第8話 今回の戦の結果が及ぼしたもの
~アインバック 王城~
「ふっふっふ。先行部隊がコロンバを完全に落としたらしいな。これでロゼッタを手にできる日も近いだろう」
ランドルフは玉座に座って余裕の態度であった。
これまでクエストを使って、タニアをじわじわ攻めていたが、コロンバを比較的押し込めたこともあって、一気に加勢をかけた。
優秀な部隊に加えて、念のため闇魔法の使い手も連れて行った。
タニアにはほとんど魔法使いがいないのだが、亜人はかなり脅威である。クエストが終わったタイミングであれば、基本的には亜人はロゼッタをいったん離れることは確認済みであったが、万が一のことを考えてである。
遠距離から近距離までうまく編成しており、合計2500人ながら、本気の編成であった。
「これでタニアを落として、あの強情なルナルデッタを何とか降伏させれば、マリオ殿とトマス殿に声をかけてもらえることになりますからね」
実は既にマリオとトマスはドルツに協力しており、タニアを落とした後の、トップを約束する代わりに、情報を流していた。
今回の奇襲をかけたタイミングは、この2人からタイミングを指示していた。
ルナルデッタがこの2人に協力を仰ぐ可能性も考えて、自分たちの兵士は、ロゼッタから出しておき、彼ら自身もここに逃げてきていた。
「本当にありがとうございます。私たちが説得できればよかったんですが」
「ルナルデッタは殺さないでいただけるんですよね」
横にはマリオとトマスの姿もあった。
ただ2人とも複雑な表情を浮かべていた。
2人ともルナルデッタの強情さには困ってはいたが、タニアを守ることは意見が同じであり、方法が違うだけ。ルナルデッタ個人を嫌っている訳ではないので、あまり大きく喜べないのである。
「あ、ランドルフ様、兵士がお戻りですよ!」
「おお! どうなったのだ?」
兵士を送りだして約1か月で戻ってきた。これはランドルフの想定よりかなり早い。
そして、送り出した2500人近い大群はほとんど戻ってきていたので、任務の成功をランドルフは確信していた。
「よく戻ってきたな。では報告を頼むぞ」
ランドルフは笑顔で隊長格を何人か玉座の前に迎えた。
「む? どうした?」
よい報告を聞けると思ったので、すぐに何かを言ってくると思ったのだが、誰も口を開こうとしないので、表情が怪訝になった。
「は、はい。実は死者は0人なのですが、任務は失敗しました」
その言葉の意味は何度吟味しても理解ができなかった。
「と、とにかく説明してはくれぬか……」
ランドルフが冷静を保ちつつも、動揺を隠せない声で聞く。
そして、説明を受ける。
たった2人の人間に一気に倒されて、魔術も効かず、最後は全員が闇に包まれたと思うと、全員が武器の扱いや魔法を使うことができなくなっており、無傷にもかかわらず、退却せざるを得なくなったとのことであった。
「…………、分かった。とりあえず下がれ、また追って指示を出す」
「はっ」
ランドルフの指示により、兵士は全員下がる。
「ランドルフ殿! いったい何が?」
「マリオ殿、トマス殿、貴殿たち一旦トリアに行ってくだされ」
「な、なぜです?」
「まだ詳しい情報はありませんが、あなたたちがタニアにいなかった情報が、万が一流れれば、あなたたちを不利にする可能性があります。トリアならタニアへ情報が流れることはまずない。場所が遠いですから」
「な、なるほど、助かります」
そしてマリオとトマスはすぐにアインバックを発った。
「アルベルト、どういうことだと思う?」
「す、すぐに戻ってきた兵士の確認をいたします。しかし、ハロルドまで連れていって、失敗はありえないはずですが……、ハロルドはモーンシュネンケンの教会のトップで司教ですよ。ハロルドより上は簡単には見つかりません。私でも全力を出さないと勝てませぬ。個人でなら勝てますが、部隊の育成ならあちらが上です」
「とにかく急いでくれ。今回の戦で誰かを責めるつもりはないが、情報をきちんと得ておきたい」
ランドルフはセーレンのトップドルツ゚国を率いる王である。慌てふためいたりせずに冷静に判断することができるきちんとした人間である。
部下の失態を攻めず、その失敗から素早く情報を得る。彼は天才ではないが、知識、経験をこつこつためて、年をとってから優秀になったのである。
だが唯一難点はある。経験していないことには、あまり強くない。
70年生きてきた彼には、知識も経験も部下も十分すぎるほど得ていたが、異世界の召喚者だけは、どうしても足りないことがあった。
だから、彼は70になってもきちんと学んでいた。和美や順二の能力の伸び方をきちんとチェックして、その知識もためていた。
ただ、二一と歩も彼らと同じであれば、よかったのだが、ランドルフの想定を大幅に超えていた。
だから、今回のタニアの反撃を彼ら2人の可能性を考えなかった。
そしてもう1つ、言語理解を二一と歩が持っていなかったので、絶対にドルツ゚を出ていないと確信していたのである。
なまじ知識や経験があるだけに、思い込むと考えを変えることができないのも、数少ない欠点であった。
能力を隠している可能性を考えられなかったのである。
~ロゼッタ王城~
そわそわ……、そわそわ。
「ロッテちゃん、落ち着いて」
「そういうルナ様も全然落ち着けてません」
玉座の前で耳をパタパタさせて、しっぽを振りながらクレアロッテは右往左往している。
その様子を見てルナルデッタはクレアロッテに注意するのだが、ルナルデッタはルナルデッタで、手が小刻みに震えて、ドレスに隠れてはいるが、そのドレスが揺れているため、足も震えているのが、カトリーネにはわかり、カトリーネも指摘する。
「ね、姉さまは大丈夫なのですかです?」
「私も心配してるんだけど、ルナ様とロッテが心配しすぎなの」
周りにいる人が慌てたりしていると、逆に冷静になってしまう現象である。どこの世界でもこれは一緒というわけである。種族も関係ないというわけだ。
「カトリーネ、私は冷静よ。あの2人のカードを見たでしょう。そうじゃなければ私も2人だけで送り出したりしないわ」
はじめはもちろん2人だけで行くことなど許さなかったが、2人のステータスカードを見て、大丈夫であると説得されたのである。
もちろんそれをクレアロッテやカトリーネも見てはいる。
「冷静なのはいいんですが、まずドレスをさかさまに着てることはいいんですか?」
「え? きゃっ、ごめんなさい」
ルナルデッタは着替えるために部屋に戻る。
「やれやれ、あんな落ち着きのないルナ様は初めてね……、ロッテ?」
さっきまでそわそわしていたクレアロッテが急に今度は動かなくなったので、カトリーネが声をかける。
「大切な人が危険になるってこんなに怖いんですねです」
クレアロッテが両親を失ったときは、まだ物心がついていないときであり、ショックはうけていたものの、カトリーネほどの明確な記憶はない。
そのため、彼女にとってその感情をきちんと持つのは初めてに近かったのである。
まだ1か月程度とはいえ、自分を大切に思ってくれて、自分も大切に思っている相手ができたのである。
それを、今になって自覚したのであった。
「そんなにあの2人が大事?」
「うん……です」
いくら能力が高くても、2500人もいれば万が一もあり得る。2人の心配はもっともで、カトリーネもそれはわかっていたのだが、複雑な感情であった。
彼女は目の前で人間に両親を殺されている。そのため、人間に対してはルナルデッタくらいしか信用していない。
カトリーネの心配は、ロゼッタがどうなるかという心配で、あの2人の心配ではない。
だが、妹のクレアロッテがこれだけ心配しているので、彼女もあの2人に無事に戻ってきてほしいと思った。
あの時に自分が感じた気持ちをクレアロッテにも味合わせたくないという気持ちで、彼女も体が震え始めた。
「ご、ごめんなさい。今戻ったわ……、ってなんでカトリーネも震えてるの?」
ルナルデッタがきちんと着替えてくると、ルナルデッタをカトリーネが抱いて2人で震えていた。
そのため、今度はルナルデッタが落ち着いてしまった。
「あのー」
3人が困っている中、1人の兵士が暗い面持ちで玉座の前に来ていた。
「な、何か報告かしら?」
「あ、はい」
その兵士がどうも暗いので、悪い状況の方をつい想定してしまう。
「戻ったよっ。あれっ? なんか空気が重いっ?」
そんな空気感の中、歩がいつもの跳ねた声で戻ってくる。
歩は意外と空気が読めなかったりする。周りの目線を気にしないためである。
「あっ、歩さん!」
そう言いつつ、クレアロッテは歩に抱き着く。
「わっ、ロッテちゃんの方から来てくれた! わー、モフモフ~」
クレアロッテから歩に抱き着くのは初めてであり、歩は超ご機嫌になった。
「任務達成だ。これで情報をもらうっ、ん!?」
次に戻ってきた二一にもクレアロッテは抱きつく。
二一がこういうことをあまりされたがらないのは、付き合いが短くてもクレアロッテにはわかっていたが、それを抑えられなかったのである。
「おい、耳をパタパタさせるな。目に入って痛い」
可愛い女の子が抱きついてきているのに、第一声がそれというのは、まぁデリカシーがないというもの。
「ご、ごめんなさいです。でも無事でよかったです」
耳が当たるということなので、軽く頭を下げると、バランスを崩しかける。
「おっとと」
そのまま落ちそうになるのを、二一が両手で支える。
「あ……です」
「むーっ」
二一が両手でクレアロッテを支えたので、抱き合った状態でいるようにしか見えない。ちょっとだけ歩が複雑な表情になる。
「フフフ、ロッテちゃんってば」
自分が何をやっているのか自覚して、クレアロッテは顔が真っ赤になる。
人間とか亜人とかではなく、まず男の人にそうすること自体が初めてであったのことを、ルナルデッタに笑われて気づいた。
「ご、ごめんなさいです。えっ?」
そのまま離れようとしたのだが、二一が軽く頭を撫でてから優しく降ろしたので、彼女は驚いていた。
そしてクレアロッテが思い切り抱きついたので、二一は軽く半回転して、顔が壁の方を向いていた。
つまり、この時点で二一の表情は誰にもわからなかった。




