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神ノイルセカイ  作者: 尚宮
8/16

アンチ正義 3

世界の最北とされる村。


マイトと呼ばれる少年は赤と青の二つの水晶を手に、

洞穴の台座にその二つを供えた。


「マーイト、何してるのぉ?」


「リエラっ、どうしてここに?」

驚いたように後ろを振り返る。


 「……最近、マイトがこそこそと村の外に行ってるから何してるかと思って」

 「……なに、それ?」

 マイトが置いた二つの水晶を不思議そうに眺める。


 「……たぶん、ここを開ける鍵……だと思ったんだけど」

 マイトが検索していた洞穴は大きな門で閉じられており、

 左右に台座があり、丁度その玉を乗せる窪みがあった。


 「合言葉が必要とか……開け~なんちゃら~みたいな?」

 冗談なのか半分本気なのかわからない感じでリエラが言う。


 「よし、取り合えず押してみよう」

 ググっと懸命にリエラがその扉を押す……


 と、ギギギっと扉が開かれる。


 「開いちゃった……?」

 リエラが一番驚いていた。

 とはいえ、マイトがいくら押しても引いても開かなかった扉だ。

 この二つの水晶の力で開くようになっていたのだろう。


 「どうしたの?入らないの?」

 少しだけ開いた扉の隙間をすり抜けるように中に入ったリエラが、

 ひょっこりと扉から顔を出して、マイトに呼びかける。


 「リエラは危険だから村に戻ってなよ」

 今にも突き進んでいきそうなリエラを慌てて止める。


 「えーーー、私をのけ者にするんだっ」

 ぷくぅと頬を膨らませる。

 「大丈夫、ピンチになったらマイトが助けてくれるもん」

 そう言ってくるりと洞穴の先へ身体を回転させる。


 「ま……待ってよ」

 慌ててマイトがリエラを追って中へ入る。


 「ねぇ、ここに何があるの?」

 リエラが今更問いかける。


 「……よくわからないけど、理想の力を手に入れられる道具があるって」


 「なにそれ、マイトみたいに毎日特訓しなくても、それ以上の力を簡単に手に入れられちゃう訳?」

 複雑そうにリエラが言う。


 「どうなんだろう……実際どんなものかは僕も知らないんだ」


 「マイトはそれを手に入れて、理想の力を手に入れたいの?」

 やはり複雑そうにリエラが問う。


 「……いや、とりあえず……それがどんなものなのかを見てみたいだけ」

 「わざわざ、こんな場所に保管されるようなものを僕なんかが使ったら罰が当たるよ」

 そのマイトのセリフにリエラが安心した様子で頷く。


 割と奥深くまで潜り込んだ。

 終わりが見えなければ一度引き返そうと思った矢先、

 行き止まりに辿り着く。


 「……きれい」

 リエラがぼそりと漏らす。


 その区間だけ、まるで神殿のように手が施されており、

 水路で囲まれた中心の台座に赤く輝く宝石が置かれている。


 「これが……理想を実現する宝?」


 グラッ


 その途端、大きな地響きがおこる。

 どこからともなく漆黒のバケモノが現れ、

 まるで、宝を守るかのように二人の侵入者を警戒している。


 ヤバイ……マイトの本能がそう告げる。

 リエラの手を引いて逃げようとした瞬間、

 それを上回るスピードで、即座に二人の前に回りこむとバケモノが尻尾を振り回し、

 叩きつけられ、壁にのめり込むように壁に叩きつけられ、その場に倒れこむ。


 ……リエラは?

 その一撃を受けたのはマイトのみで、リエラは無事のようだったが、

 一人、バケモノの目の前に取り残され……

 逃げることも許されない状況のようだった。


 意識が遠のく……ダメだ。

 ここで……

 リエラを助ける……

 しかし……どうやって……


 正直、今の一撃であらゆる身体の骨が砕かれているようだった。


 見上げると、赤い光が見える。


 吹き飛ばされたのは洞穴の最終地点。

 宝の目の前だった。


 迷っている暇なんてなかったんだ。


 それが間違いだったのか……

 彼女を助けるためにはそれしかなかったのか……

 今となってはわからない。


 ただ、今起きている悪夢から解放されるために……

 僕はもっとも最悪の悪夢に足を踏み入れることになった。


 宝石を手にする……


 僕は願う……


 僕がこうでありたいという……映像を。

 僕が想像する、あのバケモノを倒せるだけの力を……能力を……

 こんな風に戦えたら、あんなバケモノなんて訳ないんだ……


 宝石が眩く光る。


 瞬間……


 今にもリエラに襲いかかろうとしていたバケモノの側頭部に光の矢が突き刺さる。


 僕の理想とする姿でその矢はバケモノを貫いていた。


 バケモノがこちらに標的を移して、すごいスピードで駆け寄ってくる。


 迷いは無い、その一撃でバケモノを仕留められるという自信。


 再度、放った矢はバケモノの頭部を破壊し、バケモノは完全に沈黙する。


 それは、僕が理想とした力だった。


 そう、噂どおりに、その宝石は僕の理想とする力をその場に実現させた。


 そう、そして、僕は、それを今も地べたに這いつくばってそれをただ眺めていた。


 その理想は……力を僕の中に宿すのではなく、


 僕の理想の力を手にした者が全く別な身体に宿してそこに誕生した。


 そうなりたいと思った理想の自分が……目の前に立っていた。



 理想の自分が別な形で目の前に現れた。


 それは、思っていた以上に……酷く残酷なものだった。


 その日から……僕の全ては終わってしまったんだ。




 その日の夜……街は大はしゃぎだった。


 今まで見たことの無い膨大な祭りが開かれていた。


 英雄誕生際。


 宝石から産まれた英雄に村は大騒ぎだ。


 一人、大怪我で部屋で眠る僕……空しさ?不安?今まで感じたことの無い感情が芽生える。


 数ヵ月後に控えた聖戦……


 まさかの資格を得たなんの取り得も無かった村。


 それが、神に願いを託す権限を得ることになったのだ。


 英雄は、その権限を簡単に村に譲った。


 そのような権利を欲さない……そこまで僕の理想通り。


 そして、欲するものも同じだった。


 村に協力するために、英雄が出した要求……



 村の中央で大きな炎が上がっている。

 それを囲むように村人が大騒ぎをしている。


 そこには、英雄の姿もあった。


 「リエラッ、リエラはどこじゃッ」

 村長の叫び声が聞こえる。


 「何をしているっ英雄様の隣へ早く座らんかッ」


 村に協力するために、英雄がだした要求…


 そう、僕が欲しいと思うものは……あいつが必要とする。





 数ヶ月がたち……僕の怪我はすっかり治っていた。


 でも……もう剣の稽古はしない。


 探検もしない……。

 あんなものをまた見つけるのはうんざりだ。


 剣の稽古をやめてどれくらい立つのだろうか。

 必要無い……僕が努力しなくても、あいつが全て持っているんだ。


 空虚感に支配された僕は……ただ……部屋に眠るだけだった。


 何もしたくない……


 ずっと眠っていたい。


 ただ……お腹が空く……喉が渇く……


 ふらふらと起き上がり、コップを手に取り、

 水を注ぐと、それをぐいっと一気に飲み込む。


 ……ぐぅと腹の音がなる。


 食料を保管している木箱を開ける……


 底をついていた。

 当然だ……寝ているだけで何もしていなかったんだから……


 すがるように……酒場に向かう。


 ドアを開き……中に入る。

 ガヤガヤと賑わっていた室内が、

 思わぬ来客に一気に沈黙する。


 明らかに、ここ最近の彼は異常であったから。



 「いやぁ……マイト、最近……見ないから心配してたんだ……げ……んきだったか?」

 マスターがマイトに声をかける。


 「……リエラは?」

 睨みつけるように目線だけを向けて問う。


 「部屋にいるんじゃないか……たぶん……あの英雄様と一緒かと……」

 それだけを聞いて、二階へ向かおうとする……


 「いや……今は行かないほうが………」

 そんな声も聞こえない……

 それ以上の絶望が無いと思っていたから。


 二階の廊下は真っ暗だった。

 リエラの部屋の前に立つと、何を思ったかノックもせずドアを開けようとした。

 当然、鍵がかかっていて開かない……


 しばらく思考が停止する……


 すると、鍵が開く音がして、同時に扉が開いた。


 金髪の男が出てくる。

 男は特に驚くことも無く、飲み物を取りに一階へ降りていく。


 閉まりきっていなかった扉から……中の光が漏れていて……

 その奥へと視界を向ける。


 あ……あ……あ……


 思考が追いつかない。

 違う……思考を追いつかせてはダメだ。

 それは、きっと受け止められない……

 今の僕には受け止めきることはできない……


 衣服が部屋の中で散乱している……


 ベッドの上では……僕の存在に全く気づかないくらいに疲れきっている女性が眠っている。


 あ……あ……あぁ……


 考えるな。考えなくていい。

 そうだ……いつもの通り帰って眠ろう。


 全部忘れよう。

 僕の理想も……彼女のことも全て忘れてしまおう。


 とぼとぼと来た道を引き返す……


 その間に英雄とすれ違ったことさえ気づかず……


 一階に戻ったときに、僕を心配するヘインとレニーの言葉すら耳に入らず……

 僕は……廃人のように部屋へ戻った。


 眠ろう……と思ったが眠れない。

 朝からずっと眠っているんだ……当然だ。

 それに空腹が余計にそれを邪魔をする……


 とりあえず……再度コップに水を入れ……

 それを口に含む……


 情けない……惨め……?

 あぁ……もう……全てが理解できない。


 がちゃりっ

 と部屋のドアが開く。

 そういえば、鍵を閉めていなかった。


 「マイト……起きてたんだ?」

 声のした方に顔だけを向ける……

 綺麗な長い金髪の髪が夜風に揺れていて……

 それが……誰なのか……なぜそこに居るのか……

 あぁ……理解ができない。


 「部屋から全然出てないって……ヘインとレニーがすごい心配してた」

 「家の前で呼びかけても全然、返事も無いって……」


 「……うん……ごめん」

 何に誤ったのだろう……


 「お腹……空いていたんでしょ?」

 いつもの籠をマイトの目の前に差し出す。


 しばらく、籠に目を向けようとしなかったが、

 ふと、目線を籠の中に落とす。


 サンドイッチが籠の中に詰まっていた。


 ガッと奪い取るように籠の中に手を伸ばし、それを頬張る。

 あっという間に半分以上を腹の中に収める。

 ゲホゲホとむせ、コップに注いであった水を一気に飲み干す……


 「うっ、オェ……」

 フラフラと洗面台の方へ歩くと……頭を突っ込む


 「おぇー、おぇーッ」

 今、食したものを全て吐き出す。

 何日ぶりの食事だっただろう……

 リエラが優しく背中をさすってくれている。


 だけど……ようやく冷静に頭が動き出した……


 今の僕は……彼女にとって……なんなんだろう……


 酒場で見た光景が蘇る……

 さらに、気持ち悪くなる……


 これから僕はどうすれば……いいのか……


 いいだけ、吐き続け……吐き出すものが無くなると……

 彼女に支えられながら、寝床へ戻る。


 彼女は、籠の中の残りのパンを別の皿に移しラップをかけると、

 明日の朝にすぐ食べられるようにテーブルに置き、


 「じゃぁ……またね」

 なんだか、寂しそうにそう言ってその場を去った。



 そして、何日が過ぎただろうか……。


 その日以来、リエラとも……誰とも会っていない。

 朝、ドア前に置いてある籠に入っている食べ物を、

 大事に食べ、また籠を外へ戻す。

 そんな繰り返しの毎日……



 その日も……、

 ただ、置かれているはずの籠が目当てで、

 家のドアを空ける……


 ……が、いつも置かれている籠はそこに無かった。


 少しだけ困った……と思ったが、

 彼女に僕を養う必要性が無い、考えれば当たり前の話だ。

 そう思いドアを閉めようとする……


 「マイトォーーーーッ!」

 その瞬間、ヘインが慌てて走ってくる。


 「マイト……リエラがリエラがッ……」

 息切れしながら走ってきて、肝心な部分を言わず深呼吸する。


 「------逃げ出しちまった」



 ドア越しにその言葉を聞く……


 昨夜からずっと探しているらしい……それでも誰も見つけられていないと言う。


 あの男にもそれが不可能なんだ……


 僕なら……僕なら……リエラを……


 使い古した剣と、キメラを捕獲した報酬で手に入れた安物の弓矢、

 それを手にして僕は再びドアの外へ出た。


 がむしゃらに探す村人達を他所に、マイトは迷いも無く一つの場所を目指す。

 金髪の男が偉そうに村人達を指揮していたが、

 マイトの存在に気がつくと……少し不快そうに横目で睨みつけるように……

 それでも、今は気がつかないふりを続けた。



 よく、マイトが剣の稽古をしていた場所……

 彼女とマイトしか知らない場所だった。


 ただ、彼女はそこで小型の化け物に襲われていた。

 戦闘スキルを全く持たない彼女はただ、逃げることしかできず……

 数分逃げまわったところで体力的にも限界が訪れていた。


 大きな木を背に追い詰められた彼女に襲い掛かろうとした化け物に矢が突き刺さる。


 怯んだ化け物の間合いを一気につめると手にした剣で化け物の頭を叩き落した。



 「……無事で良かった」

 ただ、一言そう告げた。


 「……やっぱり、マイトは強いね」

 彼女は彼に言う。

 ただ……それは酷く残酷な言葉だ。


 努力して得たもの全てを自らの理想に奪われた者としては……


 「……皆、心配してる、早く戻った方がいい」

 リエラに背を向けると自分と関わっていると彼女の立場が悪くなると思いその場を去ろうとする。


 「ねぇ……マイト……私ね……凄く……凄く……汚れている」

 聞きたくない……


 「……でもね……それでも……最後に言っておきたかったんだ」

 聞きたく……ない。



 「……強くなろうとするマイトが好き」

 そんな背中に向かい急に彼女は告げる。


 「……強くなろうと日々努力するマイトが好き」

 彼女は続ける。


 「……自分のためではなく、誰かのために強くなろうとするマイトが好き」


 「男が泣くのは全てを諦めた時だけ…という前向きなマイトが好き」


 「村を守るために、強くなろうと努力するマイトが好き」


 「強くなろうと……それでも優しいマイトが好き」



 「私のために……強くなろうと努力してくれるマイトが大好き」

 彼女の両親を殺した化け物……ドラゴンを倒すくらい強くなろう。

 僕が最初に強くなろうと思った理由。


 「何の努力もしないで……マイトが理想とする力を持つだけの男は………嫌…だな……」

 これが、彼に自分の思いを伝える最後のチャンスだと彼女は思った。

 これで、彼が自分の望んでいる行動を取るかはわからない……

 ただ……告げた。自分の想い全部……告げた。

 後は……身を任せる。

 ……多分、信じていた。



 彼は再び、180度身体を回転させると、

 何かを決意したように、

 リエラの手を奪い走り出す。

 彼女もただ、黙って彼の行動に従った。


 村の反対……村の外を目指していた。

 が、彼女の捜索で監視が強化されている中で村の外へ抜け出すのは難しかった。


 「マイトこっちっ」

 少し活発な軽装の女性が声をかける。


 「レニー?」

 マイトが驚いたように声をあげる。


 「こっちの門……今、ヘインが状況報告をして時間稼ぎをさせてるから」

 詰め所で、ヘインが何やら懸命に話をして時間稼ぎをしている。

 その隙にリエラの手を引き、門の外へ抜け出した。



 「フンッ……」

 村を一望できる高台に金髪の男がその様子を眺めていた。


 「いかがなさいました?」

 村長が英雄に尋ねる。


 「いや……ささいな事だ。俺は少し村の外に出る」


 「しかし、門の外へ出た形跡は……」

 村長が告げるが


 「……少し泳がしてやる」


 「?」

 一人で話を進める英雄。


 「それと、今から言う二名の男と女を拘束しておけ」


 「……いったい、誰を?」


 「……知らんが、俺に楯突く者だ」

 そう言って、弓を構えると、二つの矢を飛ばす。


 そして、その矢はまるで何かを示すように、

 レニーとヘインの前に落ちる。


 驚いている二人を他所に背を向けると

 「……処分の仕方は任せる」

 そう言って、ゆっくりとその場を後にした。




 それから、数日……

 二人はゆっくりと別な街を目指して歩き続けた。


 その場で食料を調達し、

 マイトは再び、彼女を守るため剣の稽古も始めた。


 久々に二人は笑う事を思い出した。


 ……が、その日々が続くことは許されなかった。


 いつもの用に、明るいうちに移動をしていると、

 今まで晴れていた空が急に真っ暗になった。


 雨でも降り出すかと思ったが、

 そうではなかった。


 「グアアアアアアアアアアアッ」

 と今まで聞いたこともないような雄たけびで、軽い地響きが起こる。

 

 「……ドラゴン」

 リエラの悪夢が蘇る。


 バサリバサリとドラゴンが二人の前に立ちふさがる……


 幼きリエラがドラゴンに襲われたのもこの辺り。

 だとすれば、このドラゴンはこの辺りを縄張りにしており、

 リエラの憎き復讐であるドラゴン本体なのかもしれない。


 「すぅ……」

 深呼吸する……。

 イメージする、あの馬鹿でかいドラゴンをどう退く……

 今までの剣の稽古も全て…今、この日のためだ。


 頭の中でイメージし、弓矢を構える。

 まずは、視界を奪う。

 そうすれば、最悪今は逃げ出すこともできる。


 放った矢は、向きを変えたドラゴンの翼に当たると、

 突き刺さることも無く、簡単に弾かれた。


 その翼をバサリとすこしだけ羽ばたかせると、

 爆風で二人は吹き飛ばされ、その場に尻餅をつくような体制になる。


 ズンっと一歩ずつ近づくドラゴン。

 剣を抜く……


 あまりに大きい化け物……


 どうすればいい……


 イメージする全ては、今の自分には敵わない……。

 あのドラゴンの頭上まで飛び上がる跳躍力……

 そして、その頭上から頭を叩き潰すだけの破壊力のある攻撃……

 イメージはできても実行はできない……


 一歩……また一歩……ドラゴンが近づく。



 「……ふっ、限界か。」

 全く気がつかなかった。

 知らぬ間に後ろに一人の男が立っていた。


 その男は一瞬にしてその場から消えると、

 異常な跳躍力でドラゴンの頭上に現れる。

 ドラゴンはその男に向かい、口に炎を蓄え吐き出そうとするが、

 それより先に、手にした弓から魔力の矢でその頭を叩き潰す。


 あぁ……そうだ……こいつは僕の……


 ドラゴンが苦しみ仁王立ち状態で翼を乱暴に羽ばたかせ抵抗する。


 男は冷静に弓を構え、がら空きになった腹部を狙い、

 強大な魔力の矢をその腹部を目掛け放った。


 その矢はドラゴンの腹部を貫き……空の彼方に見えなくなる。


 ドスンっとドラゴンはその場に倒れ落ちる。




 「どうだ……少しは身の程をわきまえたか?」

 英雄はマイトの前に立つとそう告げた。


 状況の整理が追いつかない……

 それでも……


 「……僕はお前を認めない……渡さない……」

 立ち上がって、両手を広げてリエラの前に立ちふさがる。


 「……どうにも理解してないようだから教えてやる」

 完全に見下すような目で英雄が言う。


 「お前は、俺が居なければ二度死んでいる……」

 だから、どうしたと英雄を睨みつける。


 「やはり理解してないな……」

 地面に突き刺さっていたマイトの剣を右足で蹴り上げるように抜き取り

 それを器用に、右手でキャッチをし剣先をマイトに向ける。


 「貴様は、そこの女を二度殺しているんだ」

 その言葉に思わずびくりと動揺してしまった。


 「少し、現実を見せ付けてやるため泳がせておいたが、俺のモノに傷をつけてみろ」

 リエラをモノ扱いするこの男を許すことができない……

 が、何一つ言い返すことができない。


 「わかったなら……そこをどけ」

 その目力だけで、射殺されそうな鋭い眼差し

 それでも、認めるわけにはいかない……

 手放すわけにはいかない……


 「……三度目。」

 「貴様は、三度死ななければ理解ができぬようだな?」


 手にした剣を投げ捨てると、マイトの前に突き刺さる。

 意図が全く読めない。


 「抜けッ一撃でも俺に与えることができれば、お前の勝ちだ……お前の前から俺は消えてやろう」

 「その逆……お前が俺に一撃も与えることが敵わなければ、二度と俺の前に姿を現すなッ」

 この男はこれっぽちも自分の負けを考えていない。


 「……マイト……」

 不安そうにリエラが声をあげる。


 決めたんだ。

 剣を抜き取る。

 目の前の男を殺すつもりで……消し去るつもりで、それを懸命に振る。


 ある時は避け、ある時は弓でその剣先を受け止め、

 その剣先は一度も男をかする事を許されない。


 油断している男の隙を突く、

 防がれた剣先から、弓を構え、男に矢を放つ。

 が、まるで予想していた……というように男は頭を動かすだけの動作でそれをかわす。


 男は意地悪そうににやつくと……

 まだ理解しないのかと……

 蹴りでマイトを突き飛ばすと、

 弓を構え、放った矢がマイトの剣を刃を砕いた。


 慌てて矢を取ろうと矢筒に手を伸ばそうとしたが、

 同じように英雄の放った矢が矢筒を破壊した。


 相手に一撃を与える術を失い……ただ、尻餅をついた状態で思考が停止している。

 しかたない……?

 やることをやった……?

 やっても無駄だと思っている?

 しかたが……ない……

 だって、もう……立ち向かうにも武器が無いんだ……

 立ち向かいたくても……諦めたくなくても……

 仕方ないじゃないか……


 思考が停止している……


 カランと短剣がマイトの前に投げ捨てられる。


 リエラが護身ように身に着けていた短剣をマイトの前に投げ捨てた。


 私のために、戦ってくれるよね……?

 言葉にはしていないが、多分……そう告げている。


 諦めていないならその剣を手にとって戦ってくれるんだよね?と


 なんて……残酷な事を無言で言ってのける。


 え……残酷? 残酷と僕は思って……


 ま、待て…… 違う…… リエラ……僕は……


 ダメだ…… 今、僕は…… どんな顔でリエラを見ている?


 出来ないことを強要させられている……そんな……

 違う……違う……


 まるで、全て理解した……そんな風に彼女は笑った。

 今までで、一番優しく……一番悲しい笑顔だった。


 「ごめんね……少しだけ意地悪しちゃった」

 そう言って、地面の短剣を拾い上げ、

 英雄の側に近づいて身を任せる。


 「あ……リエ……あぁ……ぼく…………」

 ダメだ……もう……

 わからない……


 「ふっ帰るぞ……リエラ、一度だけなら今回の不当、そいつ諸共、見逃してやる」


 「ありがとうございます……」

 二つの足音がやがて聞こえなくなる……


 頭を上げられない……

 四つん這いの状態で身動き一つ取れずに居た。


 砕けた刃と、砕けた矢が散乱している。


 「あ……あぁ……うああああああああああああ」

 全てを理解してマイトはその場で泣き崩れた。


 全てを諦めた時にしか泣かないと決めた信念を貫き通したマイトは、

 ただ、一人残されたその場所でただ泣き続けるしかできなかった。




 行くあてが無く……何日もかけ村まで帰ってきた。


 門番に止められれ……お前は二度とここに踏み入れてはならないと言われている……と告げられるが、

 荷物くらいは取りに行かせてやると、元村人の情けを受ける。


 ふらふらと歩いていると……妙な会話が耳に入る。


 「ヘインという、若い警備兵だった子……昨日……息を引き取ったってよ」


 「なんでも、英雄様を裏切ってリエラたちの脱走の手助けをしたとか……それで毎晩、ひどい拷問を受けていたらしい……」


 「レニーも、もう時間の問題だって……話だ……」


 ・

 ・

 ・


 牢屋へ足を向けた。


 村の小さなその場所は、

 小屋の一つに三室用意されている


 これ以上……これ以上に……

 アイツは僕から何かを奪うつもりなのか……


 部屋に入ると正方形の部屋で、

 中央の軸に前と左右に一つづつ鉄の柵で囲われた部屋が三つ。

 最初に目に入った正面の部屋は、

 べったりとあっちこっちに血の跡のようなものが飛び散っていて、

 さきほどまであった何かを片付けられたような感じがした。


 「ま…いと…? マイトな…の?」

 弱久しい声がした。


 ほぼ、半裸の状態であっちこっちに青あざを作った少女……

 天上からくさりでだらんと吊るされていた。


 「あぁ……うぁあ……」

 受け入れたくない……

 彼女達が……僕のせいでここで何があったかを知りたくない。

 そんな彼女達を犠牲にして、

 無様にここへ戻ってきた自分を受け入れたくない。


 「……ヘインね、最後まで正義の味方はマイトだって……そう言ってたんだよ」

 「あの弱虫のヘインがさ……どんな目に合わされても最後まで……最後の時まで……」

 あぁ……あ…… 誰も居ない空き部屋を見ながら……

 マイトはただ、罪悪感に踏み潰されそうなになる。


 「……どうしたの、マイト、そんな顔して……」

 「せっかく“さいご”にマイトに会えたのに……そんな顔……誰もマイトを怨んでない……」

 「わたしも、ヘインも何も後悔してない……」

 きっと、罵倒された方がどんだけ楽だろう……

 どれだけ、怨まれた方が楽だろう……


 「ねぇ……マイト……わたしね…………リエラとマイトの気持ちを知ってた……だから、言えなかったことがあるんだ……」

 「……いいよね、さいごくらい私の気持ち……マイトに伝えても……いいよね?」

 なんで、笑っている?

 なんで、嬉しそうに話す?


 「……誰にでも優しくて……少しだけ頼りなく見えるのに、それなのにどこか猛々しい……そんなマイトが……」

 彼女のさいごの告白……


 「……マイトの事が、ずっと好きでした………」

 すごくテレくさそうに彼女は言う。


 「……さいごに伝えれて……よかった………」

 何かに安心したようにすぅと目を閉じる。

 そして、身体のすべての力が抜けたようにだらんと彼女の頭が重力に逆らうのを辞めた。


 「レニーッ!、レニーッ!!」

 鉄柵にしがみ付く。


 「今、ここから出す、出してやるッ!」

 できもしないことを叫び、必死で鉄柵を押したり引いたりを繰り返す。


 僕はどうすればいい……

 君やヘインにどう償えばいい……

 僕はどうやってその思いを報いればいい……

 僕にどうやってアイツを………


 「何の音だッ!」

 呑気に外で毎日のようにおこなわれている、英雄の為に開かれている祭りで浮かれていた警備兵の一人が戻ってくる。


 許さない……


 「マイトっ貴様ッ……ここで何をしているッ」


 許さない……


 「お前達が……やったのか?」


 今まで見たことのない憎悪の目で……マイトは警備兵を睨みつけた。


 警備兵は剣を抜く

 「マイト、お前も痛い目に合わないとわからぬようだなッ」

 僕は弱い……

 どうしようもなく……

 自分の理想にはほど遠い……

 知っている……

 でも……


 素手で剣を止める。

 血が剣を伝って流れ落ちる……


 「き……貴様……正気か?」

 多少脅すつもりで振りかざした。

 それを自ら右手で掴み取った。

 剣を引こうとするが、びくりともしない。

 こいつ……こんなに力が……

 恐怖で逆に警備兵の方が剣を手放す。

 マイトは剣を持ち直すと、

 剣先を男に突きつける。


 「お前が二人をやったのか……」


 「し……しかたが無いだろ……そう命令されたんだッ」


 「それが……二人に対する侘びの言葉か?」

 目に何一つ迷いが無い


 「ま……待てっ……」


 「もういい…続きはあの世で直接詫びて来い」

 剣をそのまま男に突き刺した。

 人を殺めたのは初めてだった。

 もう後戻りなんてできない……

 そもそも、帰る場所なんてもう無い……

 後は、落ちるだけ。






 「探せーーーーッそっちへ行ったぞぉ」

 村の鐘が鳴る。


 化け物が出た時になる警報……

 どこを探せど、化け物の姿など見当たらない……


 化け物はそう……僕という訳だ。


 もう……何人殺したか……わからない。


 橋の下に身を隠し……太ももに刺さっていた矢を抜き取る。


 まともに動けない……

 このまま復讐をなせぬまま、終わってしまうのか……

 このまま二人に報いることができず終わってしまうのか……


 血が流れ落ちている……

 おそらく、僕が通った場所が道しるべになるように血痕が残ってるのだろう……


 当ても無く移動を再開する……

 門は固められている……

 外へ出るのは難しい。

 理由はない……最北にある村……

 その中でももっとも最北を目指した。


 道の途中で鎖が何重にも引かれ通行を規制している。

 立ち入りを禁じられた場所。


 何でもこの世界の理に逆らい、世界の怒りに触れ……

 最北のこの場所に全ての憎悪や憎しみを背負った大罪人が隔離されていると聞いたことがある……

 そんな奴にあってどうにかなるはずもないが……

 ただ……逃げる場所はそこしかない……

 逃げて……どうしたいのかはわからない……

 ただ……そこに僕は踏み入った。


 真黒な霧が渦巻いている……


 最北の頂上にそれは居た。


 まるで、空から滝が流れているかのように、

 黒い水のようなものが流れ落ちていて……

 黒い湖の中央で……黒い包帯を全身にまとった…大罪人と呼ばれるソレは居た。


 世界にある全ての恨みや憎悪がこの場所に集められると言う。

 それを一身に受ける苦しみというのはどれほどのものなのだろうか……


 冷静さに欠けていた今の彼でさえ、

 目を疑うほど、その光景は異常であった。


 【ダレダ……】

 頭に直接響くような声……


 【ダレカソコニイルノカ?】

 思わぬ訪問者に…ソレは歓迎しているのか、怒っているのか……


 【コレハ マタ イチダント ツヨイ ゾウオノ ヨウダナ……】


 「こんなところで…何をしているんだ?」


 【ソレハ ズイブンナ シツモンダナ】


 「そこから……抜け出すことができないのか?」


 【…ココヲ ハナレラレルトイウコトハ… ワレガ コノセカイカラ キエル トイウコト…】

 いまの境遇であってまでこの世界に残る理由……そんなものがあるのだろうか……


 【……ナサネバ ナラヌコトガアル… ミツケナケレバ ナラヌ コタエガアル……】

 何を言っているのか……


 【……ソウシナケレバ… カノジョハ エイエンニ… ヒトリデ トケナイパズルヲ シナケレバ ナラナイ……】

 【……ソノクツウニ クラベレバ ワレガ ナキゴトヲ イウワケニモ イカナイ】

 ……その意味する所はなに一つわからない。


 【……キサマガ ココニキタノモ… ナニカノ エンカ?】

 【……キイテヤロウ ……ワレニデキルコトガアレバ ……チカラニナロウ】

 こんな得体の知れない奴に何を願う?

 いや……もう……すがれるものがあるならすがるだけだ。


 「許せない……奴が居る……どうしても消したい奴がいる……」

 それは誰か?


 「僕自身……僕の理想……僕の描いた英雄……」


 【チカラガホシイカ……?】

 あぁ……


 【ソレガ、オマエガ オマエデ イラレナクナッテモ、ソレデモ、チカラガホシイカ?】

 あぁ……もう……僕という存在はすでになくなっている。


 【ナラバ…テニトルガイイ… クロキセンガ ミエルダロウ?】

 ん……黒い包帯?アイツの一部か?

 それを手に取ると……


 「うわぁーーーッ」

 意思を持ってマイトを取り込むように、頭にぐるぐると巻きついた。


 【ワレノナカニナガレコンダ ニクシミノ イチブヲ ウケワタシタ】

 【イジョウナル ゾウオハ チカラトナル】

 【イマノワレガ キサマニアタエラレル ヒトツノカノウセイダ】


 憎い…憎い…

 怨め、怨め、


 自ら望んだ理想を……

 自ら望んだ正義の味方を……

 マイトという人物が描いた理想、

 彼が描いた正義

 己自身を怨め……









 「どうしますか……?」

 マイトの捜索をしていた村人の一人が尋ねる。


 立ち入り禁止とされた場所……そこへ逃げ込んだ男。


 「ほっておけ、これだけの血を流して逃げ込んだんだ……時期に力尽きる」

 英雄と呼ばれる男はそう言い、捜索を切り辞めた。


 「しかし、英雄様……今後あなたのことは何と呼べば?」


 「……そうだな、マイトとでも名乗ってやろう」

 英雄は不適に笑いそう言った。


 「いや……英雄様、その名前は……」

 村長が少し困ったように言う。


 「元々、この名は遥か昔……この村に居た英雄の名前なのだろう?奴には少々もったいない名前では無いか」

 「それに、もう名乗る者もどこかへいってしまったようだしな……“これ”も俺がもらってやる」

 そう言って英雄はマイトと名乗るようになった。







 憎い……怨め……

 許すな……


 怨むのは己自身……


 正真正銘……自分から全てを奪い取った男……


 「マィーーートォーーーーーーッ」

 それが正しい選択であったかはわからない……


 ただ……許すことができない……


 化け物となった自分に驚くことはない……

 もうそんなことすら忘れている。


 怨みと憎しみだけが脳裏を支配していた。


 構わない……

 それでアイツを消せるなら……

 構わない……


 ねぇ……リエラ……

 今の僕を見て君はどう思う?


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