作戦開始
冥興団の一員となったフィオンの初陣はニンゲンたちに囚われた仲間の救出作戦。
獣人族の妖怪・フッタチが東北地方で捕虜になっていると云う情報を得た冥興団選りすぐりの六名が現地に出向いた。
「さあ、名演技を頼むぞ」
行き倒れのニンゲンを装ったデズイールを背負ったジェルマは、ニンゲンの部族「エゾ」の集落に近づいた。
「こら、なんだお前ら」
早速、体格のいいニンゲンの男が二人やって来た。
幾何学模様の羽織、長い縮れ毛とたっぷりたくわえられた髭。武器を携えた鋭い目つきのニンゲンの男たちはまさしく蛮族エゾに違いない。
「ここへ何しに来た?」
明らかに警戒している、いや威嚇しているような口調。
媚びるような目つきで笑いながらジェルマが答えた。
「すぐそこで行き倒れてた男を見つけたもんで、とりあえず助けていただけないかと…うわ言のように『モノノケに襲われた』なんて申しておりますが、こいつ」
背負ったデズイールを指差した。
「…?」
相変わらずじっと睨みつけているエゾの男二人。ジェルマは思い出したように懐を揺らせてチャリンと音を立ててみせた。
「ああ、もちろんタダでとは言いません。相応のお礼は…」
「ふむ」
にわかに表情を緩ませたエゾたち。
「ああ助けてやろう。俺たちは困ってる者を見捨てるような真似はしねえんだ」
簡素な丸太小屋のような建物が雑多に並ぶ集落、その真ん中にある大きな屋敷の中へと案内された。
「しかしお前さんたち、この辺じゃ聞かない訛りだが、どっから来たんだ?」
「あ、あの…西国です。ちょっと旅してまして」
「ふうん…まあいい。とにかく相棒をそこに寝かせてやれ」
薄汚れた布団の上に横たわったデズイールは顔をしかめて苦しそうに唸ってみたり、身体を震わせてみたり。
エゾの男が心配そうに眺めている。
「こいつ、モノノケにやられたんだって?」
「ええ。しかし『モノノケ』なんて本当にいるんですかねえ」
首をひねるジェルマをジロリと睨んだエゾの男。
「いる。今どき蘭学流行りのお陰でこの手の話は『無知な古人のお伽噺』とバカにされるが、蘭学だけで世の中が割り切れるもんじゃねえ」
苦しそうなフリをしながら横になっているデズイールにぐっと顔を近づけ、何やら吟味するような仕草。
「おい、こいつは…」
エゾの男は急に表情を険しくさせた。
「妙だな」
さらにジロジロとデズイールを観察し、時々ジェルマを振り返る。
「チッ、そういうことか…」
デズイールの額に汗が噴き出した。
(バレたか)
ジェルマもゴクリと唾を飲んだ。
(いざとなったら…)
袂にに手を伸ばした。
エゾの男は確信したように言う。
「こいつは、モノノケ」
「ぬっ」
ジェルマはぐっと短刀を握りこんだ。
一気に重くなった空気を切り裂くように、エゾの男が顔を強張らせながら声を上げた。
「…モノノケにやられたに違いねえっ」
「えっ?」
「見ろ、肌の感じが普通の人間とは違ってる。目の色もおかしい…間違いねえ、人外の毒が回ってるんだ」
ホッと息を吐きながら、短刀を袂に押し込んだジェルマ。
「そ、そうですか…じゃあこいつはもう、助からねえ、と?」
「……」
エゾの男は目を閉じ、首を横に小さく振った。
「しかしモノノケだなんて…恐ろしい。この近辺じゃよくある事なんですかい?」
「ああ。この一帯は昔から人外が数多く出現する地方だ…つい先日も一匹、妖怪を捕まえたばかりだ」
「捕まえた、って…モノノケをひっ捕えたんですかい」
「そうだ。ヤツらが何を企んでいるのか、知る必要がある」
「そりゃすげえっ。ちょっと見てみたいもんですな」
目を輝かせたジェルマを、顔をしかめて睨むエゾ。
「は? 見てどうするってんだ、お前。何を考えてる?」
「いや、その…あたくしこう見えて実は物書きなんでございます」
「物書き? 面白くもない与太話を人に押し付ける『小説家になろう』なんて酔狂な輩のことか」
「まあ、確かに…とにかくあっしは諸国を旅して見聞録をしたためておりまして。せっかくですからこの辺の妖怪話なんぞ本にしたらさぞ面白かろうと」
じっとジェルマの目を睨んだままのエゾ。気付いたようにジェルマが微笑んだ。
「そうそう、もちろん」
懐からそっと銀貨を取り出して手渡した。
「ここに、いるんですかい? そのモノノケ」
「うむ」
頷くエゾ。
「まあ、物書きだというなら…」
まだ足りない、とばかりに差し出す手にさらに銀貨を握らせる。
「半端な知識で記したものを公表したとあっては、笑い者だな。実際にそのモノノケ、見てみるか?」
もっと、と言わんばかりに差し出す手に「えいや」とありったけの銀貨を乗せた。
「話がわかるな、お前さん。よし、隣の屋敷にいる。地下室に閉じ込めてあるんだ。経立と呼ばれているサルのモノノケだが、人間の言葉を喋る。齢百を肥えるなどと嘯いているぞ…もっとも今は轡で黙らせてあるがな」
エゾの男に連れられて隣の屋敷へと向かった。
「ホンモノのモノノケを見られるなんて、こりゃ面白い本が書けそうだ」
「そいつはいい。題目は『遠野物語』ってのはどうだい」
手にした銀貨をジャラジャラ言わせながらご満悦の男の目を盗み、ジェルマは大きく手を上げた。
「合図だ」
南側に待機していたウスデム率いる黒河童の一団が動き出した。
「さあ、暴れてやろうじゃねえか」
奇声を上げて隊列を広げ、集落を目がけて突進する。
「な、なんだあっ」
エゾの男が目を剥いた。
「メドツ、メドツ組だあっ」
呼子を取り出し思いっきり吹いた。ピーッと甲高い音が鳴り響く。
「出会えっ。メドツだ、メドツの襲来だっ」
あっという間に十名以上のエゾの男たちが武器を構えて飛び出した。
「俺たちがモノノケを退治してやる、物書きのお前さんに見せてやりたいところだが…危険過ぎる、屋敷の中に隠れてろっ」
鍵を受け取ったジェルマは、ニヤリと笑いながらフタッチが幽閉されている地下室があるという屋敷の中に入っていった。
つづく




