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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
妖の簇
22/40

フィオン、初陣へ

 冥界の少年フィオンは、現世支配を目論む冥界民たちの組織「冥興団」の一員となった。

 首領・メフィスト卿の下で仲間とともに共同生活を営みつつ武術、波動や学問に勤しみ、気付けば三年の月日が過ぎていた。


 ウィドルがボヤく。

 「ああ寒いっ。寒いったらねえな。今は『ナツ』ってヤツじゃなかったのか?」

 しきりに手をさすっている。

 「こんなじゃ身体も凍えて動かねえっての」

 呆れるデズイール。

 「チッ、大げさなやつだ」

 セジルはウィドルに同意見のようだ。

 「大げさじゃねえよ、今朝は特に冷えこんでる。しかし現世ってのは時間と場所によって寒暖の差がやたら大きいんだな」

 白みがかった息を吐きながらジェルマが微笑んでいる。

 「これが現世ってもんさ。ここに住もうとする以上、我々がこの環境に適応せねば」

 

 フィオンは彼らの後に続きながら胸を高鳴らせていた。

 「確かに寒いけど…うん。気が引き締まっていいじゃないか」

 先輩たちの後ろ姿をみながらブルっと武者震い。

 それを見てジェルマが再びにっこり微笑んだ。

 「ほう。頼もしいじゃないか、若造」



 諜報活動中の仲間がニンゲンに囚われたと云う。

 メフィスト卿がその救出を指示、作戦のメンバーに選ばれたウィドル、デズイール、ジェルマ、セジルに加え実戦初参加のフィオン。鼻の穴を膨らませる。

 「腕が鳴りますっ」

 「気負うな。平常心こそ肝要だ」

 救出部隊はアジトを発ち、約一日かけて現地に辿り着いた。



 「それにしても寒い。寒くて余計に腹立たしい。ニンゲンごときにとっ捕まった野郎を救出するためにこんなとこまで来なきゃならねえとは…何て野郎だ、その捕まったバカは」

 「相変わらず口が悪いなウィドル。ええと…捕虜にされたのはフッタチというサル系の獣人族だ。山で偵察任務中にニンゲンの娘を襲おうとして身柄を拘束された…だそうだ」

 「なんだそりゃ。冴えねえ話だ…」


 「とにかく」

 デズイールがメモ書きを読む。

 「フッタチってサル野郎は様々な隠密情報を知ってる。それを知られると冥興団の活動が筒抜けになる恐れがあるらしい。ニンゲンらに拷問されて口を割る前に何としても救出せよ、とのことだ」

 ますます顔をしかめたウィドル。

 「自業自得だろ。舌でも噛み切れってんだ。そんなヤツを救出なんて、親方も甘いんだよな」

 「滅多なこと云うな。メフィスト卿にもそれなりの考えがあるはずだ」

 「そうかな。寄る年波で弱気になってんじゃねえのか。昔はもっと近寄り難いくらいに強くて恐ろしかったもんだが…」

 ジェルマが諭す。

 「話はそう単純じゃ無い。なにしろここは冥界ではなく現世だ。地の利もない、勝手が判らぬ場所で力に頼った戦略は賢くない」

 「チッ、ぬるい…ぬるいぜ全く」


 一行は幾つか峠を越え、山間の窪地に辿り着いた。巧妙に木々でカムフラージュされた岩盤に空いた穴へと入ってゆく。

 「ここが現地のアジト、か…」

 カンテラを照らしながら進むと中は大きな鍾乳洞。真っ青な水源が眼下に広がっている。

 七つの美しい地底湖を横目に、蝙蝠コウモリが無数にぶら下がる狭い通路を抜けると、ちょっとした広い空間に辿り着いた。


 「ようこそ。遠いところをおいでいただき、感謝いたす」

 待っていたのは黒河童族の男たち。

 「我らはメドツ組。この地方に根付いている冥界民だ。私は組頭のウスデム」

 一部で「メドチ」とも呼ばれる彼らは武闘派の河童族。古代からニンゲンたちを震え上がらせてきた猛者たち。

 「最近では仲間の数も減り、貴殿らの助力を得ねばならない次第。面目ない…」

 

 「ん? 河童族も少子化ってヤツかい?」

 半ばふざけたように問いかけたウィドルに向かってウスデムは苦々しい顔で答えた。

 「ニンゲンたちに次々捕えられて殺されているんだ。今回の作戦も油断は禁物」

 「へえ、ニンゲンに殺られるとは頼りねえな、あんたらも」

 笑い出しそうなウィドルをジェルマが制した。

 「油断するな、ってのはお前さんみたいなヤツにこそ必要な言葉だ」

 頷くウスデム。

 「この辺りに棲息するニンゲンは『エゾ』と呼ばれる山賊、ナメてかかると痛い目に遭う。一部に幻怪の血が混じっているという噂もあるくらいだ」

 ウィドルが鼻で笑った。

 「はあ、どいつもこいつも『幻怪』と訊きゃビビりやがって…ああ、なんてことないさ。そのフッタチていう間抜けなサル野郎を救い出せゃいい話だろ」

 「まあ、そういうことです」

 苦笑いしながらウスデムが図面を開いた。

 「これがヤツらの集落の見取り図。だが、どの建物に捕虜が収監されているかまでは判らない」

 一同は策を練り始めた。

 「下手にけしかけたら反撃を食らいそうだな…慎重に事を運ばねばならん」


 昼過ぎになって冥興団の救出部隊とメドツ組は鍾乳洞から這い出た。

 「ここからほぼ真っ直ぐ東、か」

 方角を確認するデズイールが広げた地図をフィオンが覗き込んだ。

 「案外近くですね、ヤツらの住処…あっ、この鍾乳洞って『龍泉洞』って名前が付いてるんですね」

 「正しい名称は『湧口ワックツ』だよ。かつて我々がこの洞窟で飼っていた龍の存在に気付いたニンゲンたちが、龍が棲む泉だってことでそう命名したのさ」

 ウスデムの答えに目を輝かせたフィオン。

 「龍を飼ってたんだメドツ組、すごい! 冥界でも今や滅多に見ないよ」

 「中でも俺たちが飼ってた龍はとくに大きくて強かった」

 「強かった、って…今はいないの?」

 「いない。殺されたのさ」

 「えっ、龍が…?」

 「ああ。あの強くて巨大な龍を殺ったのがエゾの連中だ」


 尾根伝いに歩く。続石山つづきいしやまを越え、小さな川沿いにさらに東へ進むと前方に海が見えてきた。

 「ほう、やっとだ。ずいぶん歩いたな」

 セジルが遠眼鏡を覗き込む。

 「あれがエゾの住処か」

 切り立った崖の下にゴツゴツとした岩が突き出る海岸線。そのわずかな隙間に貼り付く様に集落を形成している。

 「みすぼらしい住まいだ…あれ、あいつら山賊って言わなかったか?」

 打ち寄せる白波に埋もれるように岸に繋がれた立派な船が何隻か見える。

 ウスデムが答えた。

 「山じゃ山賊、海じゃ海賊、里じゃ盗賊。要するに略奪行為で生きてる連中でね、同じニンゲンからも手配されてる厄介者なんだよエゾは」

 「同種で奪い合うなんざ、まさに下等生物だなニンゲンってのは…」

 ウィドルが声を上げた。

 「ああ、だからさっさと絶滅させりゃいい。さあ、仕事にかかろうじゃねえか」


 西日を逆行に、木々に紛れながら山をゆっくりと下りる。うねる海面が立たせる波が岩を打つ音が、足音を消す。

 「よし、おさらいだ」

 一行は木陰に身を潜めながら、各自の手順を再確認。


挿絵(By みてみん)

 

 ジェルマがデズイールを指差した。

 「俺とお前でまず潜入だ。俺たちは見た目がニンゲンに近いからな。お前は行き倒れの役、それを俺が背負って集落に近づきエゾの連中に助けを求める」

 ウスデムが頷いた。

 「連中は情にもろいからな」

 「ああ、同時に誘惑に弱いヤツらだ。ニンゲン用の通貨を持ってきたんだ。これをチラつかせれば中に入り込めるに違いない」

 ジェルマが手に持った偽造銀貨を見て、ウィドルが呟いた。

 「どこの世界の住人もカネにゃ弱いってわけだ」

 「そうさ。だから欲望を戦術に利用する。とにかく皆は半刻ほど待っててくれ。俺がその間にフッタチの居場所を訊き出す」

 ウスデムが頷く。

 「で、あんたが外に出たらそれを合図に俺たちメドツ組が囮として南の海岸から集落に走る。陽動作戦ってやつだな」

 「その間にウィドルとセジルは北から回り込んで俺たちと合流する。くれぐれも見つからないようにな。それと、道具一式を忘れるなよ」

 念を押すジェルマに、面倒くさそうに返事をするウィドル。

 「判ってるっての」


 うつむき加減のフィオン。

 「僕はここで待機、ですね」

 その肩を笑いながら叩くデズイール。

 「初陣なんてそんなもんだ。万が一のときにゃ頼むぞ」

 ウィドルが鼻を鳴らした。

 「俺たちにゃ『万が一』の事態なんて、万が一の確率にも有り得ねえけどな」


 ジェルマはデズイールの着衣をビリビリと破いた。

 「行き倒れの役だ、この方がそれらしいぜ」

 二人は海岸に下りていった。海辺の砂を頭から振りかけ、顔やあちこちに泥を塗りつける。

 ニンゲンに比べてやや大きくて尖った耳を隠すように布を頭に巻いた二人。ぐったりとしたデズイールとそれを背負うジェルマ。


 「さあ、行こうか。頼むぞ名演技を」


 つづく 

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