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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
妖の簇
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力を求めて

 遠野で繰り広げられた冥興団による妖怪フッタチ救出作戦は事実上の失敗に終わった。

 対抗勢力・幻怪衆の罠に嵌り多くの仲間を失った。


 「油断した、か」

 報告を受けた冥興団の首領・メフィスト卿は静かに目を閉じた。

 ウィドルが叫ぶ。

 「すぐさま冥興団を総動員して復讐リベンジをっ!」

 フィオンも拳を振り上げた。

 「おう、弔い合戦だッ」


 「いや、許さん」

 目をカッと開いたメフィスト卿。

 「それこそが相手の思うツボ。狡猾な幻怪衆は、我らが色めき立つのを見越してさらに巧妙な罠を仕掛けているに違いない」

 「でも、この恨みを、怒りを…」

 「だから容易く罠にはまるのだ。戦いは、焦った方が負ける」

 強い口調で言い放つ。

 「軽率な行動を慎め。よいか、今は辛抱の時だ。十分に力を蓄え機が熟すのを待て。それが何より我らが大義を成すための大事と心得よ」



 ◆ ◆ ◆ ◆



 「ええと、馬や家畜の世話の他には…記録係ってわけか」

 やや落ち着きを取り戻した冥興団。フィオンはセジルの仕事を引き継ぐことになった。

 「こいつは大量だな」

 セジルの部屋には書類が山のように積み上げられていた。通りすがりのウィドルが声を掛けてきた。

 「細かいことは書庫番に訊くといい。裏手に回って左へ行ったとこに書庫がある」

 「ええ、知ってます。それにしても資料、大変な量ですよ。整理するのが大変…」

 「セジルはああ見えて几帳面な男だったからな」

 「いい方でした…」

 少し表情を曇らせたフィオン。


 「チッ」

 ウィドルは舌打ちした。苛立ちが髪の毛が逆立たせている。

 「お前も、か」

 睨むような目線。

 「えっ。お前も、って…?」

 「俺のせいで、セジルが…いやセジルだけじゃねえ。捕虜もデズイールも死んじまった、そう思ってんだろ」

 「そ、そんな…ただ僕は」

 「俺が軽率な真似をしたのが原因だ、みんな思ってる。親方までそんな口ぶりだ」

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ」

 フィオンは首を傾げた。

 「僕は待機要員だったし、現場で何が起こっていたのか知らない…」


 「そうだったな。あの場にお前はいなかったな」

 ウィドルは少し、表情を緩ませた。

 「罠と知らずに、起爆装置が繋がった鎖を断ち切った…それは確かに俺の落ち度さ」

 「あ…そ、そうだったんですか」

 「しかし、現場じゃ常に即時判断が求められる。ごちゃごちゃ考えてる暇なんか無え」

 頷くフィオン。

 「わかります…でもまあ、過ぎたことは仕方ないですし。次に挽回しましょうよ」

 「けっ。もっともらしい事を言いやがる、坊ちゃん。その通りだよ、しかし…」

 再びウィドルが表情を曇らせた。

 「親方も親方だ。あれはダメ、これはダメ。現場を知らねえからキレイごと言えるんだ…穴ぐらに籠もって指図ばっかりじゃ物事は進まねえぞ」

 「…親方にはそれなりの考えがおありなのでしょうから」

 「甘いよ、理屈だけじゃ戦えねえ。殺られる前に殺れ、が原則さ」

 「わかります。けど…」

 「頭で解ったって戦にゃ勝てねえってのッ」

 顔を真っ赤にしたウィドルは八つ当たりをするように部屋の壁を思いっきり叩いて去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 フィオンは書類の整理を一通り終えたが、心のモヤモヤは大きくなるばかり。

 「どうも落ち着かないなあ」

 冥興団におけるもう一人の副将を訪ねた。

 「どう思います…?」


 「ウィドル、あいつは…」

 研究室の中、林檎を頬張りつつ大きな実験器具から目を離さないままに答えたジェルマ。

 「確かに短気な男だ、昔からそうさ。同時にそこが長所でもある」

 「長い付き合いなんですね」

 「まあな。ヤツ以外にも、冥興団ここには色んなヤツらがいる。それぞれが違うからこそ、存在する価値がある」

 「仰るとおりですね…」

 「だが、組織ってのは船だ。気性も価値観も異なる連中が乗り込んだ船、そして旅の途中には様々な予期せぬことも起きる。そんな時、慌てて立ち上がろうものなら…」

 頷くフィオン。

 「沈んでしまう…」

 ジェルマはニッコリ笑って林檎を差し出し「食うか?」と目配せした。

 「あ…け、結構です…」


 再び林檎にかぶりつきながらジェルマが呟いた。

 「先が見えないと、誰しもが不安になって予期せぬ行動をとってしまうものだ…航路や船の安全性が判り易く示されている必要がある」

 「航路…? 安全性…?」

 「目的地が遠ければ、多くはじっと待つ間に不安が大きくなる。待てないんだよ。ゆえに近くにある目標を見せてやらねばならん」

 手元に伸びた取っ手をぐいと引っ張ると、ガラス張りの装置のなかに真っ黒い球体が出現した。

 「そして船の強さが、安心に繋がる。圧倒的な強さがあれば、船は安泰だ」

 ニヤリと笑いながらジェルマは装置を指差した。

 「見てみろ」


 言われなくたって凝視してしまう。空間に浮かぶ毬ほどの大きさの球体。

 黒い波動を周囲に渦巻かせてビリビリと四方に電光を放っている。

 ビーンと耳鳴りのような音が脳髄に直接響き、空気の密度もにわかに増したように思えた。

 「我らの強さ。圧倒的な強さを実現するものの一つがこれ、次元球だ」

 「次元球?」

 まるで呼吸をしているかのように、その球はゆっくりと拍動していた。

 「危ないから近寄るな。こいつの力を見せてやろう」

 ジェルマは林檎を次元球に近づけた。球体を取り巻く黒い霧のような波動に表面がわずかに触れた。

 その瞬間。

 「あ、ああっ」

 空間がぐにゃりと歪み、林檎は次元球のなかに吸い込まれて消えた。


 フィオンは目を丸めた。

 「な、何が起こったんだ。一体…」

 「空間を捻じ曲げたんだ。私は冥鉱石を研究する過程でこの事象を発見した。ある種の配合を受けた冥鉱石は特定の波動によって共振し強い重力場を発生する、と」

 「重力場…?」

 「…簡単に言うと、波動によって一定時間、強大なエネルギーが発生する。その力は空間を、時間さえも歪ませて呑み込んでしまうんだよ」

 「…簡単じゃないですけど」

 「知りたいなら今私が書いている本を読め」

 「あ、はあ。いそれにしても、呑み込まれた物体や時間は一体何処に?」

 「時空の隙間。そこに閉じ込められる。次元の隙間に出来た亜空間、そこでは時間と空間が等価であり力と質量も等価」

 (わかった様な、わからない様な…)


 理解したフリをしながら頷いてみせるフィオン。

 「は、はあ。とにかくすごい…」

 微笑むジェルマ。

 「どの次元にも属さないから、そこに働く重力だけに支配される。つまり動くことも死ぬことも出来ない無の空間に投げ出される。簡単に言えば、永遠のゴミ箱だ」

 「なるほど、それならちょっと判る」


 林檎を飲み込んだ黒い球体はガタガタと震え出し、次第にオーラを失っていった。

 「もう少し改良が要るが…」

 そして何の変哲も無い水晶玉へと戻った。

 「この次元球、兵器としていずれ実用化しようと思っている。ニンゲンも幻怪でさえ次元の狭間に封じ込めれば出られない」

 

 目を輝かせるフィオンを見て上機嫌なジェルマ。もう一つ、赤い薬液の入った小瓶をつまんで見せた。

 「次元球だけじゃないぞ」

 薬液は室内の灯りに照らされて群青色を帯びて光っていた。

 「波動増強薬」

 「く、薬ですか?」

 ニヤリとしながら頷くジェルマ。

 「体内の波動を極限まで高める薬品だ。冥鉱石を細かい粒子にしてある種の溶剤と混ぜ結晶構造の変化を…あ、面倒な話は不要だな」

 小瓶の蓋を開け、強い刺激臭に鼻をつまみながら薬液を少しばかり舐めてみせた。

 「ほら」

 眼球が赤く光り出す。

 

 「うあっ、すごい…」

 圧倒されるフィオンの目の前でジェルマの身体には火が付いたように黒いオーラが噴き出し四肢末端まで行き渡った。

 「無限の力が今、私に宿っている」


 しかしその直後、黒いオーラは波が引くようにサッと消退してしまった。

 「持続時間が短いのが欠点でな…まだ改良の余地がある。精製が難しいのも問題だ。ここ二年かけて出来たのはこの小瓶の分だけでな」


フィオンの胸が高鳴っていた。

 「これが実用化されたら…」

 圧倒的な強さを持つ冥界戦士たちが蜂起して幻怪衆とニンゲンたちを蹴散らす。そして秩序のある現世が実現する。

 かつて冥界がそうであったように、平和で実り豊かな暮らしが戻ってくる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 大きな川が、ゆったりと流れている。

 アントリー山の頂を通年白く染める雪から流れ出る水はいつも澄んでいた。そのトルダッシ川に面した静かな村、エディスレー。ここでフィオンは生まれた。

 (父さんは…畑だな)

 母親が厨房でいそいそと動いている。そろそろ昼寝の時間も終わりの頃、まだ立つのがやっとの幼いフィオンを姉が起こしに来るだろう。

 うららかな日差しの中、美味しそうな匂いが風に乗って届く。平凡だけれど幸せな毎日。

 いつもと同じだ…。


 「おい、起きろ。フィオン、ちょいと手伝ってくれ」

 「あ、昼飯…あれ?」

 「チッ、居眠りこきやがった上にメシの夢か。さっき食ったばかりだろうが」

 現実に呼び戻したのは老いた河童族、リガレス。

 「畑の向こう側、一番東の列の根菜がもう収穫のじきだ。人手が足りんのでな、すまんが頼まれてくれ」

 

 冥興団アジトの鍾乳洞内に広がる広大な農園で、フィオンは一汗流した。

 「戦争さえ無かったら、僕は冥界で農夫としてこんな日々を送ってたのかな…」

 荷車にたっぷりと作物を積み込んで厨房へと運び込む。


 フィオンは訊ねた。

 「リガレスさん、かなりの古株ですよね?」

 「そうさ。誰より昔から現世ここにいる」

 「ずっと昔は幻怪も妖怪も、ニンゲンもみな共存してたって訊いたけど…ホント?」

 笑い飛ばすリガレス。

 「そりゃお前さん、ずっと、ずうっと前のことさ。一万や十万、いや百万年でも足りない、もっと昔の話」

 「その後はずっと争ってばかり?」

 「それが現実だ」

 「現世はこんなに資源豊かで美しくて広いのに…うまく分け合えばいいじゃないですか」

 「生き物とは欲望を制御できんものなのだ。仮にそういう者がいたとしても、欲深い者に食われて消えゆく運命…生きるとは悲しいかな、そういうことだ」

 フィオンは眉をひそめた。

 「欲望、ねえ」


 リガレスは低い声で囁いた。

 「じゃあ訊くがフィオン。お前は幻怪を許せるのか? 戦争で家族を、未来を奪ったヤツがのうのうと笑っているのを許せるか?」

 「うっ」

 顔を真っ赤にして首を振る。

 「いえ・・・許せません。絶対に」

 「なら戦え。その先にしか未来は無い。気持ちを押さえつけたままで真の和解などあり得ない」


 フィオンはメフィスト卿の部屋に向かった。

 「親方さまから波動の極意を学ばねば。そして圧倒的な強さを身につけなければ」


 平和と秩序は過酷な戦いの先に必ずある。

 「ニンゲンたちの欲を煽って支配し、搾取している幻怪どもが見せる偽りの繁栄などに、未来は無い」


 挿絵(By みてみん)


 「この手で、真の平和と自由を」



 つづく

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