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冥将記  作者: 蝦夷 漫筆
哀哭のリジア
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与えられた時間

第十五話「与えられた時間」


 ついに脱走を決行した西四十二房の有志たち。

 練り上げられた計画は完璧に思われたが、看守詰所に手枷足枷を外す鍵は見当たらなかった。

 待ち構えていたかのように現れた衛兵長ブレドーはコルボトを殺害、脱走者たちを包囲した。

 フィオンがウィッツオから手渡された爆薬を使い窮地を脱したが、逃げ道は封鎖されている。

 唯一の可能性に賭け、彼らは冥鉱石加工場へと走った。



挿絵(By みてみん)


 「うっ、すごい匂いだ…鼻がよじれちまう」

 殺風景な部屋、王水貯留池から緑色の蒸気が立ち上り、強烈な匂いが鼻を衝く。

 「池の真上、あれだ」

 ゾーフォが即席でこさえた鈎縄をぐいと引っ張り強度を確かめるキラエフ。

 「よしっ、これならいける…俺が傭兵やってた頃は投擲部隊にいたんだ」

 身体をぐっと撓らせ、脚を大きく広げる。

 「えいいっ」

 全身の筋肉がバネのように収縮し、鈎縄は見事天窓の角に引っ掛かった。

 「逃げ道を確保したぞ」

 縄をぐいぐいと引っ張ってみせる。天窓にしっかり固定されたフックはビクともせず、縄の強度も十分。

 「さあ、行くぞ」


 「ちょ、ちょっと待って…」

 申し訳なさそうに声を上げたのはフィオン。

 「まだもう一人…」

 「ん?」

 「約束が…」

 ベルシールは一瞬にっこりと微笑んだが、すぐに厳しい表情に戻った。

 「ウィッツオの事だな…諦めた方がいい。もう時間が無いんだ。追手はすぐにやって来る。彼女の居場所も見当がつかない」

 「だけど、約束したんだから…」

 フィオンは肩を落とす。

 トナッラが思い出したように言った。

 「そうだ。確か以前ガルスが言ってたが、マブラスの相手をする晩には専用の部屋があてがわれる、って」

 「さっき女囚の大部屋にいなかったってことは、彼女は今その部屋にいるってことか…」

 「おそらく、な。その部屋は今来た道の反対側、南へ進んだとこにある」


 フィオンは叫んだ。

 「彼女を連れてくる。待っててくださいっ」

 ベルシールは首を横に振る。

 「いや、ダメだ。こうしている間にも衛兵たちがここに全力で向かってる。待っている間に全員が死ぬ」

 「しかし、な…」

 トナッラがベルシールの肩を叩いた。

 「その娘も、俺たちの仲間じゃねえか。娘がくれた図面が無かったらそもそもこの計画は成り立たなかったんだ。違うか?」

 フィオンが叫んだ。

 「時間を下さい。ほんの少しでいい。ええ、もし百数えて戻らなかったら見捨ててください」

 頷いたベルシール。

 「よし、解った」

 ホッとした表情で駆け出そうとするフィオン。しかし今度はゾーフォが止めた。

 「無理だ、フィオン」

 「えっ?」

 ゾーフォはニヤリと笑った。

 「お前じゃ無理だ。一番脚が速いのは俺だ。任せろ」

 そしてベルシールの肩を叩いた。 

 「時間が無いんだ。お前らはもう脱出を始めておいてくれ。俺が女を連れ戻ったら縄に飛び移るから引き上げてくれ」

 「わかった。頼むぞ」

  ゾーフォは颯爽と駆け出した。

 「数えるのは五十でいい。俺の脚ならそれで十分だ」


 「ようしっ」

 トナッラは縄を柱に括りつける。

 「俺が縄を固定する、お前らは早速上り始めろ」

 ベルシールが指示を出す。

 「まずキラエフだ。上りきったら待機、皆が縄に掴まった時点で一気に引き上げてくれ」

 「了解っ」


挿絵(By みてみん)


 縄を掴んでよじのぼるキラエフ。真下でブクブク泡立つ王水から立ち上る煙に目が霞みそうになりながら、右手、左手。感触を確かめながら上へ上へ。

 「次はお前、行けるか?」

 頷いたダンマリが左脚一本で床を蹴って縄に飛びついた。足の趾で縄を挟んで身体を支えながら左腕を上に伸ばす。腕一本で縄を掴んで身体を引き上げる。

 「上手いもんだ。いいぞ。次はお前だ」

 フィオンは扉の前、呪文のように数を唱えていた。

 「十五、十六…」

 ベルシールが怒鳴る。

 「何やってるんだっ、早く縄を上れ」

 「でも、まだウィッツオが…」

 縄の上からキラエフが叫ぶ。

 「気持ちは解るが…早く来い。待ってて全滅したら元も子もない。俺たちが生き延びさえすれば、また探し出す機会はある。今死んだら全て終わりだ」

 ベルシールがもう一度、フィオンの肩を叩いた。

 「キラエフの言う通りだ。わかるだろ、さあ」

 「…はい」

 フィオンは縄に飛びついた。

 王水の真上は、立ち上る揮発性の霧で肌に痛いような刺激を感じる。加えてこの臭気は息をするのもつらいほど。

 「二十一、二十二…まだかな」

 呟きながら何度も振り返って扉の方に目をやる。待つ、とはこんなにも時間を長く感じさせるのか。


 つづく

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