第5話 亜人派と反亜人派
さて、ここであらためてタニア国の話を考えてみる。
タニア国は現在大きく2つの派閥に分かれていて亜人に対して賛成派と反対派に分かれる。
さきほど、二一たちが何かしている時も、その光景を見ていたタニア人は多くいた。
彼らが見たのは全く同じものであるが、感じる感想も2つに分かれるということになる。
二一達が道具屋から出てくると、まず2人ほど声をかけてきた。
「あの~シスターさん、お名前なんていうんですか?」
「クレアロッテ様、今日もお元気そうですね」
その2人には二一は覚えがあった。さきほどギルドにいた2人である。
「え、わたしはなか……、アユラ=レニエっていうよっ」
「は、はい、ありがとうございますです」
きちんと2人とも返事をする。
「お、俺あなたに一目ぼれしました。付き合ってほしいです」
「俺亜人側の人間なんですけど、クレアロッテ様に惚れてます。付き合っていただければもっとがんばります」
2人は告白した。まぁなかなかのストレートである。
見た目は20になるかならないかくらいの若い人達であり、見た目も冒険者をやっているとは思えないほど清潔感がある。タニア人特有の緑の髪も輝いていて、普通にモテそうではあった。
「ごめんなさい、私には二一ちゃんがいるから」
「す、すいませんです。まだ私には……」
2人とも断る。二一は歩が誰かの告白を断るときに100%自分を理由にすることを、見たことがあるので、今回もそうなるであろうと思った。
クレアロッテも同じように断った。詳しい理由まではこちらは二一はわからなかったが、ちょくちょくこっちを見ていることでなんとなく嫌な予感はしていた。
「くっ、そこの人」
「ニーク=ヤングだ」
名前で呼ばれなかったので突っ込みを入れる。
「じゃあニーク。少なくともどちらかはあんたのものじゃないんだろ。束縛してないで、開放してやってくれ」
「別にどっちも俺のものじゃない。人をものみたいにあつかってんじゃねぇよ」
二一が怒っているのは、自分の関係者を奪われそうなことではない。二一は悪い意味で平等だが、いい意味でも平等である。
すべての人間を同じラインで見ていて、理由なく人間を下に見ることをかなり嫌い、差別やいじめを好まない。いいとするのであれば、そこに正当な理由がある場合だけに限られる。そんなことは通常ないので、つまりほとんどないということだ。
「じゃ、じゃあせめてデートくらいさせてください」
「俺に言うんじゃない。こいつらに言え」
「ニークさんはいいんですか?」
「いいよ。こいつらがいいなら」
「じゃあアユラさ、「ごめんなさい」
瞬間的に断る歩。歩には二一以外全く見えていないに等しい。
「すいませんです」
クレアロッテも断る。彼女は姉のカトリーネに結構過保護に育てられている上に、人間をあまり得意としていない。
まともに男の人間と話すのは二一と歩がほとんどはじめてに近いのである。
「そこをなんとかしてくれ。こんな気持ちになったのは初めてで」
「しつこい。こいつらが嫌って言ってんだからこれ以上はやめとけ。とりあえず初対面で一緒に居たいってわけじゃないんだから、今日からコツコツなんとかしろ」
明らかに振られているのに、食い下がる相手に二一が忠告する。
横でごちゃごちゃ言われることが面倒くさかったのである。
「ちっ、じゃあ今回はこれくらいにしとく」
そして2人は去っていった。
「お前人間に好かれてるのか?」
二一がクレアロッテに尋ねる。
「いえいえです。亜人派の方は私達を保護しようとはしますが、あそこまでの人は珍しいです」
どうやらクレアロッテに話しかけた人は結構強いほうの亜人派のようである。
「二一ちゃん。私には聞いてくれないのっ?」
「お前はどこ言ってもこうだろうが」
「ちょっとここで休むか」
ずっと歩いているのも疲れたので、休めそうな適当な場所に座る。
「? ロッテちゃん?」
「い、いえなんでもないです」
だが、そこに座ってから、妙にクレアロッテに落ち着きがない。キョロキョロして不安そうになる。
それを歩が不審がって質問するが、本人は何でもないという。
「おい、亜人がこんなところで何をしている」
そのまま座っていると、1人の大きな男が悪態をついてきた。
態度からさきほどクレアロッテに絡んできた男とは逆で、反亜人派の人間と二一たちは察した。
クレアロッテはそれでも何も言わないが、表情が曇ったので、歩が彼女の頭を抱いてなぐさめる。
「何だその目は? 非常識なことをしているのはそっちだ。せっかくの休憩時間をここでのんびりしようと思ったのに、獣がこんなところにいては食事しづらい」
歩が批判的な目でその男性を見たが、まったく悪びれる様子もなくさらに話す。
二一は銃を磨いていたのだが、その動きを止める。
二一にとっては一応クレアロッテは知り合い程度の認識はあり、歩にも文句を言い出したので、ちょっとうっとうしく思ったのだが、行動はしなかった。
クレアロッテが歩に抱きしめられた頭を少し上げて首を横に振ったのが目に入ったためだ。
理由までは察せなかったが、当の本人が嫌ならば手を出さないほうがいいと思い、また作業に戻ろつつ何気なく顔を横に向ける。
すると、クレアロッテを悪く言っている男と同じような目を向けている人間が何人かいたのを感じた。
どうもここは反亜人派の人間が集まりやすい場所だったようで、クレアロッテがそわそわしていた理由を察し、ちょっと悪いことをしたと思った。
ちなみに二一も一緒に悪意の目線を受けているのだが、もちろん気にしない。
歩もどっかの人のせいで、そういう目線は大丈夫なので、クレアロッテを悪意の目線から守り続ける。
ところで二一がなぜ銃を磨いているかというと彼がもっとも使う武器は銃であるためだ。
サブマシンガンの弾がそのまま魔法の弾になるので、剣と比べても氷、雷、闇の入れ替えがスムーズで、攻撃するまでどれが出るか相手が読むのが難しいということで気にいっていた。
ただ、1回で多くの弾を発射するこの銃は結構すぐに汚れるので、暇なときにはよく整備していた。
剣は二一があまり使っていないのもあるが、元々黒いので汚れが目立ちにくく、まったく切れ味も落ちたりしないので、整備が必要ない。
もちろんこの剣がドルツの国宝で劣化しないことは、二一たちの知るところではない。
ゴミだったとはいえ勝手に持ってきた剣なので、二一もこの剣を誰かに預けたり、見せたりはしていない。銃の使用頻度の多さはここにも関係している。
剣は銃が使いづらい場合や、人間が見ていない前回のクエストのような魔物、亜人だけを相手にする時が多く、ドゥンケルハイトは原則収縮袋に入っている。
ちなみに、投擲武器用のブーメランもここに入っている。メイン装備が銃で、サブ装備が剣と投擲武器ということになる。
取り出そうと思えばいつでも取り出せるので困らない。
「お前ら髪の色が違うな……、あの愚かな女王が外から連れてきた客人か?」
「あ? あいつがそんなことしてんのか?」
ずっと無視していると、話が変わったので二一が反応する。
「なんだ知らないのか? あの女王は、ドルツ以外からも、亜人派の人間が居ればタニアにつれて来て、いいと思えばそのまま要職に就けるんだ。自分に都合のいい人間だけをあつめる独裁みたいなもんだな」
「やめてくださいです」
ずっと黙っていたクレアロッテが急に歩から離れてその男性に反論する。
「何だ?」
「私のことはいいです。でも、ルナ様を悪く言わないでくださいです……」
ずっとおとなしかったクレアロッテが相手を強く見つめて言葉を紡いだ。
「あいつはどう考えても駄目だろう。あの存在はタニアを滅ぼす。ドルツ王国に反発したままでやっていけるはずがない。マリオ様かトマス様に任せればいいものを。女は政治の道具が、家を守ってればいいんだよ。あの亜人びいきが」
「そんなことないです。ルナ様はひいきなんてされません。全ての人を同等に見てます」
「口答えばかりしやがって、だったらその口を閉じさせえ……」
ババババン!!
その男は話しきることができなかった。
二一が手に持っていた銃を撃ったのである。
「おい! なんてことをするん……」
周りにいた彼の知り合いらしき男が、二一を批判しようとするのだが、途中でいえなくなる。
二一のするどい目線と雰囲気をに圧倒されたからである。
「うるさい。のんびりしてんのに邪魔するんじゃない」
そして立ち上がって、倒れた男の額に銃口を当てる。
「あ……お……」
二一が撃ったのは雷の魔法。しびれて言葉も発せず立ち上がることもできない。
「ニーク様! やめてくださいです。私のためになんて」
先ほどクレアロッテが二一を止めるためのしぐさを見せたのは、自分のせいで二一に迷惑をかけることを恐れたためである。
「いいんだよっ、ロッテちゃんっ」
とめようとするクレアロッテを歩が止める。
「二一ちゃんは、自分が納得できないから怒ってるんだよっ」
歩はわかっている。クレアロッテがどれだけ批判されようが、二一が手を出さなかった理由を。
まだこの世界における差別の度合いはわからなかったが、クレアロッテが我慢している範囲なら、よくあることだとして、無視をした。だがクレアロッテが、ルナルデッタを批判されたときに怒ったので、それは彼女にとって許されないことだと思った。
また、クレアロッテが我慢している理由が、個人的な感情なのか、社会的な理由なのかがわからなかったのもある。
クレアロッテとの付き合いが短いとはいえ、王室に一応呼ばれるくらいの信頼はあるのだから、愚かではないと二一は踏んだ。
つまり、仮にルナルデッタを悪く言われたとしても、それに文句を言うことで彼女に迷惑がかかるなら、クレアロッテは怒らない。
だが彼女は怒った。つまり、さきほど二一を止めたのは、彼女の個人的な感情であると分かったため、二一は怒っても大丈夫であると思ったのである。
と、いうより、横でずっと聞くに堪えない誹謗中傷を受けているのがうっとおしかったのもある。
「俺はここの事情は知らんが、この店は別に猫人族の出入りを禁止してない。だから理はこっちにある。文句があるなら、違うところに行け。それにその後の話は関係ない」
それで殺されるのかと思ったのか、男は逃げていった。
もちろん二一に殺すつもりはない。ただ単に、利も何もなくただ糾弾するだけの相手にイライラしていたのだが、そのイライラがプレッシャーとなって現れて、結果的に怖気つかせただけなのである。
「ニ、ニークさん、ありがとうございます……」
「別に……、これが反亜人派ってことか。聞き苦しくてたまらん。あいつの話はまだ聞いてないが、こいつらよりは聞けそうだ。あんたが言ったことが本当なら、亜人主義というわけじゃなくて、全員を平等に見ているんだろ。だったら、あいつの方が正しい」
二一は人を平等にみるので、人ではなく、理に味方する。そしてその理は、民主主義としての理ではない。二一が正しいと思うことである。
その様子を見て、クレアロッテを悪く言っていた人間がみんなどこかにいってしまい、また二一は無言で銃を磨き始めるのであった。
そんな二一を見るクレアロッテの目線は、以前よりもさらに憧れのまなざしであり、より一層二一に対する好感度があがったということである。
表情はうれしさと迷惑をかけたことで、やや喜びながらも申し訳なさそうだったが、尻尾が左右に揺れ続けるのが、明らかにご機嫌であるということを証明していた。