アンチ正義 1
「ふん、さすがに六人がかりで敗れる訳も無いか……」
高みの見物をしていたマイトが魔王との戦いを見下ろしながらそう呟く。
「リエラ……帰るぞ」
隣にいた女性にそう告げると背を向けその場を去ろうとする。
「ウオオオオオオオオオオオ」
不意に頭上からうなり声のような声がした。
咄嗟にリエラをかかえると、一瞬にして数メートル離れた場所に避難する。
途端にマイト達の居た位置に隕石でも落ちたかのような大穴が開き、
包帯男がその真ん中に着地していた。
「マァーーィーートォーーーッ」
バケモノはマイトを睨みつけ、その憎悪をあらわにする。
「そんなに俺が憎いかバケモノ……だが、無駄だ、貴様では俺には遠く及ばない」
マイトの放った矢がバケモノを貫く。
そう……かつて……彼が思い描いた……それは無駄の無い……正確な一撃だった。
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「ねぇ、マイト、マイトってばッ」
小さな村……そこにある森の中で素振りをする少年に長い金髪の女性が声をかける。
リエラと呼ばれた女性。
様なんて付けず、媚びる事なくその名を呼ぶ。
灰色の髪……何の特徴も無い……それがマイトという英雄でも何でもない僕の名前。
「どうしたの、リエラ?」
木刀を手に素振りの姿勢を崩さないまま、顔だけをリエラに向ける。
バサッとタオルを投げつけられる。
「どうせ、また朝からずっとここに篭ってたんでしょ」
ちょっと叱るように両手を腰にあて、上目遣いに睨みながらリエラが言う。
「うーん、そう……かな?それよりも……どうかしたの?」
こんな場所までわざわざ来る理由を尋ねると、
何故か、彼女の機嫌がさらに悪くなる。
「お腹を空かせてるんじゃないかって思ってッ!」
不機嫌なまま両目を瞑ってずいっとおにぎりをつめている籠をマイトへ突きつける。
「わぁ、ありがとう、丁度お腹がペコペコだったんだ」
片目を開いて、男の様子を伺うとヘラヘラとそれでも嬉しそうに笑う、
陽気な姿に少しだけ頬を赤らめる。
近くの手ごろの岩に腰を下ろすとその中を開き、
「沢山入ってるね……こんなに食べられるかなぁ」
と、後頭部に手をあてながらそう呟く
「私の分も入ってるのぉッ」
二人座るには少々狭いその岩に、強引に割り込んで、
籠の中から一つおにぎりを取り出すとそれをムシャムシャとかぶりつく。
小さな村。
そこには、小さな保安署が有るが、
ほとんど、実戦経験の無い者の集まりで、
世界の最北に位置するその村は、
争いごととは無縁で、
村人達は協力し合い、出過ぎる力などを必要とはしなかった。
ただ、その外れた村の外には当然、
バケモノたちも生息している。
村を守る英雄みたいな存在が必要だって、
少年は思った。
だから、なり手のいない保安署にあえて彼は就職しようと考え、
また、ハンター資格を手にし、
他のハンターの力を借り、村の外のバケモノを狩り、
それで得た報酬金で村を豊かにできたらと思った。
何の取り得が無いながらも、日々剣術の稽古に励み、
人一倍の努力を欠かすことは無かった。
常に理想の自分をイメージして、彼は稽古に励んだ。
今はお金が足りなくて手に入れられないけど、
いずれは弓矢が欲しい、遠くから敵を射る姿は彼にとって理想とする戦闘スタイルだった。
そんな己のイメージに一日でも早く近づくことができるように、
今はただ、こうして剣術の稽古に励む。
二人で村まで戻る。
日も暮れかかっていた。
街でただ一つの酒場で彼女は住み込みで働いている。
元々、彼女は別の街の住人だったが、
旅先で襲われたドラゴンに彼女の親は殺され、
生き残った彼女はこの街に保護された。
若い女性がほとんどいない……ということもあるが、
彼女は美人で人気が高い。
他所から彼女を目当てで訪れる傭兵なども居るほどだ。
お弁当のお礼を言って、彼女と別れる。
彼女はスイッチを切り替えるように、
礼儀正しく、店のドアを開け、ただいまの挨拶をしていた。
他所から来たとあってか、彼女は村の人たちに対しては、
すごくまじめで、常に礼儀正しく、それこそ完璧な女性を演じていた。
年が近いせいか……僕に対いしては、気を許してくれているのか、ちょっと意地悪な一面を僕は知っている。
すぐにエプロンを身につけ、まるで別人のようにまるで天使のような笑顔で接客を始めた彼女を少し眺めた後、その場を後にする。
「少しだけ、時間に余裕があるな……」
僕は再度、町外れに向かう。
この村の言い伝え……
己の理想の力を具現化する宝石がこの村のどこかにあると言う。
それらの情報を探っては、それらしい場所を探索していた。
そして、この間少し怪しい洞穴を発見した。
そこを少しだけ調べて見ようと思った。
「で、ですねー、そこでですよ、私の旦那が、聖戦の一人である魔王をバシーッンと!」
何か食べ物を探しに食堂らしき場所に足を運んだイシュトだったが、
先客が数名居た。
長い水色の髪……どうやら初対面のようだ……と思った矢先、
「わー、噂をすれば、私の旦那じゃないですかーー」
目が合うなりその長い水色の髪の少女は大声を上げる。
どうにも、ここの連中はテンションが高い奴が多いな……と思う。
パタパタと駆け寄ってきて、イシュトの側面まで辿り着くと、
くるりと180度回転して、右腕をイシュトの左腕に絡める。
「丁度、私の夫自慢をしていた所だったんですよぉ」
コイツは俺を誰かと勘違いしているのか?
『なぁ……聞いてもいいか?』
腕を組んでいる女に問いかける。
「はい?貴方の嫁ですよ、何だって聞いてください。スリーサイズですか?」
すごく楽しそうに女は尋ねる。
『いや……俺、あんたと初対面だよな?』
「はい……そうですねぇ。」
ちょっとだけ考えるような仕草で少女は言う。
『だよな……それで、なんで俺とあんたは夫婦みたいな設定になっているんだ?』
「そんなの決まってるじゃないですかーーーッ」
「俺は正義の味方だーーっとか自称しちゃって面白い人で、さらにあの魔王にトドメの一撃を決めちゃう強い人なんですよーーー?」
「そんなの私の夫に迎えるしかないじゃないですかー?」
……うん。ここにはまともに会話のできる奴がいない。
「どうしたんです?いきなりそんな黙って見つめられたら恥ずかしいですよぉ」
『……いや、色々戸惑っているだけだ』
『それよりも俺は腹が減っているんだ、何か食べるものを探しに来たんだ』
少女との会話を強制終了させて、本来の目的に移ろうとするが、
「旦那様は、座ってて下さい……愛妻料理でもてなしちゃいますからね」
そう言って、イシュトを強引に席に座らせると、水色の髪の少女は奥へと消えていく。
正直、自分も料理は上手いわけではないが…なんだろう、嫌な予感しかしない。
数分後……少し多すぎるのでは無いかという料理の数々が目の前に並べられる。
「いかがですかー旦那様ぁ」
隣の席で左腕にしがみついている少女。
正直、食べづらいのだが、
『……旨い。』
ふつーに旨い。
「でしょー、愛は最強の調味料なんですよぉー」
出会いがしら、恋愛度MAXの少女が言う。
てか、俺は彼女の名前すら知らない。
『俺はイシュトだ……』
「もちろん、知ってますよぉ、私はマルティナです、そう呼んでくださいね♪」
『なぁ……俺の噂を聞いていたのかわからないけど……その実際会って……印象が変わったりしないのか?』
いきなり恋愛度MAXのマルティナに問う。
「正直、想像より遥かにタイプでした、噂で聞いた時は、魔王を一撃で葬るすこしごつい体格を覚悟していたんですが……」
「私の好きな細マッチョ系ですし、何しろ正義の味方ぁという面白い人ですからーっ」
……うん。わからん。
「それよりもぉ、魔王をやっつけた時の夫の武勇伝を聞かせてくださいよぉ」
ニコニコとイシュトの横顔を見上げながらマルティナが言う。
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大まかな部分……ほとんど自分では無い他の聖戦のメンバーの活躍があったことを話終える。
『まぁ……なんて言っても相手の魔力を書き換えられては全員お陀仏だからな……』
『その中でも、俺は一番最初に犠牲になる……』
『倒しても蘇る屍共で、これは……覇王●孔拳を使わざるを負えないという意気込みで……』
「はお……う?なに?」
『いや……そこは気にしなくていい……』
イシュトの話した事を全部、興味深く言葉を拾い上げていく。
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あらかた、話し終えて、
目の前の料理もほとんど平らげる。
せっかく作ってくれた手前、残したくなかったし、
何よりも旨い。残すのはもったいない。
マルティナはイシュトの短剣を手に興味深そうに眺めている。
短剣に興味があるというよりは、イシュトの短剣に興味があるという感じだった。
「随分と刃こぼれしてる……」
マルティナの言葉で、アリスに言われた事を思い出した。
宝物庫に短剣も何本かあったから好きなものを持っていくがいいわ。
主からの贈り物を有り難く頂戴して、せいぜい、私のために死になさいと……
『なぁ……マル?宝物庫ってどこにあるか知ってるか?』
「え、なんですか?もう一回言ってくださいッ!」
驚いたようにマルティナが立ち上がる。
何かまずい事を聞いたのだろうか?
『いや……宝物庫の場所……アリスに……』
「違いますッ!」
セリフをかき消される。
「その前、その前です……私の名前をもう一度呼んでください」
なにやら興奮した様子でマルティナが言う。
『……いや、マル……嫌だったか?マルティナでいいか?』
「いえ、マルでいいです……凄く愛を感じました」
「っと宝物庫でしたっけ、知ってます、案内しますか?」
『頼む……』
マルティナのキャラクターに戸惑いながらも、宝物庫まで案内してもらう。
……確か、壊れ物も多いから注意するように……と言っていたな。
まぁ……私は無欲で温厚な性格だから、宝一つ壊しても、駄犬の命を奪うくらいで許してあげるわと言っていたな。
余計な物には手をつけず、短剣を見つけると、
それを手に取る。
余り飾り気の無いもので、俺好みだ。
それに、質の方も今の手持ちのものよりも高い。
ん……これはなんだ?
となりに変わった宝石を見つける。
「え……どうしたんですぅ?なんですかぁ?」
その様子をマルが見て近寄ってくる。
『いや、何でもない……』
そう言って、宝石を元の場所に戻そうとする……
「ちょ、私にも見せてぇ、見せてぇくださぁーい」
ぐいぐいと手を引っ張る。
『まて、わかったから……ひっぱ……』
パリーンッ
宝石がイシュトの手元から落下し地面に落ちると簡単に砕け散った。
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『あーーーーーーーーーーーーーッ!』
「あーーーーーーーーーーーーーッ!」
互いにお前のせいだと言いたげに声をあげる。
「騒がしいわね……宝物庫に盗人でも入ったかと見に着てみれば……駄犬が迷いこんだのかしら?」
最悪のタイミングでアリスがやってくる。
『……お前のせいだからなッ』
「ちょ、なんでですかぁー夫なら、愛する妻を守るものですよぉ」
逃げられないように、イシュトの腕を掴む。
「あら……駄犬のくせに、また私の下僕の一人を手なずけたみたいね……」
イシュトとマルティナが二人でごちゃごちゃとやっている様子を見てアリスが言う。
「えへへぇ、そうなんですよぉ、イシュトさんはぁ、私の事をマルと呼んで、それはそれは仲の良い夫婦なんですよぉ」
嬉しそうにマルが言うが、アリスは興味無さそうに……
「そう……それよりも駄犬……あなたの足元にあるガラスの破片は何かしら?」
アリスは淡々と口にしたが、一気に場の空気が重くなる。
・・・・・。
マルの方を見る……
完全に青ざめている……
ここは、互いに協力しあうしかない。
『……俺達がここに来たときはすでにこの有様だったが……なぁ?』
「そ……そうなんですよぉ、イシュトさんとぉ、誰だぁって……そう話していたところだったんですよぉ」
意図を読んで、マルが口裏を合わせる。
「ふーん、それで、駄犬……ココって宝物庫なのわかってる?ここの連中なら誰でも出入りはできるけど、私だって特別な結界を張ってるのよ」
「誰かが、宝物庫に入れば私が感知できるの、昨日……私が確認した時にはその宝石は壊れていなかった」
「で……その間にここに訪れた者の数は二人だけ……それを感知して私が来たの」
……二人の顔がどんどんと青ざめていく。
「ねぇ……それで貴方達、犯人を知らない?今なら正直に犯人を差し出せば、一人は見逃してあげるけど」
「ねぇ、もう一度聞くけど、犯人が誰か教えなさいッ!」
イシュトとマルの腕が同時に動く。
互いに互いの顔を指した指で綺麗なクロスが出来上がっている。
「ちょっ、ちょっとぉ、どういうことですかぁーッ」
反対の手でイシュトの人差し指を封じてマルが乗り出す。
『お前こそ……あれはどう考えてもお前が……』
「イシュトさんは正義の味方ですよぉーっ、いいんですかぁー妻も守らない正義の味方ぁ、ダメじゃないですかぁ」
こいつ……ここで正義の味方を出してくるなんて……
『正義の味方だからこそ……だ……きちんと……悪事は裁かなくては……』
……くそ、正当化しきれない。
「……まぁ、その宝石がなんだったかさえ、覚えてないから、どうでもいいのだけど、そうね……なんだか、余り気分が良くないから」
「二人まとめて反省してもらおうかしら」
不適な笑みを浮かべながら気がつくと、二人仲良く……
魔女の魔法のリングに拘束されていた。
しばらく反省してなさいと魔女はその場から居なくなる。
「わわわ、イシュトさぁーん、これ外してくださいよぉ」
バタバタと暴れる。
『馬鹿、下手に暴れるな、抵抗すると電流が流てくるぞ』
過去の悪夢が蘇る。
「って、だってーそういえば、私、トイレ我慢してたんですよぉ」
『ナンダッテ?』
「あ……小の方ですよ?」
『いや……ここで大とか言われたら引くわっ』
「なんでですかぁ……夫なら妻の全てを愛して下さい」
『いや、それを愛したら、かなり上級者の変態だからな?』
「あーっ漏れる、漏れちゃうぅ~早く外してくださぁい、これは、覇王なんちゃらを使わざる負えない状況ですぅ」
『いや……そのネタ、こういう使い方したら……そろそろ怒られちゃうからな?』
「じゃあ、約束してください……」
『何をだ……』
「これから、何が起きても……私を軽蔑せず愛し続けると誓って下さい」
『……いや……うん、軽蔑はしない』
「なんですかぁ、その含みのある言い方は……」
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まぁ……その後もマルが喚く暴れるで、
宝物庫での被害を恐れた魔女が戻ってきて、
なんとか、彼女の純潔が守られた。