剣を片手に、
僕はそいつに立ち向かう。
諦めていない。
諦めてたまるかッ
「アアアアアアアアアアアアアッ」
無数の矢が幾度も身体を貫いていく。
イタイ、クルシイ……
それでも……それでも……
「アアアアアアアアアアアアアアッ」
走り出す。
降り注ぐ矢を気にもせず……
何度、身体を貫かれようと、
目標を目掛け走り続ける……
あと……少し……あと……もう少し……
届け……届け……
あと少し……あと……
届け……とどけぇーーーッ
ふぅと、一つため息をつき、
英雄は再度弓を構える。
構わない、拳を振り上げる。
目の前の男にその拳を振り下ろす。
静かだ……。
やけに静かに感じた。
振りかざした拳は男の目の前で止まっていて、
男が放った一撃は、僕の腹部を突き破っていた。
回復能力は作動しない。
黒い包帯を解いてしまっただろうか……
限界があったのだろうか……
それ以上に、目の前の男が強かったのだろうか……
わからない……
「朽ちる中で誇るがいい…… 自分の描いた理想の偉大なるチカラというやつを……」
そう目の前の男が言う。
ただ、僕は……言う。
笑って……言ってやる。
「ボ…ク…ノ…カ…チ…ダ。」
ねぇ……リエラ……僕……勝ったよ……
「……、くだらぬ……。」
ほんのかすり傷……
英雄の頬に少し血が流れ落ちた。
それでも……僕は……
奴に一撃を与えた……
光の粒子のようなものが、バケモノとなった僕の周囲から放たれ天へ登っていく。
それと同時に僕の姿は少しづつ消えていく……
右手を伸ばす……
愛しき人に……
ねぇ……神さま……聞こえていますか?
僕は……間違えていたのでしょうか?
……決して触れてはならぬ宝を手にしようとし
僕の理想は悪夢へと姿を変えて……
空虚に浸る中でバケモノになって報いを得ようとし……
神様……
愚かと言われてもいい……
僕は望む……
僕が理想とした……そのチカラを……
僕が理想としたチカラを持つ英雄を……
それを凌駕する人物が僕の変わりに制裁を下すことを……
どうか……
どうか……リエラだけは……
あの男から解放され、幸せに暮らして欲しい……
たとえ、そこに僕がいなかったとしても……
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兵装の男を軽々しくぶん投げる。
意識を失った男はその場に横たわっている。
「……ナヒトよ、貴様は本当に家族から命を狙われておるのか?」
横渡る男を見下ろしながらフーカが訪ねる。
「我が知りえる家族というものは、例え出来が悪いからといえ、大切にされるものだと思ったがな?」
少し不思議そうにフーカが言う。
「そんな出来の悪い身内が、自分達が得る筈だった聖戦の権利を奪ったんだ」
「只でさえ、僕のことをよく思っていない兄はさぞお怒りだろうさ……」
「たく……聖戦を勝ち抜こうという時にいらぬ敵を相手にせねばならぬとは……面倒なことだの」
ミクニの兄妹の中で長にあたる、ジンという男。
もちろん、僕の血縁の兄にあたるわけだが、
僕と違い才に恵まれる兄は、
今回の聖戦に参加を認められていて、本来……この聖戦の場に立つべきはずだった。
その権利を、魔法の才の無い僕が奪った。
ミクニ家、兄の顔に泥をぬった僕はこうして……実の兄弟から命を狙われる存在となった。
「ナヒトよ、貴様はこれでよかったのか?」
その質問にはどんな意味を込められていたのか。
「……後悔なんてしていない、あのまま、ずっと……そこに居るのに、居ないみたいに、そんなの御免だ」
そんなナヒトの言葉にフーカは鼻で笑う。
「相変わらず、くだらぬ……だが、お前のそのくだらない所は、嫌いじゃないぞ」
「……強きに屈しぬ、己に妥協せぬ…限界に線引きをしない……その意気込みだけは評価してやろう」
そう言いながらフーカの目つきが変わる。
素人の僕にもわかる、すでに数名に取り囲まれている。
「……なんのつもりだ?」
横たわる兵士が所持していた槍を手に取る。
「ムリはするな、命を狙われているとは言え、元は同士であろう?」
「汚れ役を押し付けるために、あんたと契約したわけじゃない……言っただろ」
「あんたの背を見て、僕も成長すると……僕が本気だって事を、あいつ(兄)にも教えてやるッ」
気配のする方を睨みながらそう言い放つ。
「たく……なんとも可愛らしい子供だの貴様は」
楽しそうに、そしてどこか嬉しそうにフーカは言った。
その日、僕は初めて人を……元同士を殺めた。
後悔はしていない。
強がりかもしれない。
僕が目標とする背は……余りにも遠い存在だけど……
僕はこの世界に僕の存在を知らしめたいという目的と同時に、
僕は多分……この人に認めてもらいたいんだと……思った。
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夢……
夢を見ている……
鎖に繋がれているのは、ぴんく色の髪の小さい子供。
鎖に繋がれているのは、幼き頃の私自身。
家族を失い。
刀を一本手渡され……
ずっと、ずっと旅をしてきた。
世界最強を自称する男の背を見ながら……
世界でもっとも憎い復讐の男の背を見ながら……
ゆらゆらと……
あの頃の映像が未だ呪いの様に、
悪夢という形で私に何度も記憶に植え付ける。
鎖に繋がれた少女は何を思っているだろうか?
成せなかった復讐を悔いているのだろうか?
幼い自分がこんな生き方しか許されなかった世界に悔いているだろうか?
……それとも、何もかも終えられることに安堵していたのだろうか?
あぁ……悪夢は続く。
封鎖されている小屋に一人の男が入ってくる。
少女を助ける救世主の登場だ。
何故……悪夢なのか?
だって……この男は……
助けた少女に……男は言うんだ。
呪いの言葉をかけるんだ。
世界最強を自称した男は幼き少女に……
ゆらゆらと……
映像は蜃気楼のようにぼやけていて……
男の音声は届かない。
ただ……口の動きは妙に明確で……
その呪いが少女を蝕んでいく。
ザザザッと映像に砂嵐が流れ、
少しだけ場面が飛んで……
鎖から解き放たれた少女は、
手にした刀を目の前で立ち膝をつく男に突き立てている。
ただ……少女は世界の終わりのような顔をしている。
そして、男は……すごく満足そうな顔をしている。
映像はそこで途切れた。
呪いの言葉だけが今も……私を生かしている。
だから……私は世界最強にならなくてはならない。
その呪いから解き放たれる為に。
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シエルが一人で珍しく街に出ていた。
タタタッと走りながらとある店に入る。
彼女とは無縁そうないろんな品を扱っている雑貨店。
そこで、彼女はガラスケースに入っているものを眺めている。
近くで同じようにそのガラスケースを眺めていた少年が、
近くに居た親に手を引っ張られ、シエルの近くから遠ざける。
「……あの汚い教会の孤児でしょ?いやね……なんでこんな場所に居るのかしら」
迷惑そうに少年の母親が聞こえるような小声で言う。
「お金なんて持ってないでしょうに……盗むつもりかしら」
別な場所からも声がする。
言われたとおり……お金なんて持っていなかった。
店主の冷たい目線が突き刺さる。
そんな状況を理解してか、
シエルは再度走りながら店を後にした。
「お手伝いする」
そう言ってシエルがシスターに言って、
進んでお手伝いを名乗り出る。
そう言って、不器用ながらも一生懸命お手伝いをしようとしているのだが、
「なんで、そんな困った顔しているんですか?」
少し複雑そうな顔をしていたリースにレクスが尋ねる。
あんなにも一生懸命お手伝いをしているのだから、褒められても迷惑がられることもないだろう。
「それが……お手伝いをした後のお小遣いが目当てみたいなんです」
リースが眉毛をハの字にしながら言う。
とは、いえ……シエルも高額のお小遣いを要求するわけではない。
むしろ、貧乏な教会……お小遣いといえるような額でも無い。
「何か欲しいものがあるんでしょうけど、こんな生活をしている中で」
「いくら、きちんと自分でお手伝いをして貯めたお金だからと言っても……余り良い傾向とは思えないのです」
リースの言っていることは理解できる。
別に彼女が私欲を満たすことが悪いというわけではない。
ただ、決して贅沢をさせてやれない環境の中で、
そのように、私欲を満たそうとする傾向は……余り感心できるものではないのだろう。
「ねぇ……シエル、僕のお手伝いもしてくれないかな?」
貧しい教会……少ない額とはいえ、彼女の私欲に使われるとなると周りに不快を与えてしまうかもしれない。
何を買おうとしているかは、わからないが、懸命にお手伝いをしたいという気持ちを大事にしてやりたい。
「……いや、レクスからはお小遣いはもらわないッ」
レクスからの申し出を考えもせず断る。
完全に固まってしまったレクスにリースが近づく。
「……僕、シエルから結構好かれている方だと思ってのですが……」
涙を流しながらレクスは言った。