第2話 タニア国ロゼッタ
今回はタニア国首都ロゼッタの話なので、いつもとちょっと視点が異なります。
~ロゼッタにて~
「またドルツ国が……」
「コロンバはもう限界だ。コロンバを落とされたらロゼッタは厳しい」
「今回も死傷者はたくさん出たぞ」
ロゼッタの王城では、大臣や兵士長が大慌てしていた。
ドルツ国からの侵攻は何度もあり、既にコロンバには住民がいない。
ハンド―ロも亜人以外はほとんど住んでいない。ただ、人間よりも平地での戦いに強く、横に自分たちの縄張りであるマーク森林があるため、ハンド―ロが奪われることはおそらくない。
とはいえ、コロンバの北部がすぐにロゼッタであるため、何も安心できていない。
「落ち着いてください。今回も、猫人族、犬人族の方がご協力してくれました」
そのなかで唯一落ち着きを見せて、玉座にたたずむ人物がいた。
緑色のショートヘアーに、白いドレスを華やかに着こなしていて、目に力はあるが、まだまだあどけない少女であった。
彼女は、ルナルデッタ=ロゼッタ。タニア国の王女だが、まだ17歳の少女である。
彼女が王女であることにはもちろん意味がある。
現在のロゼッタ国の王は、彼女の祖父だが、既に70を超えていて、簡単な指示以外はできない状態にある。
彼女の両親は、マーク森林で亜人に殺されていて、既に亡き人となっている。
そして、ルナルデッタには、兄が2人いるのだが、彼女が王女として選ばれているのは訳がある。
1つは、ルナルデッタは亜人を信用する亜人主義であることである。
タニア国は、魔王誕生の原因となったと言われている亜人を唯一認めている国であり、それは彼女の祖父と両親も同じである。
ところが、兄2人は反亜人主義であり、両親が魔物に殺されたことで、それをより強く深めていた。
兄2人に限らず、亜人の問題が出てから反亜人主義の人間が増えだした。理由は、亜人の味方をやめさせようと、ドルツ国が交渉し始めてきたことに対し、断り続けていると侵攻がはじまったことによる。この出来事から亜人を追い出して、ドルツ国と友好関係を結んだほうがいいという派閥が多くなった。
現在のロゼッタ王がまだ亜人主義をとっていて、まだ亜人を保護すべきという人間もいる以上は、その思考が強いルナルデッタが王女になるのは当然ではあったが、背景では現在の王亡き後、兄2人が王になるように画策している人間も多くいた。
2つ目は、能力の差である。
17歳とは思えぬほど、態度が堂々としており、知識も圧倒的。実戦で使うには厳しいが、兄2人とは違い多少の護身の心得はある。
そして、亜人を亜人で括らず、本人たちに対しては具体的な族名で呼ぶという丁寧さもあり、彼女は代々王が持っていた亜人からの信頼を強く受けている。
「そうだ、ルナ様の言うとおりだ。私たちに味方にいるうちは大丈夫だよ」
そんな中で、ルナルデッタのそばに仕えているのは、猫耳と長いしっぽをはやした女性、カトリーネである。
ルナルデッタが王女になってからは、カトリーネのように、亜人でも要職につくことがよく見られるようになっていた。
それを、周りはあまりよくは思ってはいなかったが。
いくら亜人を嫌っていない人も多いとはいえ、あくまでも同等な関係としてもの。亜人が上に就くというのはあまり考えられなかった。
そして現在の状況は、現在のままで独自の路線をいく亜人派と、亜人を追い出して、ドルツとの同盟を結ぶべきという反亜人派に分かれて、タニア国は非常に不安定であった。
「ルナ、確かに今でもロゼッタを守ってくれる亜人はいる。だが、竜人族、鳥人族は敵対しているし、猫人族も一枚岩ではない。亜人に頼るのも限界がある。ならば人間に頼るべきだ」
「俺たちはドルツと友好を結ぶ手筈はある。だから俺たちに玉座を譲ってくれ」
兄2人はいつもルナルデッタをなだめている。
ルナルデッタさえ納得すれば、タニアの亜人派は力を失う。
ドルツにすぐに降伏して、強力な後ろ盾を得れば、亜人を相手にしても問題がないと踏んでいるのだ。
「お兄様たちのお気持ちはうれしいです。ですが、私を引かせたいのであれば、反亜人派の排除だけはお願いします。それは何度も申し上げているはずです。そのお話はもう致しません。では次の作戦を相談してまいりますので」
特に話すこともなく、その場を後にする。
「まったくあの2人は!」
カトリーネは非常に怒っていた。怒った衝撃で、耳としっぽがピンと立つ。
「落ち着いて、あの2人もタニア国のことを真剣に考えてくれてはいるのよ。確かに、タニア国は危機にあると思う。でも私はいずれあなたたちが世界すべてで認められる時代が来てほしい。タニア国だけじゃなくて、あなたたちがいろんな世界を堂々と見れるように。だから、お兄様たちが賛成とまではいかなくても、あなたたちを容認してくれれば、王の座なんていらないんだけどね」
「ルナ様が特別なんです。この前見てきましたけど、すぐ隣のシュバルツヴァルトブロートですら、まともに扱いを受けてないんですよ。ルナ様がいなくなったら、どうなるかと今から心配してます。マーク森林以外には住めなくなるかもしれないですし、戦争もあるかもしれません。今は魔物を相手にする時期で、私たちが争う時ではないのに」
「私も全部が生きているうちにできるとは思っていないわ。でもきっと私の後を継いでくれる人がいるわよ」
「そんなのは、きっとルナ様の子供しか無理ですよ。ただ思想があればいいんじゃないんです。そこに意思と実力が伴わないと意味がないんです。そして、ルナ様にふさわしい相手なんていないと思います」
「ううん、そんなことない。きっと私と同じ、いえ、私以上にあなたたちを思い、守ってくれる殿方はいると信じてるわ。現にこの前会われたラルフ国の王子は、少なくともあなたたちを嫌ってはいなかったわ」
カトリーネは強気な見た目に反して、心配性である。
そして、ルナルデッタは、現実主義者でありながら、理想も持っている。
この少しポジティブすぎて、寛容なルナルデッタを、慎重なカトリーネが支えて、絶妙なバランスになってる。カトリーネはルナルデッタをかなり信頼していて、彼女の方が5つ年上の22歳なのだが、敬語で話すほどの尊敬を持っている。
「カトリーネ様!」
そんな話をしていると、カトリーネと同じく、猫人族の部下が報告を持ってきた。
「どうした? ルナ様と話しているときは、よほど緊急でない限りは入室はしてはいけないと……」
「緊急です! クレアロッテ様が、ハンド―ロで人間に襲われたそうです!」
「なんだと!」
不機嫌そうだった表情は、一気に不安と困惑の表情になり、部屋を飛び出す。
クレアロッテはカトリーネの妹で、カトリーネの大切な家族である。
「ロッテー!」
どこにクレアロッテがいて、何がどうなったのかも聞かずに飛び出して行ってしまった。
「お、お姉ちゃん」
しかしそこは家族愛なのか、入り口の辺りで不安そうにしているクレアロッテを見つけた。
「ロ、ロッテ……」
その様子を見てカトリーネは呆然とする。
朝自分がセットしてあげた長い黄緑髪はぼさぼさに乱れて、普段は半分にたたまれている猫耳は、頭の上に寝るように垂れて、服は破れてこそいないが、しわができてヨレヨレになっていた。
その様子を見て、最悪の展開を予想してしまった。
「と、とにかくルナ様の部屋に行こう!」
そのままで放置しておくわけにはいかず、カトリーネはクレアロッテを抱きかかえてルナルデッタの部屋に連れていった。
「ロッテちゃん、大丈夫?」
安全な場所に来た事で、クレアロッテも落ち着き、ルナルデッタが質問できる空気になる。
「は、はい、ご心配かけてすみませんです……」
「それで、何があった?」
「落ち着いてカトリーネ」
「落ち着けますか!」
「いいから、そんなに高圧的にいったら、怖くて話せないわ。ロッテちゃん、ゆっくりでいいからね」
「今日も森に少し用事があったので、魔物が多くてあまり人が通らないパンドーロの北を通ってロゼッタに戻ってきたんです。その途中で、大きなドルツ人に見つかって、襲われそうになったです」
カトリーネもルナルデッタも話を悲痛に聞いていたが、最後の言葉で安心した。
「襲われそうだったってことは、襲われてはいないんだな?」
「はい、気絶させられただけです。ちょっとそのとき暴れたから、髪が乱れちゃったですけど、何もされてないです。助けてもらったです」
「本当によかった……、どこの族が助けてくれたんだ? お礼を言わなくては……」
カトリーネはクレアロッテを助けたのは、亜人であると思っていた。
「……助けてくれたのは人間だったです。人間の男の人です」
「なっ! なんだって!」
それだけにカトリーネの驚きは壮絶だった。
「へぇ、いるのね。今ハンド―ロにいるってことはクエストのはずよね。だったら、手を出したら罰則があるはなのに、助けてくれたんだ」
クエストの内容自体は、ルナルデッタも知っており、彼女を人間が助けることの意味が、どれほど本人にとってリスクがあるかわかっていた。
「どこの人間だ? 髪の色わかるか?」
カトリーネは困惑もあったが、それ以上に興味があった。
髪の色を訪ねたのは、国によって髪の色が異なるからである。
ドルツ人は代々金髪になり、ランドルフやフランツも金髪であった。
クレア人は髪の色が緑色で、マーク森林にすむ亜人は薄い緑の色が多い。
加えて、トリアは銀髪、アレンは青髪、ラルフは赤色で、ルフトは橙色である。
「えーと、帽子で結構隠れてたですけど、黒だったです」
「黒? ルナ様、黒髪なんてありましたっけ?」
「いいえ。黒髪なんて知らないわ。どう組み合わせても黒なんて聞いたことがない」
髪色は違う国の人間が結婚すれば、その子供に違う色の髪が遺伝することはある。
だがそれはあくまでも元の髪を踏襲した色になり、黒色という濃い色になることは絶対にありえないことだった。
「名前は分からないの?」
ルナルデッタも亜人だからと言って差別をしないその人間に興味があった。
「私を助けたら、用事が済んだみたいにすぐにいなくなってしまいましたです。でも、連れみたいな人がいて、『にーちゃん』って呼んでましたです。
「ということは、ニーチャンが名前?」
「ううん、私がロッテちゃんと呼ぶときみたいに、ちゃんをつけてる可能性もあるから、『ニー』て名前の可能性もあるわ」
「あの時お礼が言えなかったんです。何とかあってお礼が言いたいです」
そういうクレアロッテの瞳は輝いていて、恋する少女のようであった。
「だめだぞロッテ。人間なんか信用しちゃ。きっときまぐれか、普通に人間が襲われてると思って助けたんだ。それなら、すぐにその場を離れたのも説明がつく。まずいと思って逃げたんだ」
「カトリーネ……」
カトリーネがそんな妹の姿を見て、注意を促す。
カトリーネはルナルデッタとは逆で、彼女の両親はトリアの人間に殺されている。
そのため、彼女は人間を基本的に信頼していない。ルナルデッタが彼女から信頼を得るまでは、少なくない時間をかけていた。
「で、でも最後に一声かけてくれたです」
「とにかく! しばらくは城を出ることは許可しない! おとなしくしてなさい!」
カトリーネの心配はもっともであり、しばらくクレアロッテはロゼッタを出ることが禁止された。
だが、その間も、クレアロッテはほんの一瞬だけ見た自分を助けた少年のことが気になり続けた。