三つ巴
人間社会に同化して平穏な暮らしを望んだ「ヌラリヒョン」ことフィオン。
彼に裏切り者の烙印を押した冥興団の新総帥ジェルマ・カリオスがそれを許さなかった。
絶体絶命のフィオンを救おうと飛び出したのは貧農の児ショウキチだった。
「ヒョンは僕の父ちゃんだッ」
農具である鎌を掲げて突進しジェルマの剣を弾き飛ばしたものの、激昂するジェルマの次元球にフィオンともども呑みこまれてゆく。
「墜ちる…」
身体がねじ切れてしまうかと思う程の強烈な重力の締め付け。息も出来ないほどの圧迫感。
扉を閉ざすように、視界が閉じてゆく。
「あ、ああ…」
キーンと耳を突く音。いや、音ではない、直接脳内に針を打ち込まれたかのような鋭い衝撃を感じた。
暗闇の中に小さく灯された白い光が瞬く間に大きくなる。
「あ、あっ」
その光は瞬く間に視界をホワイトアウトさせた。目が痛いほどに眩しい。
同時に、その光が全身に絡みついていた重力の締め付けを解き放った。
「た、助かった…?」
「見て、あれを見て。ヒョン」
隣で目を真ん丸にしたショウキチが指差す先には、粉々に破壊された次元球の破片が散らばっていた。
「だ、誰が?」
その向こうに見える人影がまっすぐ突き出した掌がまばゆく光っている。
掌だけではない、全身を光らせた男が立っていた。
「危なかったな、二人とも。危うく次元の狭間に呑みこまれるところだったぞ」
男はフィオンとショウキチを庇うように、冥興団の前に立ちはだかった。
その横にもう一人、手刀を光らせている男。
「間一髪ってとこだな」
金髪をなびかせながら微笑む鋭い目つき。
見覚えがある。
「お、お前は確か…」
忘れもしない、遠野での捕虜救出作戦で煮え湯を飲まされた相手。元幻界軍の闘志ヒジュリーだ。
「幻怪衆だな」
「ん? どこかで会ったか、坊主」
気に留める様子も無いまま、ヒジュリーはジェルマたち冥興団に立ち向かっていった。
光の波動が闇夜を切り裂く。
暗黒の波動を次々に撃ち出して応戦するジェルマが全身を光らせる男に向かって叫んだ。
「ふっ、遂に出てきたか。幻怪衆の親玉モートンめ」
「モートン?」
フィオンも叫んだ。
忌まわしき戦争の記憶がよみがえる。敵将モートンとは、恐怖と憎しみの代名詞として心に刻み込まれた名。
幻界軍の将軍として冥界を震え上がらせた男、しれがモートン・アーフ。
「幻界は内乱が続いて崩壊したと訊いていたが…今はあいつも現世にいるのか」
「モートン? はは、そんな名前の時もあったが…今は幻之介。お前らのような闇の種族を葬り現世を守るのが使命」
目も眩むほどの光の波動が放たれると、切り裂かれた宵の空気に摩擦で炎が立ち上る。
手下が次々に焼かれてゆくさまを見てジェルマはサッと後退した。
「相変わらずだな、腕は落ちて無いようだ」
指をパチンと鳴らすと猛犬ガルムたちが一斉にモートン、否、幻之介に襲いかかる。
「お前も相変わらずだな、逃げ足だけは早い」
ガルムの群れと格闘する幻之介を尻目に逃走しようとしたジェルマをヒジュリーは見逃さなかった。
「俺はちったあ成長したぜ」
追い掛けながら、光の波動弾を撃ち込む。
振り向きざまに避けたジェルマが暗黒波動弾で反撃。
「食らえ」
「見切ってるよ」
ヒジュリーがサッと飛び上がった。空中で手刀が光を帯びる。
「しつこいな」
右腕の義手を外したジェルマは宙を舞う敵に狙いを定め、内蔵の銃に点火した。
「砕け散れっ」
焦る様子も無く、ヒジュリーは身を捻って大きな弾丸を避けた。
「もうその技は見飽きたぜ」
鼻で笑う。
だがジェルマはそれ以上の笑みを浮かべていた。
「そうだろうと思って、な」
ヒジュリーの背後、空中で弾丸は激しく破裂した。
「ぐあああっ」
「砕け散れ、ってのは弾丸に向かって言ったのさ」
弾丸内部に充填されていた無数の金属片にあちこちを突き刺され、ヒジュリーはあえなく落下。
「ううっ、ううっ」
特に大きな破片が両膝の裏に深々と突き刺さり、立つことさえ出来ない。
近づいて見下ろすジェルマがせせら笑う。
「ああ、可哀想に…この金属片には即効性の猛毒が塗ってあってな、波動の力を打ち消す効能もあるんだ」
足元で這いずり回ることしか出来ないヒジュリーを踏みつける。
「ぐああ、ぐあああっ」
「痛いか、ああ痛いだろう。哀れだな…こんなんじゃ、生きててもしょうがない。そうだよな」
唇を震わせて笑いながら勝ち誇るジェルマは、銃口をヒジュリーの頭にあてがった。
「楽に逝かせてやろうってんだ。優しいだろ、俺」
発射装置に点火しようと手を伸ばした時だった。
「な、なんだっ」
沸き上がる怒号とともに、火矢の雨あられが降り注いできた。
「だ、誰が」
乾いた夏草に次々と火が燃え移る。炎の中にたくさんの人影が浮かび上がってきた。
「殺せッ」
「モノノケを焼き殺せッ、一匹残らず」
「皆殺しにしろッ」
騒ぎを訊いて駆けつけた村の人間たち一人ひとりの、怒りと憎悪に満ちた顔が真っ赤に照らされてどんどん近づいてくる。
「ニンゲンめ…」
ジェルマたち冥興団、武器を携えた人間たち、加えて幻怪衆。もはや誰が敵か味方か判らないほどに入り乱れての殺し合いが始まった。
「今だ、隠れよう。ここにいたら危ない」
フィオンはショウキチを抱えて走り、家の中に逃げ込んだ。
中では、怯え切ったシゲが仏壇の前に座って数珠を握りしめ、ひたすら祈りを唱えていた。
「大丈夫、大丈夫だ」
フィオンがその背を抱く。波打つ鼓動が胸に伝わってくる。
「僕が、僕が守るから」
外から聞こえてくる荒々しい声と悲鳴はますます激しさを増しながらどんどん近づいてくる。
「ちくしょう…」
昂ぶった男たちは、ついにショウキチの家の前にやってきた。
「出て来いっ。お前たちが元凶だ、災いを呼び込んだんだ」
「呪われた一家め」
「隠れてるクソ坊主を出せっ。そいつもモノノケの仲間に違いねえ」
咄嗟にシゲが叫んだ。
「そんなひと、ここにはいないよッ」
扉が激しく叩かれた。鍵を壊してでも入ってこようという勢い。
「いないんだ、いないんだ」
ショウキチが泣きながら叫んでも、男たちの荒ぶるさまは収まりそうにない。
「モノノケめ、こうなったら」
窓が割られた。強い風が吹き込み、棚に置いてあった茶碗が次々に落ちて割れる音が連なって耳に刺さる。
「火をつけてやる」
つづく




