第5話 言われた通りの行動をとるわけがない
王城では、歩と二一を逃がしてしまったことで、少し波乱があったが、もともと2人の能力は低い(実際は高いのだが、彼らの認識ではそうなる)ので、主に強かった3人を中心として、十分士気を高めることには成功した。
フランツがまた引きこもってしまったこと以外は、そこまで問題がなかった。
それでランドルフに悩みの種が増え、訓練は完全に兵士任せとなった。
「若松先輩、心配だな。中野渡先輩も大丈夫かな?」
「くそっ歩。俺が守ってやったのに」
「怖い………、怖い……」
その優秀な3人である、和美、順二、里香は三者三様の態度を見せていた。
そのほかの10人も、なんとなく暮らしに慣れていった。
まだ訓練をしているだけで、実戦はない。つまり、ただ単に良い暮らしをさせてもらっているだけの状態であり、まだまだ緊張感を持てという方が無理があった。
二一がもらった額ほどではないが、13人も全員たくさんのドルツポイントをもらっており、城下町を眺めることも自由だったため、普通に楽しんでいた。
「じゃあ東に行くぞ」
そんな王城での13人とは違い、2人旅になっている二一と歩。
城から北に歩いて行くと、看板があった。
西はランドルフが勧めたヌストルラ。
東はタニア国に隣接するシュバルツヴァルトブロート。
目の前は海が広がり、どちらかに行くしかない。
「どっちに行くの?」
「一応おっさんからは、ヌストルラを勧められている。友好国のトリアも近くて、商業も盛んで情報集めにはうってつけらしい」
「じゃあそっちっ?」
「いや、俺はあえてタニア国のほうに向かうべきだと思う」
「どうしてっ?」
歩の質問ももっともであろう。
すでに道を見ればわかるように、西の方はそれなりに道が整備されていて、見通しもよく、人の動きもみられる。
だが、東は近くは見通しがいいが、遠くは草木が多く生えて薄暗く、人が歩く様子も少ない。
「すでにこのドルツ国の息がかかっているところだと、情報があるはずだ。なのに何もないということは、本当にないか、あるが隠されている可能性がある。なら、多少リスクがあっても、タニア国の方が情報を手に入れやすいはずだ」
「ふーん、まぁいいよっ。二一ちゃんについてくだけだよっ」
「時々は疑ってくれ。別に自信がないわけじゃないが、俺の決定にお前を巻き込みたくない。もし意見があったら一応聞いてやる。俺とお前じゃ、考え方が全く違うから、俺には思いつかないようなことを思いつくかもしれないからな」
「ふふっ、二一ちゃんが頼ってくれるなんて珍しいねっ」
「お前は信用はできるからな。じゃあ行くぞ」
そういって2人は東への道を歩いて行った。
「ねぇ二一ちゃんっ」
「何だ?」
「2人きりでのんびりと歩くなんて久しぶりだねっ」
「のんきだなお前は」
「うん、でも二一ちゃんいつも私に適当に話をしてばかりじゃんっ。こうやって普通に会話できるだけでも嬉しいんだよっ」
「何で俺がそんなにいいんだよ……、ここに来ても王女の待遇でモテモテなのに」
「私にとってのヒーローは二一ちゃんだけだよっ。ずっと言ってるじゃんっ」
さて、いつも通りの二一と、少し浮かれ気分の歩が少し歩いていくと、道が整備されていない地帯に入る。
だが、そこにも人はいるようで、人影が見えた。
「ここで何してるんだろうねっ?」
「さぁ……、ちょっと待て。あれは人じゃないぞ」
近づくと明らかに人ではないのが分かった。それは、人の形をした木であった。
「なんだか不気味だねっ。人みたい……」
「ただの木か? あまり近づくなよ」
「きゃっっ!」
少し遠くから観察していると、歩が驚いた声をあげて、二一に抱きつく。
「おい、どうした。やっぱり敵か。悪意を感じたんだ」
二一が情報通のスキルを使って、それを鑑定する。
『ダークツリーマン』
ドルツ国北部の森にいる木に、魔王の魔力が宿ったもの。
直接的な攻撃力は低いが、特殊魔法が多く、耐久力もあるため、戦うのは避ける事が多い。
集団で群れを作るため、1体出てくるとそのあともエンカウントしやすい。
レベル15平均値
HP 120
MP 50
A 21
D 80
MA 111
MD 89
S 11
L 0
技 毒ガス(毒状態にする) 睡眠ガス(眠らせる) ドレイン(相手の体力を吸い取り、自分の体力にする)
「なるほど、レベル15か。ちょっと高いな」
「勝てないかなっ?」
「いや、どう考えても余裕だろ。一応俺の『偏屈』をコピーしといてくれ」
「了解だよっ」
特に何もしていないでいると、ダークツリーマンが攻撃を行う。
紫色の粉を飛ばす。おそらくは毒をまいている。
この毒を使って相手の動きを封じ、一気に攻め込むつもりである。
2人とも全くよける様子がなく、ダークツリーマンは貰ったと思い、一気に攻め込こもうとした。
だが、2人が普通にしていて、何も変化がないことに気づき動きを止めた。
次に、白い粉を飛ばし、眠らせようとするが、これも効果なし。
二一の偏屈が発動していた。
二一は厳密にいうと毒状態、眠り状態になっているのだが、効果が逆転しているため、毒を受けても健康になり、眠り状態は目を覚ます効果になる。
歩はそもそも効果を受けないのだが、偏屈の効果も兼ねた方が安全なので、適用しただけである。
「どうやら、こういうタイプの敵は全く問題ないみたいだな」
「なんか変な気分だねっ」
「さて、じゃあこっちから……、しまった。武器を買ってこなかったな……」
二一は自分としては準備の仕切れていない状況に、頭をかいた。
もちろん城を出てから武器屋や道具屋に行く余裕はなかったが、武器の1つくらいは貰っておくことはできた。
やはり二一も多少は冷静ではなかったということか。
「二一ちゃん二一ちゃん、私は杖持ってるよ、それに、使えるかと思ってこれを持ってきたよっ」
歩はシスターの格好をしたときに、杖を貰っていた。そして、どこから出したのか、全面黒色の剣を出して、二一に渡す。
「よさそうな武器だが、どこから持ってきたんだよ」
「お城からここに来るときに、たくさん剣が捨ててあるところがあって、そこから1本持ってきたんだよっ」
「これはじゃあごみか」
「でもなんか強そうじゃないっ? なんとなく良さそうだったから、目についちゃってっ」
元々ごみに捨ててあった上に、真っ黒で炭のようであり、一見すると錆びているようにしか見えない。
「とりあえず無いよりはましか。次の町までのつなぎ程度に使わせてもらおう」
見た目は悪くても、刀身がかけているわけでもないし、1回くらいなら使えそうではあった。
クキャー!
こんなやり取りをしている間にも、ダークツリーマンは毒と眠りの攻撃を続けていたが効果が無い。
あげくに無視をされて、怒りのあまり攻撃をしてきた。
「えーと、これはどうやって使うのかなっ?」
「とりあえず振ればいいんじゃないか?」
「そうだねっ、じゃあえいっ」
そして杖を振ると、杖の先から白い光が出て、直撃する。
「グギャー!!」
そのままダークツリーマンは倒れて消滅した。
「え? 1回で終わりっ?」
確かに攻撃力はかなり高いが、自分の攻撃の効果がよくわからないままに当ててしまったので、いまいち実感が無かった。
「その杖見せてくれ。調べる」
そして杖を情報通で確認する。
『クリスタルロッド』
聖職者のみが使える杖。回復魔法はもちろん、攻撃にも使える。杖の先に大きな青いクリスタルがついているのが特徴である。魔法を詠唱しなくても、振るだけで攻撃、回復ができる。
各教会が管理していて、これはアインバック教会のものである。
効果 無詠唱 回復量増加、攻撃力増加
「いい道具貰いすぎだろう。まぁ、象徴扱いだから、いいものを渡すのは当然か」
キシャー!
そうしていると、今度は3体ダークツリーマンが出てくる。
「よし、今度は俺が、やってみる」
「気を付けてねっ」
3体のうち2体は毒ガスと睡眠ガスを放つが当然効果がない。
最後の1体はドレイン攻撃をした。
ドレインは一応攻撃なので。二一に攻撃が通る。
だが、効果は天邪鬼により逆転する。
『与えたダメージの半分が回復する』という効果は、『与えたダメージの2倍のダメージを受ける』に逆転し、ダークツリーマンは、ダメージを受ける。
その様子を見て、ほかの2体は大きく動揺する。
ダークツリーマンがやっかいなのは、個体としては強くないが、毒と眠りの魔法を使う上に、ドレインによるタフさである。
しかも数が多く、ドルツ国ではかなり手を焼いていた。
だが、二一と歩には、このやっかいな3つの魔法がいずれも効果を示さない。
自分たちの得意とする魔法が、まったく効果がないことに、ダークツリーマンはどうにもできなかった。
「さて、じゃあこの剣の効果を一応調べてみるか。変なのだったら困るし」
『ドゥンケルハイト』
闇属性を持つ刀。闇属性の魔法攻撃ができる。攻撃力が非常に高いが、与えたダメージが60%の確率で自分にもダメージになる。
攻撃範囲も広い。直接打撃でも闇属性の効果を持つ。
効果 攻撃力大幅上昇 攻撃範囲大幅上昇 闇属性付与 反動ダメージ 無詠唱
「えらい刀持ってきたな。これは捨てられるな」
内容を見てみると、基本的には優秀だが、反動ダメージの効果がひどすぎた。
せっかくの高い攻撃力がまったく生かされていない。
「でも、二一ちゃんなら使えるねっ」
「そうだな、じゃあ使ってみるか。これも無詠唱がついてるから、振ればいいのか?」
そしてダークツリーマン3体に向けて、剣を振る。
すると、黒い霧が剣の先から飛び出し、ダークツリーマンの周りを覆う。
その攻撃範囲は大きく、辺り一面が暗くなった。
そして、その霧が晴れると、ダークツリーマンは3体とも倒れて消滅した。
「強いな、いい武器じゃん」
そして、反動ダメージは発動した、偏屈の効果で二一はドレインにより受けたわずかなダメージすら回復した。
そのあとも、次々とダークツリーマンが現れたが、魔物特攻のある歩の攻撃と、単純に威力のある二一の攻撃、そして2人とも攻撃はまったくと言っていいほど受けない。
ドレインにより一応ダメージはあるが、二一はもちろん、歩には回復のスキルもある。
2時間ほど戦闘が続いたが、2人は体力満タンの状態でその森にいたダークツリーマンを全滅させてしまった。
「レベルは上がったみたいだな」
レベル10~20のダークツリーマンを多く倒したことで、2人のレベルが上がっていた。
若松二一 17歳 レベル5
HP 900
MP 330
A A(1261)
D C(911)
MA B(1091)
MD C(921)
S B(1081)
L G(191)
※凝り性の効果により、上昇率は2倍。
職業 ???
特殊能力 言語理解A 武器適正A 魔法適正B
性格特性 偏屈 情報通 凝り性
装備 ダークカオスソード
中野渡歩 17歳 レベル5
HP 291
MP 530
A G(2)
D A(1255)
MA C(901)
MD A(1201)
S E(402)
L A(1303)
職業 ???
特殊能力 回復A 祈りA 魔物特攻B 言語理解F 魔法適正A
性格特性 二一信頼感 鈍感 おおらか
装備 クリスタルロッド
「レベルが4上がったんだねっ。ちょっと強くなったみたいっ。装備も欄が出きてるっ」
「でも上昇が少ない気がするな」
二一は少し疑問があった。レベルが10~20の相手を数えられないくらい倒したのだから、もう少しレベルががってもいいと思ったからである。
ちなみに二一は、歩に『凝り性』のスキルを真似させているので、歩もかなり能力の上昇率が高い。
「これも調べればわかるか?」
『レベル』
魔物を倒すなど特定の条件を満たすことにとって、経験値がたまり、一定以上になるとレベルが上がる。
ただし、レベルの高い相手を倒しても、経験値が多いわけではない。
レベルは基本的に1からスタートするが、同じレベル1でも能力に差が大きい。レベル1の時点で能力が高い場合は、同じレベル1を上昇させるのも、経験値が多く必要になる。
また、周りに能力の高い人間がいると、その影響をレベルアップの際に受ける。
『ステータス上昇』
個人によって完全にランダムである。法則性は何もない。
「なるほど、だから俺たちのレベルはあまり上がらなかったのか。というか、情報通のスキルめちゃくちゃ便利だな」
偏屈は非常に便利だが、やはりなんでもわかるこの情報通がダントツで使い勝手がいい。。
「なんか森も明るくなったねっ。これなら楽しく歩けそう」
「ピクニックじゃないぞ」
とは言っても、とりあえずうっとおしい敵がいなくなって、二一も機嫌はよくなっていた。
この世界に召喚されてから、二一はいまいち思い通りの行動がとれていない(二一の個人的感想です。彼は結構好き勝手やってた)こともあって、ストレスがまあまあたまっていて、魔物を倒したことでだいぶ解消できたからである。
ちょっと機嫌のいい二一の横を、歩が横並びで歩いて行った。
「なに? 北の森のダークツリーマンが全滅しているだと?」
ランドルフのもとに、兵士からの報告があった。
ダークツリーマンによる被害は平民だけでなく、冒険者にも影響があり、ランドルフにとって悩みの種の1つであった。
ドルツ国では、バランス良く兵士が育っていたが、魔法使いだけは数が少なく、魔法使いが育ちやすいルフト国への派遣をしていた。
そのため、魔法使いだけは重宝されていた。
ダークツリーマンの魔法効果は、必ずしも魔法使いが相手すれば、有利というわけでもなく、毒や眠りを受ければ意味がない。
だから、せん滅のために多くの魔法使いを送り出せず、被害を受けないようにする警備や、実際に起こってからの対応で手いっぱいだった。
その悩みの種が1つ消えたことはありがたいことではあったが、原因がわからず不安ではあった。
「一体誰が……」
「目撃証言によりますと、そのせん滅を行ったのは、2人だけだったそうです」
「なんと! その2人がいれば強くなるな。目撃証言を調べて、情報を集めよ!」
ランドルフはその強力な冒険者2人を是非自軍に入れようとして、部下に命じた。
彼はこの2人が二一と歩と思わなかった。2人がヌストルラに向かっていると思っていたし、2人の能力を正しくは把握していなかったからである。