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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
哀哭のリジア
6/40

西四十二房、出撃

 恐怖が支配する冥界の監獄「リジアの楽園」における死の球技・グリーブは「何でもアリ、武器使用可」つまりは公開殺人ショウ。

 いよいよフィオン属する西四十二房が出撃。


 「出番だ」

 やや曇天、強い風に砂塵が舞う。興奮のため手枷足枷にも関わらず身体が軽く感じられる。

 「ここまで来たら、やるしかねえな」

 控え室で見ていたよりも場内フィールドは狭い。そそり立つ壁のように取り囲む観客席のせいだろうか。「逃げられない」という気持ちがそれに拍車をかけているのかもしれない。

 「相手は…」

 中央に向き合って整列して実感する敵の威圧感。

 「種族混成か。オニ族二人とジクル族一人、怪人族にロファウ族、あとはタンガタ族か。それにしても立派な体格のヤツばかり…」

 殺ってやる、そんな目がこちらを睨んで離さない。フィオンの脚が震えていた。

 「大丈夫だ。しっかり練習も作戦会議もやってきたんだ。ビビるな、僕」


 一角鮫の角で出来たホーンが高らかに鳴らされ、いよいよ時間いっぱい。

 西四十二房の面々は予定通り、二人一組で戦う。不等辺三角形の陣形フォーメーションを組み、フィオンはキラエフとのペアで左翼へ。

 開始の掛け声は衛兵隊長のブレド―、ネフィリク族の血を引く巨体。

 「はじめるぞっ」

 ブレド―が鉄球を投げ入れ試合開始。

 中央で鉄球を受けに行くのはジャンプ力のあるゾーフォ。相手はオニ族、目いっぱい飛び上がって手を伸ばす。

 「ふんっ」

 ゾーフォは空中でくるりと一回転。長い足をムチのようにしならせ鉄球を蹴った。すぐさまペアのエゾンが飛び込んで鉄球をキャッチ。

 「おおっ」

 観声が沸きあがる。

 「よしっ」

 フィオンも駆けだそうと前傾姿勢。

 しかし前から猛烈な勢いで敵のタンガタ族が、剣を拾って突き出しながら向かってくるのが見えた。フィオンの顔から一気に血の気が引く。

 「剣…ホンモノだ」

 もはや練習ではない。明らかに殺害を企図して迫る者の持つオーラを感じずにいられない。

 「剣だ、剣が迫ってくる…」

 砂漠で襲われた時の映像がコマ送りのように映し出された。

 「あの時も、だった。父さんも母さんも姉さんも、あんな剣で」

 全身を硬直させ足を止めてしまったフィオン。

 「きゃああっ」

 観客席の悲鳴も全く聞こえていない。


 「チッ、あいつ。死ぬぞっ」

 迫る剣を受け入れでもするかのように立ちつくすフィオンに向かって、ペアのキラエフが肩口から体当たりを食らわした。

 「あっ、あれっ」

 キラエフは飛び込んでくる敵の腹に膝蹴りを食い込ませ倒した。

 「ボーッとしてんじゃねえよ。本番だぞっ」

 「は、はいっ」

 我に帰ったフィオンが駆け出した。立ち上がって追いかけてくる敵をぐいぐい引き離す。

 「やるじゃねえか小僧」

 並走するキラエフが笑んだ。

 「いいぞフィオン。そして武器を拾え」

 「了解ですっ」

 チラリと後ろを見る。

 エゾンが確保した鉄球は右翼のベルシールに投げ渡され、さらにペアのトナッラへ。そのまま右のラインギリギリを敵陣に向かって疾走中。

 「そろそろだぞ」

 事前の作戦どおりトナッラは左翼に鉄球を投げた。山なりの弧を描いて鉄球が宙を舞う。

 「来たっ」

 キラエフが鉄球を確保。フィオンはそのまま敵陣深くを目指して走り続ける。

 鉄球を抱えて走るキラエフを待ち受けるのは敵のロファウ族。殺気をギラギラさせながらハンマーを振り上げた。

 キラエフは敵の目の前でぐっと重心を低めて懐にもぐりこんだ。

 「鈍いぜ、あんた」

 そこから強靭な脚のバネを使って伸びあがるようにタックル。敵をふっ飛ばした。


挿絵(By みてみん)


 だが、キラエフの背後にもう一人の敵が近づいていた。フィオンが叫ぶ。

 「後ろ、後ろっ」

 大歓声にかき消され声は届かない。まだ気付かぬキラエフの背後に振り上げられた敵の剣。

 「まずいっ」

 フィオンはブルッと身体を震わせた。

 「ええいっ」

 頭で考える前に手が、身体が動いていた。手に持った武器を思いっきり投げつけていた。

 水平回転しながら斧が飛ぶ。


挿絵(By みてみん)


 「ぶふあっ」

 見事に敵の首筋を切り裂いた。鮮血が激しく噴き上がる。

 「や、やった…」

 骨まで断ち切られ皮一枚、ダラリと垂れさがった首をグラグラさせながら敵はバタリと倒れた。

 身体中がカーッと熱くなるのを感じながら、フィオンの顎がカチカチと音を立て震える。

 「こ、殺しちまった」

 火照る顔や手足と裏腹に、頭は血の気が引いていくようだ。

 「僕があいつの命を奪った…あいつにだって父さんや母さんが」

 視界の上から黒いカーテンが降りてくる。足元がフラつく。眼球があっちへこっちへ動きとどまらない。言葉を発しようにも口が震えてどうにもならない。

 「こらあっ」

 耳を衝く怒号で我に返る。視界が下から戻ってくる。

 「小僧っ、いい加減ハラくくれっ。ビビってんじゃねえっ。さっさと作戦通りにいくぞっ」

 キラエフはフィオン目掛けて鉄球を投げてよこした。

 「えっ、あっ」

 立ちつくすフィオンの胸に鉄球が激しくぶつかった。へなへなと倒れ込んだ目の前にコロコロと鉄球が転がった。

 「早く鉄球をっ。そいつをあのゴールに入れりゃいいんだ。そうすりゃ終わるんだ。殺しがイヤならさっさと鉄球タマを入れやがれっ」

 「そ、そうだな。鉄球…」

 慌てて鉄球を拾ったフィオン。

 「よし、教わったとおり脇を締めて、棘の根元をしっかりと握って…」

 「とにかく走れッ」

 「は、はいっ」

 フィオンは駆けた。まるで自分が犯した罪から逃げるかのように。


 敵陣の一番深くに設置された台、その上のゴールまでもうすぐ。

 だがその前に番人キーパーが待ち構えている。

 「来いよ、ガキ」

 長身の巨体、オニ族。長槍を真っ直ぐ突き出すように構えながら。

 「来い、殺してやる」

 「はあっ」

 フィオンは飛び上がった。

 「甘いっ」

 ゴール周辺には油が撒かれていた。転びそうになりながらも何とか飛び上がったが箱までは到底届かない。

 「しまった」

 「ヒヒヒ、落ちざまにその喉突き刺してやる」

 ニヤリと笑う敵が槍先を突き出してきた。

 「うあああっ」

 咄嗟に、フィオン抱えていた鉄球を敵に向かって投げつけた。

 「ぬあっ」

 鉄球を食らった敵の番人キーパーは吹っ飛んで倒れた。フィオンも態勢を崩して地面に横たわる。

 頭を強く打ったのか、景色がグルグル回っている。

 「ああ、あああ…あれっ」

 揺れる視界をサッと横切って駆け抜けた人影。

 「だ、誰…?」

 俊足、ゾーフォだった。

 「どいつもこいつも鈍いっての」

 鉄球を拾い上げ、素早く台の上に駆け上がった。

 「一丁上がりっ」


挿絵(By みてみん)


 そ鉄球はゴールの中。

 「試合終了っ」

 審判員の高らかな宣言が響き渡り、ここに西四十二房の勝利が確定した。


 大歓声は地鳴りの如く。

 「やったっ」

 フィオンは両手を上げ何度も飛び上がる。

 「やった、やったよ。見たかみんな」

 しかし、喜びに躍るフィオンの背後には敗戦したチーム番人キーパー、フィオンが鉄球を投げて吹っ飛ばしたオニ族の男が近寄っていた。

 「くそガキめ、殺してやる」

 男は拾い上げた槍を構え突き出した。

 「あっ」

 鮮血が激しく飛び散った。

 「きゃあっ」

 観客席から湧き上がる悲鳴。

 白目を剥いて全身の力を失い、血を噴き上げながらバッタリと倒れたのはオニ族の男だった。

 「ん? ひ、ひいっ」

 振り向いて背筋を凍らせたフィオン。男の背中から胸へ、巨大な槍が刺さっている。

 「一体誰が?」

 投げたのは衛兵長ブレド―。顔さえ判別できぬ距離から一投の槍が心臓を正確に貫き破裂させていた。

 「あ、あんなところから…しかも狙いに寸分の狂いもなく」

 ブレドーが声を張り上げた。

 「試合中以外の暴力行為は違反行為、よって制裁を加えた」

 有無を言わさぬ処刑に観衆も静まり返った。

 「意義は認めぬ、以上」

 

 ベルシールは選手の肩をポンと叩いて回った。

 「みんなよくやった。次の相手はさっき見た南十房だ。少し休憩したら作戦を練るぞ」

 フィオンはあらためて両脚がガクガクと震えているのに気づいた。

 「やっちまった…殺っちまったよ僕。あの相手、首が取れてたよ…」


 会場では次の試合がすでに始まっている。

 歓声と悲鳴が波のように繰り返されるのを遠くに聞きながら、面々は控室で身体を休めた。


 もうすぐ二回戦。


 つづく

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