序章 3
神は一人の人間の願いを聞き入れた。
すると、一部の人たちが幸せになった。
でも、代わりに一部の人たちが不幸になった。
少女は首を傾げた。
どうして、うまくいかないのだろうか。
そんな、世界で神は自分の知らない場所で面白い存在が現れた事を知った。
正義の味方と名乗っていた。
人々を幸せにするための存在だと言っていた。
神は正義の味方と名乗った男に興味を抱いた。
神である少女が人間の正義の味方に、救いを求める……
たぶん、彼女自信は救いを求めているという意識はこれっぽちも無いのだろうけど、
少女は少なくともどこかで、彼の手を借りたいと願ったのだろう。
その、ほんの少しの迷いが、この世界にほころびをもたらした。
「おい、聞いているか、アシュ?」
職務中に酒を煽りながら、おっさんがとても上機嫌だった。
「うん、何回も聞いた…娘が産まれたんだよな?」
「あぁー俺に似てとても、可愛い娘だ」
「……悪いが、おっさん、俺にはとてもごっつい赤ん坊しかイメージできない」
思わず、おっさんの顔をそのまま赤ん坊の身体にくっつけてイメージしてしまった。
「それに、お前とこうして毎日のように魔術回廊の勉強をしている」
「これが、成功すれば十分に家族を養ってやれる」
「あぁ、そん時は、おっさん…あんたが俺の力をこの国のために活用してくれよな?」
「あぁ……うん、それでなんだがな……」
「アシュ……お前はここを釈放されたら行く場所はあるのか……」
「……いや。運良く、そんな日が来れば、誰にも迷惑かけないような場所を探す」
「……その、なんだ。」
歯切れ悪くおっさんが、目線を反らしながら照れくさそうに言う。
「その……家に来ないか?お前を雇うとかじゃなく……その……息子として……な」
「いやー、お前の話をしたら、嫁の奴がたいそう気に入ってな?」
「その……お前が嫌じゃないなら……今から父さんと」
それを聞いて、アシュは腹を抱えて笑う。
正直に嬉しかった。
「父さんって呼ぶのはしばらく無理だけど、そうだな、そんな日が来れば考えておくよ」
そっかとおっさんは照れくさそうに頬をかきながら言った。
「おい、ナヒトよ……先ほどから壁に貼ってあるイラストと睨めっこをして何をしておる」
とある街のギルドで少しでも金を稼ごうと手配所を見ていた。
それを退屈そうにテーブル席に立ち膝をつきながら、フーカが言う。
これが、手ごろかなと、モンスター討伐の張り紙をはがそうと手に取ると
「おいおい、にーちゃん……いくらなんでも、あんたには荷が重いだろぉ」
ガラの悪そうな傭兵が数名がナヒトを取り囲み、
ナヒトが剥がそうとしていた張り紙を意地悪にも手で押さえつける。
「……すいません、その手、どけてもらえませんか?」
怖くないといえば嘘になる。
でも……こんな所で、こんな場所で……怖気つくようでは、
僕はこれまでに犠牲にしたものが全て無駄になる。
「あぁ?舐めてるの?字読める坊ちゃん?A級モンスターだよ?てめぇ、みたいのにしゃしゃり出られるとこっちも迷惑なの?わかる?」
彼らは名を上げるために、手強いモンスターの討伐は必要だ。
だが、そのためには、それ相応の準備が必要となる。
失敗するとわかっていても、横からそのモンスターを退治しようとするものが居れば、
彼らみたいな行動もわからなくもない。
「ねぇ、わかる?俺らでも手を出せずにいる相手だよ?ねぇ坊主?お前の何が俺たちより上回ってるのか教えてくれよ?」
「覚悟が違う」
頭だけを後ろに向けて、フーカが言った。
「あぁ?」
「名はナヒトと言うらしい…英雄の隣で共に死線を掻い潜る、貴様らのような小物とは違う、歴史に名を残すことになる人物の名だ、覚えといてやれッ」
「なに、ねーちゃん……なにものぉ?」
一人がフーカに絡み出す。
「がっ!?」
一瞬にして、その男の首を掴むと、
その場に立ち上がり、仲間の下に投げ捨てる。
「何している……さっさといくぞ、ナヒト、受ける依頼は決まったのだろう?」
「あ、あぁ……」
そう言うと、ナヒトは依頼の紙をこんどこそ剥がし取る。
「それと、その隣のも一緒に剥がして来い」
「って、おい、これはS級だぞ!?」
「少年……我を誰だと思っている」
ここのモンスターがどれほどのレベルかもわかっていないはずなのに、
フーカは臆することなく、自分には容易いものだと言ってのけた。
そして、ナヒトはその言葉を疑うことなく隣の張り紙も剥がした。
「はい、これは今日買い物のお手伝いをしてくれた、お駄賃」
そう言ってシスターリースはそこにある中でもっとも安いチョコのお菓子を
シエルに手渡す。
不憫には思う…でも、貧しい彼女達にはそれでも十分に贅沢だ。
「皆には内緒だよ」
そう言われて受け取ったチョコを嬉しそうに頬張るシエル。
皆には内緒だよと言われ、嬉しそうに頷く。
リースに手を握られ教会への帰り道。
シエルの頼みで、王国の近くの道を通り帰る。
「あっレクスだ」
中庭辺りに騎士が集まっていたが、
シエルがすぐさまその中からレクスを探し当てる。
その中の数名が国王より何かを受け取っていた。
「勲章の授与よ、国へ貢献した騎士に与えられる名誉あるものなの」
不思議そうに眺めていたシエルにリースがそう教えた。
「レクスには……?」
国王の前で膝をついている騎士は3名……
その中にはリリィの姿はあったが、
レクスはその後方で整列しているだけだった。
「レクスさんは素晴らしい騎士よ……でもね、国から認められて勲章を貰うってのとは少し違うの」
「どうして?」
「どうしてかな……レクスさんは優しすぎるのかな……それはすごくいい事のはずなんだけどね」
リースはそう言ってすごく寂しそうに笑った。
まったく理解できなかった。
騎士というのは人を守る正義の味方
そして、レクスは優しさと強さの二つを持ち合わせた、
彼女が正義の味方と定義するものにもっとも近い存在だった。
「皆、馬鹿……レクスが一番なのに」
「そうね……私達がそう理解している、今はそれで我慢しよ」
ポンとリースは繋いでいた反対の手をシエルの頭に乗せる。
シエルは不満そうに頭を縦に振る。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ」
叫ぶ……頭が真っ白になる……
何も思い出せない
何も考えられない
ただ、一つだけ覚えている。
正義の味方を許せない。
あのマイトと呼ばれる英雄だけは許すことはできない。
色んな憎悪が脳裏を支配する。
憎め、憎め、憎め、憎め、
怨め、怨め、怨め、怨め、
正義は敵…… 英雄は敵…… マイトは……
否定しろ……
否定しろ……
「アアアアアアアアアアアアアアアア」
下水道に身を潜めていた包帯男は、
何かに苦しむように何度も雄たけびをあげる。
マイト……マイトは何処だ。
アイツは必ず殺す。
何としても消してやる。
許さない、許さない、許さない、
望んでなんていない……
否定しろ……
僕はあんな正義を望んでいない……
否定しろ……
正義を許すな……
英雄を許すな……
僕があんなものになりたかった訳がない……
「ウアアアアアアアアアアアアアーーーー」
言葉にできない……
もう、自分の理性が保てない。
それで……いい。
それでもいい。
それで、あの男に目にモノを与えられるのなら。
もっと、僕を支配しろ……
それで、力が増大するというなら、
もっと、俺を取り込め……
アクマにでもなんでも……僕はなる。
これまでの自分を否定するような結果になったとしても。
もう、あの日には戻れないと知っていても……
「マァーーーーィーーートォーーーーーーー」
下水道に悲痛の声がこだまする。
なぜ、そこまで奴を憎むのか…もはや彼自身も余り覚えていない。
邪気に蝕まれた身体はもはや……ただ……怨みをはらすためだけに存在していた。
『本当に……行くのか?』
「馬鹿なの?それ以外に選択肢があるとでも……?」
彼女いわく、神に願ってまで手に入れたいものが無い彼女は、
今回、聖戦メンバーが集合をかけられた、
大聖堂へ集められることになった。
開催式のようなものだろうか。
もちろん、大聖堂での対決は禁止されている。
それでも、やはり敵対するもの同士が全員集まることになる。
『てか、俺とあんた二人だけで向かうのか?』
「別にその場で戦闘になるわけでもないのよ……態々、手駒を全部見せてやるつもりはないわ」
それもそうだ。ただ……俺は連れてくのな
もう間もなく0時を回るところ。
俺たちは大聖堂の前に辿り着いていた。
この世界の中心となる場所に位置するこの大聖堂。
ここまでの道のりは決して近くは無かった。
『入らないのか……?』
大聖堂の入り口で足を止めたアリスにそう尋ねる。
「馬鹿なの?貴方が先導するのよ」
左様ですか……まぁ、アリスの言葉を信じるなら、ここでいきなり襲われることもないだろう。
少しだけ、緊張しながらも、右手でぐっとその扉を押し開ける。
真っ暗だった。
その集合がデマだったのでは無いかと思えるほど、
その大聖堂の中は、今開いた、ドアから入る月の光だけが照らしている。
ほぼ、気配を消している……
中にすでに何人集まっているのだろう。
数名だけ……明らかに場違いの素人の気配がする。
俺と同じ付き添いで来ている連中だろう。
臆する様子を見せぬ様、中へと突き進む。
暗闇の中、数多くの目がこちらに向いているのがわかる。
俺の後ろを黙ってアリスが続いて歩いてくる。
ギィとドアが閉じられ、再び中が真っ暗になる。
瞬間、不意にいくつかの蝋燭に火が灯され、
ぼんやりと周辺の様子を見渡せるようになる。
「さて、今宵……聖戦に選ばれし7人がここに出揃いました」
一人の神父の衣装に身を包んだ男が途端に語り始める。
かなり後方の奥の長椅子に座っている、ぴんく色の髪の女……
気配をほとんど消していて、正直入った瞬間は気づけなかった。
間違いなく、聖戦メンバーの一人だろう。
まったく、この行事に興味が無さそうに、居眠りでもしてるかのように俯いている。
神父のまん前の席を陣取るように、
露出の高い服の褐色の女…
その隣に、やや不釣合いの少年。
その逆側の席に、金髪の男。
その少し前方に律儀に姿勢良く立っている白髪の男。
ロビーを見渡せる高い場所にあるテラスからひっそりと立っている赤髪の女。
そして、最後に自分とアリスのすぐ側に、足枷と手錠をかけられている薄紫色の髪の男。
「今宵より開催される、聖戦……この戦いに勝利する者だけが、この奥におられる、神へ」
「己の願いを伝えることが許される……その願いは世界そのものを変えられるだけの効力がある」
「勝手にやれよ……俺は興味が無い、俺はそれを言いにここまで来た」
足枷と手錠をされた男。
「魔王の力を持ち、誰もが羨む力を持ちながらもなぜ……何も望まない?」
神父らしき男はアシュにそう言った。
「僕は、僕が望んだ人たちが少しでも幸せに生きて行ける環境があれば、それ以上は望まない……」
「……アシュと言ったか?この世界でその少しの幸せを手に入らないものも沢山いる」
「なら、それを願いにするのも一つの手ではないのかな?」
「まぁ……いい。望むも望まぬも、神に選ばれた君たち7人は互いに競い、最後の一人となり、神に認められる他に無い」
「今宵、この後、この大聖堂より出た時点でこの度の聖戦が始まる」
その後の、話はほとんど頭に残っていない……
多少のルールやらを色々と話していたようだが、
様は殺し合い、最後の一人になるまで、この聖戦という名のゲームは終わらない。
気がつけば、話は終わっていて……
アリスと俺の二人だけがその聖堂に残されていた。
ここを出ればすでに、聖戦が始まっている。
言うなれば、ドアを開けた途端に今度は襲われる可能性があるということだ。
その途端、大きな爆発音が外より響く。
早くも誰かがやりあっているのか?
アリスの顔を見て、決意をして、
音をした方へ向かう。
大聖堂周辺はほぼ平原に近い感じで、
そこに、ほぼ六人が集結している。
いきなり乱戦なのか?
全員が睨みをきかせるような感じだが、
今のやり取りは、足枷と手錠をした男と、赤い髪の女……この二人のようだ。
「いやぁ……ごめんねぇ、なんか足枷と手錠なんてつけられて、さっきかなりやる気なさそーな発言してたからさぁ」
「殺してくださいって言ってるかと思って……」
「ほんのご挨拶♪」
赤い髪の女は見下すような顔で、どこからか現れた剣を手に取ると、それを足枷の男へ投げ飛ばす。
「……言っているだろう。俺抜きで勝手にやっていろと」
剣を取り出した方もどこから取り出したのか不明だったが、
その投げられた剣は、足枷の男に届くことなく、
剣先から高速に分解されるかのように、消滅する。
「なるほど、これはすごい……さっすが魔王様♪」
そう言って、女はニヤリと笑うと、
カキンッ金属がぶつかり合う音がする。
足枷の男を目掛け後方から飛んできた、剣を白髪の男が弾いた。
「やめないか……こんな場所で早くもやり合うことはないだろう」
「どうにも、男連中は激甘な奴らが多いなぁ」
「いずれ、殺り合うんだ、どこだって一緒だろ?」
へらへらとした顔で赤い髪の女は続ける。
「ねぇ、君もそう思わないか?」
女は目線だけをこちらに向けた。
俺に言っているのか?
『さぁな……俺は聖戦メンバーじゃないからな』
「そっか……そっちの魔女様が聖戦メンバーだったっけ?」
「んー、でもそっちの魔女よりあんたの方が出来そうだけど?」
『悪いけど、俺にはあんたたちに対抗するだけの力は無いよ』
「嘘つくなよ…基礎能力は確かに高く無さそうだけど…私達が見抜けねぇ訳ねぇだろ?私達を倒す為だけの切り札隠し持ってる…それもかなり未知な力だ」
試してみようと、赤い髪の女の標的が俺に変わったような気がした。
瞬間、女が持っていた携帯無線機が音を鳴らす。
「あぁん……いいところだったのに、何だよ」
「わかってるよ、挨拶するつもりだっただけだ……たくっ」
乱暴に無線機を切る。
「たく、まぁ、私ばっか手の内見せちゃう訳にもいかないか……」
そう言って、赤い髪の女はどこからともなく変わった装置を取り出すと、
光が彼女の頭の上から下がってきて、
その光に包まれた場所から姿が見えたくなる。
「なんらかの移動手段を持った機械みたいね」
アリスが少し興味深そうに言った。
『一番、やばそうな奴が消えたがこの状況……』
気がつけば、ぴんく色の髪の女も消えていた。
足枷の男も、僕にもう構うなと言ってその場を立ち去ろうとしている。
それに並び白髪の男もどこかへ立ち去る。
「さて、どうする? やるというなら、我は一向に構わぬが」
紫色の髪の女がそう言う。
「おい、フーカ、勝手を抜かすな」
側に居た男が紫色の髪の女にそう叫ぶ。
「まぁ、よい……開始初日に潰しあうってのも余興としてはいき過ぎであろう」
「わっ馬鹿、離せっ」
そう言うと、フーカと呼ばれた女は、隣の男を軽々しく担ぎその場を立ち去る。
そして、残ったのは金髪の男。
「ふっ、そう警戒するな……俺もここであんたらとやり合うつもりはないさ」
「俺はマイト……せっかくだ、軽く自己紹介くらいしておこう」
金髪の男はそう名乗った。
『イシュトだ……こっちはアリス』
「馬鹿なの?勝手に人の紹介までしないでくれるかしら」
勝手に話を進めたことを不愉快そうにアリスが言う。
『名乗られた以上、名乗るのは礼儀だ』
アリスは馬鹿なの?という言葉で返事をする。
「イシュト、貴様は聖戦メンバーでは無いのであろう?何故、その魔女に手を貸す?」
『俺は正義の味方だからな……困っている奴はほっとけないのさ』
くだらない……という意味なのか、マイトは苦笑する。
その途端、
まるで、俺とマイトという男の間に隕石が落ちたかとおもうような衝撃が起きる。
「……セイギ……ユルサナイ、セイギ……コロスッ!」
不意に包帯を頭に巻いた化け物が姿を現す。
「……セイギ……セイギ……ツブスッ」
すごい勢いで包帯男がイシュトを目掛け襲ってくる。
見るからに一撃、一撃が重たいが、その分、見切りやすい。
ただ、一撃でも喰らったらひとたまりもなさそうだ。
回避を繰り返すが、包帯男の重い一撃は目標を失い地面を破壊し、
その破片がイシュトまで届き、さすがにその回避までは間に合わない。
「あの化け物……俺を追って、ここまで来たのか、が、理由がわからんが……今回の標的はあのイシュトとか言う男のようだな」
「ふん、このままつきまとわれるのも面倒だ、後はあの男に任せるとしよう」
そう言ってマイトは高く飛び上がると、高速でその場を後にする。
「イシュトっ伏せなさいッ!」
そう言うと、アリスは包帯男に向け、複数の火の弾を放つ。
攻撃本能が高く防御本能が薄いのか、避けることができずそのほとんどを受け止める。
「ガァーーー、セイギ、ユルサナイ、セイギ、」
身体が焼けるようにプスプスと黒い煙を身体から放っていたが、
焼けた皮膚があっという間に回復していく。
「セイギ……テキ……セイギハ……テキ……」
ただ、その言葉を繰り返し、イシュトへ襲い掛かる。
疲れることを知らぬその化け物の一撃は、
相変わらずの威力で、避けるのがやっとだった。
『……高速再生……やっかいだな』
隙を見ては、短剣で一撃をくわえるが、多少怯む程度でその傷を回復させる。
こういった相手は、斬撃より衝撃の方が効果的のような気はするが……
ただ、回避に専念し、イノシシのように突進してくるその化け物をやる過ごす。
このままじゃ、ジリ貧だ……先に体力が尽きてしまう。
その怪力から繰り出される一撃で破壊される地面の破片が、
徐々にダメージとして効いてくる。
相手は、怪力でまともに遣り合っては勝ち目は無い。
ただ、知性の低い獣よ様に襲い掛かってくる……
目の前の敵に迷いも無く向かってくる…
そして、また……化け物はイシュトを目掛け、ただまっすぐに立ち向かう。
イシュトは動かない。
自分を目標とし迫ってくる化け物。
彼女の力を信じているから。
避ける必要は無い。
「グアッ!?」
凄い勢いで突進してきた化物が、イシュトの目の前で首の骨がへし折れるかの様な角度まで曲げ、見えない壁にぶつかりずるりとその場に崩れ落ちる。
アリスが造りだした防壁に勢い良く頭から激突し、脳震盪を起こし、さすがの化け物もしばらく動けないようだ。
『助かった…今のうちにここを離れよう』
「……この男……この臭気」
『アリス……どうした?』
「なんでも無いわ……さっさと行くわよ、下僕」
『いい加減、その下僕はやめろよっ』
聞こえてないのか、聞いてない不利なのか、足早にアリスはその場を立ち去る。
とりあえず、今日を生き延びた。
ついに始まった聖戦……
それに選ばれし7人はそれに恥じぬ力の持ち主だ。
俺は……守らなければならない。
いや、俺一人ではない。
マリさん……他にも魔女には彼女いわく下僕……
その数名がまだ居ると聞く。
大丈夫だ……
俺は、俺に……関わる者全て、守ってみせる。
それは、十分に俺の戦う理由になる。
「かはっ……」
アシュが口から血を吐き出す。
「やめろっ、彼はまだ子供だぞッ、こんな真似は」
ブレンが叫び拘束され動けぬ少年に牢獄の中で繰り広げられている行為に静止を呼びかける。
オルガニアの上級兵がアシュを取り囲み、
鉄の棍棒を振り回しては、
国のために聖戦に参加させようと制裁を下している。
アシュはただ、廃人のような目でどこかを見つめ……
彼らの言葉には一切耳をかさない。
そんな行為で自分を支配できるつもりなのだろうか?アシュは思う。
全く自分の力も理解していない。
こんな拘束なんて何の役にも立たない……
自分はその気になれば、ここに居る連中を即座に処刑できる。
全く理解していない。
自分という存在を……
自分がどんだけ危険な存在なのかという事を。
そう思うと馬鹿らしくなり、
自己防衛とかそんな気も起きない。
それに約束した。
おっさんに。
この力はおっさんやその身近にいる、守るべき人たちの生活を豊かにするために使う。
こんなつまらないことで、その意思を曲げてたまるか。
殺したければ殺せ。
俺は絶対にこの意思を曲げたりしない。
・・・・・・・・。
「あぁ……?」
記憶が無い…
どうやら、しばらく意識を失っていたのか。
額が生暖かい…
真っ赤な液体が未だに流れ落ちている。
俺は何時間……意識を失っていたのだろう。
とりあえず、身体を動かそうと両腕を動かす。
ガシャリと鉄の音が響き、
自分が鎖で壁と繋がれたままであることに気がつく。
「アシュ……気がついたか?」
鉄格子にしがみ付くように、中年の男が自分を心配そうに見ている。
何もしてやれなかった自分を悔やむように、
悲しそうな顔で俺を見ている。
あぁ……そんな顔をしないでくれ。
俺は、あんたたちが笑っていられる世界を造りたくて、
その気持ちがあったから……ここまで絶えてきたんだ。
「おっさん……なんちゅー顔してんだよ? こんなんで死んでたまるか……」
安心させるように俺はおっさんに微笑む。
きちんと笑えているだろうか?
「なぁ……おっさん……絶対作ろうな……おっさんの家族とその周辺の人々が笑って暮らせる町……絶対作ろうな……」
縋る様に…… 託すように……
「……あぁ……絶対にだ。そして……アシュ……その家族にはアシュ、お前も合わせてだ」
「あぁ……早くそんな日が来るといいな」
アシュはそんな日を夢見て、再び深い眠りに落ちた。