決勝:瀕死の仲間たち
冥界の牢獄「リジアの楽園」では残虐格闘球技・グリーブが行われていた。
フィオンが属する西四十二房は決勝に駒を進めたが、メンバー六名のうちの一人は試合中に相手に殺害され、他の面々も満身創痍。
キラエフは立つのもやっと。トナッラは脇腹を刺され、ゾーフォは傷めた右脚を引きずっている。
「身体を休めておいてくれ。俺は準決勝を見てくる。勝った方が俺たちの相手だ」
立ち上がって試合場に向かうベルシールについていくフィオン。
「僕も見ますっ」
準決勝が始まるや、見ている二人は思わず目を伏せそうになった。
「う、うあ…」
「ひどいな」
西二十七房、通称「獣人房」は開始一分足らずで相手選手を全員殺害。鉄球を追うことも無いまま勝利を得た。
「殺すことしか考えてない…」
フィオンは瞬きすら出来ずに場内に散らばった相手チームの選手たちの骸を見つめていた。
「下手すりゃ僕たちもあんな風に…」
「ああ、そうだ」
ベルシールがフィオンをキッと睨んだ。
「お前のように弱気なら、本当にそうなる」
「えっ」
「負けを想像している時点で、敗北の予行演習してるようなもんだ。殺され方じゃなく、勝ち方を考えよう」
口では強気のベルシールだが、表情は険しい。
残った五名の選手のうち三名は負傷、メンバーに変更や補充は許されていない以上、このまま戦うしかない。
対する西二十七房は無傷、たった一試合をこなしたのみ。
「勝ち方、ですか…」
うなだれるフィオン。
「勝つ方法なんて見つからなさそうだ…会場にいる全員が、僕らが勝つなんて思ってもいないだろうな…」
「そうかもな」
ベルシールは、激しい殺戮ショーに大いに沸く観客席を見渡した。決勝戦を前に興奮は最高潮。
「ん? ちょっと待て…」
牢名主であり賭博の胴元、ガルスの横に設置された掲示板を見たベルシールが呟いた。
「勝つ…勝つぞ。俺たちが」
「えっ、あ、はい。勝ちます。僕、何とか頑張ります」
ベルシールが首を横に振りながら言う。
「そう言う意味じゃない…決勝は俺たちが勝つ、間違いない。決まってるんだ」
「すごい自信ですね、ベルさん…」
「見ろ、あれ」
ベルシールの指さす先、掲示板に掲げられてる決勝戦の賭率。その数字は目まぐるしく書き換えられてゆく。
一対十、一対十一、一対十二…圧倒的に敵チーム有利の予想。
フィオンが眉をひそめる。
「僕たちが十倍以上ってことは…間違いなく僕たちが負けるって意味じゃないですか」
「そう。誰もがそう思ってる」
ベルシールはニヤリと笑った。
「だがな、ガルスを見てみろ。さっきまでと違ってやたら上機嫌にドブロク飲んでやがる」
「全く…僕たちが負けるのが嬉しいのか。そんなに嫌われてるんだ、僕ら」
ベルシールはもう一度、大きく首を横に振る。
「ちっ、まだわからねえのか坊主」
「えっ」
「いいか、ガルスは俺たちが大嫌い。嫌ってるなんてもんじゃねえ、さっきの試合で俺たちを皆殺しにしようとしたくらいだ。ところが、それが今やあんなに笑ってやがる」
「…難しいです、ベルシールさん」
「ガルスにとって一番大事なのは賭博。これほど大儲けできる機会は他にない」
フィオンはポンと手を叩いた。
「そうか、大人気の西二十七がコケて俺たちが勝てば、とてつもない金額がガルスに転がり込む」
「そうだ。だからヤツは、西二十七の選手たちには、最終的に負けるように指示してるはずだ。あいつはカネのためなら何でもする男だ」
フィオンはフウとアンドのため息。
「じゃあ気楽ですね、ベルシールさん。安心しました」
ベルシールがコツンとフィオンの頭を叩く。
「バカ、とことん鈍いヤツだな。そう簡単に俺たちが勝ったらいかにも怪しい。まず開始と同時に俺たちを次々殺しにかかるぞ、あいつら。去年と同様一人だけ残して後は全員殺し、そいつに得点させるつもりだろ」
フィオンが眉をひそめる。
「どうしたら良いんだ…最初に鉄球取ってたら直ぐ投げて箱に入ればいいのにな」
「そんな偶然あるわけない」
ベルシールはフッと鼻で笑った。
「だが、考え方としちゃ悪くない…俺たちにゃどっちみち速攻しか手は無いしな」
拡声装置を通じて会場に響き渡る大きな声。
「選手は試合場へ集合。間もなく決勝戦を行う」
満員、いやそれ以上の観客席からの怒号が沸き起こり、そのアナウンスを掻き消す。
「急げ。準備しながら作戦会議だ」
ベルシールとフィオンは小走りに控室に戻った。
「ゾーフォ、脚はどうだ。走れるか?」
「なんとか」
「キラエフとトナッラは…無理そうだな。殺されに行くようなもんだ。出場は見合わせろ」
ベルシールの言葉に二人が食ってかかる。
「何言ってやがる、ベル。全く問題ないぜ、ほら」
「休んでなんかいられねえ。俺たちだけ生き残ったら後味が悪くって仕方がねえ」
フッと穏やかにほほ笑んだベルシール。
「冥界にゃ似つかわしくねえほどイイやつだな」
「イイとか悪いとかじゃねえ、借りを作りたくねえってだけだ」
ベルシールは早口でまくし立てた。
「よし、やるぞ。死んでも恨みっこなしだ。ガルスが俺たちを殺したがってるのは間違いないが、試合は俺たちに勝たせるつもりだ。なにしろ十五倍の賭率が逆転からな。最後の一人になるまで俺たちを殺してから点を入れさせよって考えだろ」
トナッラが尋ねる。
「で、どうする? 誰か一人しか生き残れない、ってことか?」
ベルシールが首を横に振る。
「いいや、全員生き残ってやる。俺の考えは…」
催促するような強い口調でアナウンスが聞こえてきた。
「西四十二房、ただちに会場へ。これ以上遅れる場合は懲罰の対象とする」
ベルシール、キラエフ、トナッラ、ゾーフォ、フィオン。
五名は手を重ねて声を上げた。
「行くぞっ」
敵は全員、見上げるほどの大きな体躯。前の試合の返り血も生々しいまま。
「お前ら皆殺し、だ…」
「やってみろ。返り討ちにしてやる」
ベルシールが言い返すと相手チームの獣人たちは喉の奥を鳴らして威嚇し始めた。
「双方準備はいいか」
審判長ブレドーが鉄球を高く抱え上げた。
中央にキラエフ、ゾーフォ、そしてベルシールの三人が中央の円内へ。相手も三人が中央円内へ。両手を突き出してすぐにでも襲う構え。
奥の深いところにトナッラ、フィオンは左翼の一番端へ。
「それでは。決勝はじめっ」
ブレドーは高く鉄球を投げた。選手が鉄球に触れるまで攻撃は禁じられている。
獣人たちは鉄球を取りにゆく素振りも無い。まず殺戮、そういう作戦なのだろう。
ベルシールが両手を挙げて防戦の構え。そしてキラエフは、ゾーフォの身体を抱えて上へ投げ飛ばした。
「よしっ」
投げ上げられたゾーフォは空中で鉄球を確保。
「取ったっ」
「来るぞっ」
予想通り、敵が襲い掛かってきた。
ベルシールはサッと身を屈めて迫る敵二人の足を払い、立ち上がりざまにもう一人を蹴り上げ、キラエフとともに全力で後退。敵チームの選手が一斉に追ってくる。
待ち構えるように自陣の奥深いところ、トナッラが金棒を携え立ち尽くしている。
「チッ、ぶっ倒してやるっ」
目をギラつかせた敵選手たちがそれぞれ武器を拾い上げて殺到する。
「来いっ」
トナッラは脚を踏み出して金棒を構えた。
「さあ、来たっ」
トナッラの元にやって来たのは、敵の選手たちよりも先に鉄球だった。
ゾーフォは確保した鉄球を、トナッラに向かって正確に投げていた。
「直球ど真ん中っ」
「ほい来た」
トナッラの金棒から快音が響く。
「頼むぞ、坊主っ」
大きなアーチを描いて飛んだ鉄球は、試合開始と同時に敵陣深くまで走りこんでいたフィオンのもとへ。
「掴んだっ」
鉄球を抱えたフィオンが会場左翼をひたすらゴールに向かって走る。
「しまったっ」
敵チームも気付いた。
「速攻だ、速攻だっ、とめろ。とにかく鉄球を追えっ」
フィオンに向かって敵が一気に殺到する。
「来い、こっちに来い…」
一心不乱に走るフィオンだが、敵選手たちの足が勝っている。もう手が届きそうな距離。
フィオンがチラリと右を見る。右翼の奥深くで手を振るゾーフォが見えた。
「こっちだ、投げろフィオン」
「はいっ」
鉄球は迫る敵をあざ笑うかのように頭上高く右翼へ飛んだ。ゾーフォは鉄球をキャッチしてゴールを目指す。
「今度はあっちだ、あっちだあっ」
敵選手たちは慌てて踵を返し右へ。
フィオンは祈るような気持ちでゾーフォの行方を追う。
「あ、あっ」
ゾーフォはバッタリと倒れ込んだ。敵の一人が放った矢がゾーフォの脚を貫いていた。
「ち、ちくしょう…」
何度も立ち上がろうとするが、ヘナヘナと倒れてしまう。敵はその間にも猛然とゾーフォ目掛けて走り寄る。
「フィオン、フィオンっ」
ゾーフォはゴールを指差しながら叫んだ。
「走れ、全力で走れっ」
「え、えっ…」
フィオンは辺りを見回した。
敵はほぼ全員ゾーフォに向かって殺到している。自陣奥で倒れているキラエフとトナッラは負傷のため身動きもままならない。ベルシールは敵の射手と戦っている。
「僕しかいない…」
理解した。
「僕がやらなきゃ、みんな死ぬ」
フィオンは全力で走り出した。同時にゾーフォは敵陣ゴール目掛けて思いっきり鉄球を投げた。
「頼むぞ、フィオン」
鉄球はゴール下の台に当たって跳ね返って転がった。
走りこむフィオンがそれを拾い上げた。
「ガキめっ」
浅い位置にいた敵の番人がすぐさま台の前に戻って待ち構える。手に持った大きな斧を振り上げた。
「真っ二つにしてやる…うっ、あっ」
わき目も振らずに突進するフィオンの身体にうっすらと黒いオーラが浮かび上がった。
「な、なっ」
迫る斧をかいくぐり、その柄を肘打ちで叩き割ったフィオン。怯えたような表情で全身を強張らせた敵番人の前でフィオンは跳躍し、その顔を踏みつけるようにしながらさらに上へ飛び上がった。
「箱だっ」
フィオンの目の前に口をあけたゴールの中へ、鉄球を力いっぱい叩きつけた。
「試合終了っ」
フィオンはヘナヘナとその場に座り込んだ。
地響きのような大歓声も、ねぎらいの言葉も、拡声器を通じて告げられる試合結果も、何も聞こえずに虚空を見上げていた。
「終わった…助かった」
顔面をボコボコに腫らして腕も上がらないキラエフ、刺された脇腹から未だ血を流すトナッラ、脚を引きずるゾーフォ、皆涙を流していた。
「泣くなんて、いつ以来なんだ。涙なんて枯れ果てたと思っていたが…」
ベルシールは仲間を見渡して呟いた。
「この連中なら、この仲間たちとなら…」
つづく