第6話 目線
二一と歩が歩く道には、ダークツリーマンよりも強い敵が出てくることはなく、簡単に倒していった。
ただ、森を抜けると暗くなりはじめていて、それ以上進むのは危険であると判断した。だから本来はキャンプ的なことを行うのだが、2人とも勢いで出てきたので、その準備をしていなかった。
「さて、手ぶらはちょっとまずったな」
「いいじゃんっ。明日にはつくんでしょっ。1日くらい寝なくても大丈夫じゃないっ?」
「まだ結構歩くかもしれないんだ。お前もあまり無理はすんな。休めるときに休んだほうがいい」
「そっかっ。じゃあそうしよっ」
そして、2人とも近くの石に腰掛ける。
「野宿になるな。でも完全に寝具がない」
そして二一が困っていると、遠くから歩いてくる人がいた。
「あれは誰だ?」
その近づいてきた人物は、行商人の姿をしていて、後ろに荷台を引いていた。
「あ、どうもこんばんは。こんな時間に珍しいですね。よろしければいかがですか?」
行商人は二一達に話しかけてきた。
「ちょうどいい。寝具ありますか?」
「はい、テントと寝袋ございます」
「わーいっ、これで泊まれるね!」
「お前は本当に楽しそうだな……。後は少し食材をもらいます」
「はい、ありがとうございます! わ、200万ドルツポイントもお持ちなんですか? 有名な冒険者さんでございますか?」
「いや、お金を貯めてから、冒険に出たんだ。今日が初日だ」
「そうですか。ではお気をつけて。ありがとうございました」
そう言って行商人が去っていく。
「運がよかったねっ」
「まぁ俺は普段からまじめに生きてるからな。運も自然とついてくるんだ」
「二一ちゃんでも運のステータス低いよね。レベル上がっても全然増えてないしっ」
「あんなのは関係ない。俺には運はなくても徳がある」
「じゃあ早くテントをつくろっ! 暗くなる前にっ」
テントはすぐにできた。本当に簡単にできた。
『マジックテント』
ラルフ国カレリアン産のテント。魔法がかかっていて、開閉が簡単にできる。物理、魔法いずれに対してもある程度耐性があり、よほど多くの魔物に責められない限りは破れたり壊れたりしない。
900ドルツポイント。
『寝袋』
一般的な寝袋。70ドルツポイント。
『シュティーア(牛)の干物』
ドルツ国シュトーレンで育てられた牛の肉を干物にしたもの。長持ちし、味も良い。
1枚2ドルツポイント。×10枚
『果実ジュース』
ラルフ国スバンタワー産の果実のジュース。保存容器に入っているので長持ちする。
1杯3ドルツポイント ×10
『ゼポロ麦パン』
ラルフ国ゼポロ産のパン。独特の硬さはあるが日持ちする。
1個2ドルツポイント ×10
以上が購入したものであった。
「パンに牛肉にジュースか……」
「味は普通だねっ」
この世界に召喚されてから、食事はそこまでとっていない。メイドに話を聞いたりして時間がなかったのもあったが、正体の分からない食材を口にすることに抵抗があったため、二一は警戒して水くらいしか口にしていなかった。
事実それが、カードを除かれないことにつながったのだが。
「でも別に二一ちゃんも私もスキル的に、変なものを食べても大丈夫なんじゃないのっ?」
「気持ちの問題だ。体に良くてもおいしくないものは食べたくない。食ったらさっさと寝るぞ」
そして、異世界召喚2日目は、1日目とは違う意味で、いろいろなことが起こった。
そして次の朝、テントを片付けて、収納した。
テントを購入した時に、大きな袋もついでにもらい、そこに寝袋や肉も入ったので、片手に二一が持つ。
しかし片手が使えないと不便なので、次の町では何か旅に便利なものを購入しようと二一は思った。
基本的に準備が入念な二一だが、さすがに異世界では難しいようであった。
そのまましばらく日にちが立つと、シュバルツヴァルトブロートと書かれた看板があり、そこには、武装した兵士が立っていた。
いわゆる検問のようでである。日本では車くらいしかなじみのない光景だが、なんとなく見たことはあるので、少し警戒状態になる。
よく見ると、通行許可所と書いた立て札もあってので、情報通を使って調べた。
『通行許可所』
都市と都市の間にある身分を確認する場所。身分が証明できない人は通れない。また、何かしらの事情で通行が規制されている場合は、通行許可書がないと通ることができない。
『通行許可書』
通行許可所が規制されている場合に通るために必要なもの。各都市で申請し、申請が通れば発行される。
「今兵士がいるってことは、規制されてるみたいだな」
遠目でしか見れないが、そこを通る人は身分証明のためのカードと、もう1つ何かを出していて、それがない人は通してもらえていない。
「どうしよっかっ?」
「手はある。これくらいなら想定してあった」
二一が余裕の笑みを見せる。この異世界にきてからはあまり見られなかった、いつもの表情である。
「身分証明書と通行許可書を」
二一と歩は普通に並び、兵士から2つの書類の提出を頼まれる。
「はい、お願いします」
二一は身分証明のカードと、何か文字の書いてある紙を渡す。
「よし、2人とも通ってよい」
そして難なくシュヴァルツヴァルトブロートに入ることに成功する。
「すごいね二一ちゃんっ。どうやったのっ?」
「別に、ただ少し観察してたらわかっただけだ」
「観察?」
「ああ、通行許可書なんだが、身分証明のカードとは違って、毎回発行するタイプみたいだ。そして、名前も書いてないし、保存も適当にまとめてあった。つまり、本当にただ通るためだけのもので、誰が通ったとか、何人通ったとかは気にされてない。だから、たぶんお金、ここでいうポイントをいくらか出せば通してくれると踏んだ。多少リスクはあったがな」
二一が出したのは、『いくらで通してくれますか?』というもの。そして、小声で兵士は『1000』といい、歩と合わせて2000ドルツポイントを出して、あっさりと通過したというわけだ。
やはりどこの世界でもお金の力は偉大である。
ちなみに、二一は買い物を何度かしているが、その間に多くの魔物を倒しているので、ポイントは増えており、結果的に200万よりも多く持っている。
「でも、シュヴァルツヴァルトブロートはなんで規制されてるんだろうねっ? というかここの名前長いねっ」
「それは……、でもまぁいいか」
『シュヴァルツヴァルトブロート』
ドルツ国の1都市。ドルツ国の中では、最も都市化が進んでおらず、草原や森も見られる。隣にタニア国があるため、亜人の姿も時々見られる。
現在タニア国への侵攻をドルツ国が考えているため、ドルツの軍が集まり始めているおり、入国規制がかかっている。
「ん? 戦争するのか?」
二一が調べた都市の情報から、ついでに規制の理由まで説明された。
しかし、ランドルフの話し方を考えると、今戦争をする相手は魔族や亜人であり、人ではないはずである。
「え……、じゃあもしかしてあのままお城にいたら、人と戦わなくちゃいけなかったってことっ?」
「それはわからん。俺たちへの信用もあるだろうし、この戦争のことは知らせないと思うぞ。それとも、亜人なら戦わせるか?」
一応話では、一部の亜人が原因で魔王が復活したと聞いている。それを理由にすれば亜人も敵になるし、それを理由にすれば最悪相手が人間でも戦わせることは可能だろう。
「そっか……」
「落ち込むな。全部俺の推測だ。本当はどうかわからん。とりあえず、俺たちの職業を決めてしまおう」
そう、この2人いまだに職業の欄が???のままである。
職業は一般的には適正に応じて自動的に決められるとされている。(これは嘘だが)
ランドルフに確認したところ、???状態は特定の魔法を受けたり、転職のために教会で能力をいったん消したりすることでこの状態になることはたまにあることで、そこまで不審がられることはない。転職を行っても、前職が何だったかは、カードに記載されないので、疑われることもない。
つまり、ギルドにおいては新規で職業を決める場合も、変更の手続きを受けることになるということである。
シュヴァルツヴァルトブロートでは、ドルツ国では最も人口が少ない都市なので、建物も大きくはないが、一応ギルドや武器屋、道具屋も一応ある。
とりあえず真っ先にギルドに向かった。
「あ、二一ちゃん、あの人頭に耳がついてるよっ」
そして横を見ると、確かに少し変わった人がいた。頭に耳をつけて、腰からしっぽが生えている。
「ああ、あれが亜人か?」
「あの耳は猫だねっ、あ、犬耳の人もいるねっ」
アインバックにはまったくと言っていいほどいなかった亜人が、このシュヴァルツヴァルトブロートにはちらほらいる。
隣の都市でもこれだけ違うものかと驚きを隠せなかった。
「だが、あまり歓迎されている感じではないな」
彼らに対する人間の態度はどこかよそよそしい。亜人が買い物をするときは、店主は無表情であるし、あまり近くに行こうともしない。
「あ? 落としましたよっ」
その場で二一が観察していると、猫耳を付けた人が、何か落とし、それを歩が拾う。
すると、その人はかなり驚いて目を見開いたが、軽く会釈してその場を去る。
そして、周りにいる人も亜人も驚いて歩を見る。
そんな空気に気付いているのかいないのか、笑顔で二一のところに戻ってくる。
「おい、周り見てみろ」
「え?」
そう言われて歩はきょろきょろする。
「なんか見られてるねっ。どうしたんだろっ?」
歩は実は意外と見られなれている。
もともとルックスがいいので、いろんな人に好意的な視線で見られる。ここまではかわいい女子であればよくある。
歩が少し違うのは、二一と長い付き合いであること。
男子人気が高い女子が受ける悪意のある目線はせいぜい嫉妬の目線くらいである。
だが、二一と一緒にいることで、彼女の行動を不審がる人間もおり、本来人気のある女子が受けるはずのない、不審や嫌悪の目線を彼女は受けていた。
つまり彼女は好意的であれ、悪意的であれ、見られることには慣れていて、この不審がる空気を感じても、ちょっと見られているくらいにしか思わないのである。
いかに二一が皆からそういう目線を受けているかということがよくわかる話である。
もちろん二一はそんな目線を受けても気にしない。気にしないが、受けなくてもいい目線を受けたいとは思わないので、一応歩に注意したわけである。