魔王討伐編 2
こんな……はずでは無かった。
目の前に広がる……血の海。
屍の数々……
こんなはずでは無かったのに……
全部……全部……この世界が悪い……
自分がこうなったのは全部……
全部……
足音が近づいてくる。
思ったより早かったな……
って、六人?
聖戦メンバーが協力して、一人を叩くとかありかよ?
まぁ…城一つ壊滅させるのにそこそこ魔力を使ってしまった今……
弱っている内に魔王を消しちまおうって話か……
なんとも、解りやすい。
崩れた城壁に腰をかけていたアシュは、
無言で六名を向かい入れる。
「愛しの魔王様ぁ~何日ぶりだったかなぁ」
得意の陽気な口調でハレが沈黙を破る。
「少々目立ちすぎたのぉ、まぁ悪く思うな……なんなら一対一で勝負するか」
フーカが多勢に無勢ではと条件を出す。
「かまわない……まとめて来いよ……俺としても面倒だ」
「それに、人数差なら埋められるさ……」
そう言って、六名を睨みつけると、
その周辺に散らばっていた屍が立ち上がる……
「死者を操るか…どうにも趣味が悪いの、さすがは魔王か」
数千と呼べそうな死骸がわらわらと起き上がる。
「あん時と違ってだいぶ様になったじゃねぇーか、魔王様」
ハレがヘラヘラと笑いながら、
どこからか呼び出した剣を、その屍一つに突き刺す。
崩れ落ちるように屍が動かなくなるが、
「立ち上がれ」
アシュがそう命じると、動かなくなった屍が突き刺さった剣を抜き取り、
再度立ち上がる。
「あぁ……腐った死人が私のコレクションの一つに触れてんじゃねーよ」
今度はどこからか、マシンガンを取り出すと、
複数の銃弾が再度屍を襲い、今度は粉々に跡形も無く消し去る。
「立ち上がれ」
アシュは再び、同じ言葉を繰り返す。
すると、先ほどよりもひどい状態ではあるが、屍は再度動き出す。
「なるほど……元凶を断たねば終わらぬということか……」
フーカはアシュへ目を向ける。
誰よりも早くレフィが動く。
一瞬にしてアシュの間合いに入ろうとするが、
何十もの屍どもが、一斉に進路を塞ぐ。
手にしていた、紅色の刃の刀を取り出し、
一度に何体もの屍を薙ぎ倒すが、
アシュの前に辿り着く前に、
薙ぎ倒した屍が復活し、その進路を塞ぐ。
「吹き飛べッ」
アシュがレフィに命じる……
構わず、突き進もうとしたレフィの表情が強張る。
自分の意思で飛び上がった方とは逆に…その身体が引っ張られる……
咄嗟に刀を地面に突き刺し、
その勢いを殺し、両足を地に着けると、
数メートル引っ張られたところで魔力を制御し、
アシュの力から解放される。
「なるほど……近づけさせず……永遠に動く人形どもに我たちを排除させる……」
「うむ……実に舐められたものだのッ」
そうフーカが言った矢先、
フーカからアシュを接点として配置されていた屍が一瞬にして粉々に砕け散っていく。
物凄いスピードで漆黒の槍がアシュを目掛けて飛んでいく。
今度はアシュの顔が強張る。
が……以前のハルの剣を消した時と同様……
飛んできた漆黒の槍の魔力を制御して、自分の目の前で消し去る。
が、ギリギリの所でようやく魔力の消滅に成功したため、
その魔力の消滅に発生した衝撃でアシュの身体が吹き飛ばされる。
「すごい威力ね……火力だけなら、多分……この中で最強かもしれないわ」
アリスがフーカの漆黒の槍を見てそう言った。
『何発か連発したら、この防壁をもろともしないんじゃないか?』
屍の壁……それに苦戦している間に魔力を全員書き換えられたらアウトだ。
「そうもいかないわね……多分、あの攻撃には相当の魔力を使うわ」
「そして、彼女の魔力源は多分……さっき一緒に居た青い髪の男……」
「彼にそれを即座に補給するだけの魔力があるとは思えない……」
「下手に連発すれば、魔力を消費しすぎて…それこそ魔王に簡単に魔力を書き換えられてしまう」
この一瞬でそこまで分析できるとは……さすがに、
聖戦に選ばれた一人、魔女というわけか。
レクスという男……
彼は元々、この戦いに余り乗り気ではない……
どちらかというと、サポートにまわるように、
襲い来る屍の処理に勤めている。
魔力さえ書き換えれば勝利は確定する……
だが、そうさせるわけにはいかない……
不適にハレが笑う。
以前に、背後から迫った攻撃をレクスという男が庇ってくれたことを
不意に頭に過ぎる。
即座に屍の数対を背後につける。
その途端、屍が一瞬にして粉々に砕け散る。
無数の銃弾が背後から襲ってきていた。
「あの女……いったい……」
「あ~くそ、やっぱ手の内見せとくんじゃなかったぜ」
ハレはちぇっと小さく悪態打つ。
「んじゃ、正面突破……一斉射撃」
頭上につけていた、ゴーグルをグイとひっぱり、
ぱちんと手を離すと彼女の目が見えなくなる。
彼女の周辺の空間からいくつもの銃器が現れ、
誰が引き金を引くわけでもなく、
その銃口からいくつもの銃弾が発射される……
さすがに破壊される屍の回復が追いつくわけも無く……
アシュを塞ぐ壁が無くなり、
その銃弾がアシュへ向かう。
「反転しろッ」
アシュはそう告げると、
全弾とはいかないものの……
自分を標準としていたものは全て、
アシュとは逆……ハレの元へと返る。
「うそッ……そんなことまでできんかよッ」
「障壁ッ!」
アリスは一帯に結界を張り、反転した銃弾を防ぐ。
「うひゃー、助かったぜ、魔女さん」
さすがに驚いたとゴーグルで表情が見えないがハレが言う。
間接攻撃では、あのフーカという褐色の女ぐらいの火力のあるものでなければ、
簡単にかき消されてしまう……という訳か。
「ふむ……ならば我が道を開くしかないという訳だな」
再度、漆黒の槍が凄い勢いで屍どもを弾き飛ばし、アシュへ向かう。
咄嗟に再度、魔力を書き換え消滅させる。
「!?」
今度は消滅の衝撃に巻き込まれる前にかき消したが……
「がぁッ!!」
その漆黒の槍の消滅と同時に、開けた道を通りレフィがアシュの目の前に迫っていた。
振り上げた刃は、アシュの右腕を切り落とす。
「あーーーーーッ、吹き飛べッ」
即座に屍たちを周辺に呼び寄せ、
再度、レフィを引き離す。
が、切り落とされた腕の痛みは相当なものだった。
あと……何分……
絶えれば、奴らの魔力を書き換えられるのか……
痛みで、思考が鈍る……
多分……この中でタイムリミットが近いのは……
イシュト……この俺だ。
それに、このまま耐えられれば、
アリスの命も危うい。
多分……防戦へ徹している今なら、あの攻撃が有効だ……
「アリス……悪い、少しの間、俺の身の防衛を頼めるか?」
案の定、俺の言葉にアリスは機嫌を悪くするが、
何となく俺の意図を読み取ってくれたのか、その言葉に従う。
それを信頼して俺は目を閉じる……
真っ暗な世界……当然。
ただ、目を閉じてできる暗闇と……
俺の見る暗闇は少し違う……
言うなれば別世界……
別な世界を見ている……
うっすらと白い線が見える……
後はそれをなぞる、
その線にそって短剣の刃を動かし、
身体を捻らせ、
そして、その終点で、
その暗闇の空間を断ち切るように刃を走らせる。
目を開く……
誰もが沈黙している……
その場に居るすべての者が俺に注目している。
今まで見た中で一番……恐ろしい目で睨みつけるように……
左手で苦しむように右腕のあった場所を押さえる魔王……
ピシリと空間が引き裂かれたように……
まるで、絵に描かれた風景を引き裂いたかのように、
真っ白い線が空間に引かれている。
文字通り……空間ごと引き裂いた。
そう……それが俺のたった一つの必殺と呼べる技。
理屈などはしらない……
やがて、引き裂かれた空間は元に戻るが、
そこに一緒に存在していたモノは元には戻らない。
城壁などがばっさりと切り崩れる中……
魔王と呼ばれた男も真っ二つに引き裂かれた。
隙だらけの技だ……防御に徹し視界を悪くし、
その上、右腕を失い痛みで注意が散漫になっていたからこそ、
決められた。
文字通り、六人の力があって……
凶悪とされた魔王討伐に成功したんだ。
・
・
・
目が霞む…
うっすらと今にも閉じそうな目で……空を見上げていた。
少しずつ……身体に力が入らなくなっていく……
目を開くことも辛くなってきた……
あぁ……そういうことなのか……。
不思議と恐怖は無い……
あぁ……おっさんと作ったあの……研究日誌……
完成……させたかった…… ……な。
新しい街を創ろうと思った。
おっさんと二人で……
魔王の力で、人々を恐怖させて暮らしていくわけではなく、
この力を暮らしに使うエネルギーに転換させて、
そんなエネルギーを格安で提供して、
誰もが幸せに暮らせるような小さな街を二人で創ろうと思ったんだ。
こんな……殺し合い……したくなかったんだ。
なぁ……神様……聞こえているか?
もし……別な世界があるなら……そんな俺の我がまま……叶えてくれねぇかな?
おっさん……ごめんな。
あんたまで巻き込んじまって……
でも……あの時……俺を思って駆けつけてくれた時……
俺……すげぇ、嬉しかったんだ。
だからさ……神様……
あんたの力で……
あの人の家族だけは絶対……
幸せにしてやってくれ……
それができなかった俺と……
俺のせいでそれができなくなったおっさんの変わりに……
どうか… … …。