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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
妖の簇
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新たな仲間たち

 現世に逃れたフィオンは、冥界卿メフィストに才能を見出された。


 フィオンが同乗した馬は、護衛の妖怪たちとともに鬱蒼とした森の中、巧妙にカムフラージュされた草むらの中の穴に入ってゆく。

 「ここが現世における冥界民たちの本拠地」

 天井から垂れ下がる大小の氷柱つららのような石。地面からも尖った石筍せきじゅんが無数に生えている。ひんやり冷たい空気は冥界の北方と同じ匂いがした。

 「広い…」

 思わず声を上げた。鍾乳洞の大広間からは蟻の巣のように入り組んだ小部屋への通路が続いている。

 

 「お帰りなさいませ、親方さま」

 出迎えの男たちが近寄ってきた。

 「その若い男…同志ですか?」

 青みがかった肌の大きな男がジロジロと見定めるようにを眺めている。

 「どうも頼りなさそうなヤツだなが…まあ仲間が増えるのは歓迎だ」

 「フッ、相変わらず乱暴な口調だな」


 馬を下りたメフィスト卿は下馬に手を貸しながらその男を紹介した。

 「こいつはウィドル。ウィドル・ラミアニだ。お前と同じ戦災孤児だった男で腕っ節は頼りになるが、血の気が多いのが難点でな」

 「はは、確かに昔はそうだったが今じゃ随分落ち着いたと思ってるんですがね、俺は」

 ウィドルは近寄り、人懐っこい顔で手を差し出した。

 「よろしくな、ええと…」

 「フィオンです。フィオン・ネラーリ。トルド領内のエディスレーの生まれで…」

 「生まれなんかどうでもいい、とにかくよろしく。差し当たってお前さんの部屋だが…」

 言いかけてウィドルは急に、馬の世話係のところに走っていった。ややかすれた大声が洞穴内に響く。

 「こらっ、てめえ。手綱に油をちゃんと塗ってからしまえと言っただろうっ」


 驚いて振り向いたその男をウィドルが蹴り飛ばす。

 「万が一、乗ってるときに切れでもしたらどうするつもりだ、この役立たずっ」

 「す、すみませんっ。今からやろうと…」

 「言い訳は聞かんっ」

 さらに踏みつけようとするウィドルをメフィスト卿が制した。

 「こらこらウィド。だからお前は血の気が多いと…」

 「あ、こりゃどうも親方さま。まだいらしたんですね、へへ」


挿絵(By みてみん)




  ◆  ◆  ◆  ◆



 冥興団の一員としての生活が始まった。それは予想以上に慌しいものだった。


 「一体何冊の本を読まなきゃならないんだ…」

 現世の言葉、地理、そして歴史。さらに波動というものの理論。

 「違う。波動の根はもっと深い。単純に理解しようとするな」

 指導するのはジェルマ・カリオスという男。

 精巧に作られた義手で理論書を指差す彼はフィオンと同じく怪人族の出身。洞穴内に大きな専用の実験室を持っている。

 「力で物事を解決する時代は終わる。だから、私はこうやって日々研究を重ねているのだよ」


挿絵(By みてみん)


 波動がいかに物質をコントロールするか。様々な実験も行っている。

 「ニンゲンは『金』と呼ばれる鉱物に高い価値を見出している。これを自由に精製できたらエサにしてニンゲンを飼いならすことができる。力を必要とせずに、な」

 ジェルマはあらゆる物質の合成、変換を試して金を生む試みに精を出している。


 「まだ成功してはいないが、実験を通じて多くの知識が得られた。それは武器や防具の開発に役立つ」

 見た目がニンゲンに近いため、ジェルマは現世社会に紛れ込んで生活をしたりすることもあるという。

 「お前もニンゲンたちに紛れて生活してみるといい。彼らは実に賢く、同時にバカだ。ちょっとした波動の技を見せただけで私を神の使いだと崇め『聖ジェルマ』と呼ぶ者もいるくらいだ」

 波動と生命の秘密を解き明かすことで、不老不死に至る道についても研究しているジェルマ。

 「そうだ、ひととおり本を読み終えたら、下の闘技場でモーガが待っているぞ」



  ◆  ◆  ◆  ◆



 学問だけでなく、もちろん武術の修行も大事な日課。

 「ダメだ。動きが鈍すぎる」

 指導するのはザヒム・イム=モーガという黒河童。

 黒河童の中でもザヒ族は古代から移住に成功したため現世に明るい。メフィスト卿が冥界から脱出した際に現世へと手引きしたのがザヒ族のリーダー格、モーガだったと云う。


 「さあ、もう一度」

 フィオンが手にするのはムチ。冥界の牢獄「リジアの楽園」から脱獄する際に拾ったもので、現世に来たときこのムチが唯一の所持品だった。

 「はいっ」

 「無駄な力が入りすぎてる、もっと手首を柔らかく…」

 ニンゲン社会では刀剣の所持に規制があると知っているモーガはフィオンにムチの扱いを教えていた。いずれニンゲンたちの中に紛れて潜入活動をしても怪しまれないように、と。

 

挿絵(By みてみん)


 「まだまだだな…ニンゲン相手なら何とかなるだろうが幻怪を前にしては、その程度の技では全く通用せん」




  ◆  ◆  ◆  ◆



 

 修行だけではない。冥興団の一員としての実務もこなす必要がある。


 「育ちが早いなあ、こいつら」

 洞穴内の一角に大きな畑が作られてある。

 「ああ、こっちもだいぶ育ってる」

 二ヶ月もあれば大抵どの植物も花を咲かせ、穀類や芋、豆の類や各種野菜が収穫できるようになる。

 「この一角、もう掘り起こしちゃっていいですか?」

 「ああ。もう熟れ過ぎなくらいだ、食べてみな。現世ここのと違って美味いぞ」

 農場を取り仕切るのは黒河童族、リガレスという老いた男。


挿絵(By みてみん)


 「現世の植物は光の波動で育つ。だからわしらにゃ合わんのだ。冥界から持ってきた種で育てた食い物は美味いだろ」

 「こりゃ段違いに美味い…しかし冥界あっちとここじゃ環境がずいぶん違うっていうのに、よく育つもんだ」

 リガレスが胸を張る。

 「最初は苦労した…だが今じゃこの通り。河童族に不可能な事は無えってもんだ」


 モーガ同様、古くから現世移住したリガレスは独自に研究した知識で農場だけでなく畜産も手掛けている。

 「おい、今度は牧場だ。早くしねえと夕飯に間に合わねえぞ」

 大幅な品種改良が施された家畜が大量に飼われている。

 「版木から同じ絵柄の版画が出来るように、家畜の複製が可能にした。しかも生育の速さは通常の三倍、体形も気性も自在に変えられる」

 丸々と太った鶏や豚が、次々に生まれ育ってゆく。




  ◆  ◆  ◆  ◆




 そしてメフィスト卿が直々に教えるのは波動術の極意。


 「ううむ、その程度か」

 渾身の波動弾で岩に亀裂を生じさせたフィオンを見て、メフィスト卿はため息をついた。

 「冥界の戦士というにはまだ程遠いな」


 再び全身に波動を漲らせた。

 「もう一度やってみますっ」

 手足が小刻みに震え、大きなうねりを生じながら黒い波が体幹に集まってくる。あちこちの筋肉が力強く盛り上がってくる。


 「むう…」

 メフィスト卿が呟いた。

 「違う」

 

 「えっ?」

 拍子抜けしたように、身体を包むように漂っていた黒い霧は急速に萎んで消えてしまった。

 「あ、あの、どう違うのでしょうか…」


 「気張れば気張るほど、波が干渉しあって互いを相殺してしまう」

 「でも、力を込めないと波動が大きくならなくって…」

 微笑むメフィスト卿。

 「波動の力を生み出そうと思うな。波はすでにそこにある。お前の中にも、周りの空気の中にさえ。それを取り込んで波に乗れ」

 フィオンは首をひねる。

 「乗る? 波に乗る…」

 「周期を合わせれば波は相乗して大きくなり、共振することで無限に大きくなる」


 「……」

 いろいろ考えてもどうやったらいいのか想像がつかない。

 「むう…」

 でも、やるしかない。


 「ハッ」

 目を閉じ、自己の内面にある鼓動、手足の動き、脈の流れに逆らわずに、体内で大きな円を描いてみる。

 (これ、かな…)

 体表面に浮き出た波動の渦に、周囲から感じられる空気の流れを馴染ませるようにイメージしてみる。

 (こんな風? これでいいの?)


 ドクンと胸が大きく脈打ち、大きな渦が腹の奥でぐるぐると周りだした。

 「あっ、ああっ」

 四肢末端がアンテナのように鋭敏になってあちこちから何か痺れのようなものが入り込んでくる。それらを巻き込んで体内の渦がどんどん大きくなる。


 「お、おおっ」

 背中に重苦しいような圧力を感じた。両肩に置かれた手から温かいものが流れ込み、渦は一気に大きく激しくなった。

 「こ、これ…」

 目を開けて振り向くと、そこにメフィスト卿が立っていた。


 「それだ」

 指差したのはさっきと同じくらいの大きさの岩。

 「ハイっ」

 体内の大渦をギュッと凝縮して波動弾を掌の上にこさえ、撃ち出した。

 「やったっ」

 見事、岩は二つに割れた。



 「その要領だ。今度は手を貸さんぞ」

 メフィスト卿に指示されるまま、波動を体内で増幅させる。

 「で、出来る…さっきと同じ波動だっ」

 今度は自力だけで大きな渦を作ることが出来た。


 メフィスト卿が前に立ちはだかった。

 「さあ、俺を撃ってみろ」

 「え、ええっ」

 驚くフィオン。それに伴って噴出していた黒いオーラがやや萎縮する。メフィスト卿が怒鳴るように言った。

 「迷うな。迷いは波動の乱れを引き起こす。常に純粋であれ」

 「は、はあ…しかし」

 「いいから言われた通り、俺に向かって波動弾を思いっきり撃て」


 コクリと頷き、意を決したフィオン。

 目を見開いて髪を逆立たせながら、前に突き出した掌から巨大な波動の弾を放った。

 「悪くない」

 だがメフィスト卿は無傷のまま。フィオンの撃ち出した波動を両手で受け止めて跡形も無く消し去ってしまった。

 「言っただろ、波動は力じゃない」


 左手の人差し指をピンと立てたメフィスト卿はホオズキほどの小さな黒い波動弾を生み出した。


挿絵(By みてみん)


 「正しく修行すれば、いつかはお前もこんな芸当が出来るようになる」

 指先から軽く弾き出された波動の黒い玉は、ぐるぐると螺旋に回転しながらスピードを上げた。

 「う、うおおっ」

 まるで吸い込まれるような強い重力を発生し、周囲の空間が歪んだ。


 「あっ」


 大きな岩は波動弾の直撃を受けて、一気に消失した。

 肌が焼けるような強い熱気と、時間が一瞬ズレたような違和感と耳鳴り、そして渦巻く黒煙の中に紫色の鋭い電光のほとばしりを残して。


 「す、すごい…」

 唖然とするフィオン。

 メフィスト卿がその肩をポンと叩いた。

 「物質などは仮の姿、大きさも硬さも問題ではない。万物は波動から成る、つまり言い換えれば波動の力で万物を消しも生みも可能だということ」


 少年フィオンは、冥界の戦士としての道を歩み始めた。



 つづく

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