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プロローグ  若松二一の日常

若松二一わかまつにいちという生徒は、この学校において有名である。


だがそれはいい意味とは言えない。


彼を情報だけで語れば、成績はかなり優秀なこの学校の中でも、1位を取れる秀才。

運動は運動部にも引けをとらないハイスペック。

遅刻もせず、授業も真面目に受ける。顔も悪くないし、身長もある。


これだけを聞けばなんとすばらしい人間かと思うだろうが、それは彼のことをよく知らないだけ。

少しでも彼の横で過ごせば、彼がいかに接しにくいかがわかる。


彼を一言で語るなら、偏屈であるということか。

そんな彼のエピソードをいくつか語ってみよう。



エピソード VS教師 偏屈な二一君


「高橋先生、そこの漢字間違ってます」


「あ、ああすまんな……」


二一に注意されたのは、40代くらいの男子教師。

謝りつつもその顔には明らかに不快な表情が浮かび、機嫌が悪くなっているのがよくわかる。


それは他の生徒も感じているようで、教室全体がギスギスした空気になってしまう。


「若松君、あの先生に指摘するのやめてくれない? 空気が悪くて仕方ないわ」


その授業が終わった後、女子が何人か文句を太一に言いに来た。


「俺に言うんじゃない。あの教師か校長にでも言え」


二一の周りを囲っている女子は5人くらいいるが、全くひるむことなく言い返す。


「先生だって間違えるでしょ。あなただって間違えることはあるはずよ。だからそれくらい我慢してよ」


「あいつらは金を貰ってこの仕事をしているんだろうが。だったらせめて間違えないように努力はするべきだ。でもあいつは間違えすぎだ。だから俺が注意しないとすっきりしない」


「そんなことしてると、将来苦労するよ!」


「苦労ってなんだ? そんな抽象的な意見は知らん。具体的に言ってみろ。大体俺が苦労しようが楽しようがあんたには関係ない」


相手が何人いようが、二一は一切折れることは無い。そのうちに女子のほうがあきらめて、離れていってしまった。


この行動において最も面倒なのは、二一のとっている行動は迷惑だが、間違ったことではないということである。


本来学校の生徒が何か間違っていれば、教師に伝えたりすることが多い。


だが二一のしている行動は、「漢字を間違えた教師に対して誤字を指摘する」という正しい行動。


それによって周りが不利益を被るとしても、誰かに文句を言うわけにもいかない。


文句を言われた教師も、それを理由に2-2の担任や生活指導に二一のことを言うことは出来ない。


「あー、テストを返すぞ」


そんなことが続いたとある日。中間テストが返還された。


「今回の1位は98点の大野だ。よくやったな」


「え、本当ですか?」


大野と呼ばれた生徒は驚いている。


それは無理もない。彼は1年生のときから二一に負けてずっと2位だったのだ。


「そうだ。よくやったな」


高橋は大野を褒めて、他の生徒も高橋をたたえる。


大野が二一の方を見ると、二一はとても難しそうな顔をしてテストを見ている。


彼は別に二一と仲がいいというわけではないので、テストの点数を聞くことはもちろん、覗くようなことも出来なかったが、その姿を見て勝った事を確信した。


他の生徒も、下手に二一に絡んで面倒なことになるのは嫌だったので誰も二一の元に行かない。つまり二一の点数を知る人は誰もいなかったことになる。




その1週間後、高橋は停職処分を受けた。


理由は勤務態度不良というものだった。そうなるいきさつにはもちろん二一は絡んでいる。


あのテストは二一は100点だった。それなのに大野が1位であったことから、二一は不信感を持っていた。


さて、ここで二一はどうしたのか?


いくら二一が多少嫌われているとしても、これは明らかに教師が悪い。


その場で教師を糾弾したり、誰かに答案を見せたりすれば、多少は同情されたりもするし、可愛げがあるというもの。


だが、二一が行ったことはそのようなことではない。


まず二一は授業が全て終わり、高橋と2人きりになれるチャンスをうかがう。


そしてその件を高橋に聞く。


『どうして俺が100点なのに、大野が1位って言ったんですか?』

『ふん、お前のことだから、絶対にみんなの前では聞いてこないと思った。だからこそだがな。お前は友人んが少ない。どうせ祝福してくれる友人もいないだろう。ならば、友人の多い大野を褒めた方が結果的にクラスのためになる』


高橋は当然とでもいうように二一にそう言う。


「分かりました」


「お、おう」


そう言って二一はあっさりと去っていく。


高橋は二一があまりにも簡単に引き下がったので困惑をしていたが、彼は一応納得できることならば、そこまで追求しないことを他の教師との話で知っていたので、そう考えて気にしなかった。


「ちっ、やることが陰湿だ。だったら普通に俺のことが嫌いとか言えばいいんだ」


否、ものすごく根に持っていた。


そして、ポケットに入っていたレコーダーを取り出し、自分のテストを持って校長室に行って、ことの顛末を話した。


その結果が今回の高橋の解任につながる。


もともと二一が指摘する前から、テスト政策などでのミスは非常に目立っていて、それに今回の不祥事も重なって、この処分となった。


急に担当の教師が変わったことで、2-2の生徒は皆困惑していたのだが、高橋が止める直前に二一と話していたという目撃情報があり、二一が何かしたのではないかという噂が流れるようになった。


そしてその情報源である二一が周りとのコミュニティを排除しているので、肯定も否定もせず、内容が内容なので、教師も生徒に詳細を伝えることが無かったため、ただ単に二一が不気味な存在となっただけで終わったが、二一としては自分の正義を通せたので満足していた。



VS先輩女子 天邪鬼な二一君


「ちょっと、若松っていう子はどこにいるのかしら?」


高橋が解雇となってすぐ、二一のもとへ3年生の女子が現れた。


その様子はおだやかではなく、非常に激高していた。


「あ、あそこにいます」


1人の二一のクラスメイトがその女子を案内する。


「あなたが若松って言うの?」


「ん? 誰だあんたは?」


二一にはその女子に覚えがない。だから妙に高圧的に来ていることも理解ができなかった。


「高橋先生が辞めたのはあなたのせいって噂があるんだけど本当なの?」


「さぁ知りませんね。辞めることになるくらいですから、何か相当の理由があるのでしょう」


二一は飄々とそう言う。


「もしそうなら、私はあなたを許すことはできないわ。私の友人に音楽部をやってる子がいるんだけど、顧問が高橋先生で、先生が辞めたから、顧問がいなくなって最後の大会に出られなくなったの」


「はぁ」


「だから、どうしてくれるのかしらって思ってね」


「どうもこうもありませんよ。俺は正しいことをしただけです」


「へぇ、じゃあ認めるの? 高橋先生が辞めたのはあなたのせいって」


「いえいえ、俺の発言と今回のことは関連性はありませんよ。大体全部状況証拠でしょう。俺に文句を言うなら、きちんと物的証拠を持ってきてください」


「学校の生徒がみんなあなたの関連を疑ってるのよ。これが証拠になるでしょ?」


「知らないです。それに仮にそうでも、俺のやったことは正しいはずです。それで何かあっても俺には関係ありません。俺になんか言ってくる暇があるんでしたら、そのご友人とやらのために新しい顧問見つけるなり、対策をしてください。俺は関係ないですし、関係あっても何もしません」


「何? そんな態度を先輩にとっていいと思ってるの!?」


「いい態度をとってほしいならそれ相応の行動をしてください。そんな俺を犯人と決めつけて敵意を前面に出されては俺も悪い態度になりますよ」


「覚えてなさいよ。そんな態度をとってると必ず後悔するわ」


「俺は後悔したことなんてないです。余計なお世話ですね」


そういうと怒って出て行ってしまった。


もちろんそれを気にする風もなく、再び読書に戻る。


ほぼ全部の発言に逆説的な意見を返すという天邪鬼ぶりにまた二一は不気味な存在となった。


VSいろんな生徒 情報通な二一君


「若松君、掃除をきちんとしれくれない?」


「俺は全部やってある」


とある日、二一は掃除当番を2人でやっていたのだが、二一が途中で掃除をやめたのでもめていた。


「自分の分さえやってあればいいの? 協力って言葉を知らないの?」


「何言ってんだ。あんた家でだらけて、妹に全部親の手伝いさせてんだろ。よく協力なんて言えたな」


「なんでそんなこと知って……。くっ、わかったわ、やるわ」


その少女は正論をぶつけられて二一に逆らえなかった。



「全く、若松君、先生はきちんとしていない君が悲しくて仕方がない。


「は? 俺ほどきちんとしてる人はいませんよ」


またとある日、今度は教師と揉めていた。


「協調性がないだろう。多少ならいいが、君は全く努力をしようとしないだろう」


「1人でなんでもできるんだからいいでしょう」


「1人では何もできん!」


「ですが、先生は家事もなんでも1人でこなせるって言って、離婚されましたよね。それで今1人暮らししてるんですよね」


「なっ……」


「俺も同意見ですよ。俺も家事大体できますし、今からでも1人で生きれます。大変ですよね、生活指導の先生がそんなんじゃ。苦労してるでしょう」


そしてその日以降、二一にこの教師が文句をつけることはなかった。


「若松君、君はなんでそんなに言い方が悪いんだ?」


またまたとある日、今度は生徒会と揉めていた。


相手は副会長、この学校でも品行方正で、教師の信頼も厚い、


そんな彼が、二一への指導を行っていた。


「別に俺は本当のことを言っているだけです」


「人のことを悪く言っちゃいけないんだ。それをいい点としてみて、いい人として見てあげるんだ」


「何言ってるんですか? 先輩ネットでほかの人叩きまくってるじゃないですか。相手が匿名で誰かわからなかったらいいんですかね?」


「な、何のことかな?」


「別に、ただ俺は1人でいることが多いんで、なんとなくほかの人を見る機会が多いとだけ言っておきます」


基本的に人間にはやましいことの1つはあるもの。二一に文句を言いたければ、それ相応の覚悟は必要である。





VS陸上部男子 凝り性な二一君


彼は勉強もできて運動もできる万能型である。


特定の部活には所属していないが、いつも自分を高めるために、運動を欠かしていない。


もちろん技術面では劣る部分が多いが、筋力やスタミナに関して言えば全く引けをとらない。


たとえば、彼はサッカー部と試合をすれば負ける。だが、1番最後まで走っていられるのは彼である。


球技ならまだよいのだが、この彼の存在が問題となるのは陸上部である。


短距離なら瞬発力で差をつけられるが、距離が長くなればなるほど彼は陸上部との差がなくなる。


もちろん陸上部が彼を無視できるはずがない。


この学校では毎年生徒全員でマラソン大会を行うのだが、1年生の彼が昨年優勝した。


陸上部は強く、全国大会に出ることもあるくらい強豪である。マラソン大会では、陸上部が優勝することは基本的に当たり前だった。そんな強豪の陸上部が部活未所属のしかも1年生に負けたため、厳しい叱責を受けたことは言うまでもない。


それもあって、今年の大会では陸上部は、打倒二一に燃えていた。


その代表として出てきたのは、1年生の近藤である。


なぜ1年生の彼が指名されたのか?


言い訳をするわけではないが、マラソンを行う時期は既に3年生が引退しているため全盛期ではなく、加えて、去年の1、2年生は短距離を専門とする生徒ばかりで、長距離向きなメンバーがいなかったことも大きかった(もちろん走る練習を1番しているのだから、それを理由にはできないが)。


近藤は1年生ながら、長距離の競技のインターハイで結果を出した期待の新人であるためだ。


彼の専門は3000m以上の長距離で、スタミナは校内どころか全国でもトップクラスである。


加えてイケメンで性格もよく、非常にさわやかで3年生からも人気がある二一とは真逆の意味で知名度がある。


今日はそのマラソン大会当日。


「近藤君頑張ってー!」

「ファイトー! 応援してるよ~!」

「陸上部のためだよー」


学年全員で走るとは言うが、男子と女子は分かれている。


スタートラインに立つ近藤に、女子の声援が飛ぶ。同学年、先輩、同じく陸上部の女子も彼を応援していて、偶然か悪意がその隣に二一が立っていて、同じ有名人でも立場が大きく分かれていた。


その空気は恐ろしいほどの二一にとってアウェイ感が出ているものだったが、元々ホーム感などない二一にとっては関係ない。


「やぁ、若松先輩。去年はあなたが優勝したんですか。先輩も陸上部に入ってくれれば、僕ももっとレベルを上げられそうですけど」


スタートラインで二一に近藤が話しかける。既に1年生にも決していい噂が流れているとは言えない上に、去年のことがあるから陸上部ではなおさら二一はいい感情をもたれていないはずだが、そこはさすがのさわやかイケメン。純粋に強者としての二一に興味を持ち話しかけていた。


「俺は自分の好きなように走るだけだ。1番で走るのは俺がすっきりするからだ。部活に所属したら好きなように運動できんだろう」


「そうか……、残念だね。でも今日は勝たせてもらうよ!」


そんなこんなでマラソンが始まった。


マラソンは学校の校門から始まって、周辺1キロを10週する。


もちろん厳しいので、途中で棄権する人もいる。


そしてラスト1キロで二一と近藤は競っていた。


既に3位以下はついてきていない。


言葉を交わす余裕などなく、お互いに険しい表情をしていた。


しかしここで二一は一気にスピードを上げた。そのスピードに近藤はついていけなかった。


そして二一が結局大きな差をつけて2年連続で優勝することになる。


少し遅れて到着した近藤は、右足を押さえて倒れていた。


「おい! 大丈夫か!」


教師や彼の友人が近藤に駆け寄る。


その騒ぎで、二一の優勝した話など蚊帳の外になってしまった。


もちろんそんなこと二一は気にしない。彼はただ気持ちよく走れればよかったのである。




「靭帯を軽く損傷してて、しばらく安静にしなければいけないらしい」


近藤に下された診断は足首の靭帯の損傷であった。


ただ非常に軽度のもので、リハビリ期間は非常に短くすんだ。


「もう少し負担をかけていたら危なかった。部分断裂の可能性もあった」


近藤は基本的に練習で全力で走ることは無い。長距離のトレーニングを積むので、瞬発力よりも持久力が大事になる。


毎日のように走っていた彼の足首には負担がそこそこかかっていて、二一のラストスパートについていこうとしたときに、一気に負担がかかったようであった。


だが、もし二一と一緒に走っていなかったらどうなったのだろうか?

近藤はふとそう思った。


確証はない。だが、二一がいなければ、おそらく自分はゆったり走り続けただろう。そして練習でも思い切りは走らないから、足首の軽い違和感はそこまで気にしないで走るだろう。そしてそのまま負担をかけ続けて、本番ではいくら長距離とは言ってもラストスパートをするだろう。もしそのときに同じようになったらこんなものではすまなかった可能性がある。


もちろん二一は、近藤に瞬発力があまりないことを事前に調べておき、そのために少し違う練習をしていただけで、彼の怪我に気づいたとかそんなことは絶対にない。

ただ結果的に、軽度の状態で怪我に気づけたのは、二一のおかげということになった。


他の人にそんなことを話しても、考えすぎで済まされるだろう。だから、近藤は心の中で二一に少しだけ感謝した。


今回の件で二一を攻めることもあったが、いつも通りの対応で周りはあきらめるだけだった。


そのため、また陸上部のホープを怪我させたうえに謝らないという悪評が広まった。

当の本人は、もう近藤のことなど覚えていなかったが。


これが彼の日常の風景である。


彼の行動は一貫して自分がすっきりできるかどうかということ。


それによって誰かは幸福になったり不幸になったりするが、そんなことはおかまいなし。


とにかくそんな周りを巻き込み、わが道をいく彼を、周りは煙たがっていた。


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