残酷格闘球技、はじまる
冥界の戦災孤児・フィオンが「リジアの監獄」に投獄されて約一ヶ月。
死の遊戯「グリーブ」が今年も開催されるとの宣言がなされたが、その競技は実質「殺し合い」だという。
賭博や陰謀、希望が渦巻くグリーブに出場を決めた西棟第四十二房の代表選手選手六名の一人にフィオンは指名された。
「ぼ、僕が選手に…」
参加要請を断るという選択肢は当然与えられない。
(なぜ僕なんかが…)
「ちょっと集まってくれ」
使役後の短い自由時間に、ベルシールがグリーブ出場の六名を集めた。
「みんなも気付いてると思うが…これは策謀だ」
「策謀? 一体どんな」
尋ねるエゾン。ベルシールはため息をつく。
「解ってねえな。本気で勝つ気なら、誰がお前さんなんかを選手にするかっての」
「し、失礼なっ。たしかに俺は小柄だが、やる気なら誰にも負けねえぞ」
「やる気で生き延びられるような球技じゃない、グリーブは。去年を見てねえのか。出場者の半分が死んでるんだ」
「死ぬのは鈍いヤツだから、だ」
「ちっ、お前は自分は鈍くないって思ってやがるわけだ」
トナッラが口を挟んだ。
「言いたいことは解るぜ、ベルシール。去年同様ガルスは八百長で大儲けするためわざと自軍を負けさせようとしてる、ってことだな」
「ああ。それだけじゃねえ。今回選ばれた六名は皆ガルスに嫌われてる面子だ。あるいは試合中の事故を装って俺たち全員を殺そうと…」
「そりゃ考えすぎじゃねえか」
キラエフは首をひねる。
「ガルスの野郎は内外に大きな力を持ってる。殺そうと思うなら事故を装うなんて面倒なマネはせず、衛兵を買収すりゃ直ぐに済む話だろ」
「ところが」
ベルシールは首を横に振った。
「最近ここの冥鉱石採掘量が落ち込んでる。まあ、これだけ掘りゃいつか底をつくってことなんだろうが公国の役人たちはそう思ってない。リジア内の腐敗の横行がその原因だと考えるらしく、むやみに囚人を殺すなっていうお達しがあったらしいんだ」
「勝手には殺せないから、試合中に合法的に殺害しよう、と」
「そう。同時に賭博でしっかり儲けようって絵を描いてるに違いねえ」
エゾンが尋ねた。
「ベルさん。じゃあ我々は一体どうすれば…出場登録を済ませちまった以上、もう逃げられない」
「ああ、試合には出にゃならん。公国の勅令を断ったり欠場したりすれば極刑だ」
「試合で殺されるか、刑場で殺されるか…ってことか」
「だから、死なない方法を考えなきゃいけねえ」
トナッラはベルシールの顔を覗き込んだ。
「お前さんは去年も選手だったろ。一体どうやって生き延びた?」
「去年か…」
ベルシールの顔が曇った。
去年もちょうどこの時期だった。
入牢して間もないベルシールはガルスに命じられるがままに選手としてグリーブに参加、例年と同じく交代要員は無しの六人制。
「面子を見て思ったよ。勝てる、ってな」
巨人族の血を引く大柄なヌートイを筆頭に優秀な選手に恵まれた去年の西四十二房は初戦、二回戦と相手を圧倒して決勝に駒を進めた。
「二戦とも得点を入れたのは俺だった。そりゃ気持ちよかったぜ。満場の観客席から沸きあがる歓声に身が震えたもんだ」
そして決勝戦。
「二連勝した俺たちの組の賭率は二倍、対して敵は九倍。俺たちは大本命ってわけだ」
だが蓋を開ければ敵の強さは圧倒的だった。次々に仲間が殺されてゆく。
「俺は見た。相手の手枷が外れていたんだ。そりゃあ、波動妖力を抑制するこの手枷が無きゃ動きも軽いさ。審判員に文句を言ったが取り合っちゃもらえない。そりゃそうだ、グルなんだから」
無法地帯。グリーブの決勝戦はさながら凄惨な公開殺害ショーに転じた。
「勝っても負けてもいい、とにかく早く終わってくれ、そう祈ってひたすら逃げた」
敵軍も勝敗など気にしていないかのように、ただ一人生き残ったベルシールにひたすら襲いかかる。
「もう闇雲さ。何がどうなったか覚えちゃいない。ふと目の前の鉄球に気付いたんだ」
殺すことばかりに執心する眼前の敵から鉄球をサッと奪い、思いっきり投げつけた。
「どこを狙ったわけじゃない。恐怖に駆られてただ滅茶苦茶に投げた」
投じられた鉄球は目の前の敵の肩口に当たって跳ね返って飛び、偶然のなせる業で鉄球は自軍の箱に入った。
「それで試合終了だ。目の前に剣先が迫り、小便ちびりながら終了の笛を聞いた…俺が投げた鉄球は自殺点になった。だが皮肉なもんで、その自殺点で俺は命拾いした」
ベルシールはふう、と大きくため息をついた。
「そんなわけで、俺は生き延びることが出来たのさ。単なる偶然だ、もう二度とそんなものには頼れん」
「ううむ…」
一同は頭を抱え込んだ。
「いっそのこと」
エゾンが呟いた。
「ひたすら自殺点を狙って…」
「去年の試合後、自殺点は認めないという規則に変更になったんだ」
「じゃあ、ひたすら防御の練習をして、みんなで固まって…」
「相手に囲まれてなぶり殺しが関の山さ」
「むう…」
フィオンが、一同の顔を見渡して首を傾げた。
「ねえ、普通に勝ちに行ったらどうです?」
「は?」
視線が集まる。
「え、え…だって、みんなが話してるのは競技でなく、殺すとか殺されるとか…」
「だから言ってるだろフィオン」
キラエフが諭すような口調で。
「グリーブってのは本質的に殺し合いの格闘なんだ」
「けどさ」
フィオンは納得がいかない。
「サッと得点しちゃえば試合は終わるんでしょ。そしたらさっさと殺し合いもせず生き残れるじゃないですか」
「わかってねえな、これだから新入りは…」
「いや、待てよ」
ベルシールは顎に手を当てて頷いている。
「あながち間違ってねえぞ。俺たちはグリーブと訊けば疑いもせず格闘を思い浮かべるが本来は球技。案外突破口はそこかもな…」
「ほう…」
「言われてみりゃそうだ。単純に考えれば球を箱に入れりゃいいってだけの話」
「確かに。戦おうとするから球がおろそかになる」
一同がフィオンの顔を見る。
「たまにはいいこと言うじゃねえか、新入り」
「たまに、は余計ですよ…」
起床後の使役後の短い自由時間、選手たちは舎房の端っこで作戦を練った。
「使われる鉄球は七号球、径は八寸ちょっと。生えてる棘の感覚はおおよそ四寸半。前に持つなら棘を一つ開けて左右、その根元を支えるように…」
「脇に抱えると片手が空く。肘を曲げてその間に棘を…」
「箱は高い位置にある。番人がいるら気を付けろ」
試合までの一か月、熱心な打ち合わせと練習が続いた。
「それじゃあ上がガラ空きだ、頭から斬られちまう。こうやって上を防御しながら…」
「隊列は三種類。まず三角形の型で行こう。鉄球の回し方は…」
「場内のあちこちに武器が置いてある。剣、ヌンチャク、鞭、槍は長さも色々だ。弓矢はよほどのウデがないと当たらないから下手にとるな。逆に、弓矢を持ってる敵がいたらそれは自信のあるやつだから注意しろ」
通り掛かったガルスがニヤニヤしている。
「精が出るじゃねえか、お前ら。どうだ勝てそうか。どんな作戦なんだ」
ベルシールが冷静に答える。
「俺たちも命がかかってるんでね、ガルスさまと言えどそう簡単に教えるわけには…まあ、当日を楽しみにしておいて下さい、って話ですよ」
過ぎれば日々はあっという間。遂にグリーブの日がやってきた。
「おい、見ろよ」
競技場を取り囲む何千の観衆が奇声を上げて盛り上がっている。
年に一度の唯一の娯楽、この日ばかりは辛い使役も無い。加えて囚人たちの大好きな賭博も盛んに行われるとあって、お祭りの様相を呈している。
「すげえな」
「招待席も賑わってるな」
「あそこにいるぞ、マブラス。見てみろよ、一体何人の女をはべらせてるってんだ。まあどの娘もどっかから略奪してきた戦利品に違いねえが」
「ああやって飼われるのも悪くはねえか…」
「どうかね、労働使役よりキツいんじゃねえのか、マブラスなんかの相手は」
「見ろよエルターブ卿だ。隣にいるのは来賓のノースミル卿じゃねえか、北西の豪族だ」
「ノースミル? 知ってんのか、お前」
「俺はもともとノースミル公国の出身なんだよ。同盟を結ぶ前は敵同士だったんだがな。見ろ、なんとまあ、テグルス卿も来てるぜ。今最も勢力のある冥界卿だ。楽しませて、ゴマすっておこうって腹だな」
選手たちも興奮のせいか口数が多い。
「貼り出されたぞ、対戦相手が。一回戦の相手は南第三十三房、怪人族とオニ族の混成組か。やたら体格がいいな」
今年出場する組は全部で七組。一回勝てば準決勝進出だ。去年の勝者、西第二十七房はシード枠があてがわれている。
「対戦表のくじ引きもどこまで公正なもんだか…ともかく俺たちは西二十七とは反対の山…おそらく今回も決勝に出てくるのはあいつらだろう」
大きな板があちこちに立てられ、賭率が掲示されている。随時更新されるため、数字が書かれた紙が幾つも用意されている。
「西四十二房…ん? 三倍か。すでに人気だな…俺たちなんぞどう見ても貧相なんだが。ガルスのやつ上手いこと根回しして操作しやがったな」
選手一同が場内に整列し、ますます沸き上がる観衆。しかし西四十二房は他の組の選手に比べ、上背も腕っぷしも一回り見劣りする。
「見てろ、勝負は体格じゃねえ。勝つのは俺たちだ」
エルターブ卿が貴賓席前の指令台に立ち、筒状の拡声器―地中に張り巡らされ競技場の方々から突き出した共鳴構造の筒―に向かって開会を宣言した。
「今年もめでたくこの日を迎えることが出来た。戦乱の時代にあって己の肉体と技能を生かし、国家ひいては冥界全体の平和の希求のために…」
トナッラがボヤく。
「いつもだ。あいつの話は長い」
だが公安部隊の目が光っている。あくびでもしようものなら即座に連行されかねない。エルターブ卿の演説は続く。
「かつて冥界を手中に収めた古代ヘウア族は、市民の全員が兵士であることが誇りであった。つまり高められた個々の力と統制された民の心こそが世界の平和の実現へと…」
長い演説も終わり、早速試合開始。
一試合目は南三十房と北二房の対戦。この勝者が西四十二房の次の相手。
「よく見ておけ。相手の戦術そして弱点を」
目を凝らして観戦するが、凄惨すぎる光景に吐き気を催す。
「おいおい…」
「試合なんてもんじゃねえな、これ」
本来グリーブとは場内に投げ入れられた鉄球を取り合い、敵陣の箱に入れれば勝利となる単純な球技。古代の英雄グリベロスが奨励し仮想敵陣突破の演習として奨励したもの。
しかし今行われているのは単なる残虐趣味の殺人ショーだった。
「こりゃ一方的な勝負だな…」
南三十房の面々は少数民族ジクル族。筋骨隆々の大きな身体を時にしならせ、屈めながら鉄球そっちのけで相手の北二房の選手たちを付け狙う。
「開始早々これか」
場内に無造作に置かれた数々の武器のうち、薙刀を拾い上げたジクリアンが、北二房の選手・ウグノル族の首を跳ね飛ばした。
「ああ…」
赤く染まった砂の上を選手たちが駆け抜ける。今度は身体の大きなジクリアンが相手を羽交い絞めに。そのままギリギリと締め上げて首の骨をへし折ってしまった。
「ひでえな」
暗黒であればあるほどに観衆はヒートアップする。観衆である奴隷囚人たちは普段、極限まで抑圧されているせいなのか、自らの鬱憤を晴らすように眼下の残虐ショーを楽しんでいる。
「チッ、あいつめ」
ベルシールの視線の先には、貴賓席から一段下がったボックス席で手下に指示を出すガルス。
「特等席なんぞに座りやがって、と囚人とは思えん。カネのチカラってやつか」
「そう、今もあいつは子分を走らせ賭率の按配と八百長の仕込みで大忙しだろ」
場内を見れば、試合は決定的。北二房の選手たちは二人を残して観衆の目前で次々に殺害された。
「なるほど…」
エゾンが頷いた。
「鉄球を取る、取られるより、さっさと相手を殺して数を減らすのが手っ取り早いってわけだ。交代要員無しだから、勝敗はそこで決まっちまうわな」
「まさに去年がそうだった…」
ベルシールが独り言のように呟く。
「俺以外、全員が殺された」
結局、北二房の選手は全員死亡。易々と鉄球を箱に運び込んだ南三十房の組が勝利宣言を受けた。
「さあ、俺たちの番だ」
ブルブルっと武者震いをさせた西四十二房の面々。
控え室から湿った廊下を通り、砂塵舞う競技場へ。大観衆の声援が待ち受ける。
「やってやろうじゃないの」
つづく