序章 2
この世界には神が居た。
神と呼ばれる少女は誰もが望む世界を造ろうと思った。
だが、いくら作り変えても、誰もが幸せになる世界は出来上がらなかった。
パズルは幾度くみ上げても、いつの間にか形を変えて、
何度も何度もピースを作り変えた。
それでも、何時までたってもそれは完成できなかった。
少しだけ苛立ちを覚えた。
それでも続けた。続けなければいけないと思った。
だって、自分は神なんだ。
理由なんて知らない。
気がつけば、自分はそこにあったのだから。
幾度もパズルをひっくり返しては、納得するまでそれを組み替えた。
終わりなんて到底見えなかった。
気がつけば、始まりがどこだったのかさえ思い出せない。
次第に、ころころ考え方を変える人間達に少女は考えを合わせるのを辞めた。
だから、人間達にそれを考えさせようと思った。
聖戦というシステムを組み込んだ。
その中の一人の意見をこの世界に組み込んでみようと思った。
そうすれば、彼らの望む世界に近づくのだと思った。
だから、それを繰り返せば、きっとパズルは完成するんだと…そう思った。
「よぅ、おはよお、オッサン」
少し緊張した面持ちで入ってきた中年の男に、
独房の中から少年は挨拶をする。
「あぁ………」
横目で少年を確認し、
余り関わりたくなさそうに、それでも、
準備されていたテーブルの席につく。
「なぁ、おっさん……ここ何でもいいから、何かないの?」
「さっすがに何も無いところに閉じ込められると気が狂いそうになるわ」
ぐぐっと伸びをしながら少年は言う。
「お前、自分の置かれてる状況……わかってるのか?」
再度、横目で少年を確認しながら中年の男は言った。
「まぁ……なんとなく……っても、こんな状況じゃ、後はなる様に任せるしかないでしょ」
こんな扱いを受けながらも誰も恨んでない……少年からはそう感じさせられた。
だが、相手は少年とは言え、魔王なんて呼ばれる力を持つ男だ。
「アシュ、アシュ=アストレイ……俺の名前、なぁ、おっさんは?」
そんなこちらの空気も読まずに少年は名前を聞いてくる。
「ブレン、ブレン=ガリアスだ」
少なくとも少年の2倍近く生きている………
どんな相手であれ、名乗られれば名乗り返すくらいの礼儀を持っている。
「てか、おっさん、それは?」
持ち込んだ、紙袋から一冊の本を取り出したところ、
少年はそれに興味を示す。
魔術回廊の本、今の職を離れたら、
魔術エネルギーを利用し、生活や社会に役立つ魔術技術の職に就こうと思っていた。
「ねぇ、貸してよ、見たい」
目をキラキラさせながら少年は言った。
「……お前みたいなのが見ても楽しいようなもんじゃないぞ」
手にしていた本を鉄の柵の隙間から手渡す。
壁に背をつけるように座ると少年は黙ってそれを読んだ。
その間、30分くらいお互いに会話をせず、
黙ってそれに目を通した。
「なぁ……おっさん」
そんな沈黙を破り、少年は口を開く。
「俺の魔力もさ……こんな風に社会のために活用できっかな?」
彼が何を思ってそう口にしたのか……
本を見つめながらそう呟いた少年の顔が、
ランプの明かりに照らされえ、
それは、なんだか寂しそうにも見えた。
「よし、おっさん……俺決めた!」
何と声をかけていいのか、迷っていたところ、
少年は何か吹っ切れたようにそう叫ぶ。
「なぁ、おっさん、次ここに来る時、ノートとペンを持ってきてくれ」
「あと、この本とおっさんが持ってる本、置いてってくれないか?」
淡々と話を進める少年に戸惑う。
「俺さ……俺の魔力を今後、どう活用するか自分で決めたいんだ」
「世界の皆ぶっ殺すような魔力よりさ、やっぱ、皆を生かす魔力の使い方ができた方がいいだろ?」
その使い方を自分で決めると少年は言った。
この置かれた状況で、この後どんな仕打ちをされるのかも解らないというのに…
この少年は何故こうも前向きにいられるのだろう。
こんな状況に追いやられながらも何故、誰かの助けになろうと思うのだろう。
「どうしてだ……?」
聞いて危険だと思いながらも聞かずにえられなかった。
「そんな力があれば、もっとあるだろ? この国一つ言いなりにするのだって容易い……違うのか?」
誰もが同じ質問をする…そんな風に思われたのかもしれない。
「なぁ……おっさんはさ、力で支配して誰もが言いなりになる……そんな贅沢な世界、それと、それなりに豊かな町で小さな家庭で、少し苦労しながらも幸せに暮らせる世界と、どっちの世界で暮らしたい?」
持たぬ者からすれば、前者の選択ができるものがそれを望まないなんて思わないだろう。
「俺さ……人間が好きだ。って、俺も人間なんだけどな………」
化け物なんかじゃないんだぜ……と付け足す。
「そんな人間に恐怖されながら生きていくなんて……そんな世界は……嫌だ………」
「だからさ……俺にすっげぇ魔力があるってんなら、それは……人に恐怖をさせるために使いたくない……できれば沢山の人を幸せにしてやりたい……」
「なぁ……おっさん、そんな方法はきっとあるんだよな」
少年はどこまで本気で言ったのかはしらない。
少年がいつか心変わりして、正反対の行動を起こすかもわからない。
それでも……
「ある! 絶対にある!!」
涙を堪え、おっさん、ブレンは少年の言葉に、心を強く打たれた。
レジストウェルにあるホテルの一室。
ナヒトと名乗った少年は一人、部屋の窓を眺めていた。
すっかり太陽は隠れていて、眺めていたそとの窓の明かりも少しづつ消えている。
安いホテルとはいえ、手持ちの金でいつまでここにいられるか…
それに、あの英雄をこの世界に維持させるには、
魔力の持たぬ少年は魔力の持つ武具を調達し、それで食いつなぐしかない。
課題は山ほどある。
僕はあと、どれだけの月日を生きられるのだろう。
ガチャッと浴室のドアが開き、褐色の女がバスタオルで頭を拭きながら現れる。
「たくっ、相変わらず、いつも難しい顔をしておるの、貴様は」
そう言い放ったフーカと名乗った褐色の女に目を向ける
「なっ……おま……な……な………」
顔を真っ赤にし少年の動きが固まる。
「どうした、我を召喚した時よりも動揺しているようだが?」
指だけを向けて固まってるナヒトにフーカが疑問の言葉をかける。
「ふ……服を着ろッ!せめて、バスタオルで身体を隠せッ!」
裸でどうどうと現れた女にナヒトは慌てて顔を反らしてそう言った。
「身体を拭かねば、服は着れぬ、バスタオルを身体に巻いては頭が拭けぬではないか」
「それに、我と貴様とは別になんの関係も持たぬ……何の問題もなかろう?」
「逆に問題だろーがッ!」
突っ込むのに、フーカの方も目視するが、すぐに視線を反らす。
「ふむ、時に少年……一つ貴様に問わせてもらおう………」
「なんだよ……」
「お主……もしや童貞か?」
「なっ……関係ないだろッ!何を言ってるんだッ」
この反応……間違いないなとフーカは思った。
「関係なくもない……我と共にこの聖戦を駆け抜けるパートナーが童貞ともなると、それは、それで我としても考えさせられるものがあるの……」
「か、考えなくていいだろッ」
「わかった、わかった、そう余り叫ぶなッとりあえず、我の方を見てきちんと話せ」
そう言われ、再度フーカの方を見るが……
「だから、さっさと服を着ろよッ」
「いちいち、反応の面白いやつよの」
「早く寝るぞ……明日も早い、金銭や魔具を確保する手立ても探さないとならないんだからな」
そう言って、ナヒトはベッドにそそくさと逃げシーツを頭の上まで被る。
「この間、覗いた店のもの、全て強奪すれば済む話ではないのか?」
「馬鹿かお前は、そんな目立つ真似、只でさえ僕は自分の家族からも追われる身なんだぞッ」
「ふむ……なんともじれったいの」
そう言って、横のベッドにも人が入る気配を感じる。
あいつ……絶対に服を着ていない。
あと、何日生きられるだろう………
その来るべき日に、僕は目的を果たせているだろうか………
本当に僕は……この目的のために全てを投げ打ってよかったのだろうか。
今は解らない。
ただ……後悔はしていない。
後悔はしたくない。
聖戦の主催地を目指していた。
馬車に揺られているのは少人数。
村に居た数人とそこの英雄となった男、マイトと呼ばれる男だった。
果たしてこの聖戦と呼ばれる者がどれほどのものなのか。
もちろん、自分の腕なら一番になれると思っている。
それでも油断をするつもりもない。
「ウオオオオオオオオオオオオオ」
村の移動中に何度も聞いた声。
「いい加減にしつこい」
マイトは素早く動くと、その声の主を捜し当てる。
同時に包帯男がマイトを見つけるなり攻撃をしかける。
「頭を潰せばてっとり早いのだろうがな……」
包帯男自体はどうとでも処理できるが、
あの包帯部分だけは簡単に射抜くことは難しかった。
「マァーーーィーーートォーーー」
手足を矢で射抜かれても構うことなく突っ込んでくる。
「やはり、手足を吹き飛ばすだけでは無駄か」
が、マイトの放った矢が包帯男の右足を吹き飛ばすと、そのままバランスを崩し地べたに崩れ落ちる。
このまま葬ってやろうとも思ったが、
こんなヤツに己の余力を使うことも無い、
再生するとはいえ、今のうちに移動距離に差をつけておけば、
早々に追いついてくるもないだろう。
そう考え、マイトは馬車へ引き返す。
「マァーーーィーーートォーーー」
包帯男のその叫びだけが空しくこだまする。
その様子を遠くから見ている女性、リエラ。
「ねぇ……マイト……本当に貴方はこんな風になりたかったの?」
リエラはマイトが居る方向とは全く反対を見て言った。
「ねぇ、レフィ、レフィってば、明日出発するんだろ?聖戦ってやつ」
とある町の酒場。
レフィと同じく傭兵業をしている女が隣の席に座り話しかける。
「なぁ、私も連れてってよッ」
会話もする気もなさそうに目も合わさず、
レフィは自分の前の飯だけを黙々と食している。
そもそも、少し前に同じ仕事を受け持ってから、
その後も勝手に同じ依頼を引き受けては付きまとっている。
「聖戦であんたの力がどこまで通用するのか、あんたが最強になれるのか……」
「これまで、あんたの力を目にしてきたからさ、最後まで見てみたいんだよね」
「それに、レフィが最強だって証明するには証人が必要だろ?」
確かに自分が最強になったことを実際に見届ける人間が居るにこしたことはない。
彼女の目的が本当にそれだけなのかわからないが、
レフィにとっては、今回の聖戦に勝ち残り勝者として得られる最強という称号を得たいだけだ。
正直、彼女の全てがどうでもいい。
そもそも……
「あんた誰?」
ようやく口を開いたレフィに彼女は衝撃を受けた顔をする。
「今更……今更そこ?何度も名乗ったのに 名乗ったよね?」
「タリス……タリスちゃんですよ?ねぇ、聞き覚えあるよね?」
割とめんどくさい性格かもしれない……
どうしたものか……
別に彼女を守ってやるつもりはない……
勝手についてくるなら好きにしてもいい。
邪魔になるなら躊躇無く切り捨てる。
それでも、足枷になる可能性は……
「あんたが、勝手についてこようと知ったことでは無い。今日までだって同じだった…私にとっては居ないのと同じことだ」
多分、彼女なりの答え。
「そっか、んじゃ、勝手にさせてもらう……でも、私の名前くらいはちゃんと今日覚えてよ?」
「次の町でまた、あんた誰?なんて言わないでよ?」
「………、わかった、……タリア。」
………。
「……タリス、タリスちゃんです。惜しい、惜しいけどタリスちゃんです」
必死に訴えるタリスを他所に、
当の本人は訂正されても、自分がどう呼び間違えたかすでに覚えていない。
興味が無い。
他人に何の興味も無い。
相手が強いなら斬り、
何か得られる相手なのかどうかというだけ。
最強になる……どうしてそんなものを目指しているのか。
目指さないとならないのか。
復讐を遂げた日、生きる意味を失った日……
奴が彼女にかけた呪いの言葉。
「シスターが留守にしている間、少しだけ預かるって……あんた本気で言ってるの?」
アクレクア……の騎士達の寮の中。
シエルはレクスに手を引かれいた。
そんな二人に金髪の綺麗な長い髪の女性騎士がレクスに少し強めに言い放った。
「その子、孤児の子でしょ……そんな子をここに連れ込んだのがバレたら……それに、貴方、聖戦に選ばれたのでしょ?こんなことしてる場合じゃ……」
呆れたように彼女は言う。
「だから……リリィさんしか頼る人がいなくて…」
男子寮にはつれていけないと思い、
面倒を見てくれそうな彼女の元へつれて来た。
「え……わたし……しか……?」
レクスの言葉に少し頬を赤らめ、少しだけ考える。
彼女の名はリリィーシア
レクスの先輩騎士で有り、
アクレクアの女性のみの部隊のリーダーをしている。
そして、今彼らは彼女の部屋に来ていた。
「とりあえず、私は少し城に用事があるから、私が戻ってくるまで、部屋を使っていていいわ……」
そう言って、彼女は化粧台の口紅を塗りなおすと、
すぐ戻るから大人しくしててと、部屋を出て行った。
彼女は王国一と言ってもいいぐらい美人だ。
故にオシャレにも相当な気を使っているようだ。
あの口紅は輸入品らしく、入手に苦労したレアものらしい。
前に手に入れたことを彼女が嬉しそうに語っていたから覚えている。
「レクスーなにこれぇ?」
リリィが唇にぬっていたのを不思議そうに思い出し、化粧台のそれを手にする。
「こらこら、人のものを勝手に触ったらダメだよ……それより、せっかくだから……風呂に入らせてもらおう」
孤児院は余り裕福ではない……だからきちんとした風呂には早々入れない。
風呂場のドアに目をやり、少しだけ目を離し再度シエルに目線を戻す
「ぐふぅっ」
見よう見まねで、リリィの口紅を唇にぬったくって、
適当にぬったくられたそれは、唇からはみだして、
彼女は不満げに自分の顔を眺めている。
そっと戻しておけばばれないだろうか……
シエルから口紅を奪い取るとそっと元の場所に戻す。
「シエル……今、湯を沸かすから、風呂を使わせてもらうといい」
そう言って、浴室に入り火をつける。
そう時間もかかることなく、お湯が沸き、シエルに使わせようと部屋に戻る
「ぐふぅっ」
「チューーーリップ♪ チューーーーリップゥ♪」
謎の歌を口ずさみながらシエルはリリィの口紅を使って、
床に落書きをしていた。
これは、手遅れだ……そっと戻しても……ダメだ。
買って返すといくらくらいするのだろう……
そもそも、簡単に手に入るものだろうか……
とりあえず、床の掃除をしよう……
「とりあえず、シエル、お湯が沸いたから風呂に入っておいで」
半場、押し込むようにシエルを風呂に入れる。
自分は濡れたタオルで床の落書きを拭き取る。
そして、何分もしないうちに浴室のドアが開かれる。
「レクスーーー、風呂入ったよぉ」
身体もふかずびしゃびしゃのまま……現れる。
「シエル、服、服、」
レクスは彼女の服を探して浴室へ向かう。
「着替え~着替え~」
服を持って出てきたレクスとは別な方向に走って行くと、
タンスの一番下の段を開ける。
「レクスーーーー見て、見てぇーーー」
「リリィーのパンツ」
「ぶふぅっ」
シエルが薄い青の布キレを広げて見せる。
「シエル、早くそれを元の場所にッ」
そんな言葉も聞かず、ポイっとそれを後ろに放り投げると、
別の場所をあさり始める。
ひらひらと宙を舞っていた布キレは、
レクスの頭の上に落下する。
それに気がつけないほど、一瞬にしてこの部屋の荒れようは酷かった。
ガチャンとドアが開く音がした。
紙袋のがさがさと言う音がして、
「レクスー、あんた達の分の弁当買って着てあげたわよ…」
・・・・・・
「…………リリィさん……えっと……違うんです」
無表情で黙り込んでしまったリリィだが、
その静かな怒りは、彼を十分に震えさせた。
散乱した部屋。
裸で走り回る幼女……
頭の上にはリリィの下着。
「…………リリィ……さん?宜しければ……冷静に話し合う余地を…………頂きたい……のですが」
・・・・・・。
とりあえず、部屋の掃除が終わり、
レクスの首から、
【反省中です】【ロリ 危険】【変態仮面】と書かれた三枚のプラカードが下げられ、
正座を強制され、ようやく弁解の機会を与えられた。
結局、シエルをかばおうとほとんどの罪を自分で被り言い訳をほとんどしなかった。
もちろん、彼女も彼がどういう人間かは知っているつもりだ。
だからこそ、彼をそれ以上に責め様とは思っていない。
ただ、しばらくプラカードは首から下げさせることにした。
三人でとりあえずリリィの買ってきた弁当を食す。
「リリィさん……あの口紅……」
「別にいいわよ……」
ちょっとだけ複雑だったけど、もう目を瞑ることにする。
「……だけど、一つだけ条件をつけさせてもらっていい?」
そちらの方が彼の気持ちもすっきりするのだろう…
その要求を受け入れる。
「今からさんづけ禁止ね?」
「えっ……そんだけでいいのですか、リリィさん?」
「って言ってる側から守れてないじゃない……次から返事しないわよ?」
「えっと……わかりました。リリィ……」
「敬語も禁止にしたいけど……まぁ……それはもう少し後でいいわ」
リリィと呼ばせただけで、それだけ彼女的に満足したようだった。
「おきなさい、駄犬」
そんな不快な目覚めの言葉をかけられる。
『どうした、こんな時間に……』
といっても、今が何時なのかは理解していない。
魔女と呼ばれるアリスがいつの間にか俺に与えられた部屋に居た。
「幸せ一杯の下僕には悪いんだけどさっそくだけど仕事を与えるわ」
『うん……突っ込みたいところだらけなんだが、まず俺が幸せそうに見えるのか?』
「そうね……美人のご主人様に起こされて幸せ一杯って顔に書いてあるわ」
「だから、顔を洗ってきなさい」
『そんな顔はしてねーし、書いてもいねー』
「いえ、書いてあるわ」
『……お前って意外と自信過剰なのか?』
「馬鹿なの? 本当に書いてあるもの…さっき私がマコに書かせたから」
『それを早く言え、顔を洗ってくるッ!』
鏡を見て、苛立ちを隠せないが、取り合えず顔を洗う。
落書きなんてされていなかった。
顔を洗って、部屋に戻ると新たなる来客が居た。
短い黒い髪に黒縁の眼鏡…明らかに新顔だ。
「いよぉ……あんたが新しい私の舎弟だなぁ、私はマリシア、マリ様と呼んでいいぜ」
・・・・・。
「あたっあたたたたっ ちょっと新入り君……マリさんの頭をそんな風につかんじゃダメ」
「潰れちゃう、マリさんの頭潰れちゃうからね……」
機嫌の悪い所に、現れた痛々しいキャラに俺なりに誠意をこめて、
アイアンクローをかましながら挨拶をする。
『イシュトだ、マリさん?なんかマコとかぶってるな……マリシアでいいか?』
「様をスルーして、さんづけからいきなり呼び捨て? ……フザケルナ……って、痛い痛い、とにかく手、手をマリさんの頭からはぁなーせぇーっ! 話はそれからだ」
さすがに可愛そうになり、手を離す。
「あーまぢ、いてぇ……たく、マリさんは大人の女性だから、この程度で怒らないけど、まぢで即刻処刑もんだぞ、新入り」
「いいか……マリさんは上下関係には厳しいからな、イシュト…知ってるか、犬ってのは家族内で勝手に上下関係を決めやがるんだ……ご主人様を一人決めて、勝手に他を自分以下に決めやがる、そうならないためにも、貴様に教育をして……痛……痛たた……痛い、ねぇ、痛いよ……イシュトさん、マリさんちょっとだけ宙に浮いちゃってる。イシュトさん、人は頭を掴んで持ち上げちゃダメ、ダメなの知ってる?」
『いや……確かにマリさんの言うとおり、上下関係は必要だと思うんだ。犬ってのは知らない顔が混じると勝手に自分の下と決めつけたがるからな』
「うんうん……マリさんもそう思う、そう思うからね、痛い、痛いよ…マリさんの頭蓋骨がちょっーとばかし、ヤバイかなぁ、そろそろ、降ろそうか?マリさんを大地に足をつかせようか?」
女性に対して少し攻撃的になってしまった。
正義の味方としてよくないな…反省して言われたとおり、
手を離してやる。
「よし、マリさん大地に立つ……じゃねーよ、なんだよ、よくも、アイアンクローをしたね、親父にもアイアンクローをされたことないのに……ってなげーよ、言いずれーよ、お気に入りの眼鏡が壊れちまうだろ?」
自分の頭の心配より眼鏡…?
「まぁ……マリさん、眼鏡があってもなくても、ナイスガールだけどな。新入り、お前には高嶺の花だからな……惚れるんじゃねーぞ?……やめっ痛いッいた……」
『僕がマリさんを一番うまく扱えるんだ!』
「痛い……いたた、マリさん大地に立つネタ終わってる……、さっき終わってたよ……?あれ、最終回だったみたいだなぁ……兎に角、そのクローは辞めようか、ちょっと女性に使う技じゃないなぁってマリさん思うんだよなぁ……」
「あんた達、一瞬にして随分と仲良くなってるじゃない……」
アリスがベッドの上に腰を書け、一連のやりとりをずっと見ていたようだ。
「アリス様ぁ~見てたなら、助けてくださいよぉ……この下僕、ちょっと教育足りてませんよぉ……あ、また、また……力がはげしくぅ、あぁ……痛い、ほんと……痛いってばッマリさん、コレが初めて、初めてなんだよ、初体験の人にちょっとはげしすぎるかなぁってマリさん思う……」
とりあえず危ないこと言い出したし、話が進まないから解放してやる。
「あぁ、取り合えず、距離を取ろう……新入り、距離を取って話し合おう」
マリさんに二歩ほど距離を置かれる。
「ちきしょー、さすがのマリさんも、ウルトラ級の常識外れの新入りの行動パターンには振り回されるぜ」
『マリさん、よし、語り合おうっ、もっと近くでさ、拳の届く範囲で話し合おうぜ』
アイアンクローの素振りをしながら言ってやる。
「マリさんの醜態に欲情してる変体新入り野郎が、これ以上マリさんに触れるんじゃねぇ」
「ばーか、ばーか、距離を取っちまえばこっちのもんだ、このマリさんが二度と貴様なんか……いたっ痛いってば……ごめん、ごめんねぇ、マリさんもちょっと言い過ぎたかもって…反省、反省しようかなぁ?ダメ、痛いなぁ、メキメキ言ってる……変形しちゃうなぁ……マリさん二号になっちゃうなぁ……登場してすぐ、二号のお披露目は早いかなぁ……君の手が思いの他、手長猿並みに長いのが予想外……痛い、いたた……違う、思わない、思いません、思わせません」
そろそろ、収拾がつかなくなりそうだし手を離す。
『で? アリス……俺をこのポンコツ娘と引き合わせたのには意味があるのか?』
だんまりを決め込んでいた魔女に聞いてみる。
「……そうね。引き合わせたこと事態には意味はあったつもりだけど、私の存在をそっち抜けで勝手に宜しくやっていたことには……そうね……二人仲良く殺してあげるわ」
さらりと恐ろしい事を言ってのける。
案外、寂しがりやなのだろうか。
「アリス様、ごめんなさい、まぢでごめんなさい、全部、こいつ、こいつが悪いんですよぉ」
「私が将来、素敵な王子様に捧げるために守ってきた初アイアンクローを簡単に奪いやがったんですよぉ」
こいつは、将来の恋的相手に何を求めているのか。
「まぁ……いいわ。そのことについてはとりあえず……それよりも、イシュト……あなたをぶっ殺すわ……」
またしても、さらりと恐ろしいことを言ってのける。
「人のこと、さらりと呼び捨てにしたわね」
馬鹿なの?と冷たい目で俺を見下す。
「えぇ、やっちまいましょうよ、アリス様、誰が本当のポンコツか教えてやりましょうよ、いろいろと、二度と使い物にならな……あぁ、痛い、痛いです……た、たちゅけ……あぁぁっ マリさん使い物にならなくなっちゃ……あぁー あぁー」
どうにかして、黙らせたいが……ダメだ、コイツどうやっても煩い。
「あぁー らめ、らめぇ、マリさん、らメになっちゃー あぁー」
「ちょっと、その煩いのを解放しなさいッ話にならないわ」
納得して解放する。
「マリさん……新たな快感に目覚めちゃうところだった……」
『で、こいつは結局なんなんだ?』
「フフフッ、マリさんは、なぁ、アリス様の親衛た……
「下僕よ。」
さらりと横から口出しする。
「だから、あんたの先輩にあたる下僕ね」
『下僕の先輩って…なんかさらに下位に聞こえるぞ』
『って、俺は下僕じゃねよ』
「あら……だったらなんだったかしら……?」
「あぁ……下僕犬だったかしら?」
『犬がついただけじゃねーか』
・・・。
珍しくマリさんはだんまりしている。
「馬鹿なの……ゴミ……じゃなくて、クズ……じゃなくて下僕…」
結局下僕に落ち着く。
「……痛っいたたっ あれ? マリさん また攻撃されちゃってる?いた……痛いよぉ?イシュトさん おーい イシュトさん?これ、マリさんの頭だなぁ……今回、マリさん、いい子にしてたはずだなぁ……」
とりあえず、今は逆らうべきじゃない相手に攻撃はできない。
「いた、いたた……マリさん、感心しないなぁ……八つ当たりとか、ダメじゃないかなぁ……」
「馬鹿なの?あんたの呼び名はこの際どうでもいいわ」
とりあえず、傍から見るととんでも組み合わせの三人かもしれない……
『んで……仕事とはなんだ?』
「うーん、力をいれてないのはありがたいのだけど、マリさんの頭を掴んだまま、シリアス展開に戻るのはやめてほしいかなぁ?」
とりあえず、マリさんは今後無視を決める。
「この周辺に私の結界を張っているけど……何者かがここに近づいてきているわ」
『敵なのか?』
「さぁ……別に私は敵を作ったつもりはないけど、少なくとも外に、私の味方が居るとも思えないわね?」
捻くれたようにアリスは言う。
『聖戦の権利者なのか?』
「……多分、違うわ。そういう魔力は感じ取れない」
『それじゃぁ、対して警戒する程でも無いんじゃないか?』
「馬鹿なの?少なくとも私の結界を潜れるような相手よ?」
そもそも、アリスの結界がどれほどのものかは知らないのだが。
魔女と呼ばれる者の結界だ、それなりの代物なのだろう。
『それじゃ、まずはそいつの正体を突き止めるのと、追い返すのが仕事という訳か』
「そうね……任せていいかしら?」
『わかった……どっちの方向だ?』
「北の方角ね……案内するわ」
アリスの後ろを追う様に歩く。
「いい加減に、マリさんを貴様の装備から外せッ」
しばらく大人しかったマリさんがさすがに暴れだす。
『呪いのアイテムなんだ……外せない』
「うーーーそぉーーだッ マリさんは神聖、呪われてないのぉーーーッ」
自分の額から懸命に俺の腕を引き剥がそうとする。
ちょっと可愛いと思ってしまった。
「いたっいたたっ……攻撃するなぁ……マリさんは敵じゃないぞぉー」
でも、そう思ってしまったのがちょっと悔しかった。
案内をされている途中、マリさんは暴れると俺の腕を振りほどき、
どこかへ行ってしまった。
別行動を取っては、俺と引き合わせた意味がない様な気もするが、
とりあえず、今はアリスの後ろについて行く。
2フロアほど、上に上がり、
さらに突き当たりに現れた階段に向かう。
階段を登りきった先で外に出た。
ミサイルでも落ちたかのような……荒れた町だった。
地下鉄の入り口みたいな所に魔女達の住家があったらしい。
が、外には誰一人と気配は無い。
多分、そこ以外には、
この近辺には人が居ないのだろう。
『とりあえず、ここからできるだけ離れた場所に出たほうがいい』
その侵入者とやらに、この入り口を見つけられるのは避けたい。
「みぃっけぇ」
言っていた矢先、それらしい賊が一人立っていた。
見るからに金で雇われた傭兵だろうか。
「そっちから出てくるとはぁ、探す手間が省けたぜ」
……こいつが魔女の結界を破ってここまできたのだろうか。
正直、余り凄みを感じられない。
まぁ……見た目で判断してはいけないか。
「先手必勝ッ」
そう言って、雇われ傭兵が懐から不意に拳銃を取り出し、
それを放つ。
背中に装着していた、短剣を抜くと、
銃弾を刃で弾く。
「あら、駄犬の割には器用なのね」
アリスが少しだけ感心する。
「なっ、調子に乗るなよッ、そんなまぐれ当たり、そう続くかッ」
そう言って男は拳銃を連射する。
また、叩き落そうと短剣を構えるが、
「必要ないわ」
アリスはそう言うと、右手を前に差し出し、
銃弾が飛んでいる空間が歪むと、
そのまま、銃弾は地面へ落ちる。
「舐められたものね……こんな駄犬より使えないゴミを私によこすなんて……」
「くっくそぉ」
男が再度、銃を構えるが、それより早く、
イシュトは男の前に立ちはばかり、短剣でその銃口を切断する。
『去れ、今なら見逃してやる』
男を威圧する。
「馬鹿なの?あなたが勝手に決められると思って?」
『悪いが……無闇な殺戮というなら、俺は協力しない……』
俺なりの譲れない正義。
「……不殺が正義?それがあなたの成し遂げたい正義なの?」
『……いや、でも無闇に人を殺めることはできない』
『……ただ、お前がこれに懲りずに俺の周りの人間を傷つけようとするなら、その両腕くらいは切り落とされる覚悟で来い』
「……ひぃ」
絵に描いたように三流振りに逃げ出す男。
「あひ……」
が、数メートル離れた場所でその身体が真っ二つになる。
『アリスッ!?』
「馬鹿なの?……私じゃないわ」
「言わなかった?私の結界を破るような奴が近づいてるって?」
「今の奴に出来るわけがないじゃない」
「相変わらず、あまっちょろいな、イシュト」
気がつくと、真っ二つになった男の側に赤い短髪の女が立っていた。
少なくとも、俺の知る人間では無いのだが…
『誰だ、俺はお前と知り合った記憶が無いが…』
「ふーん……ほんとに記憶がないんだな」
男っぽい少し乱暴な言い回しで赤い短髪の女が言う。
『……どういうことだ?』
まるで、目の前の女は俺の全てを知り尽くしているかのようだ。
「まぁ、いいや……また殺ろうぜ?」
『相当やばそうな奴だな……』
「昔はあんなに殺りあった中だろぉ?」
『悪いが……全くお前に見覚えはない……が名前くらい聞いていいか?』
「まぁ……いいか。リィナ……」
「んで……イシュト、お前はさ、まだつまらない正義の味方気取ってるのか?」
「……いい加減気づけよ、この世界には守るために必要な正義なんてないんだ」
「あんたが必要とされる世界はここにはないんだ…」
「……どこの誰か知らないけど、人の駄犬に勝手に飼育をしないでくれる?」
アリスが割ってはいる。
「あぁ?誰だ? …あぁ、魔女? わりぃけど、あんたに興味無いわ」
が、リィナと名乗った女はアリスを冷たくあしらう。
でも、俺が目的?たまたまここに居合わせた方の俺を追って来たのか?
「この世界はさぁ……一度こわさねぇとダメなんだ」
「一緒に来い、イシュト…この世界、ぶっ壊そうぜ?」
『……断る』
『!?』
さっきの男とは訳が違う。
一秒、遅れていたら彼女が繰り出した一撃を喰らっていた。
ぎりぎりの所で短剣で相手の一撃を止めた。
「あー、つまんねぇ……ほんとつまんねぇー」
「毎回、毎回、毎度、毎度、同じ断り方される方の身にもなりやがれッ」
振りかざされた彼女の右手にもいつの間にか短剣が握られている。
「まぁ……いいや、だったらいつも通りに、殺り合うだけだ」
『!?』
動きが捉えきれない、
が、この距離であの短剣では届くわけ……
「イシュトッ!」
アリスの珍しい切羽詰った声が響く。
その途端、目の前に魔方陣のような結界が現れ、
リィナから放たれた斬撃を防ぐ。
鋭く切った彼女の一撃は、
真空刃を放ち彼女からかなり先までを対象となる攻撃だった。
「邪魔すんじゃねぇー」
リィナはアリスを睨むと今度はアリスに向かい短剣を振りかざした。
「くぅっ」
両手で魔法結界を張るとその真空刃を防ぐ
が、次の瞬間に間合いを積めたリィナが魔方陣を切り裂き、
結界を破壊する。
再度、結界を張ろうとするアリスより早くさらに次の一撃を放とうとする。
が、咄嗟にイシュトがその間に入り、その刃を短剣で受け止める。
『初陣にしては、ちょっと……厄介すぎるな』
これで、7人に選ばれた聖戦の権利者じゃないとか……
「あぁ?イシュト……記憶と一緒に力まで失ったのか?」
「昔のあんたはこんなもんじゃなかったよなぁ?」
鍔迫り合いに破れ、右腕ごと強く弾かれる。
隙だらけのところに一撃を入れようとするが、
アリスが防壁でリィナの突進を防ぐ。
「ちぃ、うざってぇ、魔法だなッ」
そう言うとリィナが一度距離を取る。
「イシュト、私が、あの女の隙を作るからそこを狙いなさい、できるわね」
『やってみるよ……』
そう言うと、アリスは漆黒の火の玉を数個作り出すと、
それをリィナを目掛けて放つ。
一つ放ってかわされては、放ち、リィナを一定の場所へ誘導する。
今だッ
側部を向けたリィナが自分の正面に来たのを見計らい、一気に間合いをつめると、
手にした短剣で斬りかかる。
「見え見えだ、つまんねぇ……」
こちらを見もせずに、短剣を握った右手をイシュトの方へ突き出すと、
簡単にその一撃を防ぐ。
が、そのまま……短剣をスライドさせて、
リィナの懐に回り込もうとする。
「それも見え見えだっての、わたしはあんたの事をあんたよりも知っているんだぜ?」
そう言って、スライドしようとした短剣を弾き、数メートル後ろに手にしていた短剣が突き刺さる。
「ほんと、つまんねぇー奴になっちまったな……イシュト」
「で、こっからどうする?まさか、もうお終いか?」
手にした短剣をリィナが振りかざそうとする……
「!?」
その瞬間、不意に目の前で爆風がおき…リィナの姿が見えなくなる。
「新入り君のピンチに、駆けつけちゃうマリさん、まぢでヤベぇ、カッコよすぎない?」
さっきまでは装着していなかった、黒いマントをなびかせながら、
大きな鎌を頭の後ろと両肩で固定しながら、
現れたマリが少し高い岩場からポーズを決める。
突如、煙の中から真空刃がマリを目掛け飛んでいく。
はれた煙の中から土煙で汚れた程度のリィナが短剣を振りかざしている。
マリはそれを避けることなく、あっさりとマリの身体が真っ二つになる…
が、その身体がどこかえ消える。
「残像だッ」
厨二くさいセリフを吐きながら、となりの岩場にマリが現れる。
その瞬間に新たな真空刃が新たにマリを襲う
が、またしても真っ二つになったマリの身体はどこかに消える。
「素早さが取り得みたいだけど、トリックスターの異名を持つマリさんには、ちょっとその素早さだけでは通用しないかなぁ」
新たに現れるマリはそう言うと、分裂するように、いたる場所に姿を現す。
ヤベェ、マリさんすげぇ奴だったのかも……
ちょっと感動した。
でも、あの人、今の今まで何をしていたんだ?
リィナは動揺することなく、真空刃を素早く作り上げては、その一体、一体を潰していく。
「あららっ……あっという間に私、一人になっちゃ……た……」
その一体を真空刃は同様に捉えるが、またしてもその姿が消える。
「じゃじゃーん♪」
次に姿を現したマリは、リィナの懐に潜り込んでいて、リィナの胸の辺りから得意げにリィナの顔を見上げる。
「待ってたぜッ」
が、何するよりも早くリィナは手にした短剣をマリの胸に突き刺した。
「……嘘、あー、ヤバイ、こんなに血が出たら、マリさん………爆発しちゃうッ!」
絶望の顔から、再度リィナを見上げると、不適な笑みを浮かべる。
「!?」
言葉通りにマリの身体が爆発を起こし、その爆撃をリィナがまともに受ける。
『やべぇ……出る幕無いくらい……あれ、本当にマリさんか?』
「そうね……あの子の能力は、あの女みたいなタイプにうってつけなの」
『いや……それ抜きで、俺やあんたより強いんじゃないか?』
「そうね……私が聖戦メンバーとして選ばれたのもあの子や下僕たちを含んで……の話だと思うわ」
「どう?降参する?マリさん、新入りにそれらしいとこ見せ付けられて機嫌いいから、今なら土下座くらいで勘弁してあげちゃうよ?」
岩場から飛び降り、蹲っているリィナに今度はお辞儀するような姿勢で見下ろして言い放つ。
その声をした主を睨みつけるように見上げたのと同時に、短剣から真空刃を繰り出す。
「……たく、芸がないなぁ、君? まぁ……それだけの力があれば、大抵の奴はどうにかなっちゃうんだろうけどね」
瞬間移動するように、座標をずらしたマリが同じ体制のままリィナに言う。
「ふざけろっ、私がてめぇみたいな三下野郎にッ!」
体温、呼吸…仕草…間違いない……今度こそ本物だ。
余裕をかましてる目の前のトリック野郎へ飛び掛る。
「……舐めてるのはてめぇだろ」
頭上に接近しているリィナに臆することなくマリは言う。
「魔女の部下だから? それだけで私があの人より下だって勝手に思ってんじゃねーの?」
そう言われ睨まれた瞬間、リィナが身動きが取れなくなる。
空中に浮いている……ギシギシと何かに動きを封じられているような……
「くぅっ」
無数の鎖が身体を縛り付けていた。
一体、何時の間に……
「出直して来いッ マリさんは優しくないから簡単に殺してやんねーぜ、三下ごときに敗北したという屈辱をくれてやるッ」
マリは手にしていた大きな鎌を一度も振るうことなく、肩にかけたまま、
股を蟹股状態まで開くと、
相手の腹部に掌を突き出す。
『ハッケイ?』
リィナを固定していた鎖が引きちぎれるように、彼女の身体を遥か後方まで吹き飛ばしていく。
「かはっ」
すぐにリィナは起き上がるが、
がくりと膝にくるように右肩を落とし、
少量の血を口から吐き出す。
戦況は不利だ……悔しいが認めざる終えない。
増して、自分ひとりに、相手は三人いる。
あのトリック野郎をどうにかできない今……
今は引くしかない。
マリも背を向けた相手から目を離さないが追うことはしなかった。
しばし、呆然と観戦していた俺たちに、目を向けるとマリさんが寄ってくる。
「どう、今日の今からマリさんへの尊敬の眼差しがぱないんじゃない?」
『あんなのは、マリさんじゃない、俺の知っているマリさんじゃない』
『貴様、マリさんの皮を被った偽者だなッ』
「いた……痛い……いたたっ えっ え?ちょっ、なんで、マリさんまた宙に浮いているのかなぁ?」
『……よかった、間違いないマリさんだ』
このポンコツ具合は間違いない。
「いた、いたた……ねぇ、おかしい……おかしいよね?このマリさんは本物か?それとも偽者か!?の確認方法、絶対間違ってるよね?」
『いや、正直……あのリィナという女を撃退できたのはマリさんのおかげだ、感謝も尊敬もしている』
「うん……よかった……うん、ねぇ、だったら…ねぇ? 今のこの状況はおかしいなぁ?感謝と尊敬している相手の頭を鷲づかみとか、マリさんには信じられない行動だなぁ」
「馬鹿なの?それよりも私、お腹が空いたわ、何か作りなさい、下僕」
そのやりとりを冷たい眼差しで見て、アリスが言った。
『マリさん、俺は尊敬するあなたの手作り料理が食べてみたい』
「うん……イシュくん?何言ってる?馬鹿なのかなぁ?」
このまま、俺の脅迫にのってくれないかと思ったのだが……
……とは言っても、次は何を作ろうか。
俺がここに来るまでの食事当番は誰だったのだろうか。
マリさんの頭を鷲づかみにしながらそんなことを考え、
気がつけば当たり前のように、
元の彼女達の住処に戻った。