第6話 Picky
「お帰りなさいませ」
なんだかんだあって、3人は無事に帰ってきた。
「ロッテちゃん、なんかうれしそうね」
ルナルデッタはどちらかというといつも自信なさげでいることの多いクレアロッテが、ご機嫌なのが珍しくて、ついそう聞いた。
「え? そうですかです?」
本人には自覚がなかった様で、驚いて自分の顔を触って確かめる。
「違うわ、尻尾がずっと立ってるのよ。後耳も」
クレアロッテが振り返ると、いつもダラーンとなっている尻尾はまっすぐ立っていて、普段はたれ耳でへん
にゃりしている耳が、片っぽと立って隠れている部分が全て見えている。
「にゃーです!」
恥ずかしくなってクレアロッテはどこかに走っていってしまう。
「あっ、待ってっ」
それを歩が全力で追いかけていく。さてどっちが早いのだろうか。
「ニーク様、ありがとうございます」
「なんですか?」
「ロッテちゃんがあんなにうれしそうにしてるのは、ほとんど見たことはありませんわ。あの子は目の前で両親を失ってから、カトリーネか私がそばにいないと、いつも不安そうにしてました。あなた達の案内もいつものあの子なら断るはずでしたけど、嫌がりませんでした」
「途中で亜人派と反亜人派の人間に会ったんだが、詳しく聞かせてもらっていいか」
「このお話は長くなりますわ。アユラ様も交えて、ニーク様のご質問にもお答えしますわ」
「二一ちゃん、捕まえたよっ」
「見ないでくださいです~」
顔を真っ赤にして覆った状態のクレアロッテが歩に抱きかかえられて連れてこられた。どうやら歩が早かったようである。
もちろん耳と尻尾は立ったままだが。それが恥ずかしいのである。
人間で言うところの心が丸裸にされている常態に近いのだから、その恥ずかしさはかなりのものであろうと思われる。
「ゆっくりお話したいので、私の部屋にご案内いたしますわ」
ルナルデッタは自分の王室に二一と歩を案内した。
それをはじめはカトリーネはまだ信用できないのか反対していたが、説得により、外で待つことで妥協された。
カトリーネが敵対しすぎなので、二一と歩に心を許しているクレアロッテが護衛として王室に呼ばれた。
というわけで、ルナルデッタ、クレアロッテ、二一、歩の4人が王室の中にいることになった。
「さて、まずは私からお聞きしたいことがございますわ」
使用人が準備したお茶らしきものをが4人の前に置かれ、テーブルを挟んで2人ずつになっている。
歩はクレアロッテを抱きたそうだったが、今回はさすがにあきらめていた。真面目な空気だったからか。
「あなた達はいったいどこの出身のお方ですか? 今日も調べてみましたが、やはり黒い髪というのは……」
「どうした?」
ルナルデッタが言いよどんだので、二一が気になって聞く。
「はい……、実はもし違えば、大変申し訳ないことなんですが……、実はずっと昔に魔王を倒した伝説の異世界の人が、タニア国に同じように現れて、そのうちの代表をしていた人も黒髪だったそうなんです。そして、それ以外で髪色が黒である人は一切の例外なくいらっしゃいません」
「…………」
二一は考えた。ここで真実を話してもよいものかと。だから少しだけ話を聞くことにした。
「その人はここで何をしてたんだ?」
「それは、私もよくは存じ上げません。ですが、かつて召還された人は、このタニア国から元の世界に戻られたそうです」
二一はいい情報を聞けたと思った。その話はドルツでは聞いていない。ドルツがこの話を隠したのか、知らなかったのかはわからないが、ドルツにいたままでは、帰還のヒントがタニアにあることは絶対にわからなかった。
まだタニア以外で帰る方法がないと確信できるわけではないが、情報は得ておいて損はない。
「教えてもらった以上は話す。俺とこいつは日本っていう場所からこのセーレンに異世界召還されたんだ」
二一はルナルデッタに話した。
まだそんなに信用に値するほど話していない彼女に、用心深い二一が話したのにはわけがいくつかある。
1つは、ルナルデッタが二一をだますメリットがないことである。
現状タニアは厳しい状況にある。
召喚のことを知っているということは、2人が強いことを知っている可能性もある。
この状況ですぐばれる嘘をつけば、2人を敵対させて、さらに状況を悪化させる可能性が高い。
内容的にも思い付きで言えるようなものではなく、信じるに値すると思った。
そして、二一自身が気に入ったことがある。
クレアロッテからの伝聞ではあるが、ルナルデッタの思想が二一の性格とあっていた。
はじめニ一はルナルデッタが、ただの亜人主義だと思っていたが、話を聞く限りでは彼女は一切の分け隔てがない。
亜人主義者であれば、亜人全てと、亜人主義を持っている人間を味方にできるので、タニアに居る限りは実はそこまで負担はない。
反亜人主義者も、亜人を敵にはするが、タニア国以外を含めたほとんどの人間から協力を得られる。
だが、この完全平等というのは非常に大変な立場である。
亜人をある程度優遇する以上は、反亜人主義者を敵に回すことになる。
とは言っても、亜人が嫌っている人間もある程度立場を保障するので、亜人の一部は彼女を嫌う。
そして、少しでも亜人を優遇すれば、タニア以外にはいい目で見られない。
結局ルナルデッタが選んでいる道である、全員が平等な世界など夢物語にもほどがあるということである。
「ピッキー姫、あんたは自分の理想がかなうと思ってるか?」
「急になんですか? それにピッキーって……」
「あ、すごいですよ。二一ちゃんに個人を特定できる呼び方で呼ばれるなんて」
ちなみにピッキーとは日本語で理想が高いという意味である。言語理解のスキルで、ルナルデッタには正しい意味で伝わっている。
二一は基本的には人を名前で呼ばない。身体的特徴や癖などで呼ぶ。
友人という概念があまりないので、だれかを呼ぶときは、おいとか、あんたとかで呼ぶ。
一応呼ぶ用事が多い人、つまり話すことが多くなりそうな相手には、記号代わりのあだ名で呼ぶのである。
歩にもそのあだ名はあるが、日本にいたことは、歩以外に用事があって呼ぶことが少なく、こちらに来てからも、そういう状態が続いたのでめったにそう呼ばれていなかったので、かなりうらやましがっていた。
「実はそいつからあんたの話を聞いたんだ。とても理想がありすぎてかなう気がしないぞ」
「どこまでお聞きになったか分からないのですが、誤解があるといけないので、私がきちんとお話いたしましょう」
ルナルデッタの話は以下のとおりである。一部はドルツで聞いた話とかぶり、一部は聞いていない話になる。
元々人間と亜人は共存をしていて、それはタニア国に限ったことではなかった。
普通に人間と亜人の子供もいた。
そして、数の多い人間と、圧倒的な戦力を持つ亜人の協力で、魔物を圧倒していた。
だが、現在から約200年前、魔王が強くなり、魔物の数が多くなった。
そして、とある事実が判明する。
人間、魔物、亜人はそれぞれ種族同士で子孫を残せる。
そして、人間と亜人もできる。そして、人間と魔物はできない。
だが、亜人と魔物は本来できないものだったのが、その魔王の力でできるようになってしまった。
その魔王が優れていたのは、そのできるようになるタイミングが絶妙であったことである。
実はこの頃に、人間の使う道具が進歩して、亜人の存在意義が絶妙に下がり始める。
すると、一部には、人間を優遇すべきという意見が多くなり、自然と亜人の一部の扱いが悪くなり始める。
これが、マーク森林に亜人が多くすみ始めたきっかけである。
当時のマーク森林は全く整備も何もされていなくて、いくらか強大な魔物がいても、人間は気づくことがなかった。
人間に裏切られた亜人は魔物の味方をした。
そして、魔王の天下が続いたのだが、当時の異世界から召還された人間が、こちらの世界で協力者を得て魔王を倒して帰還する。
ここで問題となったのが、亜人の扱い方である。
実は魔王の主力となったのも亜人だが、魔王を倒すために召還者に協力した主戦力も亜人であった。
だが、世間に広まったのは、亜人を排除すべきであるという意見であり、各国もそれに乗った。
実は魔王を倒した後に、すぐに召還者が帰ってしまい、その協力をした亜人が同時に行方不明になったことで、おそらくはついていったと思われた。
つまり、魔王を倒すのに主戦力となった亜人はいなくなったことを考えれば、残っているのは反人間派の主戦力が残り、いずれ人間に牙を向く可能性の高さが考えられた。
しかし、ここでタニア国が亜人を保護した。
マーク森林の最深部へ彼らを匿い、全力で交戦した。
亜人がばらけないで、ほぼ全部タニア国にいるとなれば、無理に攻め込んでも非常に激しい戦いになる。
魔王との戦いでどの国も消耗していて、感嘆には特攻できず、タニア国から出ないことを条件に、亜人は許されることになった。
当時の王はその召還者から、亜人を守ることを約束されていた、
そして、亜人と共存して、タニア国はほかの国とは異なる発展をしていくことになる。
200年経ち、再び魔王が復活した。
長い間平和であったことで、亜人をタニア以外でもほんのわずか受け入れたり、逆にタニアに他国の人間が入って、タニア内部でも反亜人派が出たりしたが、いい意味でも悪い意味でも亜人の存在が認められるつつあったさなかだった。だが、魔王の復活はやはり亜人の関係を疑った。
本当にわずかに信頼されている亜人を除いて、亜人は迫害された。
それでもタニア国は亜人をかばった。それでついにタニア国への侵攻が始まるようになった。
200年経って更に道具が進化して、魔物も亜人も人間がある程度倒せるようになった。
もちろん簡単ではないので、ゆっくり攻めているが、タニアを落として亜人の安住の地をなくすことが、現在ほかの国が考えていることであった。
そんな中、現在指揮をとるのが、ルナルデッタであるのだが、あまりに他の国からのプレッシャーが強いため、反亜人派であるマリオやトマスを押す声も強くなりつつあった。
「私は亜人を優先しているつもりはありません。ただ、今のセーレンがあるのは、まだ人間に力がなかった頃に、魔物から人間を助けてくれたのは間違いなく亜人の方です。そのときの恩は返さねばいけませんし、元々共存できていたんです。仲良くすごせる未来が見たいんです。カトリーネやロッテちゃんみたいな子も居るわけですし、人間にも悪い人はいます。人間だからいい、亜人だから悪いという思考を変えたいんです」
「話を聞く限りでは絵空事だな。だが、面白いし、1番すっきりしそうだな」
「二一ちゃん、面倒なこと考えてるねっ」
「ピッキー姫、俺はあんたが気に入った。それにここに帰れるヒントがあるなら、タニアに協力する。だから、俺たちが戻れる情報を集めてくれ」
「あ、はい。よろしいのですか?」
「ああ、だから明日からここを攻めるやつは敵だ。これですっきりする。だから、ピッキー姫と耳折れには本当の名前を明かしておく」
「耳折れって私のことです?」
「どう見てもそうだろうが。ほかのやつと違って耳が折れてるんだから」
クレアロッテ以外にも猫人族を何人か見ていたが、みんな耳がピンと立っていて、彼女だけが例外的であった、彼のつけるあだ名は要は悪口に近い。
「俺が若松二一、こいつはマイナーだ。今後お前らを言い分ける上で、呼ばなきゃいかんからな。ただし人前ではこっちで呼ばないでくれ」
「名前をちゃんと言ってよっ。中野渡歩だよっ」
「二一様に歩様……。これからよろしくお願いします」
戸惑いながらも、ルナルデッタは妙な勢いで押されて、うなずいてしまった。
「そういえばなんで歩様はマイナーなのです?」
「聞かないで欲しいんだよっ……、マイナー……、3A……、悪口だよっ」
たぶんこれは異世界では理解されない話だったが、自分たちへのあだ名から悪口っぽいことは理解できた2人であった。