新たな火種
フッタチ救出作戦で敗北を喫した冥興団は巻き返しを図っていた。
即時の復讐を唱える急進派のウィドル、新兵器開発に勤しむジェルマをはじめ、温厚な長老リガレスも幻怪衆やニンゲンたちへの憎悪を募らせていた。
そんな中、自身の力不足を実感したフィオンは総帥・メフィスト卿に教えを請う。
「お前の波動は、まだ固いな」
「か、固い?」
「以前に比べれば随分強くなった。だが力任せではいかん」
自らの手に黒いオーラを漲らせたメフィスト卿。
「固いもの同士がぶつかり合えば、ぶつかりあう衝撃が強くなって力を削がれることになる。もっと柔らかく…」
しなやかに打ち出した黒い波動弾はアジトの中に転がっている大きな岩に向かって加速度を増しながら飛んだ。
「ほうら」
まるで染み込むように黒い波動が岩の中に入り込んだ。間もなく岩はガタガタと震えだし表面から気泡を噴出し始めた。やがて沸騰して融解するように跡形も無く消え去った。
「すぐれた波動は内部に行き渡ることで最大の効果を発揮する」
フィオンは目を見張った。
「なんて強い力だ…」
「強さ、か…よいか、波動の効力は振幅だけに依存しているのではない。波長と方向を自在に操ることで、より大きな力を生むことができるものだ」
「波長…方向…?」
「それこそが波動の質。万物が波動から成り立つならば、万物を殺すも生かすも波動の極意。さあ、まずは集中力を養うことから始めよう」
「は、はいっ」
「一時の感情にとらわれるな、見えるものだけを追うな、常に物事の核を見定めよ…」
◆ ◆ ◆ ◆
日常を取り戻したかに思われた冥興団であったが、わずか十日の後、再び緊張が走った。
「許せん。だから言っただろ、即刻報復をするべきだ」
声を荒げるウィドル。
目の前に横たわるひとりの団員は全身に傷を負ってぐったりしている。
「虚をつかれた…奇襲攻撃に我ら一族はなすすべも無く…」
その男はウグネット族。現世では「天狗族」と称される彼らはアジトからそう遠くない山中に集落を作って生活しながら諜報活動を行っていたが、襲撃を受けて壊滅したと云う。
「ニンゲンたちの群れ、そして幻怪がやってきて…女子供、そして三万坊様までもがヤツらの手に掛かった」
「くそっ…ひどい真似を」
ウィドルは顔を上気させて怒りを撒き散らす。
「天満山三万坊は俺の親友。いやそれだけじゃない、冥界の仲間をこんな目に合わせたヤツらはなぶり殺しにしてやるッ」
「お願いだ、仇を討ってくれ…お願いだ…」
ウグネット族の男は血まみれの顔の中で充血した目を見開いたまま、息絶えた。
「ああ、弔い合戦だ。こないだの分もまとめて借りを返してやろうじゃねえか」
鼻息も荒く武器庫へと向かうウィドルを、メフィスト卿が制した。
「待て。慌てるんじゃない」
「お、親方っ。そんな吞気なことを言っていては…」
「まだ現場の状況も把握できていないじゃないか。また罠が仕掛けられている可能性だってある」
「チッ」
ウィドルは明らかに不満げだ。
「しかし機を逃しては、相手はますます調子付いてしまう。このアジトの近くで襲撃を受けるなんて、俺たちがナメられている証拠だ。叩くしかないッ」
「いいや、急いては事を仕損じるというものだ」
「だが親方、確かに…」
騒ぎを訊いて駆けつけたジェルマは厳しい表情でウグネット族の亡骸を見つめながら言った。
「このところ、我ら冥興団の求心力に陰りが出ているのも事実です。このまま引き下がるのもどうかと」
鼻の穴を膨らませたウィドル。
「ほら。俺だけじゃねえ、やられっぱなしでイラついてんだよみんな。なあ親方、今から精鋭部隊を組織して…」
メフィストは頑なに首を振る。
「ダメだ、待つんだ。力を小出しにする必要は無い。我らが弱体化していると思われているならむしろ好機。力を溜めて来るべき時に備えよ」
「はあ?」
ウィドルは奥歯を噛み締めゴリゴリと音を立てながらメフィスト卿に詰め寄った。
「甘いよ、幻怪衆とニンゲンたちは俺たちを皆殺しにしようと日々力を増してる。最近じゃ『もののけ狩り』なんて組織も出てきやがった、安く見られたもんだぜ」
顔を突き合わせて睨んだ。
「大将はアジトにこもって理屈こねてりゃいいかも知れねえが、今回ひでえ殺され方をしたのは俺の親友なんだ。弔い合戦をしなきゃ気が収まらねえんだ…」
ピン、と空気が張り詰める。
「ま、まあ」
割って入ったジェルマ。
「気持ちはわかる。十分わかる。だが親方の言うように、確かに焦っちゃいけねえ」
怒りに震えているウィドルの肩に手を置いた。
「もし罠なら、お前まで失っちまうじゃねえか、なあ。みんな仲間だ、お前の身を案じているんだ。冥興団にはお前が必要なんだよ、無駄な戦いで死なせるわけにゃいかねえ」
「う、ううう」
ため息をつきながら、ウィドルはしぶしぶ頷いた。
「そうだな…いいヤツだぜお前は」
「まずは正確に事実を確認せねばならん」
メフィスト卿がサッと手を挙げると、黒河童組の団長・モーガが前に出て一礼した。
「承知いたしました。事の顛末、しっかりと調査いたします」
◆ ◆ ◆ ◆
その夜、フィオンは自室の扉を叩く音で目を覚ました。
「もう朝…あれ、違う。なんだ、こんな夜半に」
ボサボサ頭を掻きながら扉を開けると、やけに鋭い赤い目が光っていた。
「うっ…あ、あっ」
物言わずに押し入ってきたのはウィドル。声を上げようとするフィオンの口を塞ぐようにしながら急いで扉を閉めた。
「なあ、お前はどう思うんだ?」
「ど…どう、って?」
「昼間の件だ。俺たちやられっ放しでいいのか、って訊いてるんだ」
「そ、それはその…」
睨むような表情を近づけて問うウィドルから、少し目線をそらす。
「でも、親方はああ言ってたし…ひ、ひいっ」
胸元に鋭い剣先が突きつけられていたことに気付いた。
「な、何の真似ですっ…」
顔面蒼白になったフィオンを見て、ウィドルはニヤリと笑ってその手を緩めた。
「これが俺じゃなく幻怪衆だったら、お前はどっくに殺られてた。冥興団の包囲網が出来上がりつつある今、何時こんな風に奇襲を受けて首を跳ね飛ばされるかわからん。そういうことだ」
「えっ、ど、どういうことです…?」
「俺の親友は、現にこういうやり方で無残に殺された。このまま黙って看過していいのかってことを訊いてるんだ、俺は」
寝ているところを叩き起こされ、まだ頭の中がぐるぐる回っているような感覚のフィオンだったが、何度も深呼吸して気持ちを落ちつけた。
「ああ、いや…そんな怖いことはイヤです」
「このまま泣き寝入りしたら、ヤツらは図に乗ってさらに仕掛けてくる。いいのか?」
「よくは無い…うん、よくないです」
「だろ?」
「でも、親方さまは…」
表情を曇らせながらウィドルが言った。
「親方は疲れてるんだ、最近。おそらく親方自身が悩んでるんじゃねえかと睨んでる。だから、親方の目を覚まさせてやろうじゃねえか。それも俺たち部下の仕事だぜ」
「え、ええっ…」
「ほら、親方は立場上ああいう風にしか言えねえんだよ。そこは俺も十分わかってる。だから俺たちのような志のある者が行動を起こさないと」
「志のある者、か…」
「そうだ。親方さまから受けた恩を行動で返すんだよ。幻怪衆やニンゲンたちを血祭りに上げて、俺たちの力で冥興団を盛り上げようじゃねえか」
頷きながらもフィオンは首をひねった。
「親方さまの許しの無いままに行動するのは、しかし…」
肩を叩くウィドル。
「チッ、忘れたのかお前。幻怪にゃ随分ひどい目に遭わされたんだろ? お前も俺と同じ、大切なひとを奪われた気持ちが解ると思ってたんだが…」
「わ、解るさッ」
顔を上げ、キッと睨む。
「僕は家も家族も、全部奪われたんですよッ。いつかは晴らさなきゃいけない恨みを抱えてるからこそ今こうやって…」
現世の生活の中で忘れかけていた屈辱の日々が脳裏によみがえってきた。
「全部、ぶっ壊してやりたいですっ」
頷きながらニヤリとするウィドルにフィオンは訊ねた。
「でも勝算は? あのウグネット族を壊滅に追い込むなんて強敵じゃないですか」
首を横に振りながら、さらに微笑むウィドル。
「俺は勝ち目の無い戦いはしねえんだ」
抱えた袋の中から、鈍く光る黒い球体を取り出してみせた。
「あっ、それ…」
「出来たての新兵器、次元球。ジェルマが貸してくれたのさ。こいつは凄えぞ、近寄るものみな吸い込んで亜空間に消し去ってしまうんだ。これさえあれば…」
「超兵器次元球、こいつの威力が実際にこの目で…」
武者震いするフィオン。
「見てみたい」
ウィドルは扉の前を指差した。すでに武装した冥興団の面々が並んでいた。
「有志がこれだけ集まった。準備は万端、さあ行こうじゃねえか」
つづく




