第1話 人助け(亜人助け)
アインバックは非常に華やかな建物が並び、道や街並みを見ても、毎日のように整備されているのがわかる。
シュバルツヴァルトブロートは、アインバックと比べると格段に落ちるが、あくまでも王都であるアインバックと比べての話であり、十分過ごしやすい設備になっている。
それだけに、すぐとなりであるコロンバという場所は、ドルツを出ているとはいえ、まだ整備が整っていると考えられた。
だが、シュバルツヴァルトブロートのギルドや武器、道具屋、泊まる場所はほとんど南側に位置しており、北部に行けば行くほど、どんどん荒れつつあり、なんとなくコロンバの惨状を予感させた。
そしてコロンバに入ると、やはり草すら生えていない荒野が広がっていた。
「何にもないねっ」
「これは本当に何もないな」
日本と大きく異なるとはいえ、まだ建物や人のいる場所では多少安心感があった。
だが、これだけ何もなく、人もいない場所となると見慣れることがないので、なにもないという感想しか感じられなかった。
二一以外の参加者はこなれた人が多いのか、そこまで気にした様子ではない。
「ここは既に我らの占領下にある。ここから私たちは東部ハンドーロへ行く。ハンドーロについたら好きに行動してくれたまえ」
そして、部隊が約半分に分かれて、北の方に行く部隊と東に向かう部隊になる。
到着すると、1人で行動したり、2人以上のグループになったりする。
「別れないで、グループを作った方がいいんじゃないのか?」
パスカルに二一が質問する。
魔物はともかく亜人は危険なタイプも多いとのことだったので、リスクを避けるためには多い方がいいと思ったからである。
「いえ、こちらに参加される方はほとんど、報酬目当てなんです。なので、命よりも金って人が多いですので、分け前が下手に減るようなことはしませんよ。たまにあなたたちみたいな初心者の人がこっちに来てしまうこともありますけど、歩合制なので、危険にならない程度にやってくれればいいですよ。次回からコロンバ北部に行く部隊に参加していただければいいので」
「タニアを攻める目的ってなんだ?」
「最終目的は首都であるロゼッタを落とすことです。ロゼッタを落とすだけなら、コロンバを落としてそのまま北上すればいいので、本来はハンドーロを攻める必要性はありません。ですから、正規の兵士や、要人のお抱えの有力な兵士は、あえてリスクを犯しません。ですが、ロゼッタを攻めるとなれば、間違いなく東部にいる亜人が、乱入します。現にコロンバを初めて攻めたときは、亜人にかなり邪魔をされましたよ。ですから、一部のフリーの人間に高い報酬を約束して、クエストとして行っているんです。思ったより数も多かったので、結果的にコロンバを落とすのにも、一役買っていただきました。もちろん、命を落とされた方もいらっしゃいますが、自己責任でございます」
「そうか、そんなに亜人はやっかいなのか」」
「もちろんでございます。現在魔物が現れているのは、亜人のせいなのですから。では、ご検討をお祈りします。私もクエストを行ってまいりますので」
そして、パスカルはその場を離れる。
「二一ちゃん二一ちゃん」
話を聞いて二一が納得したのかどうか微妙な表情を浮かべていると、歩が服を引っ張って二一を呼ぶ。
「ん? どうした?」
「亜人の人ってそんなに怖いのかな?」
「どういうことだ?」
「私町でそれっぽい人助けたじゃんっ。でもあの人、私に軽く会釈してくれたし、悪い感じしなかったけどっ」
「亜人についてはそういう印象が強いんだろう。ほら、元の世界でも、なんとなく国とか種族でイメージがあるじゃないか。だが全員がそういうわけじゃない。亜人の中にもいいやつがいるってことだろう」
「でも今回のクエストだと、亜人なら誰でも攻撃されるんだよねっ?」
「まぁ、いちいちチェックはしてられんだろう。凶暴なのもいるみたいだしな」
「そうだよね……」
「あまり深く考えるなよ。まずは生き残ることだ」
歩は誰に対してもとても優しい。少しでも感情が向くと、無視ができなくなる。
「えいっ」
二一が調べた結果、ハンドーロの北に位置するリアラには、多くの魔物が住んでおり、亜人が逆に少ないということで、ハンドーロ北部を中心に行動した。
亜人はやはり、見た目が人間っぽいということもあって、動物好きの彼女には攻撃の対象にならない。
だが、ダークツリーマンのように、明らかに見た目が化け物である魔物はまだ攻撃がしやすいようで、杖をブンブン振って、光魔法を放ち続ける。
もともと魔物特攻を持っているのに加え、光魔法も魔物への特攻があるので、簡単に倒せる。
大型の魔物が相手でも、一撃で倒し、毒や麻痺を持っているタイプの魔物が相手でも、性格特性により、全く問題にしない。
もちろん、二一も銃と魔法を組み合わせて、魔物をどんどん倒していく。
二一は亜人が相手だろうが、別にいいのだが、横にいる歩が落ち込むと面倒くさいので、そうしない。
普段なら、家に帰れば別れられるが、現在の冒険ではほとんど四六時中一緒にいるので、テンションが低いのは面倒くさい。高くても面倒くさいが。
「たくさん取れたな」
「なんか消滅したかと思ったら、一部分だけ残ってるんだからびっくりしちゃったよっ」
たくさんの魔物を倒したので、その死体でゴロゴロしているんじゃないかと一般的には思われるが、魔物は攻撃されると一部分を残して消滅していった。
はじめは、光魔法や魔物特攻の効果かと思われたが、二一が普通に銃で撃っても、剣で刺しても消えたので、おそらくそういうものであると考えた。
一応確認のための情報通を使用した。
『魔物を倒した場合』
魔物はHPが0になると消滅する。その際に一部分が残り、それは売却したり、武器を作ったりするのに使うことができる。
『亜人を倒した場合』
人間と同じ。
『人間』
HPが0になると死亡する。0になったHPは何があっても復活しない。死は絶対である。
「この辺はどうなるかは俺が調べなくても聞けばわかるだろう。適当に袋に入れとこう」
「はーいっ」
エリカから町を出る前にもらった袋にものを入れる。
「エリカちゃんやっぱりいい人だねっ」
「ただで良いっていうから、料金を払おうして揉めたのだけは面倒だったがな」
「ただっていうんだからもらっとけば良かったのにっ」
「ただでもらったら、次に何かあるだろう」
二一が持っている袋は、エリカが二一に無料でくれたものである。
どう考えても店でだまされそうになったことに対するお礼なのだから、素直に受け取っておけばいいのである。
だが、二一にとってはただ単に、目の前に起きた納得のいかないことに対して、文句を言ってすっきりしただけであり、エリカを助けたつもりが全くない。
そのため、エリカが何かをただでくれることに対して、疑念を持っていたのである。人の悪意に対しても鈍感だが、好意に対しても鈍感であった。要するにほかに人に対して鈍感ということである。
より面倒だったのは、そのエリカがくれようとしたものが、二一がちょうどほしいと思っていたものであったことで、ただでもらうのは断ったのに、料金を払おうとはする流れになってしまった。
エリカの好意と二一の偏屈さが激突して、歩が間に入ることでなんとか収集がついた。
エリカがくれたのは、『収縮袋』であった。
『収縮袋』
旅をする際の荷物を入れる袋。袋に入れたものは、全て大きさが一定になり、ものが100個まで入る。
出すときは大きさが元に戻る。入れようと思えば人も入れられるが、入った人が内側から出ることはできない。10万ドルツポイント。
「これ便利だねっ」
「まぁ、めちゃくちゃいい」
天邪鬼な二一でも普通に褒める性能の良さである。
テントだろうが寝袋だろうが、同じ大きさになって仕舞われるうえ、袋に重さがかからないので、持ち運びもかなり利便性がある。
エリカの店におけるもっとも品質のいいものである。値段も高い。
「このくらいにしとくか? もう50個くらい入ったぞ。袋が満タンになっちまう」
「そうだねっ」
2人はまだ全然いけそうな話をしていたが、50匹魔物を倒すのは明らかに多い。
1人当たり10匹倒せば多いほうなのである。普通は体力魔力が尽きる。
ちなみに内訳は、歩が30匹倒していたりする。光魔法と魔物特攻の効果で、能力では下回るが、魔物が相手なら二一よりも彼女は強い。
「キャー!」
ひと段落ついたので、引き上げようとすると、女性の悲鳴が聞こえた。
「二一ちゃん! だれか襲われてるっ!」
歩がそう言いつつ声のほうに走っていく。
二一は運動はできる。だが、二一は体力をつけるいわば持久力の高さが武器で、走る速さ自体はそこまで早くない。運動部である歩が思い切り走ると簡単にはおいつけない。
二一は面倒なことになることをなんとなく感じた。
「へへ、暴れんな。ちょっとくらいならケガさせても売れるんだ。おとなしくしろ」
「うっ」
「やめっ、モガッ……」
二一が歩に追いつくと、すでに声をあげて杖を構えて振る直前だったので、口元を抑えて杖を取り上げる。
「落ち着け。何があった」
「二一ちゃん止めないでっ! 女の子が襲われてるんだよっ!」
二一が目を向けると、大柄な男が、小柄な女子を気絶させて、大きな袋にいれようとしていたのである。
二一ももちろん歩と同じで本来なら助けようとするが、踏みとどまったのには訳がある。
その女子の顔はあまりよく見えないが、わずかに頭に大きな耳が見えた。つまり襲われているのは亜人という可能性が高い。
「あの襲われてるのは亜人だろう? 亜人については、捕まえた人間に扱いの権利があるし、管理魔法の効果があるから邪魔したら、罰則を受けるぞ」
「でもっ……」
それでも歩が飛び出そうとするので、必死に止めようとする。
「はぁ、一応できることはやっとくけど、面倒なことになっても知らないからな。とりあえず周りに見てるやつがいないかだけ確認しとけ」
「分かったよっ」
そして二一は助けに(二一としては助けにいくとは一言も言ってない。乱暴な行為を見るのがすっきりしないだけである)行った。
「おいお前」
「なんだ! 邪魔するな……」
言葉をすべて言い切ることなく、その男は動けなくなる。二一が銃で地面に触れただけで凍り付いたように停止する。
「新技だが意外とこれはいいな」
二一が氷技を使ったのだが、いわゆる氷漬け状態のように、周りを氷で覆われているわけではなく、ただ単に停止しているだけである。
一応直接は攻撃していないので、管理魔法違反は発動しない。
「ふぅこれで良しと」
そして男の手元の袋を開けると、小さな少女が目を閉じていた。
その彼女からは大きな耳と長いしっぽが生えていて、明らかに人間ではなく、亜人と言われる生物であることを、情報通など使わなくても理解できた。
二一は彼女を袋から出してやり、腕に抱える。
「二一ちゃん。大丈夫だった?」
「ああ、だれも来なかったか?」
「うんっ。わぁ、かわいいねっ」
持ってみるとわかるが、その亜人は大きさが120センチ程度で、片手で抱えても楽勝なくらい軽かった。
「おい、起きろ」
その頬を二一がペシペシたたく。
「うう……です?」
すると目を覚ました。
「もう大丈夫か? 俺たちも危ないからできればここから離れたい」
「二一ちゃんっ! 今さっき襲われたばかりの子になんてこというのっ?」
「考えてもみろ。こいつは人間に今襲われてんだ。俺たちも人間なんだ。いきなり信用しろっていって信用できるか?」
二一が目が覚めたばかりの少女にいうにはあまりにも冷たい言葉をはいたが、それは一応彼女をおもんばかってのこと。もちろん面倒なことになりたくないのもあるが。
それを聞いて、はじめは二一に珍しく反抗したが、二一が彼女を思っていったことということで、すぐに収めた。
「あと、こいつを連れてったらたぶん面倒なことになる」
そして、人間と亜人の対立がある状況で、いかにも襲われましたという恰好をしている彼女を安全なところまで、人間が連れていくのは、危険であるとも思っていた。
「で、1人で戻れるか?」
もう1度二一がその亜人の少女に聞くと、コクコクとうなづいた。
「じゃあ見つかる前戻るぞ。あんたもさっさと帰れ。次は助けれんぞ」
そして二一と歩はその場をすぐに離れる。
歩は笑顔で手を振って二一についていった。
その亜人の女の子は、その様子を呆気にとられた様子で見ていただけだった。