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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
妖の簇
20/40

冥興団

 冥界の奴隷だった少年フィオンは決死の脱獄の後、現世に逃げ込んでいた。

 フィオンを世話するのは、同じく冥界から現世に移住してきた者たちのコミュニティ。彼らはひっそり共同生活を送りつつ、いずれ現世を支配しようと考えている。

 

 「お前は見所がある。しっかり修行すれば現世に潜む幻怪の残党たちを倒せるようになるだろう」

 コミュニティを取り仕切るデズイールはフィオンの才能を高く評価していた。

 

 「こう…こうですか?」

 フィオンは期待に応えようと修行に打ち込んでいた。

 「うむ。いいぞフィオン」

 波動に関する教育係は冥界の長老、サイオルス・ネイロー。

 禿げ上がった頭、小さな身体に黄色く光る眼光が目立つ。長く伸びた髭を揺らせて微笑んだ。

 「成長したな」

 サイオルスは齢七百を超える。現世移住後、重力の相違による相対的時間経過の早さも手伝いめっきり弱ったという。

 「お前のような若者が育ってくれれば安心だ。わしはもう寿命だ…現世の空気は肌に合わん」

 「そんな…サイオルス翁、まだまだ元気じゃないですか」

 「ほら。無駄口を叩いておらずに、もう一度やってみろ」

 「は、はいっ」

 フィオンが突き出す両手に黒い波動のオーラがぐるぐると渦巻く。


 挿絵(By みてみん)


 掛け声とともに波動弾が飛び出し、岩を砕いた。

 「ほう」

 サイオルスが微笑んだ。

 「いいぞ。波動弾を安定して撃つ事ができるようになったな」

 「まだ威力が弱いです…」

 「最初はそんなもんじゃ。そもそも、この技ができる者は多く無い。その歳で波動弾を撃てるというだけで将来が楽しみだ」

 「ありがとうございますっ」

 生まれてすぐ戦火に苛まれ、家族を失い奴隷となって苦役と辱めを受け続けた過去。

 フィオンにとっては褒められることも、期待されるということも初めての経験。

 「ようし、やってやるっ」


 「おい、戻って来いっ」

 ぬるい風に混じってデズイールの呼ぶ声。

 「親方さまがもうすぐいらっしゃる。修行は切り上げて準備だ」

 サイオルスもにっこり笑った。

 「よし今日の修行はここまで。さあ、行こうか…親方さまに会うのは初めてだろ、フィオン」

 「はい」


 

 二人がアジトに戻る頃には雨脚も弱まっていた。辺りは薄暗くなってきている。

 「夕刻だってのに、まだ蒸し暑いな」

 汗を拭いながらフィオンはアジトの入り口を掃除していた。


 「さあ、こちらです。どうぞお入りください」

 従者に先導され、黒いローブに身を包んだ男が馬に乗ってやって来た。


挿絵(By みてみん)


 「ご苦労」

 男はサッと馬から下りると、傘を差し出す従者に「不要」と目配せをした。背筋をスッと伸ばし、フィオンの横を通り過ぎてアジトの中へ。

 近寄るだけで感じる引力のような、何か重たい感触にフィオンの鼓動は自然と早まった。

 「これが親方と言われる人物か」


 ローブの男は「親方さま」と呼ばれながらアジトの奥の広間に通された。座敷の上座に腰掛けると従者に耳打ちし、やがてアジトの全員が集められた。

 大きな卓の上にはたくさんの料理が並び、中央には昼間入手したイノシシの鍋。

 「もてなし、心から感謝する」

 卓をぐるりと囲む一同に向かって挨拶した「親方さま」はサッとローブを外した。


 「あっ」

 思わずフィオンが声を上げた。くるりと巻きあがった立派な髭に見覚えがある。

 隣に座したセジルが微笑んだ。

 「ほう、お前もご存知か。親方さまを」

 頷くフィオン。

 「ええ。大戦中にあの人、僕の故郷に来て演説を…確か当時、帝国の参謀長だった」

 「その通り、メフィスト卿だ。今は、現世に移住した冥界民たちの組織の頂点にいるお方」


 「…でも」

 フィオンは不思議そうに首を傾げた。

 「たしか戦死された、って訊いたんだけど」

 首を振るセジル。

 「そりゃあ幻界の連中が流した宣伝プロパガンダさ。ま、実際、戦闘では重傷を負われたそうだが…一命を取りとめ、敗色濃厚だった帝国の密命を受けて現世に拠点を築いたのさ」

 「密命?」

 「現世を支配して新天地にするっていう使命だ。メフィスト卿以下、俺たちは『冥興団』と名乗っている。まだ戦争は終わっちゃいない」



 イノシシ鍋と真っ赤な葡萄酒。宴は夜半まで続いた。

 皆の談笑も落ち着いた頃、メフィスト卿がゆっくりと立ち上がった。

 「そろそろ計画を実行に移す時が近づいている。現世を浄化する」

 サイオルスが尋ねた。

 「浄化、とは…ニンゲンたちの抹殺ですかな?」

 「それだけでは足りん」


 メフィスト卿は云う。

 「古代、現世ここは冥界民のものだった。我らの希望の土地だった。その後やって来た幻怪族が力づくで奪い、現世は不純な波動に満ちてしまった…今こそ、この『約束の地』を取り戻すとき」


 デズイールが尋ねた。

 「つまり現世の波動そのものを覆す、と?」

 「その通りだ。すでに幾つかの計画が始まっている」

 メフィスト卿曰く、冥興団配下の黒河童族が、巨大冥鉱石に波動を蓄積させる技術の開発に成功したという。

 溜め込んだ強大な波動エネルギーを一気に放出すれば現世は崩壊、新世界として生まれ変わる。

 

 セジルが手を上げた。

 「で、その冥界波動はどうやって集めるんでしょうか?」

 メフィスト卿は答えた。

 「ニンゲンだ」

 「ニンゲン?」

 「波動とは生命活動そのもの。ニンゲンたちの中に古代から続く冥界波動が残っている。それを抽出すれば…」

 セジルは目を輝かせた。

 「ニンゲンは数が多いからな、集めたらすごいことになる」


 デズイールは首を傾げた。

 「ほとんどが幻怪に洗脳されているニンゲンたちからどうやって波動を抽出すれば…?」

 「冥界波動を表出させるには、恐怖、憎悪、憤怒、悲哀などの感情を利用せよ。そこからニンゲンが『心』と呼ぶ波動の中に入り込める」

 メフィスト卿は付け加えた。

 「ただし、生き残りの幻怪たちが邪魔をするに違いない。見つけ次第、殺せ」


 「幻怪…あいつら、ここにもいるのか」

 歯軋りしているフィオン。

 気付いたメフィスト卿。

 「ん? どうした。何か気に食わないのか?」

 隣のセジルが慌てて言った。

 「あ、こいつは冥界から来たばかりなんですが戦争ん時の記憶で幻怪を憎んでまして…ほら、フィオン。大事な話の途中なんだから親方さまの気を散らしちゃいかん」

 パンっと頭を叩かれてフィオンは肩をすくめた。

 「すみませんっ」

 微笑んだメフィスト卿。

 「いいじゃないか、若い者が血気盛んなのは健全だ。そうか、戦争か…」

 「はい…父は出征して戦死、村は幻怪軍に焼き払われ全てを失いました」

 メフィスト卿は目を閉じた。

 「それ以上言わずともよい。お前の心の波動が手に取るように解る。何があったか何を思ったか…強く渦巻いている」


 しばらく沈黙したのちメフィスト卿は目を開いた。

 「お前には才能がありそうだ。だが感情が剥き出しで、下等なニンゲンと変わらぬ。波動は制御されねば己を滅ぼす」

 「は、はあ…しかしどうすれば?」

 「俺の下で働け。ちょうど本部に欠員が出たところだ」


 「えっ…僕が親方さまの下で」

 目を丸めたフィオン。

 デズイールやセジル、サイオルスはじめ集まった冥界民の全員が驚いて声を上げた。

 「おおっ」

 「親方さまの下で直接教えをいただけるなんて、なんと光栄なヤツ」


 フィオンの声が震えていた。

 「も、もちろん。喜んで…僕、フィオンと云います。ヴォリンゲリアのエディスレーという町で…」

 「あとでゆっくり教えてくれ。しっかり鍛えてやる」


 「やるな、お前…親方さまに見初められるなんて」

 「ああ、俺が見込んだだけのことはあるな」

 「しっかりやれよ、大物になってくれると信じてるぜ」

 デズイールをはじめ、コミュニティの面々に見送られながら晩のうちにフィオンはメフィスト卿の馬に同乗し旅立った。


 「この感覚…すごいっ。偉大な冥界卿の波動とは、こんなにも」

 手綱を握るメフィスト卿のすぐ背後で、ビリビリと肌を逆立たせ内臓まで痺れさせるような圧力を伴う波動を感じながら、フィオンは高揚していた。


 「俺も、いつの日か…」

 


 つづく

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